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没落令嬢の悪党賛歌  作者: もちもち物質
第一章:裏世界より
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3話「シャバの空気は美味ですわ」

 ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。

 私は今、脱獄した足でそのまま王都から西に向かって馬を走らせて、道中の山で朝日を拝んでいましてよ。

「シャバの朝日は綺麗ですわ」

 馬の首筋を撫でてやりながら、朝焼けに向かって深呼吸。脱獄の翌朝に相応しい、清々しい朝ですわ。没落気分も忘れられそう。まあ忘れませんけど。

「さて、もうひと頑張りよ。適当な村で鎧兜を適当に売ってお金にして、ご飯にしましょう。あなたもそこで休憩ね」

 馬はぶるるん、と鼻息を吐き出しつつ、まだまだ元気だと見せつけるように前足で地面を掻いてみせます。かわいい子ね。

「……じゃあ、出発よ!」

 馬に合図を出してやれば、馬はまた軽やかに駆け出しました。




 まず、私が第一に確保したいのは潜伏場所ですわね。

 何しろ私、罪人ですもの。日のあたる場所に何もせずのんびり居られるとは思っていませんわ。すぐに兵士達が追いかけてきて私を捕らえるでしょうね。

 ……今すぐに憎き貴族王族共を皆殺し、というわけにはいかないですわ。武芸に優れている自覚はありますけれど、流石にこの身一つだけで数々の屋敷や城に潜り込んで目的の連中のタマとっていく、というのは流石に無謀でしてよ。

 人間には魔法の力も備わっていますけれど、それ以上に大きな力があります。

 それは、道具の力ですわ。

 剣や槍といった武器もそうですし、毒や火も道具ですわね。

 時に道具は、人間1人の身1つでは為し得ないようなことも実現させてくれますわ!


 では結局、私が連中を皆殺しにするのに必要なものは何か。

 ……時間とお金です。

 時間とお金ですわ。

 時間があれば準備ができますし、なにより連中の警戒を薄れさせることができますわ。そしてお金があれば、潜伏場所も道具も装備も宿も手に入りますわ!

 ……というか、お金は万能薬なのですわ。大抵の人間は自分に関係ないことならば、お金と引き換えに目を瞑りますもの。

 逆に言えば、人間なんて、自分に関係ないことならばどうなってもよいのですわ。多少のつまらない正義感を満たすためだけに私を突き出すような者も、多く居るでしょうね。

 だからこそ私はお金が必要なのです。賄賂として使ってもよし。適当にばら撒いてなんとなく心証を良くするもよし。

 コツコツ働いて心証を良くする、というのもまあ、アリではありますけれど、それはあくまでも長期的な作戦ですわ。短期勝負なら、コツコツ真面目に、なんてやるよりはドッカンドッカン賄賂をばら撒いてガンガン功績を上げて、『潰そうにも潰せない』『潰すより潰さない方が利がある』存在になるしかありませんわ!




 ……ということで。

 まずは町を目指します。当然ですわ。お金が必要なら、売り買いがそれなりにできる場所が無くてはならないものね。

 不自由なく売り買いできるくらい大きな町、となると……私の通う学院のあるエルゼマリンがいいかしら?

 町へ行くのには休憩の意味もありますけれど、それ以上に鎧や兜を売るためですわね。

 何をするにもお金は必要。そして今の私は、投獄された当時に身に着けていたアクセサリー程度しか持ち合わせておりません。貴金属は換金せずともある程度はお金同然に使えるので、できれば奥の手に取っておきたいところですわね。

 ということでお金にするのは鎧兜一択ですわ。そもそも城の兵士の装備を着てほっつき歩いていたら目立って目立って仕方ありませんもの。下手に勘繰られる前に処分してしまった方がいいわね。丁度良く、エルゼマリンには裏通りに闇市がありますの。夜中に町に入ってササッと動けばまあ、なんとかなると思いたいですわ。


 ただ……心配事もありますわね。

 それなりの大きさの町ならば、人も多いですし何しろ広いですもの。人を隠すには人の中、とはよく言いますから、私が潜伏するには良い場所でしょうけれど……エルゼマリンに城からの追手が既に到達している可能性もありますわ。

 もし昼夜問わず兵士達がエルゼマリンの周囲を張っていたりしたらどうしようもないわね。

 しかし、兵士に賄賂を渡して黙らせようにも、お金を手に入れるためにはどのみちどこかで人里に行かざるを得ないでしょうし……。その人里で兵士と行き会いそうですし……。その兵士に渡す賄賂は人里で稼ぐしかありませんし……。

 無限に続きますわね、これ。

 うーん、どこかに人間抜きでお金だけ落ちていたりすれば万々歳なのですけれど……。




 ……と思っていたのですけれど。

 そんなことを考えながら、進んでいたら。

「よお、そこの兵士さんよお」

 ふと気が付けば、目の前には明らかにガラの悪い、如何にも品のない男達。不潔な見た目に下卑た笑いが、男達のむさくるしさに拍車をかけていますわね。

「こんな街道から外れたところで1人ぼっちたあ、訳ありかい?」

「ええ。そんなところですわ」

 私が答えてやれば、男達は少々驚いたような顔をしました。

「……へえ。兜に顔が隠れてるから分からなかったが。あんた、女かよ」

「そうよ。何か問題でもありまして?」

「とんでもねえ!」

 私が問い返せば、男達は下卑た笑い声を上げました。流石に少し、不愉快ね。

「へっへっへ、どうやら俺達はツイてるみたいだ。こんなところに城の兵士、しかも女が1人でいるとは……」

 そして男達は無礼にも……私を取り囲んで鉈や手斧を構えて、一斉に襲い掛かってきました。

「襲ってくれって言ってるようなもんだぜ!」




「他愛ない」

 勿論、この程度の三下共に負けるような私ではありませんわ。当然余裕の勝利を収めましたわ。だって私、フォルテシア家の娘ですわ!このくらい当然ですわ!いやでも急に襲い掛かられて滅茶苦茶びっくりしましたのよ!びっくりしましたのよ!ほんとびっくりしましたわ!

 ……でもあれですわね。こちらにも武器があってよかったですわ。量産品の槍1本でもあるのとないのとでは大違いですわね。

 槍よりは剣や弓の方が得意なのですけれど、ま、とりあえず何とかなったのでヨシ、ですわ。

「く、くそ……こいつ、何なんだ……」

 私に襲い掛かってきた身の程知らずの頭をもう一度槍で打ち据えてやれば、そいつは静かになりました。勝利の余韻に浸るなら、敗者の呻き声など邪魔なだけですものね。

「くそ……金目の物、持ってると思ったのによ……」

 ……しかし。

「お待ちなさい」

 今の言葉は、聞き捨てなりませんわ。

「今、何て仰ったの?」

「え、あ……」

「言いなさい!」

 呻いた男の胸倉を掴んで詰め寄ってやれば、男は今にも泣きそうな顔で喚き散らしました。

「か、金目の物、持ってそうだって!わ、悪かったよ!兵士ならいい暮らししてるんだろうと思っただけで!俺は」

「あらそう」

 私は男の胸倉を離して、代わりに首を絞めて落としました。

 最早喋る者は私以外におらず、ただ、山賊共がバタバタと倒れた中で、私は……。

「……そうですわね」

 天啓のように閃いた考えに、うち震えていました。

「お金が無いなら……」

 ああ、今までどうして今まで思いつかなかったのかしら!

 人里に入らず!兵士の目の届かないであろう場所で!安全にお金を稼ぐ方法!

 それは!

「適当に奪えばいいのですわ!」




 そうと決まれば、急がなくては。善は急げという奴ですわね。真っ先に略奪に向く相手がここに居ますもの。

「山賊。起きなさい」

 つい先程私が倒した中からまともに意識がありそうな山賊を見つけて引っ叩いて、そして、問い詰めますわよ。

「あなた達のアジトを教えなさい」




「本当にこれだけですの?隠していたら承知しなくってよ?あなた、ちょっとそこで跳んでみなさい。ほら早く!」

「な、何も持ってませんって!」

 山賊のアジトに案内させてみたら、なんとまあ、蓄えの無いこと!

 貴族を襲えば貴金属類や金貨くらい、手に入るはずですけれど。あるものといえば、精々銀貨。そして大半が銅貨や鉄貨ですわ。貴族になってから碌に見たこともない代物ですわね。

 ……山賊のアジトを漁れば今後の資金が調達できるかも、なんて思ったのだけれど、そうはいかないみたいね。案内役の山賊も、コイン1枚持っていないようですわ。飛び跳ねさせてチャリンチャリンと音がしたらすかさずひん剥いてやろうと思いましたのに。残念ですわ。


 それからしばらく山賊のアジトを漁ってみたのですけれど、やっぱり碌な物がありませんわね。

 ……どうも、不思議ですわ。

 この辺りならば、貴族も商人も通るでしょうに……ここまで蓄えが無いのは何故かしら?

「山賊!」

「は、はい!」

 私が首筋に槍を突き付けてやりながら振り返れば、案内役にした山賊はびしり、と姿勢を正しました。まあまあの反応ね。

「質問にお答えなさい。あなた達、貴族は襲わないという矜持でもおありですの?まるで浮浪者や貧乏冒険者をチマチマ襲っているだけ、とでもいうような蓄えじゃあありませんこと?それともあなた達、こういう修行僧か何かなのかしら?」

 貴族を1人襲えば、ここの蓄えの倍以上のものが手に入るでしょうね。それくらい、平民と貴族の間には大きな差がありますわ。

 だからきっと、ここの連中は『貴族を襲っていない』訳なのでしょうけれど……。

「そ、そりゃあ、貴族は護衛が強いから、襲うに襲えなかっただけでさあ!俺達だって、襲えるもんなら襲ってる!」

「あら、そういうことでしたのね」

 ああ、それなら納得ですわね。この辺りを護衛もつけずに歩く貴族なんて居ないでしょうし、護衛はまあ、山賊やゴロツキ程度に負けるようでは護衛の職で食べていけないでしょうし。

「そういうことならまあ、よくってよ」

 とりあえず、この山賊共がお宝を隠している、ということはなさそうですわね。それが分かったならひとまずはヨシ、ですわ。

「でも今日からは積極的に貴族を狙っていくのでそのつもりで居なさい」

「……は?」

 山賊はぽかん、としていますが、まあ学のない山賊の理解が遅いのは許してあげなくてはね。

 なので私、山賊にも分かるように説明してやりますわ。

「分かりませんの?私、貧民風情をチマチマ襲ってチマチマ稼ぐなんて性に合いませんの!狙うなら貴族一択!一気に儲けますわ!」

「……え?い、いや、ちょ、ちょっと待ってくれ。まさかあんた、自分が山賊やるってことじゃ……」

「そのまさかでしてよ!私、山賊になりますわ!あなた達は手下にしてやってもよくってよ!命が惜しければ私に従うことね!」


 ……ということで私、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア。

 今日からしばらく、王城からの追手を避けるべく潜伏しつつ、山賊の真似事をいたしますわ!


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チャリンチャリン(笑) 現代の若者げのか○あげだと、スマホ出せですかねー
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