28話「愛と命を天秤にかけますわよ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私の傷が完治するまでには結局、数か月かかるそうですわ!ドランは2日で治していましたけれど!流石に私も同じように、というわけにはいかないようですわね!まあ私、人間ですからね!仕方ありませんわ!
でも、1週間もすればとりあえず体は動くようになりましてよ。後は気合の問題ですわ!
「ヴァイオリア様、もう公務にお戻りになるのですか?」
「ええ!女王がいつまでもオネンネしてるなんて許されませんわッ!」
「僕は許されると思いますよ」
「誰が許そうが私が許さなきゃー意味が無くってよッ!」
ということで、私、バリバリ公務中ですわ。寝ていた間にたまった仕事をガンガン片付けて参りますわよ!
まだ一日に何度も謁見できるほどには体力も戻っていませんけれど、それでも最低限は人前に出るようにして……後は書状のやりとりでもなんとかなりますし、書状だけならベッドの上に居ても処理できますしね!
「ヴァイオリア様ぁ……あんまりご無理をされては……」
「無理をしているように見えまして!?楽しくってしょうがないですわね!」
「ああ、僕にヴァイオリア様をお救いする力があれば……!あの時だって、ダクター・フィーラ・オーケスタが銃を取り出すのだと察知することができていれば、ヴァイオリア様にこのような傷はつけさせなかったのに!一生の不覚です!」
「それはいいからあなたはもう毒耐性なんざつけようとするのはやめることね!死なれちゃ困りますわよ!」
「だって!僕だけ!僕だけヴァイオリア様の血に触れられないだなんて!そんなのないですよ!」
リタルは……あの時、気を利かせたジョヴァンによって外に放り出されて助けを呼んだりなんだりする係に回されていましたけれど、その後で私の血についても聞いたようですわね。ええ。
……リタルは私の血について知って、色々と合点がいって、そのついでに『なら僕も!』となったようなのですけれど……私としてはこのまんまで居てほしいですわねえ。
さて、私、公務を一通り終えたら、運動をしますわよ。
傷が開いたら元も子もありませんけれど、さっさと治してさっさと動けるようになるために、体が鈍るような事だけは避けなければなりませんわ!
「おー、やってるね、お嬢さん」
「あらジョヴァン。ごきげんよう」
ということで部屋の中で軽い運動だけしていたら、ジョヴァンが来ましたわ。
「とりあえず外部は異常なし、だとさ。女王陛下が凶弾に倒れた、なんて話はどこにも漏れてない。というか、漏れてて問題がありそうなところはドランとチェスタが全部潰してきた」
「あらどうも」
よかったですわ。やっぱり、女王が撃たれて死にかけたなんて知れたら民衆を不安にさせてしまいますものね。
幸い、私の意識がはっきりするまでに2日程度しか空きませんでしたから、そこは『休暇をとっていた』で押し通せましたし、それ以降もちょいちょい外に出て顔を見せつつ『裏の仕事』でちょいと忙しい様子をみせておけば、周りは勝手に納得してくれましたの。そして何ともならなかった部分は適当にドランやチェスタに任せておきましたわ。上手くやってくれたようで何よりですわね。
「で、頼まれてた奴だけど、とりあえずできた奴から献上」
「あら、素敵!」
さて。
今日、ジョヴァンがこうしてやってきてくれたのは報告のためだけじゃあなくってよ。彼の仕事である『商人』の方をやりに来たのですわ。
「はい。ドレスね。一応、赤いのと緑のとご用意しました。……お嬢さんに緑はあんまり似合わない気がしたけど、うん、まあ、ぼちぼち似合うね」
「そうねえ、私もやっぱり緑よりは赤の方が似合うと思いますのよ。でも、この少しくすんだ緑は素敵。金刺繍と合わせてあるからかしら。私にも似合う気がしますわ」
「世界中でただ1人、お嬢さんだけが着こなせるドレスだと思いますよ。ほんとにね」
お世辞でもなんでもなく、本当に私ぐらいしか着こなせませんのよねえ、このドレス……。
「でもこれ、あなた達も着られるんじゃなくって?」
「いやぁ、無理無理。ドランはどうか分かんないけど、俺とキーブとチェスタはさ、お嬢さんの血の耐性があるっつっても、それってお嬢さんの血が魔法毒だからなんとかなってるってだけだからね。お嬢さんみたいに全部の毒に対する耐性がある訳じゃあないから、生物由来の毒ならまだしも、鉱物由来の毒はちょいと遠慮したいところ」
あらそう。まあ、そうでしょうね。
……私の血って、要は、体も魔力もすくすく成長する時に大量の毒を取り込んだために生まれた魔法毒ですの。ですから、魔法によってある程度は無毒化できてしまうらしいんですのよね。ええ。勿論、完全な無毒化はキーブですら難しいそうですけれど。
ですから……まあ、ある意味では私の毒よりも、そこらへんの普通の毒の方が防ぎにくい、のですわ。ええ。特にこの緑のドレスの染料になっている砒素とか。
砒素を使うと人が死ぬのは有名な話ですけれど、その砒素を使うときれいな緑色が出せる、というのは他国からの輸入なのですわ!お兄様が教えて下さいましたの!
ちなみに赤い方のドレスは色々な赤色の布を重ねて作られた重厚なものですけれど、これもバジリスクの血だのポイズンクネクネジダンダの血だの私の血だの、辰砂だのインクベリーだのなんだのかんだの、美しい赤色を呈する毒で染め上げたものですわ。うーん、どちらにしようかしら。迷いどころですわねえ。
「それからアクセサリーもね。どっちの色のドレスにも合わせられるように、とりどりの宝石と黄金、ってことで」
次に渡されたのは、黄金で飾られた色とりどりの石のネックレス。ええ。綺麗ですわねえ。あんまり長持ちしないのが残念ですけれど。
「胆礬と鶏冠石、雄黄に、毒重石……あら、これは輝安鉱ですの?こうやって飾ると綺麗ね」
ええ。こっちも毒ですわ。見渡す限り全部毒ですわ。
「これだけよくぞ集めた、ってとこでしょ。もっと俺に感謝してくれていいのよ」
「ええ。よくやりましたわ、ジョヴァン。褒めて差し上げましょう。感謝の気持ちはお金の額面で表しときますわ」
「そりゃあ素敵だ」
さてさて。私はジョヴァンから受け取った品々をそっと木箱に入れておきますわ。
……これを使う時の為に、ね。
運動がてら、部屋の外へ出て歩いていたら、リタルとキーブに会いましたわ。
「あ、ヴァイオリア。大丈夫?」
「ええ。ありがとう。あんまり寝てばかりでも体が鈍りますもの」
「そう。ならいいんだけどさ……こいつから散々、ヴァイオリアが仕事ばっかりしてるって聞いてるから、ちょっと心配になって」
「それは本当のことですよ、キーブさん!ヴァイオリア様はご自分に厳しすぎます!こんな時くらい、ご公務をお休みされてもよいのではないかと思うのですが……」
あらあら。リタルから心配が伝染してしまったのかしら。キーブも心配そうですわねえ。全く、優しい子達だこと。
「本当に大丈夫よ。自分の限界は私自身、よく分かっていますもの。ところであなた達、もしかして地下牢の様子を見てきたんですの?」
「え、あ、うん」
そして2人揃って何をしていたかというと……どうやら、地下牢の方を見てきたらしいですわね。
「様子はどうでしたの?」
「まあ、変わらず。気が狂ってるんだか狂ってないんだか分かんないね。むかつくことに変わりはないけど」
「ヴァイオリア様にあれだけの無礼を働いておいて、まだ……その、ヴァイオリア様を、あ、『愛している』などと!そんな戯言をほざいています!即刻死刑にすべきです!」
「あらあら。そうですの。それは楽しみですわねえ……」
私以上に怒っている2人を見ていると、なんだかとっても可愛らしく思えてしまいますわね。2人の頭をよしよしと撫でておいて、私は思わずにっこりしましたわ。
「そうね。私を愛しているというのならば、是非その心、試させて頂きましょうね」
その夜のことでしたわ。
「ヴァイオリア!できたぞ!」
「あら、お兄様!いらっしゃいまし!」
お兄様が訪ねてらっしゃったのを嬉しく思いつつ、私はお兄様から手渡された包みにも嬉しくなりましたわ!
「さあ、これだ!旧ウィンドリィで作らせたものだが……早速確認してみるといい!」
「旧?……ま、まあ、では早速……」
ちょっと引っかかる言葉を聞いたような気がしますけれど、とりあえずまずはお兄様に頂いた包みを開きますわ。そこには可愛らしい細工の香水瓶が1つ。
にこにこと笑顔でいらっしゃるお兄様に勧められて、私、その香水をひと吹きしましたわ。
……すると途端に甘やかな香り。素敵ですわねえ、これ。
「どうかしら?」
「うむ、分からん」
「私にも分かりませんわぁ……」
ただし、効果のほどは分かりませんわ!何故かって?私もお兄様も毒に耐性がありすぎるからですわッ!
この香水が毒物だったとしても!全然!分からないのですわッ!
何なら、この香水が徐々に分解していって空気に溶ける毒になるという触れ込みだったとしても!全ッ然!分からないのですわッ!
「……ただ、香りはいいな」
「そうですわねえ……」
ま、まあ、とりあえず香りは悪くありませんわね。ええ。これなら只の香水として1人で楽しむ分にも……そう、例えば就寝前にひと吹きする程度なら、いいかもしれませんわね……。
香水の感想はそんなかんじになってしまいましたけれど、これはありがたく使わせて頂くことにしますわ。
香水も箱に仕舞い込んだら、お兄様と少しお話ししますわよ。
「それで、準備は整ってきているのか?」
「ええ。ドレスとネックレスが届きましたの。他にあと指輪か腕輪が欲しいと言ってありますから、そちらもその内届くでしょうね」
「ふむ。ジョヴァンが担当しているのだったか。彼は優秀だな」
「本当にね。助かっていますわ。ちなみに材料を集めてくれているのはドランとチェスタですわ。バジリスクを仕留めてきてくれたおかげで、最近は毎朝、ドラゴンやバジリスクの血を飲むことができていますのよ」
「そうかそうか。それなら回復も早くなりそうだな」
「ええ。まあ、流石にドランのように銃で撃たれて2日で戦闘ができるまでに戻る、というわけにはいきませんけれどね」
ドランの回復は異常ですけれど、まあ、私もぼちぼち順調に回復していますのよ?
栄養のある食べ物は沢山手に入りますし、貢がれてきますし。それに、持ち前の気力がありますわ!気合があれば意外と何とかなるもんでしてよ!おほほほほ!
「ああそうですわ、お兄様。私、ご相談したいことがありましたの」
「おや。ならば何でも相談するといい。相談内容はダクターの事か?」
「ええ」
それから私、忘れない内にお兄様にご相談しておきますわ。
相談内容は、ダクター様の事。
……彼の処刑について、ですわ。
「やはり最初はディナーから行くべきかしら?ごく軽いものを仕込んでおいて……」
「そうだな。徐々に重くしていく、というのが定石だろう。それに、最初からある程度効いていれば、その後の躊躇へと繋がっていくのは間違いない。それから、部屋には花を飾ろう。丁度いいものを見つけたんだ。甘い香りのする美しい花だが毒がある」
「あら、素敵。……そうですわね。やはり折角ですから、部屋にもこだわりたいところですわねえ。やはり壁紙は緑かしら」
「ならお前のドレスは赤にしよう。やはりお前には赤がよく似合う」
……お兄様と雑談しながら、私、これからの予定をお兄様にお話ししてはアドバイスを頂いたりして有意義に過ごしましたわ。
ええ。ダクター様の処刑は、ひっそりと行いますわ。
ひっそりと。そして……じっくりと、ですわ。
彼のプライドと未来の栄光と私への愛。それが、どれだけ重いものかをじっくり、量らせていただきますのよ。