2話「ヤバい成長を遂げていますわ」
ヴァイオリアですわ。ありのまま起こったことをお話ししますわ。
私より小さいお坊ちゃまが、いつのまにか私よりデカい男になってましたわ。
何が起きたのかまるで分かりませんわ。頭がどうにかなりそうですわ。
時の流れの残酷さの片鱗を味わいましてよ……!
しかし私は冷静ですわ。ええ。ちょっとびっくりしただけでしてよ。
「あら、人違いですわね。ではごきげんよう」
私は冷静に去りますわ!
「ま、待ってください!」
去れませんでしたわ。手首を掴まれっぱなしでしたわ。この野郎の手首を切り落としてやりましょうかしら?
「あの、お話だけでも……少しでいいんです。どうか、時間を頂けませんか?」
「申し訳ありませんけれど、私、忙しいんですの」
「わ、分かっています!あなたが人に居場所を知られたらまずいってことも、ここに長居できない事情も、分かってるんです!」
手を振りほどこうとして、私、ぎょっとしましたわ。
リタルを名乗る野郎の言葉に、というのもそうなのですけれど……それ以上に、軽く振り解こうとして、失敗したからですわ。
じょ、冗談じゃなくってよ!こいつ、ヤワそうな顔しておいて、握力が割ととんでもなくってよ!?ドランやお兄様ほどじゃありませんけれど、それでも割ととんでもなくってよ!?
これは本当に短剣の出番かしら、と心の中で覚悟を決める私に、野郎はこう、言いましたわ。
「僕、もう世間知らずのままじゃありませんよ。あなたが誰なのかも、知っています。……ヴァイオリア様」
……げっ。
ま、まあしょうがないですわよね。流石に知ってますわよね……。
……余計にヤバいですわーッ!
やっぱりここで殺しておいた方がいい気もするのですけれど、それでも一応は、話を聞くことにしましたわ。
リタルが1年でどうしてこんな悲劇的ビフォーアフターを遂げてしまったのかも気になるところですし、何より、こいつクラリノ家の傍系ですもの。クラリノ家の情報を毟れるだけ毟りたいところでしてよ。
危ない橋であることには変わり在りませんけれど、これはただの危ない橋ではなくて、その先に宝島のある橋ですもの。なら渡るに限りましてよ。おほほほほ。
……まあ、ここで下手に逃げると余計に厄介ですし。ああ、ここが王都でよかったですわ。エルゼマリンで出くわしていたら、アジトがバレる恐れもありましたものね……。
リタルを名乗る……ああもうリタル本人ってことでもういいですわ!ええ、リタルがこちらの事情を知っている、と言っていたのは本当のようですわね。
私達は王都を出てすぐの森の中で会話することになりましたのよ。
……一応、気配には気を配っていますけれど、どうやら森の中で待ち伏せしていた誰かと鉢合わせ、ということは無さそうですわ。
となると、本当にリタルは私とただ話すためにここへ来た、ということになりますけれど……。
「あなた、私がフォルテシアの娘と分かっていてよくこんな所へ来る気になりましたわね」
「あ、ごめんなさい。気が利かなくて……。そうですよね、貴族のご令嬢をお誘いするんですから、もっと素敵な場所へご案内すべきでした……」
「違いますわ。全く違いますわ。あのね、これ、私が凶悪犯だと分かっているのにこんな人気のないところで2人きりになろうとするなんて気が知れませんわ、というお話でしてよ」
なんというか、世間ずれしていなさすぎというか、世間とズレすぎというか、そういう雰囲気は相変わらずですわねえ……。こいつ、よく今まで生き延びてこられましたわね。運がいいのか、何なのか……。
「アイル様、僕のことを心配してくださったんですか……?」
「まあ心配ですわね……」
世の中にこういうのばっかりだと思うと、この世の行く末がものすごく心配になってきますわ。
「でも大丈夫です。僕、強くなりましたから。もう、ご心配は要りません」
滅茶苦茶心配な野郎はそう言ってにっこり、春の太陽みたいな笑顔を浮かべて言いましたわ。
「お約束した通り、強くなって戻って参りました。……あなたをお守りできるくらいに!」
……私。
こいつが何を言っているのか、分かりませんわ……!
冷静になってよくよく思い出してみたら、確かにそういえばそういうこと言いましたわ。『私の力になってね』というようなこと、言いましたわ!
ほとんど掛け捨ての保険みたいに思っていましたし、意図としてはクラリノ家絡みの情報を寄越してもらうか、クラリノ家関係のイザコザが起きた時に人質にさせてもらうか、そんなところで考えていましたし、それに、ここまで私が大きく動くことになった以上、そんな話ももう無効だと思っていましたけれど……。
「あの、もう一度確認しますけれど、私がヴァイオリア・ニコ・フォルテシアだと分かっているのよね?ついでに私が王家に追われる大罪人だということも知ってますのよね?」
「はい。知っています!」
「……それでどうしてそういう発想になりますの……?」
私、大罪人ですの。
それをお守りしたらそいつも大罪人ですの。
こいつ、それ分かってますの?本当に大丈夫ですの?それとも頭沸いてますの?
「そ、それは……」
リタルは言い淀んで……そこで私、まさかこいつ、こんなナリでスパイをしているんじゃあないかしら、とかなんとか危惧したのですけれど。
「あ、アイル様は僕の、憧れなので……」
……スパイが発するにはお粗末なお返事がきましてよ……?
「……まあ、よくってよ。あなたの危機感が相変わらず薄すぎる事はよく分かりましたし、かといってそれをどうこうするつもりはありませんし」
なんというか、もう、諦めましたわ。とりあえずリタルはなんというか……多分、敵じゃないですわね。というか、敵だとしても恐るるに足らない程度ですわ。単純な筋力だけだと勝てそうにありませんけれど、こいつ相手ならボチボチの勝率で勝てる自信がありましてよ。
「それって……お話しする時間を頂ける、ということですか!?」
「手短にね。私も用事がありますのよ」
ため息交じりにそう返すと、リタルは尻尾を振る犬のようにニッコニコになりましてよ。
ああ……なんというか、厄介なのに捕まった気がしますわぁ……。
それから私、しばらくの間、リタルの話を聞いていましたのよ。
どうやら彼、私と別れてから、何を思ったのか出奔して、修行の旅に出ていたらしいんですの。
……信じられます?ここ半年程度はエリザバトリに居たんですってよ?
エリザバトリと言ったら、魔物の巣窟ですわ。ドラゴン並みとは言いませんけれど、ワイバーンだのリッチだのドドメムラサキスライムだの、そういう奴らが大量に生息している地域ですわ。
そんなところに半年も篭って生活していた、と聞くだけで……今のリタルの強さが、大体分かりますわね……。
……こいつ、私と10回戦ったら、もしかしたら、1回ぐらいは勝つかもしれなくてよ……?
「それにしても、どうしてそんなに急に修行なんて……お家の方が止めたのではなくって?」
「ええ。父も母も僕を止めました。けれど、どうしても、すぐに強くなりたくて……傍系とはいえ、武勇のクラリノ家に名を連ねる一族の男ですから」
あー、そういやそんなこと言ってましたわねえ。本家のクリス・ベイ・クラリノが自分ぐらいの齢の頃にはもうドラゴン狩りしてた、とかなんとか。それがコンプレックスだったんでしょうけれど、物事には向き不向きというものが……いえ、その結果、1年でメキメキ成長してしまったのがここに居ますから、向き不向きで言ったら『向き』だったのでしょうけれど!
「あの、ヴァイオリア様に頂いたドラゴンの鱗と牙。あれが僕の魔力にぴったり合ったみたいなんです。おかげで、お守りを頂いてからは魔法も安定して出せるようになって……杖が合ってなかったみたいなんです。それも全部、お見通しだったんですか?」
「さあ。どうかしらね」
正直に言うと、全然そんなん気にしてませんでしたわ。
リタルは私の返答に『やっぱり気づいてらっしゃったんですね』みたいな顔でニコニコしてますわ。こいつ、外見も魔力もメキメキ伸びたみたいですけれど、精神というか、警戒心というか……そういう所は全く成長していないんじゃなくって……?
「アイル・カノーネ様がヴァイオリア・ニコ・フォルテシア様だということは、あの後すぐに分かりました」
分かった今もこうしてのんびりしてるからこいつボンボンなんですのよねえ……。
「それで、僕、思ったんです。すぐに強くならなきゃ、って」
ここで『え?私を討ち取るためですの?』とか聞きたい気持ちは山々なのですけれど、黙っておきますわ!藪蛇は御免でしてよ!
「……あの、ヴァイオリア様」
「何ですの?」
リタルはもじもじしていましたけれど、やがて意を決したように口を開きましたわ。
「僕、強くなりました。あなたには及ばないかもしれませんけれど、お守りできるくらいには……あなたのお手伝いができるくらいには、強くなったつもりです」
そうでしょうねえ……。ええ、お上品な舞台でだったら、こいつチェスタにも勝てそうな気がしますわ……。逆に不意打ちでもなんでもアリな戦い方だと負けそうな気もしますけれど。でも、ええ、感じられる魔力を見る限り、相当、成長していることは間違いなさそうですわねえ……。
ただ。
「あなたに手伝ってもらうことなんて無くってよ。その力はあなたの為にお使いなさいな」
正直、これ以上付きまとわれてもなんとなく厄介ですわ!こいつ、保険くらいにしか思ってませんでしたもの!特に使う予定も無いのに来られても困りますわ!というかこいつの立場がアレですもの!本当に困りますわ!
「あなたに恩返しがしたいんです。僕をここまで育てて下さったのは、あなただから」
「あら。私は何もしてませんわよ。この1年、色々やってたのはあなた自身なんじゃなくって?私は関係無くってよ」
「いいえ!ドラゴンの鱗と牙のお陰で僕は戦えるようになりました!それに、あなたと一緒に行ったドラゴン狩りの中で学ばせて頂いて……何より、強くなるための、目標を頂いたんです!」
リタルは勢いよく立ち上がって、かと思ったら片膝をついて、私の手を取りましたわ。なんですのこいつ?
「僕、武闘大会に出ます。クリス兄様も出場されるようですが、それでも、出ます。それで……きっと、優勝してみせます!それで、優勝して……」
「あなたの濡れ衣を、きっと払ってみせます!」