5話「ギルドのランク?最上のものをお寄越しなさい!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。私は今、適当な生首と大量の宝飾品を持って、馬を走らせていますの。
ギルド行きを決めてからの数日で、他にも数名、ギルドランク3の冒険者達がやってきては身包み剥がれて山に埋まりましたわ。おかげでこちらもすっかり潤いましてよ。
山賊達は私との別れを惜しんでいましたけれど、私には復讐という目標がありますわ。ここでいつまでも山賊をやっているわけにはいかないの。
私は別れを惜しまれつつ……同時にちょっとほっとされつつ、山賊のアジトを出て、町へ向かったのですわ。
「久しぶりの町ですわね」
私が辿り着いたのは、学院のある町エルゼマリン。商売と冒険の夢溢れる、華やかな港町ですわ。
……まあ、これから活動するにも、隠れるにも、丁度いい町ですわね。
お上品な貴族街に、華やかな交易街。浪漫溢れる冒険者街に、歴史の重さの大聖堂。
そして、存在を知る人だけに開かれた裏通り。
……そう。
エルゼマリンは貴族の令嬢達の入る学院があったり、大きな港があったり、はたまた大聖堂があったりする風光明媚な貴族御用達の町ですけれども、そんな華やかさの裏には野蛮で汚れた世界がありますの。
学院では近寄ることを禁じられていた、エルゼマリンの裏通り。貴族共から頂いた宝飾品、一部は提出せずに売るつもりですけれど、売るなら裏通りの闇市で、ですわね。
とりあえず最初に行くべき場所は、ギルドですわね。ギルド証が貰えればそれで宿が割引になったりもしますし、何よりギルドは私が稼ぐのにぴったりの場所ですの。
ということで私、冒険者ギルドに到着しましたわ。
昼前の時間ということもあり、混み具合はぼちぼち、と言ったところかしら。朝一で出かけて1日がかりの依頼をこなす冒険者が多いので、ここは朝一番が一番混むのよね。
……しかし、ギルドのロビーに入った瞬間から、少々目を引いていますわね。私の溢れ出る気品が目を奪ってしまうのかもしれませんが……まあ、大方、吊るした生首と背負った毛皮のせい、或いは、顔を隠すために身につけっぱなしの鎧兜のせいでしょうね。ええ。フルフェイスの兜って、こういう時に便利ですわ!
「買い取りをお願いしたいのですけれど、よろしくって?」
早速私は受付に毛皮を置きましてよ。受付嬢が驚いた顔をしていますけれど、まあ、それはそれ、ですわ。
受付嬢が毛皮を鑑定する横に、牙だのなんだのも積み上げます。山に籠っているとある程度は魔物にも出会いますもの。毛皮や牙が大量に採れますのよ。
「キラーグリズリーの毛皮と牙、ですかぁ……外傷がほとんどありませんが、これは魔法で仕留めたんですかぁ?」
「矢と魔法ですわね」
多くは語らないようにしつつ、受付の質問にいくつか答えました。ちなみに、山籠もりしていた理由は『修行のため』と偽りましてよ。
「成程……うーん、なら買い取り額はこの程度でぇ」
……提示された金額は、金貨3枚。
うーん、これって高いんでしょうか、安いんでしょうか?
闇市でこの値段だったらボッタクリですから買い取り人の胸倉掴んで揺さぶってやるところですけれど、ここは一応、ギルド正規の買い取りですものね。しかし、魔物の討伐に対する褒賞金を含めてもこの額、というのは……うーん、シケた額ですわね。
まあ、いいですわ。ひとまず金貨3枚もあればある程度は生き延びられるでしょうから。
私は買取金額に了承して、金貨を受け取りました。
……さて、問題はこの後ですわ。
「この生首なんですけれど」
「え、えぇ」
ドン、とカウンターの上に生首を置いてやりつつ、私はその横にアクセサリーの類を並べましてよ。
「山賊のものですわ。こちらの品々は、この山賊がため込んでいたらしいものですの。もしかしたらこれ、依頼になっていませんこと?」
それから受付嬢は確認に走って、ようやく該当する依頼を見つけてきたようですわね。
「確認できましたぁ。これらのアクセサリーに刻まれた紋章から、依頼主の方を特定しましたぁ。恐らくこの山賊はぁ、こちらで依頼を受け付けたものですねぇ」
「あら、運がいいですわね」
私はこれが依頼になっていると知らなかった体で行きますので、適当に返事をしつつ受付嬢の言葉を待ちますわ。
……ランク3の冒険者が複数失敗している案件ですもの。最低でもランク3、もしかしたら2に格上げされているかもしれませんわね!
と、思ったのですが。
「こちらの依頼はランク4でしたのでぇー。褒賞金としてぇ、銀貨5枚をお支払いしますねぇ?」
受付嬢はにこにこしながら、そんなとんでもねえことを抜かしやがったのですわ!
「なっ……」
受付嬢はにこにこしていますけれど……冗談じゃありませんわ!
私が、ランク4ですって!?ランク3の冒険者共を何人も捻りつぶしてやった直後ですのよ!?そんな依頼だったのに、たったの、ランク4!?こいつ頭おかしいんじゃあないかしら!
……と、そこまでを一切顔に出さずに考えた私だけれど、受付嬢がカウンターの下で依頼内容の書かれた紙を隠すのを見て、唐突に理解してしまいましたわ。
この受付嬢、私に『嘘』を吐いているのですわッ!
つまり……この受付嬢は、ピンハネしてるんですわーッ!
山賊盗伐の依頼を、ランク3の冒険者達が受けては失敗している、なんて、『私』が知るはずありませんの。何故って、『私』が山賊のお頭として貴族共の身包み剥いでたなんて、そんなのおかしな話ですものね!
私は無実ですわ!ええ、無実を主張させていただきます!私、山賊とは何の関係もございませんのよ!なので私は……悔しいけれど、この依頼が高難易度の物だったなんて、知らないのですわ。
そして当然ですが、依頼は高難易度であるほど褒賞金が高くなります。
……つまり!この受付嬢!本来ならばランク3か、下手すれば2に格上げされていてもおかしくないこの『山賊盗伐』の依頼!難易度を低く偽ることで!私にはランク4の依頼として相応しい褒賞金を払い!その裏で自分はこっそり本来の報奨額との差額を懐に入れているのですわ!
なんて泥棒猫!にこにこしながらその裏でやっていることはピンハネですわ!許せませんわ!
けれど今、ここで文句を言うのは得策ではありませんわ。何せ私は追われる身。目立つ訳には参りませんの。
私にできることは、この受付嬢の目論見通り、ピンハネされてランク4に甘んじることだけ……。
「それではぁー、ランク4依頼の達成おめでとうございますぅ。こちらが褒賞金ですぅ」
「ええ。ありがとうございます」
明らかに不足額を手渡してくる受付嬢ににっこり笑ってやりながら(多分兜のせいで私の笑顔なんて見えてないでしょうけど!)私、決めましたわ。
このピンハネ受付嬢をギャフンと言わせてやりますのよ!
「では、こちらがあなたのギルド証ですぅ」
憎き受付嬢が出してきたのは、ギルド証。当然のように偽名を使いましたので、名前は『アイル・カノーネ』となっておりますわね。
そしてランクは屈辱の4。最低限、2をお寄越しなさいなこの泥棒猫!滅茶苦茶腹が立ちますわ!
「早速だけれど、依頼を見せて頂戴な?」
「そうですねぇ、ランク4の依頼となるとぉ……」
「いえ、ランク4ではない依頼をお見せなさい」
私が申し出ると、ピンハネ受付嬢は不思議そうな顔をしました。
「ではランク5の依頼ですかぁ?それとも3の……?」
「違ってよ。ランク1の依頼をお見せなさい」
ピンハネ受付嬢は私の言葉を理解できなかったようですので、もう一度言ってやりますわ。
「ランク1の依頼を、お見せなさい。私に相応しい依頼をね!」
『私に相応しい依頼』。そう言った瞬間、ピンハネ嬢の顔色が少し悪くなりました。まさかピンハネに気づかれていないとでも思っていたのかしら?だとしたら相当な低容量の脳味噌をお持ちなのね。
「さあ、さっさとお出しなさい。この近辺の、ランク1の依頼よ!」
「で、でもぉ、ランク4の冒険者の方が、いきなりランク1、っていうのはぁ……」
「ランク4の冒険者がランク1の依頼を達成してはいけないという決まりはないはずですわね!?ギルドのランクはあくまでも冒険者の実力をギルドが評価したもののはず!冒険者自身が自分の能力に見合った依頼を選ぶ基準にする他では、依頼者が冒険者を指名する時やパーティを組む時くらいしか使わないもののはずですわね!?え!?違いますの!?」
「そ、そうですけどぉ……でもぉ……」
ピンハネ嬢の旗色も顔色も悪くなる一方ですわね。
私、間違ったことは言っておりません。依頼者が一定以上のランクの冒険者を必要としているのではない限り、依頼に挑むのは冒険者の勝手ですわ。ついでに、身の程に合わない依頼を受けて達成できなくて野垂れ死ぬのも冒険者の勝手ですわね。そんなん、ギルド側が止めようと思って止められるもんじゃないですもの。
だってそうでしょう?そもそもギルドランクを持っていなかった私が、ランク3か2の依頼を飛び込みで達成してしまうことだってあるんですもの。同じことが『たまたま』ランク1の依頼で起こったとしても、それはギルド側が止めるべきことではありませんわね?
「私はランク1の依頼書を出せと言っているのですわーッ!お出しなさいッ!」
「ひぇっ……ど、どうなっても知りませんからねぇー?」
そうして。
「この掲示板の依頼はぁ、全部ランク1かランク2推奨の依頼ですぅ」
結局、ピンハネ嬢は私にランク1の依頼書を見せることになったのです。
まあ、依頼者側が『ランク1の冒険者にだけお願いしたい』と申し出ているものについては当然出てきませんわね。例えば、護衛の依頼とか。
けれど……ギルド側がランクを勝手に推定して割り振っている依頼については、当然、私が見て、受けることができるというわけですわ。例えば、魔物討伐とか。
……今回は『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア』の討伐依頼も出てますわね。幸いなことに似顔絵の類は一切無いわね。ただ、私の特徴が書いてあるだけでしてよ。これならこれからも兜を装備していれば……まあ、時間稼ぎにはなりますわね。
しかし、ちょっと腹立たしいことに私の討伐依頼、ランク2ですわ。まあ、甘く見られている分には構いませんけど……でも舐められてるってのは腹が立ちますわね!
まあ、気を取り直して。
「あら。これなんて良さそうね」
私は、丁度よさそうな依頼書を見つけたのですわ。
「そ、それっ……正気ですかぁ!?」
ピンハネ嬢が慄いています。いい気味ですわね。実は私、私のことをコケにしてくださった方々が目ん玉ひん剥くのを見るのが大好きなんですの。
「ええ。正気よ。これ、一枚頂きますわね?」
私が選んだ依頼書。それは、『ドラゴン討伐』の依頼ですわ。
「これは公開依頼ですぅ。なので、あなたの他の冒険者が先に討伐してしまうこともありますぅ」
「分かっていますわ」
「それから、危険ですぅ。ドラゴン相手ですぅ。死ぬかもしれませんよぉー?」
「分かっていますわ」
「更にぃ、当ギルドとしましてはぁ、低ランクの冒険者が竜殺しに夢見ちゃってぇ、無理な依頼を受けることを防止する、という方針でぇ……」
「分かっているからいい加減黙らっしゃい。その口縫い合わせますわよ」
ぐだぐだ鬱陶しいピンハネ嬢を睨んで黙らせて、私は依頼書を受け取りました。
……この手の公開依頼、つまり『目安としてランクが振ってあるだけの、誰がやってもいい依頼』は、当然ながら占有、という訳にはいきません。早い者勝ちですわ。まあ、ドラゴン相手ならそうそう、狙う者は居ないでしょうけれど。
けれど、ま、ドラゴン討伐依頼、というだけで注目はされますわね。
今も、私を見ている冒険者が何人か居ますわ。そっちを向いてやれば、それとなく目を逸らしますけれど。
……そして、さっきこのピンハネ嬢が言っていた通り、『竜殺しを夢見る冒険者』が滅茶苦茶に多いのも事実ですわ。今も、私が掲示板から1枚取ったドラゴンの手配書を見て、それはもうキラキラと目を輝かせるお坊ちゃまが居ますわね。これこれ。こういうのが後を絶たないんですのよ。ギルド側が私を止めたい気持ちも分からないでもないですわ。
「ちなみにこれ、他の冒険者が既に受けた後だったりしますの?」
「うーん、この依頼、2週間前から出ててぇ、何人かはぁ、もうこの手配書持って帰ってるんですけどぉ……」
「達成者なし、と。あらそう。なら問題ないわね」
ま、杞憂ですわ。
……もし万一、私の他の冒険者が私の獲物を狙っていたとしたら、まあ適当にドラゴンの餌にすればよろしくてよ。町の外での争いなんて、証明する手段がありませんもの。全部ドラゴンの仕業ってことにすればいいんですわ。
「では行ってまいります。あなた、私が持ち帰ってくるドラゴンの首を見て驚くんじゃあありませんわよ?」
「え、えぇ……?」
私はピンハネ嬢に宣言してから、悠々とギルドを出ました。
さて。
これからどうしようかしら。
流石に野営続きだったもの。そろそろきちんとした宿に泊まりたいですわね。ある程度は山賊家業で稼いだ小銭もありますし、宿を取ってもいいわ。
けれど、出発を延ばすとなると、ドラゴンを横取りされないかが不安ですわね。
夢見る駆け出し如きに後れを取るつもりはありませんけれど、万が一、ということもありえなくは無いですもの。
あの憎きピンハネ嬢にギャフンと言わせるためにも、ここは野営で強行軍、かしら。
「あ、あの!」
私が悩んでいたら、声を掛けられましたわ。
振り返ってみれば、そこに居たのは……。
「あら。さっき掲示板の前に居た……」
ドラゴンの手配書に目を輝かせていたお坊ちゃまが、私に何か、用みたいですわね?