8話「お持ち帰りしてしまいましたわ……」
私が名乗りを上げて、更に『この部屋に毒が撒かれたから逃げろ』という衝撃的なことを言ったものですから、食堂の中は騒然となりましたわ。
……勿論、ダクター様とダクター様の護衛以外は私の存在自体にはまるで驚いていませんけれど。
「さっさとお逃げなさい!死にますわよッ!」
私が追い立てると、聖騎士達はよく訓練された動きで部屋の外へ逃げていきましたわ。限られた出入口ですけれど、外に控えていたのも聖騎士ですから、私の怒声が聞こえ次第、さっさと道を空けて他の聖騎士達を通すという有能ぶりですのよ。おほほほほ。
「皆さん!すぐに退避を!道を空けてください!全員が外に出られるように!」
キャロルも早速指揮を執って、聖騎士達を誘導していきますわ。自分の避難より聖騎士達の避難を優先して指揮を執るキャロルの姿は惚れ惚れするくらい凛としていて、私、とっても鼻が高くってよ!
……一方、ぽかんとしたまま動かない馬鹿が居ましたわね。
ええ。ダクター様ですわ。
ダクター様は自分の護衛2人共々、ぽかんとしながら聖騎士達の怒涛の脱出を見守っていましたのよ。聖騎士達が逃げ、キャロルもダクター様を見やりつつ退室して、それでも。
……ええ。着席したまま、ですわ。何ならそのまま食事を再開しそうなくらいに暢気に、ですわ!
流石、日和見国家オーケスタの王子様ですわね!その暢気っぷり、いっそ天晴といったところですわね!
勿論、こんなところでダクター様に死なれたら困りますのよ!私の計画が水の泡ですわッ!
ダクター様にはしっかり燃えて頂かなければなりませんのよ!こんな、私の計画でもないところでしょうもない死に方されたら私の恨み、晴らせませんわァーッ!
「あなたも死にたくなければとっとと部屋を出なさいなッ!」
とりあえずその姿にイライラさせられましたので、ダクター様の前の机を蹴り飛ばしてやりましてよ。
「え、あ……」
ダクター様はなんというか……混乱が度を越したようですわねえ……。固まったまままるで動きませんわ。護衛の方はまだ多少は動けるようで、ダクター様をなんとか動かそうとしつつも何もできずにオロオロしていますけれど。
「な、馬鹿な……何故」
「馬鹿はあなたですわよ!あなた死にたいんですの!?死にたくないんですの!?どっちなんですの!?」
問い詰めてみても、ダクター様は動きませんわ!どういうことなんですの!?まさか自分が国王他王家の面々に切り捨てられたと気づいてショックを受けているとかそんな陳腐な理由じゃあないでしょうね!
「あ……い、おい、あ……」
……あらっ?呂律が回っていなくてよ?
これは……もしかして……。
あっ分かりましたわ!これ、もう毒が回って自力で動けなくなってるだけですわね!おほほほほほ!
しょうがないからダクター様を抱えて窓を蹴破って外に出ましたわ。護衛2人はもう聖騎士に混じって逃げていましたから、これで逃げ遅れはゼロですわね。
それにしても、ダクター様が早速毒でラリってしまうとは、盲点でしたわぁ……。
発生した毒は、空気に溶けつつも空気より重いものだったのだと思いますわ。だからこそ、着席しっぱなしだったダクター様は立っていた護衛や聖騎士達よりも先に毒にやられた、ということなのでしょうね。全く、オロオロするにしても、せめて席を立っていれば自分の脚で逃げられたでしょうにね!
「手間を掛けさせてくれましたわねえ」
とりあえず、毒の発生源から遠い一角、城の外周を囲う庭の大きな木の下にダクター様を転がしましたわ。これで勝手に死ぬことは無いでしょうね。毒を吸って今こそ体が動かないとしても、新鮮な空気を吸って休んでいれば勝手に良くなる程度でしょうし。
……まあ、ダクター様にとってはここで死んだ方が楽な人生だったと思いますけれど。これから彼にも王家の他の連中にもしっかり地獄を見て頂きますけれど。
「これに懲りたらさっさと動くことですわね。ではごきげんよう」
「ま……て……」
ダクター様はまだ回らない呂律で何か言っていましたけれど、無視してさっさと帰りますわ!
……さて。
食堂の騒ぎは王城中に広まっていましてよ。
聖騎士達が一斉に動いたことで王家の兵士達も何事かと駆けつけてきましたし、何なら国王も駆けつけてきましたわ!
国王だってこれは予想外だったはずでしてよ。国王の計画ではきっと、聖騎士達もキャロルも、そしてダクター様も、全員静かに死んでいたはずなのですから。
それがここまで騒がしくなって、更に殺す予定だった者が誰一人として殺せていないというこの状況!さぞかし驚き、さぞかし悔しく思っていることでしょうね!
……といったところで、私、聖騎士の群れの中からそれとなーくこちらへやってきてくれる聖騎士を見つけて、そちらへさっと移動しますわ!
ここで私がうろついているのを国王やその他諸々に見られると厄介ですから、私は冷静に避難しますのよ!
私の避難経路は聖騎士達が上手く作ってくれましたわ!彼らが壁になって目隠しをしてくれることで、私は国王にも、王家の兵士にも、その他の野次馬たちにも見つからずに動くことができて……そして、バッチリ避難できましたわ!
そう!チェスタの空間鞄の中にね!
……ということで、次に私が外に出たら、そこはエルゼマリンのアジトでしたわ。
「よお。お疲れ」
「あなたもね。よい働きでしたわ。よく、私があそこから来ると分かりましたわね?」
「へへ、まあな」
とりあえず私を無事に連れて帰ってくれたチェスタを労って、それからドランの無事も確認しましたわ。
「あなたも無事ね」
「ああ。この通りだ」
まあ、ドランがしくじるとは思っていませんでしたけれど、こうして無事に帰還した様子を確認できると安心しますわぁ……。
「あの後どうなったのか、教えて下さる?」
さて。安否の確認も粗方できたところで、報告を受けることにしましてよ。
「まず、あの後会食は中止となった」
「でしょうね」
逆にあの後続行されたらビックリですわよ。
「城の一階部分は全て毒の汚染の可能性があるということで避難対象になったから、大分大事になったな。そのせいで城中どころか城下町にまで騒ぎは広まった」
「それは愉快ですわねえ。王家としては秘密裏かつ穏便に処理する道を失ったということですから、相当苦しいでしょうね」
「そうだろうな。しかも今回は犯人について言及しないといけない。城の中の事件なのだから、王家が事件を解明しないといけないわけだ」
あらあら。王家はキャロルを始末しようとして自分達の首を絞めてしまっていますわねえ。自分達が仕掛けた事件について自分達で解明しなくてはならないとは何とも大変ですわ。おほほほほ。
事件を完璧に解明したら『神の使いであり民衆の味方である聖女様を殺そうとしました』ということになり、全く解明しなければ『王家は自分達の城の中で起こった事件すら解明できない』ということで無能扱い待ったなし。かといって中途半端な解明を行えば絶対にボロが出ますわ!間違いありませんわ!
……それに、ダクター様を切り捨てた時点で、現在の王家は少なくともダクター様と他王家との2分割。足並みの揃わない王家がこれからどうするのかは見物ですわね。
「城がそんな状態だから聖女が居続ける意味は無い。引き留められはしたが、キャロルは『自分を殺そうとしている相手が居る城に居続けることはできない』と主張して帰ってきた」
「大正解ですわ」
王家としてはここでキャロルに罪を擦り付ける事が出来れば万々歳だったと思いますけれど、流石にそれは難しい主張でしょうねえ……。キャロルが自分達の居る食堂に毒を撒く利点なんて、『ダクター様を殺すこと』か『自分達が殺されそうになったと主張すること』くらいしかありませんもの。どちらも、『中立』を主張する大聖堂の行動としてはおかしいですものね。
しかも、今回の毒は部屋全体へ広がる大規模なもの。招かれた側のキャロルが毒を仕掛けたと主張するのはとても難しいと思いますわ。
……さて、報告も以上ですわね。
後は王家の対応を見守らせて頂くことにしましょう。これ以上私達がこの件について何かすることはありませんわ。
ただ……今回、城に入り込んだ目的って兵士を詰めてきたり、宝物庫の場所を探したりすることだったのですけれど、残念ながら兵士を多少詰めて帰ってきたくらいしか成果がありませんでしたのよねえ……。それもこれも、キャロルを毒殺しようだなんて考えるアホンダラ王家のせいですわよッ!
……まあ仕方ありませんわね。過ぎてしまった事を悔やんでも何の役にも立ちませんわ。
まずは今回の成果の確認をするとしましょう。そんなに多くはありませんけれど、兵士は詰めて帰ってきているのですし、うまくいけば彼らから宝物庫の場所などを聞き出すこともできるかも……。
……と思って、鞄の中につめた兵士やら何やらを取り出して整理し始めましたわ。勿論、サキ様のお店の中で。
1人ずつ取り出しては奴隷にして無力化。この作業、本当に疲れますわぁ……。
「お嬢さん、1人でどんだけ詰めてきたのよ」
「詰められるだけ、でしてよ」
今、まだ作業中ですけれど、この時点で既に兵士の数は30に及んでいますわ。ぼちぼちの成果でしたわね。ええ。
……ええ。とても満足のいく結果でしたのよ。ええ。
私、自分の成果に満足しつつ、違法な奴隷を大量生産しつつ……でも、そこで終わりませんでしたわ。
私……私……とんでもないものを鞄から取り出してしまったのですわ!
「……あっ」
鞄から取り出して、相手の反応を見て、よくよく姿を見てみて……ようやく気づきましたわ。
ああ私、なんてことをしてしまったのかしら!
やばいですわ。どうしましょう。これは予想していなかったことですわ!
……うっかり!ついうっかり!全く以て持って帰るつもりのなかった第5王女と第8王女を持って帰ってきてしまいましたわァーッ!