14話「初仕事でしてよ」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、エルゼマリン貴族街の西にあるカスターネ家の別荘に来ているわ!
そしてこれから私、初仕事ですの!胸が高鳴りますわね!
「いいか?きっかり15分だ。それまでにカスターネ当主と妻3人を確実に殺せ。最悪、金品は手に入らなくてもいい。……そして、ヴァイオリア。放火は任せた」
「よくってよ。しっかりやり遂げますわ!」
しっかり殺しますし、金品も洗い浚い全部頂くつもりですし、放火もしますわ!私、手は抜きませんわよ!
「チェスタ。いいな?」
「ん」
……そして。今気づきましたけれど。
薬中が、正気に戻っていますわ……!
「あー……ところでよぉ、ドラン」
「ああ」
薬中ことチェスタは、派手な金髪頭を傾げつつ、私を見ていますわね。
「こいつ、誰?」
……薬中、流石ですわ。記憶がぶっ飛んでるらしいですわね。
でも、今、私を見つめている飴色の目には確かに理性が見られますわ。
「ヴァイオリアだ。今日からうちに入ることになった」
余りにも今更ですが、二度目の自己紹介でしてよ。
「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。一応、昨日の内にあなたとはお話ししているのだけれど」
「悪ぃな、覚えてねえや」
でしょうね。というか覚えていたなら今すぐ地面に埋まりたいくらい羞恥して然るべきだと思いますわ。昨夜のこいつは洞窟の中でお星さまを見ていたようですものね。
この薬中は今日も戦闘後はまたお星さまを見始めるのかしら?……と思っていたら、ふと、私の目を見つめて目を輝かせました。
……ただしその瞳の輝きは、キラキラ、ではなく、ギラリ、の方ですわ。
「へー……お前の目、ルビーみてーだな」
手が伸ばされて、私の頬に触れました。
冷たい、ですわね。……そういえば、こいつの左手は義手なんでしたわね。
「赤い目。珍しいな。気味悪ぃけど」
大分失礼な事を言って、チェスタは私の目をまじまじと見つめてきますわね。こいつ、『他人の目を見つめている時、他人に見つめ返されている』ってことが分かってないのかしら?私、真っ直ぐ睨み返しているのだけれど、全く気にしている様子がありませんわね、こいつ。流石薬中ですわ!
「おい、チェスタ。いい加減にしろ」
「わーってるって」
チェスタは最後に目をギラリと光らせて見開いて、じっと私の目を見つめると……私から離れて、ひらり、と手を振りました。
「じゃ、お先に。殺すのは4人だろ?俺が2人やる。お前らで残り2人やれよ」
そして、素早く屋敷の中へと駆けこんでいってしまいましてよ。
……無性に腹立たしいですけれど、まあ、今はいいですわ。
「……俺達も動くぞ」
「ええ。そうですわね」
ドランもチェスタの後を追って駆け出したのを見て、私も早速、屋敷の中へと入り込みましたわ。
屋敷の中に入りましたわ。
正面玄関から入るのはドラン。私は裏口から入る手筈でしたので、裏口に回りましたわ。ちなみにチェスタはどこかの窓から入っていますわね。
裏口から入るとすぐ、台所ですわね。料理人やメイド達も、流石にこの深夜には寝静まっているようですわ。静かなものですけれど……。
……少し台所を見回すと、地下への階段が見つかりましたわ。まあ、十中八九ワインセラーでしょうから無視します。ここを探るのは最後ね。
台所を出て使用人室の並びを抜けます。
令嬢としての教育を受けた私には、優雅に、足音をさせずに歩くことなど朝飯前でしてよ。令嬢たるもの、ハイヒールでも足音をさせず、ハイヒールでも全力疾走でき、ハイヒールでも階段を3段飛ばしで降りられなければなりませんわ。おほほほほ。
いえ、流石に今は革のブーツですけれど。
……こんな仕事ですもの、衣装もドレスというわけにはいかなくってよ。
夜闇に溶け込む黒の服も、移動を妨げないブーツも、全部あり合わせのようですけれど、まあ、問題ありませんわ。
何せ、武器はしっかり持ってきていますもの。装備はそれで十分でしてよ。暗殺に防具は飾りですわ!
さあ、さっさとこの新しい弓を試し撃ちしたくて仕方ありませんの。さっさと標的を見つけて殺しますわよ!
普通に考えるなら、寝室のある2階に行くべきですわね。
でも私、ここでピンときましてよ。魔力の気配、とでもいうのかしら。
勘の赴くまま、私は客室へ向かいます。
だってどうせ今から2階に向かったって、先に入っているはずのチェスタがもう仕事してますもの!だったら別の方へ行った方が合理的ですわね?
……そして客室には、見事、私の勘通りに標的が居ましてよ!流石、私ですわね!
ただし……少々、予想外でしたわ。
「ふ、ふははははは!やはり賊が来たようだな!」
そこに居たのは、カスターネ家当主でしてよ。
そしてその横に居るのは……3人の妻の誰でも無い、ですわね。
小柄な体躯。フード付きのマント。明らかに『こっち側』の佇まい。
……こいつ、誰ですの?
「こうなると思って護衛を雇っておいたのだ!」
が、そいつが誰なのかは当主自ら明かしてくださいましたわね。どうやらそいつは雇われ護衛。つまり、私の敵、ということになりますわね。
得物は何かしら。見たところ武器らしいものを持っているようには見えませんけれど、ということは暗器かしら?徒手空拳?その割には小柄ですけれど。
そして何より、フード付きのマントをしっかり着込んでいるせいで、相手の顔もよく分かりませんの。……まるで出方が分かりませんわね。
けれど、これだけは分かりますわ。
「……強敵、ですわね」
目の前に立ちはだかる敵。
こいつ、間違いなく、強敵ですわ。私の第六感が告げていますの。
「では後は任せたぞ!」
当主が大窓から逃げていくのを見ていると、足元に気配を感じましたわ。
すぐにその場から離れると案の定、一瞬前まで私が居た所の床が弾け飛びましてよ!
「あら……あなた、雷使いですのね」
私の問いに答えなどあるはずもなく、また、私を狙うように床や壁が弾け飛びますわ。
どうやら、カスターネ家当主が雇ったこの護衛、雷の魔法を使うようですの。成程。魔法で戦うのなら武器らしい武器を持っていないのも納得ですわね。小柄な体躯ですから徒手空拳でもなさそうだとは思ってましたけれど、魔法、とは。少々驚かされましたわ。
しかし、この雷、厄介ですわ。
何せここは狭い室内。今のところなんとか全部躱せていますけれど、そうそう避け続けられるとも思いませんわね。
……恐らく、相手の精神力も魔力も無尽蔵ではないでしょう。ならば、魔法使い相手に一番有効な戦い方は、相手の消耗を待つ持久戦ですわ。
けれどそんなことは相手も分かった上で自分の戦い方を決めているのでしょうね。そうでなかったら、こんなどう見ても裏の護衛業なんてやってませんわね。
それに私も、のんびりしているわけにはいかなくってよ。
何せ私には、『15分』という時間制限がありますの。私、15分以内で殺して奪って燃やさなくてはなりませんのよ!?こんなところでのんびり優雅に持久戦、なんてやってらんねーのですわッ!
ということで私、攻めますわ。守るより避けるより、攻めるのが一番性に合っていてよ!
「魔法使いだって人ですわ!殺せば死にますわねーッ!」
雷ってギリギリで避ける、という訳にはいきませんの。近づいたら私の方に稲光が流れてパーンですわ。なので常に大きめの避け方をしなければならないのですわ。それに私が今、構えている武器は弓。以上から、私の正しい戦い方としましては、ここで大きく距離を取る、ということになるのでしょうが……私はここを、姿勢を思い切り低くして突っ込むことで回避しましたわ!
そしてそのまま接近!魔法と魔法の間にはどうしたって隙が生じますわ!一発外させた瞬間を狙えば、こっちの武器が弓だったとしても確実に攻撃を当てられてよ!
「っ、このっ!」
しかし相手も流石にこういう仕事をしているだけありますわね。
雷を数度避ける、なんてことをやってのけた私に対して、多少の焦りは見られるものの、それでもしっかり対処してきましたわ。
即ち、袖からナイフを取り出して投げて応戦してきましたわ。
「あら、良い腕ですのね!」
そして私、これには少々焦りますわね。何といっても、敵のナイフは私の右腕を切り裂いていったのですから。
つ、と血が細く流れて床に落ちましたわ。これ、結構ヤバいのではなくって?
ですが私、焦ったとしても諦めはしませんわよ!むしろこれはチャンスですわ!
私は両手を下ろして立ち上がります。すると血が流れて、右手に握った矢を伝っていきますの。
……それを確認したなら、次の行動は決まりでしてよ!
即ち、攻める!攻める!攻める!それだけですわ!
雷が来ることは分かっていましたので、今度は大きく部屋の周囲を旋回するように避けましたわ。
必ずしも最小の動きでよけようとするのではなく、あくまで、相手の予想から外れて動くこと。それが勝利の秘訣でしてよ。
そう。相手は、また私が命知らずな避け方をしてくると踏んでいたのでしょうね。ですから私、そこに生まれた相手の隙を、見逃さなくってよ。
ベッドの上に飛び乗って、そしてベッドを踏み台にそのまま大きく跳躍。敵へ迫りながら、弓を構えて……!
「頂きましたわーッ!」
矢を撃ちましたわ!……窓の外に!
「えっ」
その時、敵の護衛のフードの下に、驚愕の表情が浮かんでいました。
私が狙ったのは護衛ではなくってよ。
元々の標的。敵の護衛対象。カスターネ家当主その人ですわ!足の遅い豚なら、まだ十分矢の届く距離にいますのよ!
窓から逃げていたカスターネ家当主は私の矢を受けると、痙攣して絶命しましてよ。やりましたわ!
「おーほほほほほ!わざわざ護衛と戦ってやるよりこっちの方が早いですわねーっ!」
私が勝ち誇って笑い声を上げると、一瞬、護衛は怯んでいましたけれど、すぐに動きましたわ。
「おっと、危ないですわね」
雷が走ることを予見して、私、さっさとその場から離れますわよ。すると案の定、雷が私の予想した通りに流れましたわ。
……見たところ、相手は相当に焦っているようですわね。狼狽ぶりが手に取るように分かってよ。こいつ、もしかすると、経験が浅いのかしら。任務失敗に焦って、周りが見えていないように見えますわね。
恐らくこいつ、任務失敗したことなんてないのでしょうね。暗殺でしたら、さっきの雷の魔法と投げナイフだけで十分に仕事ができるでしょうし。魔法に対策をしてきた奴をナイフで仕留める、というのは確かに有効な手段ですわね。でも今回は私の方が上手だったということですわ!おほほほほほ!
「さて。あなた、そろそろ撤退した方がよろしいんじゃなくって?」
睨み合って数秒。相手がどう動いたものか迷っているらしいのを感じて、私は促してやることにしましたわ。
「あなたの護衛対象は殺しましたわ。そしてここにはもうじき、私の仲間が来ましてよ。……あなた、1対多数で戦うおつもり?ちなみに私はもう目的を達しましたもの。あなたとこれ以上やり合う気はなくってよ。あなたもやる気が無いというなら、ここはお互い、笑ってお別れしましょう」
相手は迷ったようですけれど、ふと、訝し気に私を見つめましたわ。
「お前……誰だ?こんなのが居るなんて、聞いてない」
「さあ、誰でしょうね?」
「変な術、使ったように見えたけど」
「手の内晒してやる程親切じゃあありませんのよ、私」
なんてこともないやり取りの後、上階から降りてくる足音が聞こえましたわ。どうやら、ドランかチェスタかが来るみたいですわね。
「そろそろお開きにしませんこと?もう私の仲間がここに来るわ」
相手にも足音は聞こえたみたいですわね。撤退を決めてくれたらしいですわ。
「……覚えてろ」
「ええ。あなたもお元気で」
相手は捨て台詞を吐いて、すぐ、何か魔法を使いましたわ。
魔法はどうやら閃光を放つものだったらしいですわ。めっちゃ眩しいですわね。
……そして閃光が収まった時、もうそこに、例の護衛の姿はありませんでしたわ。
もし私に襲い掛かってくるようなら、と思ってナイフを用意しておいたのですけれど……ま、必要ありませんでしたわね。
「ヴァイオリア。大丈夫か」
「子猫ちゃんが1匹居ましたけれど追い払いましてよ」
部屋へ駈け込んできたドランは、部屋の焼け焦げや弾け飛んだ床を見て、ほんの僅かに焦りの表情を浮かべましたわね。一方私は『してやったり』みたいな気分になりましてよ。相手が焦っていて、自分は余裕綽々、というのはよい気分ですわね!
「……すまない。護衛が雇われたという情報は無かったが……事前に察知できなかった俺の落ち度だ」
「あら、よくってよ。楽しめましたもの」
「怪我は……」
「触らないで頂戴」
でもこっちはいい気分とは別ですのよ。私の右腕に触れようとしたドランを左手で払って、私、寝台のシーツを裂いて包帯にして、さっさと止血しましたわ。
手に付いた血も拭って、さて。これで一安心、ですわね。
「さ、ドラン。そんなシケた面してるものじゃありませんわ。これからがお楽しみ、でしょう?」
「ああ。当主は殺したんだな?」
「ええ。庭で野垂れ死んでいるアレが当主ですわ」
私が庭の方を指さすと、ドランはそれを見て、ああ成程、と呟きました。
「なら、金目の物を漁るぞ。こっちは俺が2人、チェスタが1人殺した」
あらぁ。チェスタは『俺が2人やる』なんて言ってましたけど、結局ドランに2人とられてますのね。おほほほほほ。
「そうと分かれば安心して盗み放題ですわね。私、1階を担当しますわ。どうせ寝室やら衣裳部屋やらは2階でしょう?」
「ああ。上は俺とチェスタで探す。お前は1階を頼む」
「了解しましたわ」
ちら、と時計を見ると、残り7分でしたわ。急がなくてはね。
それから私はありったけ、目についたものは空間鞄にしまいましてよ。
……これだから空間鞄は最高なのですわ!ドラゴンの死体丸ごとだってぶち込める鞄ですもの!泥棒にとっては命綱!コレ1つあればどんな盗みも身軽に行えますのよ!
「さて、最後はワインセラーですわね」
そうして猛烈な勢いで屋敷の中をスッカラカンにしていきつつ、私は最後に台所の地下階段を下りましたわ。
……そこは案の定、ワインセラーでしたの。あらゆるワインが並んでますわね。どうやらカスターネ家当主はワイン蒐集が趣味だったようですわね。
「中々いいものが揃ってますわね」
私、これでも目利きはある程度できますの。並んでいるワインの値打ちも大凡分かりますわ。まあ、今は目利きしている場合じゃないですけど。だって全部まとめて空間鞄行き、ですものね。
けれど1つだけ、気になるワインがあってよ。
それはなんてことは無い、特にそれほど高級品でもないワインですわ。でも……フォルテシア家が所有するワイナリーで作られたワインでしたの。
……これを持って帰って、初仕事の祝杯にしますわ!
そうしてワインを片っ端から鞄に収めたところで……本来だったら見えなかったであろうものが、見えましたわ。
「あら……扉?」
ワインが並んでいたら見えなかったであろう、棚の向こうの扉。それに私は気づきましたの。
扉が見つかってしまったなら、開けざるを得ませんわね!開けますわ!
「……ぶったまげましたわね」
ぶったまげましたわ。ぶったまげましたわよ。
ワインセラーのワイン棚の奥の隠し扉を開けてみたら、そこにあったのは、まあ、お金の山!
恐らく、こうやって別荘にわざわざ財産を隠しておくことで、税収を逃れたのでしょうね。
しかしこんなにお金があるなら、ドランへの報酬もしっかり払えばよかったのですわ。ほんと、金払いの悪い貴族なんて何のとりえもありませんわね!
さて。
そうして私、1階と地下1階のワインセラーから、金目の物や気に入った物をすっかり攫いましたのよ。
そして攫い終わったら後片付けですわね。
つまり、待ちに待ったメインイベント!放火!ですわ!わくわくしますわね!
蒸留酒を染み込ませた紙に点火。
その紙を、やはり蒸留酒を染み込ませたカーペットの上に落としましてよ。
瞬間、ぼわり、と炎が広がっていきましたわ。
「燃えてますわねえ」
はい。燃やしましたわ。
こう、普段なら燃やさない場所に火を点けていると、何か、非日常感のようなものがありますのね。
ところで、暖炉の炎を見ると落ち着きますけれど、床が燃えているのを見ると興奮しますわね。落ち着きとは逆の効果ですわ。不思議ですわね。
「火に油を注ぐ、というのはこういうことですのねえ」
最後に、台所から手に入れてきた油を撒いたり、カスターネ家の借用書だの約束手形だのを焚きつけにしたり、存分に火遊びを楽しんだら撤退ですわ。
こういう火遊びは自分がまきこまれていては面白くなくってよ。ある程度大きくしたら、外から眺めるのが一番ですわ!
放火し終えて屋敷の外に出て少ししたところにドランとチェスタが待っていましたわ。
「お待たせしましたわね」
「……派手にやったな」
屋敷は既に炎の中でしてよ。
「油と蒸留酒をありったけ撒いてきましたの」
「いい手際だ」
自分でもそう思いますわ!
「この分なら何も残らんだろうな」
「ですわね。さ、戻りましょう」
私は燃え盛る屋敷を背後に一歩踏み出して……それから、両手の重さを思い出しましたわ。
「ところでドラン。あなたの空間鞄、空きがあるならこれ、入れて頂けませんこと?」
私は金貨がざっくり入った袋をドランに渡しますわ。これで今まで両手が塞がっていましたの。不便でしたわ!
「構わないが……何かあったのか?鞄の不調か?」
「いえ。純粋に、空間鞄の容量限界に達しましたの」
燃え行く屋敷を背景に、ドランは「一体何をそんなに盗んだんだ……?」と不思議がっていましたけれど、ま、それはじきに分かることですわ!
「さあ戻りましょう!アジトに戻ったら戦果の発表会ですわね!」
私はもう楽しみで楽しみで仕方ありませんわ!