13話「ここが私のアジトですのね!」
ごきげんよう。ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。
私は今、犯罪者集団の中に居ますの。
筋肉狼のドラン・パルク。骸骨男のジョヴァン・バストーリン。薬中のチェスタ・トラペッタ。
私はこれからこの3人と一緒に魔物討伐だの強盗だの窃盗だの暗殺だのしながら過ごすことになりそうですわ!
そして楽しみなのが、こいつらは貴族を獲物にしているということ!
つまり!私、ここに居れば!私の復讐もついでに達成できるかもしれませんの!
私、とっても幸運でしたわね!これからも前向きに暗殺でもなんでもやっていこうと思いますわ!
ということで、エルゼマリンに戻ってきましたわ。ええ。エルゼマリンです。
「まさかのエルゼマリン……」
まさか、捕まった翌日に捕まった町に戻ってくることになるとは思っていませんでしたわ。
「他の町よりは安全だと思うけどね。なんてったってうちの戦闘狂共とお嬢さんが殺してるもの」
「言われてみればそうですわね」
でもまあ、その通りですわ。
エルゼマリンに来ていた兵士達は私を王都へ護送するためにほとんど全員町の外に出て、そこで私達に殺されていますものね。つまり、エルゼマリンは今、ガラ空きなのですわ。
「そうは言っても昼間だ。ヴァイオリアは目につく。早く戻るぞ」
一応は私、指名手配されているのですわね。人相書きが出回っている訳ではなさそうですけれど、気を付けるに越したことはなくってよ。
何といっても私、ギルドのど真ん中で兵士に糾弾されながら兜を外してますもの!ああ思い出したら腹が立ってきましたわ!あ、でもあの兵士、馬で踏み殺してやったんでしたわ。思い出したらすっきりしましたわ!
「そーね。お嬢さん、綺麗だから。ま、目立つわな」
「謙遜はしませんわよ」
確かに私の容姿、多少は目立ちますわね。私、それなりの見目をしている自負はありますのよ。
「しっかりフードを被っておけ」
この面子に紛れていて私だけ目立つということはないと思いますけれど、念のため、しっかりフードは被っておきますわよ。
「こんなところに入り口がありますのね」
「当然だが他言無用だ」
「分かってますわよ。私だって死にたくありませんもの」
彼らの本拠地の入り口は、随分風変わりな場所にありましたわ。
……エルゼマリンは港町。町の中ならば馬車がなくとも物資を運搬できるように、水路が引いてありますわ。港から町のあちこちへは水路と小舟を使って物を運ぶ、ということですわね。
そしてそんな水路の1本。港から表の町を通り過ぎて、貴族街との境にある水路。
その水路に架かる橋の下に……扉が隠れていましたの。
「魔法で隠してあるとはいえ、案外見つからないものなのですわね」
幻覚の魔法が固定してあるのは分かりましたわ。でもその魔法も、扉を探そうと思って見れば簡単に扉を見つけられる程度のものですの。私より魔法が得意な者であれば、ふと見た拍子に見つけてしまうこともあるかもしれませんわね。
……ええ。貴族というものは大抵、魔法の才能がありますもの。貴族街の境の水路にこんな扉があって、よく見つかっていませんわね?
「そりゃあお嬢さん。お貴族様は橋の下を覗くなんて品の無いことはしないもんだぜ。そして、品の無い奴はわざわざ告げ口しないもんさ」
「ああ……言われてみればそうですわねえ」
貴族がここを通る時って、まあ、馬車ですわね。普通。あいつら徒歩というものを知りませんのよ。
そしてまあ……この水路を使うような者なら魔法は使えないでしょうし、こんなところに扉があるなんて思わないでしょうから、この扉は見つけられない。
もしこの扉を見つける者があったとしても、そんな奴は『告げ口しない』者、というわけですわね。成程、理解しましたわ。
橋の下の扉の中へ進むと、そこは当然ながら地下通路ですわね。
「元々は水路の管理の為に設けられた通路らしい。使われなくなって久しいが」
「使われなくなった?それは何故?」
「裏通りの連中が暴れたせいで管理が難しくなったからだ」
「おかげで俺達は都合のいい通路を手に入れることができたってわけだ。先人に感謝しなきゃーね」
まあ、いつの世も悪が栄えまくってるということですわね。『この世に悪が栄えた試し無し』とか言ってる奴は絶対色々見落としてますわよ。
地下通路は只々続いているばかりで変わり映えしませんわね。交差する道の数を覚えておくか、柱の数を覚えておくかしなければ道に迷いそうですわ。
「ねえ、この道、目印みたいなものは無いのかしら?」
「無い」
「強いて言うなら壁の染みとか?レンガの色とか?」
気が狂ってますわね!まあいいですわ!根性で覚えますわよ!
地下道を進んで、明らかに横穴を掘ったらしい場所を抜け、過去には水路の管理者が住んでいたであろう場所を抜け。
そして私は遂に、辿り着いたのですわ!
「ここだ」
……そこは、一見すると、ただの壁ですわ。魔法の気配もまるで無くってよ。
それもそのはず。それは……魔法なんて一切使っていない、それ故に見つかりにくい、ただの絡繰り細工の回転扉だったのですわ!
ドキドキしながらその扉を抜けると……。
そこには、薄暗くこじんまりとして……それでいてどこか懐かしいような、そんな部屋がありました。
「さて……ようこそ、俺達の拠点へ」
「歓迎するぜ、お嬢さん」
私は特に迷うことも無く、それでいて意思はしっかりと、自分の意思で……部屋の中へ、足を踏み出したのですわ。
「茶と酒、どっちがいい」
「どちらでも。どうぞお構いなく」
「お嬢さん、ドラン相手にそれ言わない方がいいぜ。蒸留酒出されてひっくり返った奴もそこに居るんだから」
ジョヴァンの指さす方には、早速ソファの上で丸まって眠り始めたチェスタが居ますわ。こいつ、朝起きた時から一言も喋ってませんでしたけれど、大丈夫なのかしら……?私、薬中の扱いには不慣れですの。どうしていいのか分かりませんわね。まあ、どうにかすることがあるとすれば、ぶん殴るか投げ飛ばすかちょん切るか、ぐらいなものですわね。おほほほほほ。
「ドラン、分かってるだろうな?」
「分かってる。冗談だ」
ドランは低く笑いながら台所と思しき方へ向かっていきましたわ。
……まあ、酒がこようが毒がこようが、別にどうでもよくってよ。
「さて、お嬢さん。どうだい、俺達の拠点は」
ソファを勧められて、私も着席しますわ。私の隣の隣あたりにチェスタが丸まって寝てますけれど、それはもう気にしませんわ。気にしたら負けですわ。
「そうね……ここが私のアジトですのね?悪くないですわ」
部屋の中にあるものは、ソファとローテーブル。そしてテーブルと椅子が少し。棚にはカップやポットがありますけれど、食器は有り合わせに見えますわね。逆に、天井から吊るされているランプはアンティークの魔石硝子のもので、中々良いものですわね。
ビューロにはペンと紙。壁にはボードがあって、そこにいくらかメモが留めてありますわ。ちなみにメモを留めているものはピンだけじゃなくてナイフだったりとまあ、個性が出ていますわね。品の無さも出ていますわね。
……という具合の室内ですの。向こうには扉が見えますから、他の部屋もあるのでしょうけれど……。
「気になるのだけれど、あなた達、ここに住んでらっしゃるの?」
どちらかと言うと、気にすべきはそちらですわね。
もしここに全員で住んでいるとしたら色々と手狭じゃなくって?
「住めなくはないし、詰めることもちょいちょいあるけどね。俺はほら、お嬢さんにも度々ご来店頂いてたあの店の方で寝泊まりしてることが多い。ドランはドランで、別のところに住んでる。チェスタはまあ……この中だと一番拠点に居ることが多いんじゃない?」
私、なんとなくチェスタは路地裏のゴミ溜めで寝泊まりしているような気がしていますわ。なんとなくですけど。
「……ただ、まあ、しばらくはチェスタは追い出す。ここにはお嬢さんが寝泊まりしなきゃあならないし」
あ、安心しましたわ。
そうなのですわ。私、しばらくはこの拠点に詰める、というか……地上に極力出ない生活を送らなくてはなりませんもの。となると……このヤバい奴らと同居は御免被りたいですわね!うら若き乙女としては!
「さて、早速で悪いが、任務の話をさせてもらおう」
やがて、お茶を持ってドランが戻ってきましたわね。
カップを受け取って、私、特に警戒もせずに中身を飲みましたわ。
……ドランとジョヴァンがそれぞれ、お茶を飲む私をじっと見ていましたけれど、まあ、別に良くってよ。何が入っていても構いませんし、何か入れられているとも思いませんわ。この程度で信頼を示せるなら安いものですわね。
「……今回の任務だが」
私がお茶を躊躇いなく飲んだのを見たドランは、少し笑って、すぐ、ローテーブルの上に紙を出してきました。
「殺しと盗みだ」
紙を見れば、大凡のところは把握できましたわ。成程ですわ。
「最近、とある貴族が俺達に依頼をしたが、支払いを拒否していてな。見せしめも兼ねて制裁を加える」
概要はドランの説明する通りですわね。
もう少し詳しく紙の上の情報を読み取りますと、『とある貴族が借金をしている商人の暗殺を依頼したが、その支払いをバックレた』みたいなことが分かりますわね。しょうもない貴族ですこと。
「制裁、というと……要は殺す、ということですの?」
「そうだ」
きっぱりさっぱりしてますわね。嫌いじゃなくってよ。
「その時、屋敷にある金目のものは好きに持って行かせてもらうつもりだ。支払いの補填だな」
「まあ当然ですわね」
貴族も往々にして、裏の世界のものの力を借りることがありますわ。例えば、呪いの道具を手に入れる、とか。政敵を暗殺する、とか。
貴族が裏の世界のものの手を借りることについては、是非は問いませんわ。ただし1つ確かに言えることがあるとするならば、『ヤバい奴の手を借りたなら、その手は綺麗に離すべき』ということですわね。下手に支払いを渋ると命を以て清算する羽目になりましてよ。
「標的はカスターネ家の当主とその妻3人。エルゼマリン貴族街の西の別荘に滞在中だ。明日には王都の屋敷へ戻るらしい。決行は今夜だ」
「急ですわね」
「お前の救出が急に入ってきたからな。本来なら一昨日が決行の日だった」
あ、そういえばそうでしたわね。でも悪いのは兵士達とピンハネ嬢でしてよ。
「標的使用人は逃がす。『主が殺された』と証言する者が必要だ。だが、もし必要なら殺してもいい。屋敷を物色したら火をかける」
「はい!はい!それ私がやりますわ!火の魔法なら使えましてよ!火種には十分ですわ!やります!やれますわ!燃やしますわ!」
「……お嬢さん、威勢がいいねえ」
放火されると放火したくなるものなのですわ!何ならエルゼマリンと王都にある貴族の屋敷すべてを焼き払いたいくらいですわね!
「ならそこは任せよう。……今回は俺とチェスタとヴァイオリアの3人で行く。よかったな、ジョヴァン」
「はいはい。ホントよかったぜ。俺は非戦闘員だっていうのに全く……」
「殺して物色して火をかける、となると手が足りないからな。できれば今回もお前を連れて行きたいくらいだが」
「カンベンしてよ。俺はもうテコでも動かないぜ」
……戦闘員ではない、ということは、ジョヴァンって何の担当ですの?確かに運動に向くようには見えませんし、弱そうですけれど。
「……ということだ。ヴァイオリア。把握できたか?」
「ええ。移動はあなたについて行って、ひと暴れして、適当に金品を奪って、放火して。それで帰りもあなたについて行きますわ。それで良くって?」
「それでいい。目標は侵入から15分。15分以内に殺して奪って火を着けて撤退する。いいな?」
中々の難易度ですわね。でも戦闘員が3人も居るなら、素人を4人殺して金品奪って放火して帰る、というのも十分可能ですわ。
……というか、ドランはそれが可能だと踏んでいる、ということですわね。
つまり、こいつらはそれだけの腕前を持っている、ということですわ。
ドランが馬鹿力なのはもう見えていますわ。チェスタについては……薬中だということ以外分かりませんけれど、少なくともドランはチェスタの戦闘力を高く買っているように見えますわね。
少なくとも、非戦闘員を名乗るジョヴァンとの3人で元々は作戦決行しようとしていたようですから、本来ならばドランとチェスタだけで4人を殺す手筈だったわけですわ。
……成程。
「私、わくわくしてまいりましたわ!」
難しい任務。強い味方。そして、大暴れしていい戦場。
最高ですわね!
「……そうか。お前も中々、こちらの世界向きだな」
ドランが一瞬、複雑そうな顔をしましたけれど……まあ、よくってよ。私も思うところが無いわけではありませんもの。
「楽しいならそれが一番ね。……で、そんなお嬢さんに俺からプレゼント」
……そして、私のわくわくは、それにとどまらなかったのですわ。
「はい。お嬢さんのだろ?」
ジョヴァンがウィンクしながら取り出してきた、それは……!
「これ……!私の鞄ですわ!」
ピンハネ嬢に奪われた、私の空間鞄でしたの!
「こ、これ、どうして」
「売りに来た奴が居たんだよ。で、鞄の中にワイバーンの皮があったんだけど、それが傷1つ無い綺麗な代物で……ま、お嬢さんの仕事だろう、ってね。そこから売りに来た子と少しお話ししてみたら、上機嫌でボロボロ喋ってくれたのよ。おかげで俺達はお嬢さんの危機に間に合った、って訳」
ああー……成程、ピンハネ嬢は私の鞄、ジョヴァンの店に売りに行ったのですね。不幸中の幸いでしたわ!
「どう?喜んでもらえた?」
「ええ、とても!」
目を細めて笑うジョヴァンを見て、私、初めてこの骸骨男に好感が持てた気がしますわ!
「武器は弓でよかったな?あり物で良ければ使うといい」
「助かりますわ。それから、ナイフも1本、頂けます?」
「構わない。後で武器庫に案内する。使いたいものがあれば持っていけ」
そしてドランは気前がよくってよ!ううーん、最高、ですわ!
恵まれた物資!恵まれた仲間!最高!最高ですわね!
「ああ、楽しみだわ!早く夜にならないかしら!」
早く暴れたくて仕方ありませんわ!血が騒ぎますわね!
私、この仕事は天職だった気がしますわね!まだ仕事、始まってないのですけれど!おほほほほほ!