23話「読みが当たりましてよ!」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、いよいよやってくるクリス・ベイ・クラリノの軍勢に胸を躍らせていますの!
「王都側はそろそろか」
「そのようですわね。……リタルが持ってきた計画通り、ですわ」
リタルが持ってきた計画書通りに今のところは計画が進行している、と言えますわね。
ただ……流石に、クリスだってリタルが消えたことには気づいているはずですわ。リタルの行き先を考えるならば、『リタルはクラリノ家を裏切って革命軍へ行った』という答えは簡単に導き出せると思いますの。
クリスがリタルの行き先に思い当たったならば、計画が漏れていることにも気づくはず。
……どう攻めてくるのか、見ものですわねえ。
昼前の明るい時刻。早速、ドンパチやる音が聞こえてくるようになりましたわ。
……まあ、ほとんどがドラゴンですわよ。ええ。ドラゴンのブレス一斉掃射でほとんどの兵は消えていくはずですわ。山の上からでも、木々の向こうで火がちらつくのがちょっぴり見えますわね。
それから、予定通りにドランとチェスタは撃ち漏らし狩りをしてくれているようですわ。2人共戦闘狂ですものね。ええ。それほど時間は掛からずに王都側の防衛は成功するのではないかしら。
そうして王都側のドンパチが収まってきた頃……キーブとリタルが待ち構える南側でも戦闘が始まりましたわ。
キーブの魔法って、遠くからでも彼が戦っていることがよく分かっていいですわねえ……。雷が光っては落ちて轟音を立てていくのがよく分かりますわ。
リタルも善戦しているのではないかしら。……まあ、彼については、クラリノ家の兵士と戦うことに抵抗があるかもしれませんけれど。でも、キーブだけでもそれなりに防衛はできるはずですから、最悪リタルが腑抜けてもまあ、何とかなるとは思いますわよ。ええ。
……そしていよいよ、王都の反対側の道で、戦いが始まりましたわ。
当然ですけれど、ここ、ジョヴァンが罠だけで守り切れるとは思ってませんの。ですから、早目にドランとチェスタとドラゴンちゃん達の加勢が欲しいのですけれど……。
……ここで、クリスは仕掛けてきたようですわね。
ええ。王都側の道の方からの応援が来ませんのよ。
ドランとチェスタとドラゴンちゃん達の戦いの様子はまだ聞こえていますわ。つまり、『手間取っている』ということですわ。
何故手間取っているか、と言ったら……きっと、各方面の攻略に使う人員の割合を、大きく変えたから、だと思いますの。
こちらに作戦が漏れていると知ったクリスなら、きっとできるはずですわ。『速攻で片をつける予定の王都側を手間取らせて、他への応援に行けないよう動きを封じる』ことくらいは。
……さて。ここが悩みどころですわね。
現在、ドランとチェスタとドラゴンちゃん達の王都側が手間取っていますわ。そのせいで、王都の反対側、ジョヴァンが守っている方面が割とガラ空きの状態。今、ジョヴァンの方を一気に攻められたら……通りますわね。兵がここまで大量に来かねませんわ。
或いは、キーブとリタルの方を攻める、ということも十分にあり得ましてよ。何と言っても2人とも魔法使いですもの。耐魔法装備でガチガチに固めてあれば、突破は比較的簡単なはず。特に、クリスにはリタルがこちらに居ることは見えているはずですから、一晩のうちに魔法対策をしてきたとしても不思議ではなくってよ。
……でも。
でも、それらの最悪のケースが全部一度に来るってことは、まず無くってよ。
だって、流石に一晩で集められる兵士の数には限りがあるはずですもの。今回の作戦に参加する兵士の数は、ほとんど元の作戦通りと見ていいと思いますわ。
ですから……来るとしたら、南か、王都の反対側からか。
私は考えて……結論を出しましたわ。
……南を守りに行きますわ。
決断の理由はただ1つ。『クリスにとって、南が一番都合がいいから』ですわね。
クリスが耐魔法装備で固めてきたという前提に立ちますけれど、そうなったら彼にとって一番楽なルートは南の魔法使い側ですわね。
……クリスの視点に立つと、今ってとっても恐ろしい状況ですのよ。だって、『相手にこちらの作戦が割れているのにこちらは相手の作戦も戦力も知らない』のですから。
そう。クリスには、分かりませんの。こちらに何人優秀な戦士が居て、その内の何人が魔法使いで、私がどこに配備されているのかも、全部分かりませんのよ。
でも、いくらか知る方法はありますわ。
……先に送った兵士達が戦う様子を見ていれば、そこに待ち構えているものが何なのかを知ることはできるでしょう。
特に、魔法については。
リタルの魔法もそうですけれど、それ以上にキーブの魔法が目立ちますわね。雷ですもの。光りますし音も出ますから、遠くからでも分かるはずですわ。
ですから、クリスからしてみれば、南側を守っているのが魔法使いだということはすぐに分かるはずですのよ。
……王都側がドラゴンで大変なことになっているのも、多分、見て分かりますわ。一方、王都の反対側、ジョヴァンの罠がたっぷりの道の方は、兵士を突っ込ませても今一つよく分からないと思いますわ。
ならば、クリスにとって『確実に安全』なのは南側。魔法使いが守る方に来ると読みますわ!
私は弓を手に、南側の斜面が見える位置にやってきましたわ。
……キーブとリタルが兵士相手に魔法を放っているのがよく見えますわね。可愛い頑張り屋さん達ですこと。
さて。
そんな頑張り屋さん達はいよいよ兵士達を仕留めに仕留め……南からやってきていた兵士達を殲滅することに成功したのですわ。
「やりましたね!」
「このくらいできて当然だろ。油断するな。今、不意を突きにくる生き残りが居たらお前、死ぬんだからな」
2人が周囲を注意深く見渡して生き残りを探す中、私もよーく、確認しますわ。
ここで、キーブとリタルを狙って出てくる奴が居るはずですの。
「……いませんね」
「そうだね。こっちはこれで終わりか」
でも、2人が探しても私が見ても、クリスらしいものの姿は見えませんでしたわ。
「どうしましょうか。ジョヴァンさんの方に加勢に行くべきでしょうか?」
「んー……そうする?相手が来ないところ、延々と守ってても馬鹿みたいだし。ドラン達の方はまだやってるっぽいし」
そして遂に、キーブとリタルは見切りをつけて、山を登ってき始めましたわ。
そんなはずはない、と、思いますのよ。クリスでしたら、絶対にここを狙いに来たいはず。
ここは魔法使い2人だけの守りですし、耐魔法装備があれば魔法は完封できますわ。それに……。
……ここにはリタルが居ますわ。クリスを裏切った、リタルが。
私、弓を引きましたわ。
何もなければそれでいいんですの。私の杞憂だった、と言って終わりですもの。
でも、何かあるなら……それが狙うのは、リタルでしょうね。
私が狙うのは、要所要所にある障害物の1つ。騎士1人くらい簡単に隠れられる、大きな岩の陰、ですわ!
矢が放たれた瞬間、弓の弦が鳴る音に気付いたキーブがはっとして身構えましたわ。リタルも少し遅れて身構えて……そして、弓が鳴った方ではなく、矢が放物線を描いて飛んでいった先を、警戒しましたの。
……キン、と音がしましたわ。
矢が岩にぶつかった音じゃあなくってよ。これは……鏃が、鎧の板金に当たった音、ですわね。
「……よく分かったな。誉めてやろう」
岩の陰から出てきたのは、やはり耐魔法の鎧に身を包んでやってきた、クリス・ベイ・クラリノその人でしたわ。
「だがもう遅い!国に仇為す裏切り者共め!貴様らはまとめてここで死ね!」
そしてクリスはそう言うと、リタルに向かって剣を繰り出しましたのよ。
狙われたリタルより先に、キーブが動きましたわ。
キーブの放った雷は見事、クリスを捉えましたけれど……でも、クリスは雷を振り払って、尚もリタルへ襲い掛かりますわね。
「くそ、耐魔法装備かよっ!」
キーブの言葉を聞いたリタルは、自分の攻撃手段がクリスに通用しないということを察したようですわね。魔法での迎撃は咄嗟に諦めて、風の魔法を使った回避行動に出ましたわ。
空に飛んでしまえば、クリスも追っては来ませんわ。……と思ったのですけれど、どうやらクリスはよっぽど、リタルを許せないようですわね。リタルに向けてナイフを投げましたわ。
……投げるためのものを持ってきている、ということは、やはり最初から空飛ぶリタルを想定して準備してきた、ということなのでしょうね。クリスはリタルを殺す気ですのね。
「クリス兄様っ」
びっくりするほど無情なクリスの行動に、リタルは咄嗟に戸惑ったようですわ。
親しくしていた相手ですもの、多少は情けがあるのではないか、と思ったのか……或いは単に、自分自身が、その親しかった相手と敵対すること自体に戸惑っているのか。
何にせよ、戸惑っている暇なんてありませんのよ。クリスはもう次のナイフを投げていますし、リタルはそれをなんとか風の魔法で逸らして躱している状態なんですもの。
「リタル!やはり貴様は裏切ったのだな!国を売って大罪人に媚びるとは、何と情けない!恥を知れ!」
「クリス兄様、僕はこの国のためにここに居ます!どう考えたって今の国はおかしいではありませんか!」
「黙れ逆賊!血の繋がりがあれば情を掛けられるとでも思ったか!?国も一族も裏切った貴様に情など湧かん!」
クリスはそう吠えると……魔法を使いましたわ。
流石、クラリノ家の秀才。多彩ですわね。最初の投げナイフは魔法への警戒を逸らすための小細工だったということかしら。
クリスの魔法は水の魔法でしたわ。リタルとよく似た性質のそれは、リタルへ一斉に襲い掛かりますの。
「ならば僕だって同じ気持ちです!クリス兄様はいつまでも国王陛下の言う正しさにばかり従って、本当に何が正しいのか考えもしない!クラリノ家の利益ばかり考えて……それで本当の貴族だと言えるのですか!」
リタルはクリスの魔法を避けたり躱したりしていますけれど、精神に迷いがある分、不利に見えますわね。
純粋な魔法の腕だけなら、リタルが勝ちますわ。でも……今回は、少し分が悪いんじゃあないかしら。
「あっ」
そして遂に、リタルの魔法のバランスが崩れましたわ。リタルは空中で姿勢を制御しきれなくなって、少しばかり降下してしまいましたの。
……それを見逃すクリスではありませんわね。
「裏切り者には死あるのみ!」
クリスは剣を振るって、リタルの脚を斬り落とさんとばかりに斬りかかりましたの。
「だからさ、学習しろっての」
リタルを狙った剣は、リタルから逸れた空を切り裂いて終わりましたわ。
それは、クリスの腕に突き刺さったナイフのせい。
……クリスが投げたナイフを拾って投げた、キーブのせい、ですわね。
「魔法が効かないって分かってるなら、こっちだってそういう対応ができるんだよ。ばーか」
キーブは挑発的にせせら笑って、クリスの前に姿を現しましたわ。
……クリスが、キーブに向かって動きましたわ。
キーブはそれに動じず、ただ悠然と立ち向かって……いえ、よく見たら、握りしめられた手は震えたままですわね。
「いいだろう。ならば貴様が先に死ね」
クリスの、最早狂気すら感じる冷たい言葉を浴びせられて、キーブは笑いましたの。
「そういうことは殺してから言えよ。まあ、どうせお前は僕を殺せないだろうけど」
「その通りですわ」
キーブへ斬りかかろうとしたクリスの腕に、矢が突き刺さりましたわ。
それは、ギリギリまで私が狙いを定めて放った、渾身の一撃ですの。
クリスは自分に刺さった矢を見て、それから、現れた私へと視線を動かしましたわ。
……ここから先は、矢でチマチマ攻撃、なんてしませんわ。圧倒的な力の差を見せつけて敗北を与えてやるのなら、やっぱり最後はコレですわね。
「あなたは誰も殺せませんの。何故ならあなたがここで負けるから、ですわ!さあ、掛かってらっしゃい!『雑魚』!」
私は剣を構えてクリスを煽ってやりますの。
クリスは私を見下ろして、その青い瞳にやはり狂気を滲ませて……すぐ、標的を私へと変え、襲い掛かってきましたわ!