7話「天井からごきげんよう!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、キャロルとダクター様と大量の聖騎士軍団が詰まっている王城の食堂を窓からこっそり覗いておりますの。
クリスが役に立つ時が来ましたわね!彼こそ毒見役にぴったりですわ!
……食堂の中では、どうやらクリスが毒見をしたようですわね。
でも、特にぶっ倒れたり吐いたりする様子は無くってよ。ということは、遅効性の毒なのか、はたまた……毒がそもそも入っていないのか。
私の読みですと、王家は兵力で勝てないと分かった以上、毒殺など別の手段を講じてキャロルを捕らえる、もしくはいっそサックリ殺してしまう、というようなことをやらかすと思っていたのですけれど……食事に毒は流石に入れていないようですわね。
まあよくってよ。なら、大方次の動きは読めますもの。
「……どうだった」
そんな私に声をかけてきたのはドランですわ。彼は聖騎士の鎧に身を包んだ、いつもの恰好ですわね。
「ばっちり王家の兵士を回収して参りましたわ。できればもう少し頑張りたいところですけれど」
まずはキャロルの方が先決ですわ。王家の兵士の回収はあくまでも『可能ならば行う』という程度のもの。一方、キャロルの護衛は絶対に成功させなくてはならない事項ですものね。
「とりあえず、クリスが毒見をしたところですわ。死なないところを見ると、少なくとも遅効性の毒である可能性が高そうですわね」
「解毒剤は予め飲ませてあるのだったな」
「ええ。食べ物に入れやすい毒一通りは網羅したつもりですわ」
キャロルにはクリスを毒見役として付けておきましたけれど、万一のことを考えて、一通りの解毒剤は予め飲ませてあるんですのよ。
毒物に関しては私、そんじょそこらの学者よりよっぽど詳しいんですもの。解毒剤についても、一般に知られていないようなものをいくつも知っていますわ。
「……ですから問題は、食べ物に頼らない毒を使ってきた時、ですわね」
……私の毒物の知識は、王家のそれを遥かに上回りますわ。王家が『裏を掻いてやろう』と思ったとしても、それって私にとっての表でしかなくってよ。
王家はきっと、毒を使ってきますわ。兵力に頼らずにキャロルや聖騎士達を全滅させるために、きっと毒を使ってくるのですわ。
それは例えば……空気に溶ける毒、などですわね。
深い洞窟の中には空気に溶ける毒が混ざっていることがよくありますの。そういう時は火のついた蝋燭を持ち込んで、その火が消えたならそこに毒がある証拠、だなんてことはよくやりますけれど……その『空気に溶ける毒』は案外簡単に生み出せるものなんですのよ。何なら、洞窟の奥の空気の毒よりも強力な毒を生み出すことだって、十分に可能なのですわ。
空気に溶ける毒の素晴らしいところは、目に見えないところですわね。目に見えないのですから対策しにくいのですわ。
更に、食べ物などの毒を警戒している相手にも有効だという点が非常によろしいですわね。食べ物を食べないことはできても、空気を吸わないことはできませんもの。どんな相手にも有効なのが、空気に溶ける毒の類なのですわ。
勿論、見えない上にフワフワしている代物ですから、扱いは難しくってよ。けれど、城の中にそういったものを研究している学者が居てもおかしくはありませんしね。恐らく、最新鋭の武器として使ってくると思いますの。
……ただ、ここで1つ、気になることがありますわ。
それは、『ダクター様はこのことを知っているのかしら?』というその一点につきますわね。
空気に溶ける毒の類を有効に使うためには、標的が部屋の中に居る必要がありますわ。空気に溶ける毒は空気に溶けてしまうのですから、あんまりにも風通しのいい場所ですと、どんどん広がって薄まっていって、只の空気と大差なくなってしまいますもの。
……まあ、つまり、空気に溶ける毒は部屋の中に使うもの、なのですけれど……当然、そんなことをすると、部屋の中の全員が毒の餌食になりますのよね。
そう。ダクター様も例外ではないはずですわ。この状態で部屋の中へ空気に溶ける毒を流したら、ダクター様もコロッとイっちゃうはずですのよ。
解毒剤を予め与えてある、ということも考えられますけれど……そもそも、毒を使うことは本来の想定ではないはずですわ。こちらが聖騎士をこんなに大量に連れてこなければ、普通に武力で制圧してキャロルを生け捕りにしていたでしょうから。
となると……。
……王家は、ダクター様を切り捨てた可能性が、極めて高いですわね?
まあよくってよ。敵の内情なんて、知っても『へーそうなんですの』程度のものでしかありませんもの。
私にとって今、大切なのはキャロルですわ!ダクター様が死ぬことについてはどうぞご勝手になさって、といったところですけれど、キャロルを手にかけるようなことがあったら絶対に許しませんわよ!
ということで、早速行動ですわ!
「ドラン。あなた、この上の階に私を投げ飛ばせるかしら?」
「急だな。どうした」
「恐らく、食堂の上の階の部屋で空気に溶ける毒の生成が行われると思いますの」
「そういうことか」
ドランは頷くと……私を抱えて、地面を蹴りましたわ。
その途端、ふわり、と体は宙に浮いて……次の瞬間、ドランは私を抱えていない方の手で、2階のバルコニーの手すりの支柱を掴んでいましたわ!
……そういやこいつ、人間離れした身体能力を持っていましたわねえ……。ここまでだったかはちょっと怪しいですけれど……。
「上がれ。俺を踏み台にしていい」
「あら、じゃあ遠慮なく」
私はドランの肩などをちょいと借りながら、さっと2階のバルコニーへ移ることに成功しましたわ。ドランもその後から難なく体を引き上げてバルコニー入りしましたわね。
「……随分張り切りますわね、あなた。身体強化の魔法、大盤振る舞いなんじゃなくって?」
「大したことはしてない。ただ最近、少し人狼の力を使うようになっただけだ」
あら。鎧兜で見えていませんけれど、どうやら今のドランには耳だの尻尾だのが生えているようですわね。後で触りますわ。
「中の様子はどうだ」
ドランの耳と尻尾は置いておいて、とりあえず今は部屋の中、ですわね。
……流石に多少は物音がしましたから、バッチリ警戒されていましたわ。窓の中を覗き込んだら、窓の中に居た人と目が合いましてよ。
「突入ッ!」
見つかったなら迷っている暇はありませんわ!突入ですわ!
窓から部屋の中に入り込んで、早速、適当なものを投げて中に居た人間の頭を狙いますわよ!
もう一方ではドランが人間離れした速度で動いて、さっと部屋のドアを封じましたわね!これでこの部屋に居た者達はもう逃げられませんわ!
「……ここで何をしていたのかお答えなさい。答えないというのならば、あなた達もこいつと同じ目に遭いますわよ」
私は初手で花瓶を投げつけて昏倒させた1人を示しながら、部屋全体にそう言ってやりましたわ!逃げ場を失って、この状況!流石に全員、投降するしかありませんわね!おほほほほほ!
「やはりここで毒の生成を行っていたんですのね」
一通り、部屋の中に居た者達から話を聞いて、それから部屋の設備を見て……おおよそは分かりましたわ。
やっぱりと言うべきか、この部屋で空気に溶ける毒を生成して、それを下の階の食堂へ流す、という流れだったようですわね。
使われている素材はコカトリスの血やドラゴンの爪やドドメムラサキスライムの粘液、といった、この手の道の者にとってはよく知るものばかりでしたわ。これなら私もやったことがありましてよ。
「……まあ、分かりましたわ。情報提供、ご苦労様」
私は部屋に居た城の学者や魔法使いなんかの群れにそう言って、さて、毒の発生装置を破壊しようと近づきましたわ。
この仕組みですと、瓶の中のドラゴンの爪を取ってしまえばいいはずで……。
……その時、でしたわ。
「そうはさせるか!オーケスタ王家万歳!」
そう言いながら飛びかかってきた魔法使い2人が、私に向かって何か魔法を使い……そこで生成された液体を、浴びせてきましたのよ。
私に掛けられたものは、猛毒と酸でしたわ。
肌を侵し、骨まで染みて痛みを生む液体と、肌を焼き、肉を焼き、鉄をも溶かしていく液体。
そんなものが瞬時に魔法で生み出されて、たっぷりと掛けられて……。
「まあ無事ですけれど何か!?」
当然のように私は無事ですので、私に酸を浴びせてきた野郎をぶん殴ってぶっ飛ばしてやりましたわッ!
私、魔法系の毒にだって当然のように耐性がありますわ!この程度で傷つくような鍛え方はしておりませんのよッ!
「ば、化け物……」
「化け物で結構!あーもう頭に来ましたわ!一々茶々を入れてくるもんじゃあなくってよッ!あなた達は生かしてやろうかと思いましたけれど気が変わりましたわ!まずはあなた達から殺しますわよ!」
もう情報も搾り終わりましたし、生かしておく理由がありませんわね!さっさとこいつらを始末してしまいましょうかしら!
……と思って、短剣を抜いた時、でしたわ。
「……えっ」
私の背後で、毒の発生装置がカタカタ言っていましたわ。
……コカトリスの血にドラゴンの爪、ドドメムラサキスライムの粘液、それに大蛇の鱗や塩の塊なんかも入って……まあ、生成される予定だった毒は、この道の者にとってはそれほど珍しくも無いものだったと思いますのよ。
けれど……今、そこに、全く別の毒と酸が、入りました、わね?
私に向けて放たれた毒と酸がそれぞれ、毒発生装置の中に入り込んでしまっているのを、私、見てしまいましたわ。
……そして、毒発生装置が、見事に作動し始めてしまっているのですわ!
「ドラン!床をぶち抜いてくださるかしら!?私、そこから降りますわ!」
私が魔法使い達を殴り飛ばす間に、ドランもドランで学者だのなんだのをメキメキやってから私の元へと駆けつけて……その人外の拳で、見事、床に穴を空けてくれましたわ!
2階の床は1階の天井でしてよ!覗き込めば、そこには食堂が見えますわ!
「私はここから降りますわ!あなたは廊下から誘導をお願い!」
「分かった。俺は聖騎士達の誘導に徹しよう。……それから、兜が壊れそうだ。気を付けた方がいい」
ドランに言われて咄嗟に兜を触ってみましたら、さっきの酸のせいか、兜が壊れかけていましたわ。これだと顔が見えますわね。でも着替えている暇は無くってよ!
……なら結論は1つですわね!
私、床の穴から飛び降りて、食堂へと降り立ちましたわ!
「ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!」
驚愕する皆の前に立った私は、兜なんてとっくに脱ぎ捨てていてよ!
「お逃げなさい!この食堂には毒が撒かれ始めていますわ!命が惜しければさっさとここから逃げるのですわッ!」
そして私はそう、はっきりと言い放ったのですわ!