17話「多分食当たりですわ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は……何故かドラン・パルクと一緒にドラゴン狩りに行くことになりましたわ。
私1人で十分ですと申し上げたのだけれど、聞き入れてはもらえませんでしたの。
まあ仕方ありませんわね。リタルと一緒にドラゴン狩りに行くよりは、ドランと一緒の方がまだ楽かもしれませんわ。本当は私、1人で戦うのが好きなのですけれど。
まあいいですわ!気分を取り直して、ドラゴン狩りですわ!
「本当に物好きだよ、あんたらは」
ジョヴァンが呆れた顔で半笑いを浮かべてますけれど、私に言わせればこいつも相当な物好きですわ。
「夜中に出かけてまでドラゴン狩りたい?」
「狩りたいですわ」
だってドラゴンでしてよ?貴族の優雅な狩猟にはぴったりの相手じゃありませんこと?
「留守は任せた」
「はいはい。ま、ドラゴン狩りってことはしばらくかかるでしょ?ならチェスタはしばらく薬抜きだな」
「2日で十分だ」
「嘘だろおい」
ドラゴンの目撃情報があった地点までは1日足らずの距離ですわ。私もドランも馬で行く予定ですから、余裕を持っても2日、ですわね。
「さて……出るか。ヴァイオリア、準備は」
「万端でしてよ」
私の準備と言ったら、ジョヴァンに矢を融通してもらった程度ですわね。荷物はほとんど全部空間鞄の中ですもの。鞄さえ持てば準備完了、でしてよ。
アジトを出て、地下道を抜けて、いつも通り水路の橋の下からそっと町に出ましたわ。
夜中の町は静か……なはずだったのですけれど、自警団らしい者達がうろついていますわね。どうやら昨日の火事騒動のせいで自警団が回るようになってしまったようですわ。
「見つかると面倒だな」
「そうですわね。私の顔を知られていないとも限りませんもの」
指名手配は伊達じゃないのですわ。私、やっぱり当面は人前に出られませんわね。
「仕方ない。こちらから回り込む」
「了解ですわ」
しかし、ドランはエルゼマリンに慣れている様子ですし、私も学院を抜け出しては町を歩いていましたもの。抜け道回り道には強くってよ。
町を抜けるだけでも一苦労でしたわね。でも、町を出てしまえばもう大丈夫。馬は町外れにあったので、そこからは夜の野原を走っていくだけ、ですわね。
「月が出ていて良かったですわね」
「そうだな」
今宵は良い星月夜。丁度、満月が近かったこともあって、夜でも平野なら馬を走らせられますわね。
「そうだ、ドラン。1つ先に言っておきたいのですけれど」
「何だ」
「ドラゴン狩り、手出しは無用ですわ。私1人で片付きましてよ」
私がそう言うと、ドランは少し考える素振りを見せましたわ。
……でも、案外素直に頷きましたわね。
「分かった。丁度いい。俺もお前の腕を見てみたかった」
「もしかして今回の同行って、それが目的でしたの?」
「それもある。あとは監視だ。お前が誰かに俺達のことを垂れ込まないとも限らない」
少し、驚きましたわ。
ここまではっきり言われると、いっそ清々しいですわね。嫌いじゃなくってよ。
「あら。随分信用がありませんのね?」
「拠点に連れていく程度には信用している。だが、何もかもを手放しに信用できるほど楽天家じゃあない」
ま、そうでしょうね。むしろ、警戒の欠片も見せられなかったら、むしろこっちがもっと警戒してますわ。
……いえ、それにしたってこいつら、私を拠点に連れていったのもそうですけれど、幾ら別室とはいえ、同じ拠点内でぐーすか寝ていたんですから、やっぱり相当に警戒が薄いですわね。
「お前も同じだろう。俺達を信用しきっている訳じゃない」
「そうね。その通りだわ」
けれど構いませんわよ。私だって、彼らのこと、全て信用しきるつもりはありませんもの。
まず無いとは思いますけれど、万一裏切られたら、と考えて常に動くべきですわね。
そのまま朝が来て、私達はそこらで一度、休憩しましたわ。
まだまだドラゴンの目撃地点は先ですけれど、あんまり飛ばしすぎると私達より先に馬がへばりますもの。
でも休憩がてら、持ってきた食料を軽く摂ったらまた出発。昼頃にまた休憩して、すぐ出発。……そうして、その日の昼過ぎには目的地に到着しましたの。
「運がいいわね」
「ああ」
目的地、というのは、ドラゴンの目撃情報があった地点、というだけですわ。決して、ドラゴンの巣が見つかった、というわけでもなんでもなくってよ。
……でも、運がいいですわね。
斜陽に照らされて、ドラゴンが空を飛んでいるのが見えましたの。
「さて、さっさと片付けてしまいましょうか?」
「いや、待て」
私、矢をつがえたのですけれど、ドランに止められましたわ。
「あれは巣に戻るところだ」
……あ、成程。了解ですわ。
ドラゴンはくるり、と空を旋回して高度を下げると、遠くの方に着陸したのが見えましたわ。どうやらあそこに巣があるようですわね。
「ドラゴンの巣、といえば……」
「お宝をため込んでいるかもしれませんわね。他のドラゴンが居るかもしれませんし、それにもし、卵があれば万々歳、ですわ!」
ドラゴンの卵って最高の美味ですのよ!卵臭さが一切無い代わりに、最高級のブランデーのような香りがほんのりと漂い、そして何より、トロリと濃厚なあの味わい!白身が普通の卵の黄身ぐらいの味ですの!ドラゴンの卵の黄身といったら、もう……そのままでも、まるでカスタードクリームを食べているかのような味わいでしてよ……!
うふふふふ、楽しみですわ!とっても!楽しみですわ!
うきうきワクワクしながらドラゴンの着陸地点へと向かいましたわ。馬は置いてきましたわ。もし戦いに巻き込まれたら、帰りの足が無くなりますもの。
「ここですわね」
辿り着いた先にあったのは、洞窟ですわ。ごく普通の、岩山の側面にぽこんと穴が開いたような形の洞窟ですわ。ただし、ドラゴン1頭がもぞもぞしながら中に入っていける程度には広い入口ですわね。そして内部はもっと広いことが予想されますわ。
「もう入ってもよろしくって?」
「……お前が判断していい」
「成程。では突入ですわ」
私、待つのは性に合いませんの。今と思ったら今動きますわ。
私は矢を構えたままの弓を持って、そっと、洞窟の中に忍び込みましたわ。
……少し迷ったのだけれど、矢尻にはどろりと血を塗り付けてありますわ。ドランがじっと観察してくるのが鬱陶しいですけれど、まあ、仕方ないですわね。流石に、数の分からないドラゴン相手に手を抜いて戦う余裕は無くってよ。
「……いましたわね」
そっと囁くと、ドランが頷く気配がありました。
私達の視線の先には、ドラゴンが……なんと。
5体。
5体、ですわ……!
見たところ、1体の雄と4体の雌。ハーレムですわね。子供は居ないようですが……雌ドラゴンが丸くなっているところを見ると、恐らくあの腹の下には卵がありますわ!
「完璧ですわね」
ドラゴンは多けりゃ多いほどいいのですわ。その分食いでがありましてよ。皮を剥げば高値で売れますし、何より美味ですわ。そこですわ。ドラゴン狩りの真骨頂はそこですわ!
「……いけるか?」
ドランは少々心配そうですわね。確かに5体のドラゴン、となると話は変わってきますわ。
「ええ。1人で十分……」
でも私なら5体、なんとか処理できないこともなくってよ。……とも、思ったのだけれど。
「やっぱり、手を貸して頂いてもよろしくて?」
「勿論だ。5体は流石に厳しいだろう」
「そうじゃなくて。折角5体も居るのですから、私もあなたの腕前を見てみたいの」
ドランが私の腕を見たいというなら、私もドランの腕を見ておきたいですわね。
「……俺の戦い方は面白くも何ともないぞ」
「面白いかどうかは私が決めることでしてよ。……じゃあ、私、最初にあの雄を仕留めますわ。その後、右の2体は私がやります。左の2体、お願いしてもよろしいかしら?」
「分かった」
ドランの了解も得た事ですし、早速、仕留めていきますわよ。
矢を血で染めたものを3本用意しましたわ。これで準備はよくってよ。
弓を構えて、じっと、雄のドラゴンを狙いますわ。
……そして、ドラゴンが振り向いて、その目が見えた瞬間、矢を射ますわ。
矢は真っ直ぐ飛んで、ドラゴンの目に命中。シャフトまでしっかり血に染めた矢をまともに目玉の中に入れて、ドラゴンが無事なはずはありませんわね。
ドラゴンが苦しみ暴れ出すより前に、次の一撃を放ちますわ。
次の一撃は雌のドラゴンの目を同じように貫きましたわ。
……と、ここでドランが駆けて行きましたわね。そちらを観察させて頂こうかしら。
ドランは相も変わらずバケモンみたいな身体能力で走っていって、雌のドラゴンを……ぶん殴りましたわ。
ちょっと衝撃的な絵面ですわね?ドラゴンをぶん殴るって、どういうことですの?
頭こんがらがってきましたわ。ちょっと今の内にもう1体、ドラゴン仕留めておきますわ。炎を吐こうとした雌ドラゴンの口の中に矢を射て、ちょっと遅れて吐き出された炎を避けるために地面を転がって。
……そうしている間に、ドランは見事、ドラゴンを1体、殴り倒していましたわ。
ほんとあいつバケモンですの?なんなんですの?
それからドランはもう1体のドラゴンを投げ飛ばして(ほんと訳が分かりませんわ!)、無事、2体のドラゴンを倒していましたわ。
炎を避けたり、ドラゴンの攻撃を避けたり、何なら噛みつきに来たドラゴンの顎を抱え込んでそのまま投げ飛ばしたり、と、相当人間離れしたことをしてくれましたわね。私、もうこいつが人間には見えなくてよ。
「終わったか」
「終わりましたわ。……あなた、一体何なんですの?やっぱりマジモンのバケモンですの?」
「かもな」
ドランはさも嬉しそうににやりと笑って、私が倒したドラゴンの死体を見に行きましたわ。
「……矢1本、か。一体どういうことなんだか、な」
「それはこっちの台詞ですわ。あなたのこれ、一体何なんですの?あーあーあー、このドラゴン頭蓋骨が粉砕されてますわ!あなたの拳ってドラゴンの骨、砕く程度ですの!?ドラゴンの骨って鎧にされることがある素材ですわよね!?」
ドランは私の方の種明かしが気になるようですけれど、私はこっちが気になって気になって仕方ありませんわよッ!
まあいいですわ。ドランの馬鹿力については、大凡分かりましたの。これでも私、魔法学院で優秀な成績を修めておりますもの。この程度はまあある程度、分かりますわ。
ただ……それでも相当、あり得ないこと、ではあるのですけど。
だって私、人間がここまで『身体強化の魔法』を使える例、見た事ありませんのよ?
でもそれ以外に説明はつきませんわね。気になる事はありますけれど……ま、『強化の過程』はともかく、ドランが『ドラゴンを素手で殴り殺せる』ということは分かりましたし、ドランの武器が拳だということも十分に分かりましたし。
「今はそれよりドラゴン肉ですわッ!」
そう!今大切なのは、そっちじゃなくてこっち!ドラゴンの丸焼きですわ!
「……1頭分丸ごと食うのか?」
「流石に食べませんわ。食べきれなかったものは適当に獣が食べればよくってよ」
リタルと会話した時のことが思い出されますわね。
あの時よりは小ぶりなドラゴンですけれど、まあ、食いでがある事は間違いなくってよ。当然、私1人では食べきれませんけど、それでも私はドラゴンを丸焼きにしますわ。
「あ。あなたはあなたが仕留めたドラゴンを召し上がって頂戴ね。これは私の獲物ですのよ?」
「……そうか」
ドランは妙な顔をしていますけれど、私は気にせず、焼けたドラゴン肉を削いで食べ始めますわよ。
やっぱりドラゴン肉は最高の美味ですわね!
特に今回は、この後ドラゴンの卵もありますもの!ああ、本当にドラゴン狩りって素晴らしいエンターテイメントですわね!
「貰うぞ」
……と思っていたら!
ドランが!いつの間にか!私が仕留めたドラゴンの!私が焼いたドラゴンの丸焼きを!食べようとしていますわッ!?
「おやめなさいっ!死にたいんですの!?」
私、慌てて止めようとしたのですが……ドランはもう、肉を食べていましたわ。
「吐き出しなさい!今すぐ吐き出しなさい!ほらああああああ!」
「落ち着け」
「これが!落ち着いて!居られるかってなもんですわああああああああ!吐けと言ってるのですわ!吐けええええええ!」
「落ち着けと言っているだろう」
ドランが宥めてきますけれど!これが!落ち着いて!居られるかってなもんですわ!
「……う」
ほらあ!ここでドランがなんか顔顰めてお腹の辺りを押さえてましてよ!言わんこっちゃないですわ!
「すぐ吐きなさい!お願いだから!吐いて!」
蹲ったドランの口の中に指突っ込んで舌の奥を刺激しまくってやったら、流石に吐きましたわ。筋肉おばけでも口の中に指突っ込まれたら吐くんですのね。なんかちょっと冷静になってきましたわ。
「はい。お水を飲んで。これ全部飲んだらすぐまた吐きますわよ」
ドランは特に何も抗議せずに私が出した水を飲んで、そしてまたそれを吐き出しましたわ。吐いたらまた水ですわよ!
……と、やっている内に、ドランは疲れてぶっ倒れましたわね。ええ、分かりますわよ。飲んで吐いて飲んで吐いてって、やってることは拷問ですものね。
「……はは」
ぶっ倒れながら乾いた笑い声を上げて、ドランは私の方へ視線だけ向けましたわ。
「体を張った甲斐はあった」
「絶対に無駄骨ですわよ、今の」
もしかしてこいつ、ちょっぴり頭おかしくなってますの?ちょっと心配になってきましたけれど……。
「お前の能力が分かったぞ」
……。
「……何のことかしら?」
「誤魔化すのは難しいと思わないのか」
ドランは遂に上体を起こして、そして私の方をじっと見ていますわ。
「血を塗り付けただけでドラゴンが一撃死。そして、そのドラゴンの肉を少量食っただけでこれだ。……そういえばお前は、負傷した時、俺に触れられることを避けたな?あれは、傷ではなく、血に触れられることを避けたんじゃあないのか?」
「私、これでも乙女ですの。男に触られたくない理由が必要でして?それにドラゴンについては正確に脳髄まで矢をぶっ刺してやりましたもの。矢一本でも十分殺せますわ。血を塗ったのは魔法による強化ですの」
「俺がドラゴン肉を食ってからのことについては?」
「多分アレですわ。食当たりですわよ。ええ」
「……大分厳しい言い訳だな」
いいえ。食あたりですわ。多分ドラゴン肉、腐ってたんですわ。あれもしかしたらドラゴンゾンビだったかもしれませんわね。おほほほほほ。
……でも流石に、ドランは誤魔化されてはくれないようですわね。
「お前の血はどうやら、少し変わっているらしいな」
「こんな毒は初めてだ」