15話「ここを私の城にしますわよ」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、無事に初仕事を終えて、勝利の凱旋を行ったところですわ。
まあ、凱旋先は地下ですし、私達の仕事を讃えてくれるのはジョヴァンだけですけど。
……けれど、戦利品を机の上に並べているこの瞬間!心躍りますわね!
「すげえ!これいいじゃん!袋ン中、全部金だ!最高だよなあ!おい!」
薬中チェスタは案の定、少々頭がイかれてますわね。ゲタゲタ笑いまくってますわ。でもまあ、前回よりはずっとマシでしてよ。恐らく今回は戦闘がほとんどなかったから、ということなのでしょうけれど。
「これ程財産を隠していたなら、こちらへの報酬くらい払えばよかったものを」
「そうですわね。全く、これだから三流貴族は」
机の上に並べられた大量の金銀宝石や、机の上に乗りきらずに床に置かれた花瓶や食器……そして何より、私がワインセラーの奥から見つけてきた隠し財産の山。それらを見て、ドランは複雑そうな顔をしていますわね。まあ、金を持っているからといって払うかどうかはその人の品性と理性次第だということかしら。
「さて、山分けについてだが……」
「ドラン。ちょっと待って」
大量のお宝を前に私達がいざ山分け!と行こうとしたところで、ジョヴァンが止めに入りました。なんですのこの骸骨男。
「山分けの前に聞いておきたいんだけどね。俺はお嬢さんが戦ったっていう護衛が気になるぜ」
山分け前に水を差された気分でしたけれど、ジョヴァンの真剣な目を向けられたら、こっちを先にせざるを得ないですわね。
「お嬢さん。そいつはどんな奴だった?」
私、記憶を辿って説明しますわ。
「そうですわねえ、雷の魔法と投げナイフを使う、小柄な魔法使いでしたけれど」
私はそう答えつつ……最後の一瞬、ちらりと見えたフードの奥の驚き顔を思い出しました。
「可愛らしい顔をした方でしたわね」
「かわ……?」
「多分あれは女性でしたわ!あんなに可愛らしい男、居るわけありませんわ!」
私の脳裏にふと、リタル・ピア・エスクラン……私がドラゴン狩りに連れていってやった貴族のお坊ちゃまが思い浮かびましたが……あんなんがゴロゴロいるわけないですわ!つまり!私が出会ったあの護衛!間違いなく女の子ですわね!
「へえ。美少女の護衛、ね……まあ、なんでもいいんですけど、ね!」
ジョヴァンはどっかりとソファの背もたれに寄りかかって、不機嫌そうな顔で虚空を睨みましたわ。
「気に食わねえのは、俺の所にそんな情報、一切入ってないってことだ。まさか、カスターネの野郎が護衛を雇ったなんてな」
「その護衛が裏の人間だとは限らないだろう。表の世界の護衛を雇っていたならお前が知らなくても無理はない」
「いーや。絶対にそいつは裏の奴だね!考えてもみろ、ドラン!表の奴らを雇ったなら、カスターネの野郎だってもっと堂々としてるだろ!それなら余計、俺の所に情報が入ってなきゃあおかしいぜ?だからそいつは裏の人間だ。間違いない。間違いないんだが……あーくそ」
ジョヴァンは珍しく声を荒らげてそう言って、頭を掻きつつ唸りましたわ。あんまり頭を掻いてると禿げますわよ。
「誰もお前の落ち度だなんて思っちゃいない」
「んなこと、俺だって思っちゃないよ。……でもありがとね」
短くやり取りして、でもそれでジョヴァンは自分が少々冷静さを欠いていたことを思い出したようですわね。
人って、自分が思いやられていることに気づくと冷静になれたりしますわよね。分かりますわ。
「けどね、ドラン。……どうにもこれは、嫌な予感がするぜ」
そして、次に出てきたジョヴァンの言葉は、どうにも重いものでした。
「……誰かがうちを潰そうとしてるんじゃあなきゃ、いいけどね」
……誰かがうちを、潰そうとしている。
それは……困りますわね。
私、やっと安定した居場所を見つけましたの。ここに居ればお金には困らないでしょうし、復讐も絶対に叶えられますわ!
ですから、ここを潰されるわけにはいきませんのよ。もし誰かが潰そうとしているなら、私がそいつを直々に叩き潰して差し上げる覚悟ですわ!
……とは、言っても。
「今は考えるだけ無駄だな」
ドランの言う通り、今は考えるだけ無駄、ですわ。少なくとも考えるのは私の役目ではなくってよ。
「安心なさい。もし何かが襲ってきても、私が撃退して差し上げますわよ」
「そりゃあ……心強いね」
ジョヴァンが冷静になって、ついでに『なるようになれ』とでも言いたげな様子で吹っ切れたらしいのを見届けて……さて。
「さあ。いよいよ山分けですわね!」
私、これが楽しみでしたの!
「これ貰うけどいいか!?」
山分けが始まって早々、チェスタが机の上に手を伸ばしましたわ。そして引っ掴んだのは、大粒のルビーの首飾り。
確かに値打ちものでしょうね。机の上を見る限り、カスターネ家にあった中で一、二を争う高級品だったように思われますけれど。
「俺は構わない。他は」
「俺も別に。首飾りなんざ持ってても、贈る相手が居るでもないしね」
「私もそれでよくってよ」
大粒のルビーの煌めきには心惹かれるものがありますけれど、でもそれだけですわ。私に今必要なものは美しい首飾りではなく、純粋なお金や武器、そして衣食住の保証、という程度の物ですもの。
「……いいな?じゃあコレは俺が貰うぜ?いいな?」
「ああ。持っていけ」
ドランが許可を出した途端、チェスタはにんまりと笑って……手にした首飾りを、私に突き出しました。
「これ、やるよ。入団祝い」
「え?」
いやちょっと何言ってるか分かりませんわ。
「ジョヴァンは鞄だろ?ドランは弓。だから俺からも。ほら」
……任務に出る前のあれって、装備品の支給、という意味合いが大きかったと思うのだけれど。
でも……まあ、受け取っておくことにしますわ。
「そういうことなら頂きますわ。この首飾りの分くらい、しっかり働いてみせますからどうぞご期待なさって?」
こういうことは先に言っておくに限りますわ。そうでもないと、向こうから『首飾りを受け取ったんだから言うこと聞け』みたいなことを言われないとも限らないですわ!
「着けてみろよ。ほら」
チェスタに促されて、ルビーの首飾りを着けてみますわ。
……程よい重みが、この宝石の価値を物語っていますわね。胸元に燦然と輝くルビーが綺麗で、思わずため息が零れます。
「……似合うかしら?」
「鏡、見る?はい」
ジョヴァンが掲げてくれた鏡(これも恐らくは戦利品ですわね)を見れば、何と言うか……自分で言うのも何ですけれど、似合いますわ。
「おーおー、似合う似合う!っははははは、目玉が3つになったみてーだな!」
頂いた感想が大分アレですけれど、ま、この首飾りは頂いておくことにしますわ。だってこれ、私に似合うんですもの。
それから宝石や武器、貨幣といったものを山分けしましてよ。
ちなみに私は貨幣の他には宝石を数点と壁掛け鏡を頂きましたわ。鏡はさっきジョヴァンが掲げてくれたものですわね。鏡をぐるりと囲む花と小鳥の細工が気に入りましたの。
「金の取り分はこれでいいか?」
「ま、俺は今回は実働じゃあなかったし、これで十分満足よ」
「俺も文句ないぜ」
貨幣の分け方は、ドランとチェスタと私が3ずつ、ジョヴァンが1、という割合ですわね。実際には物品での分け前がありますから、取り分の差はもう少し少なくなるかしら。
……けれど、私、ここで異議を申し立てますわ!
「私、これ要りませんわ」
「え?なんでよ」
「遠慮しなくていいぜー、新入り」
ジョヴァンとチェスタがそれぞれ首を傾げてますけど、私、皆に黙っていることがありますのよ。
「実は私、カスターネの家から持ち出してきて、それでいてここに出していないものがありますの」
私がそう言えば、皆、不審げな顔をしましたわね。
「……一応、全部見せてもらおうか」
「それはよろしいのだけれど、ここで出したら部屋が埋まりますわよ」
そして、私がそう説明すればまた皆、首を傾げましたわね。
……まあいいわ。勿体ぶる程の物でもないし、種明かししてしまいましょう。
「実は私、気に入った家具をとってきましたの」
「……家具ぅ!?おま、そんなモン盗ってたのかよ!っはははははは、んだよ、こいつ相当変な奴じゃねーか!ひゃひゃひゃひゃひゃ」
チェスタがゲタゲタ笑い始めたのを皮切りに、ジョヴァンが肩を竦めて、ドランが首を傾げましたわ。ええ、大体こいつらの反応、読めるようになってきましたわ。
「道理で空間鞄がいっぱいだ、などということになるわけだ」
「俺としては、お嬢さんが一体どうやってその大量の家具を短時間で盗むに至ったかが気になりますけどねえ……」
空間鞄の素晴らしいところは、私の細腕では到底持てないようなものも、収納してしまえば簡単に持ち運べる、ということですわ。
そして収納については……少々弄ってやれば、鞄より大きなものでも簡単にすぽっといくようにできますのよ。おほほほほほ。でもそれは内緒ですわ。
「その家具は……売るつもりなのか?」
「いいえ?使うつもりでしてよ」
「お嬢さん。悪いんだけど、うち、そんなに広くないのよ」
「あら。ご心配には及びませんわ」
笑い続けるチェスタは無視して、私、宣言しましたわ!
「私、地下に私専用の家、建てますの!」
「ここにしますわ!ここを私の領地としますわ!」
そして私は地下の一角、入り組んだ地下道の突き当りを、我が城と定めましたわ!
ここならアジトへも近いですし、アジトよろしく仕掛け扉にして、入り口を隠してありますの。
内部はまだ廃墟同然ですわ。これは明日から掃除していかなければなりませんわね。それから家具を置いて、自分のお気に入りの部屋を作り上げますの!最高にワクワクしますわね!
「さあ、これで一段落、ですわね。祝杯に、ワインはいかが?」
私は鞄から高級ワインの瓶を取り出して、3人に見せてやりましたわ。
すると3人とも、今までぽかんとしていたのが、途端ににやりと笑いだしますのね。
「……どうやら俺の、人を見る目は悪くなかったらしい」
「ね。俺もそう思うわ」
「お前、ワインも盗んできたのかよ!やるじゃん!」
さあさあ。ここからは私の入団祝い、そして私の初仕事達成祝いですわよ!盗んできたワイン、片っ端から開けてやりますわー!