11話「馬に蹴られておくたばりなさい!」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
ありのまま起こったことを話しますわね!
エルゼマリンで投獄されてから王都に護送される途中、馬車の中で兵士を倒していざ馬車から脱出しようとしたら、扉が開く前に天井が吹っ飛びましたわ!
何言ってるかまるで分からないと思いますけど私にもまるで分かりませんわ!頭がおかしくなりそうですわ!
でも頭おかしくなってる暇はありませんのよ。
吹っ飛んだ馬車の天井を見上げれば、そこに居るのはドラン・パルク。私が王都の地下牢から脱獄させた『ヤバい奴』ですわね!
そんな奴に何の御用ですの、とか、聞く必要もありませんわ!間違いなく、狙いは私!問題はどういう理由で私を狙っているか、ですけれど、それを確認する暇も無さそうですわね!
咄嗟にどう逃げようか判断しあぐねる間に、『ヤバい奴』は壊れた天井から馬車の中に入り込んできて、私を担ぎ上げましたわ!
「な、なにをするの!」
「安心しろ。手酷いことをするつもりはない」
いやー!全く安心できませんわー!『ヤバい奴』の『手酷くないこと』が必ずしも手酷くないなんて思えなくってよ!
……と思って大暴れする一瞬前。
ドン、と、大きく馬車が揺れました。それから、兵士達の怒声が聞こえますわね。ああーそうでしたわ。天井吹っ飛んだ勢いで頭から吹っ飛んでましたけれど、今私、兵士達に囲まれて護送されてるところだったんですわ。
「……兵士と俺、どちらがいい?」
ここでそれ聞きます?とも思いますけれど、私の答えは1つですわ。
「まだあなたのほうがマシですわね」
確実に敵である兵士達と、もしかしたら敵じゃないかもしれない『ヤバイ奴』。
ここは賭けに乗らざるを得ないですわ!
「いい答えだ」
ドラン・パルクはにやりと笑うと……私を担いだまま、跳躍。
跳躍ですわよ。垂直飛びです。それで、馬車の天井の壊れた穴から外に出ましたわ!
「こいつバケモンですわーッ!?」
「お褒めに与り光栄だな」
しかも馬車の外に飛び出した直後、兵士が射掛けた矢を腕で払いながら疾走!こいつどういう身体能力してるんですの!?まさか本当にバケモンですの!?
流石、王都の地下牢にぶち込まれる奴は違いますわねーッ!?
私、そのまま担がれて、あれよあれよという間に運ばれます。
運ばれた先には……馬が3頭。その内1頭には、人が乗っていますわね。痩せぎすで長身。骨の浮き出た容姿。褪せたように色の無い長髪。……骸骨か、死神か、薬中か。何にせよ、『ヤバい奴』であることは間違いないですわ!そういう風貌ですわ!絶対にヤバイ奴ですわ!
「また会えたね、お嬢さん」
馬上の男はそう言って笑顔を浮かべてますけれども……いや、不気味ですわ!私、こんな奴知らなくってよ!?『また会えたね』て何ですの!?めっちゃ怖いですわね!?
「ジョヴァン。頼んだ」
「はいはい、喜んで。じゃあお嬢さんは俺と相乗り。ヨロシクね」
状況がまるで呑み込めないのですけど、とりあえず私、どうやら骸骨男に預けられるようですわ!嫌ですわ!
……でもよくよく考えてみたら骸骨男も嫌ですけれど、筋肉狼も嫌でしたわ。でも兵士はもっと嫌ですのよ。ままなりませんわ。
「追手が多い。俺達はもう少し残って追手を減らしてから行く。先に行っていろ」
ドラン・パルクは私を馬の上、骸骨男の前に乗せると、さっさと戻っていってしまいましたわ。
……チラッと後ろを見てみたら、まあ案の定、兵士が追ってきていますわね。ドランとあともう1人、誰か知らない奴が兵士と戦っているようですけれど。
これだけの数の兵士相手に戦いを挑む、というのは……いや、さっきのバケモンっぷりを見てたら納得ですわね。
……で。問題はこっちですわよ。
「あなた誰ですの?目的は?」
私がそう問えば、骸骨男は私の背中側でくつくつと不気味な笑い声を上げましたわ。正直ホント不気味なので今すぐ下馬したいところですわ。
「何、冷たいねぇ。……この手、見覚えない?」
「手?」
……手綱を握る手を見てみます。大きくて骨ばって、なんかこう、骸骨っぽい手ですわね。……と、思ったところで、何か、思い出し……。
あ。
「ああああああ!あなた、闇市の!買取の店の!」
「そ。2人だけのヒミツに黄金貨1枚気前よく払ってくれたでしょ」
思い出しましたわ!この男、闇市で私が魔物の素材を売りまくってた相手ですわ!この枯れた声!なんか粘っこい喋り方!不気味な笑い方!完全に一致!完全に一致しましたわ!
「で、まあ、黄金貨1枚分なんて貰っちまったから、ま、情報以外もちょいと差し上げましょうかね、てことで。詳しくは後にするけど、助けに来てあげた、って訳よ。あ、発案はドランだぜ。あいつ、お嬢さんを気に入ったらしい」
へー。そうなんですの。『詳しくは後にするけど』のところがものすごーく気になりますけれど、とりあえず味方、と考えてよろしいかしら。
「そう、味方なのね。よかったですわ」
「逆に何だと思った?まさか敵だって?だとしたらお嬢さんが処刑されるのを、わざわざ兵士の護送隊に突っ込んでまで止めやしないね」
まあ、でしょうね。普通はそうですわ。『この手でヴァイオリア・ニコ・フォルテシアを殺したい!』とか、『ただ処刑するだけでは生温い!拷問にかけてから可能な限り惨たらしく殺してやるのだ!』とか考える奴が居るかもしれませんけど、ま、その可能性は今回、切り捨てますわ。考えていたらキリがありませんわ!
「ってことで安心なさい、お嬢さん。俺達はお嬢さんを殺す気はないぜ」
骸骨男はそう言うと、馬を操ると戦場に背を向けて進み始めましたわ。
「さて。それじゃあこのまま俺と逃避行といこうじゃない。ちょいと色気の足りない道中になりそうだけど」
いざとなったら馬から降りるなり、この骸骨男だけ蹴落とすなりして逃げますけど……ギリギリまで粘ってみても、いいですわ。
要は、『兵士よりはヤバい奴の方がマシ』ですの。こいつの狙いは分かりませんけれど、少なくとも、兵士達から離れるまでは大人しくしておいてもよくってよ。全員敵だったらホント目も当てられませんもの。せめてどっちかからは逃げてから事態を進展させたいですわ!
馬上で打算を組み立てていたら、シュ、と風切りの音が私達のすぐ横を飛び抜けていきました。
……矢、ですわね。狙われていますわ。ついでに聞き覚えのある声も聞こえてきますわ。
「フォルテシアの娘!逃がさんぞ!」
げっ、まだあいつ、追ってきますの?しつこいですわね!
「ま、タダで逃がしちゃあくれないか」
こちとら馬で走ってますけど、向こうも馬で走ってきてるらしいですわね。馬上から矢を射かけてきているらしいですわ。不安定な場所からの射撃ですから、まあ、そうそう狙いが定まるとも思いませんけれど……どんなに下手な矢だって、20本30本と撃っていったらいつかはマグレで当たりますわね。
「お嬢さん。弓、使えるでしょ?俺の背中にあるから取って使っていいよ」
「確かに私、弓の名手でしてよ。でも残念ながら今は手枷がついてますの」
手をブラブラさせつつ答えれば、骸骨男は私の手元をチラッと見て『あーあ』みたいな顔しやがりましたわ。むしろ私が『あーあ』な気分なんですのよ?
「お嬢さんが使えるからと思って、俺はわざわざ自分じゃ碌に使えもしない弓なんざ持って来たんですけどねえ」
「それは残念でしたわね」
というかあなたが弓ぐらい使えるようにしておきなさいな、こんな稼業に首突っ込んでるなら。
「魔法は使える?」
「成金貴族の娘に何を期待してらっしゃるのかしら?生活に必要な魔法の他は身体強化魔法が少しと補助用の幻覚の魔法が少し、それから火と風の魔法が少し使える程度でしてよ?学院の試験はほとんど剣と弓と身体強化魔法と嘘とハッタリだけで乗り切ってきましたわ!」
「あー……それは残念。色んな意味で」
私、魔法学院に居ましたけれど、それほど魔法は得意ではないのですわ。おほほほほほ。
……まあ、仕方ない事ですわね。魔法の力って、貴族の血が一切流れていない者にはそうそう備わっておりませんの。むしろ、身体強化魔法と幻覚の魔法に加えて風の魔法と火の魔法が使えるだけでも相当優秀なんですのよ?
ということで、追いかけてくる奴に対しては打つ手なし、ということになりますわね。遠距離の攻撃方法がほとんど全部潰れてますもの。
「……んじゃ、ひたすら逃げますか。矢が当たらないこと、祈っててくれる?」
もう骸骨男、逃げることだけ頭においてますわね。けど無駄ですわよ。この馬、私と骸骨男の2人乗りですもの。どう考えても兵士の馬の方が速くってよ。追いつかれますわ。
仮に追いつかれなくっても、矢がどこかで当たる可能性は非常に高いですわね。それこそ、運任せ、というところかしら。
「あら。ごめんあそばせ。生憎、祈る暇があったらもう少しマシな事をしたい性分ですの」
でも私、こんなところで運任せ、なんてことしたくありませんわ。
ついでに、あの兵士、折角追いかけてきてくれてるんですもの!当初の目標を!きっちり達成していきますわ!
「とりあえず!引き返しますわよ!」
「……何考えてるんだか知らないけどね。悪いけどそいつは聞けない相談って奴ですよ、お嬢さん」
「へー。そうですのぉー?」
「後ろ、見える?うちのリーダーは化け物だし鉄砲玉は好きで戦ってる奴だからいいとして、あの中にお嬢さんと俺が入っていったらヤバいって分かる?今は戦うより逃げた方が得策だぜ?」
「かもしれませんわねー?」
「俺はあいつらみたいな戦闘狂じゃあないの。今回だって手が足りないから実働に回されたってだけで」
「ほーん!そう!知ったこっちゃーありませんわーッ!」
骸骨男は色の悪い返事!しかし私、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア!やると決めたら徹底的に殺る気なのですわ!
手綱を奪い取って、馬を操りますわ!はい、方向転換!回れ右!元来た方即ち追いかけてきている兵士達に向かって駆け足!
「ちょ、ちょっと、おい!」
「私!あの兵士をぶち殺さなきゃー腹の虫が収まりませんのよーッ!」
「いやいやいや。お嬢さん。お嬢さん、手枷嵌ってるでしょうが。そんなんで何しようっての!」
骸骨男が尻込みしてますけど、知ったこっちゃありませんわ!
「私は今、馬に乗っていますわね!?」
「そうね」
「そして人間は案外脆いものですわ!」
「……そーね?」
目標は憎き兵士の首!そして!目指すは勝利!ですわ!
「馬に蹴られると、人間は死にますのよ!」
当然、馬は生き物ですわ。そして残念ながら、馬って私ほどは殺る気に満ちていませんの。
ですから、馬は他の馬の大群に面と向かって突っ込んでいく、なんて、普通はやってくれませんわね。
……ということで、ここでやっと、私の魔法とハッタリの出番でしてよ。
「幻覚魔法!『道』!」
明確に道を想像して、私は私の馬に幻覚の魔法をかけますわ。
人間相手だと簡単に見破られてしまう程度の幻覚魔法ですけれど、馬程度にならよく効きますわね。
これで私が乗る馬は、憎きあん畜生に向けて一直線に躊躇いなく走ってくれるはずですわ。
「ちょ、お嬢さんっ!俺、まだ死にたかないぜっ!?」
「なら黙っておいでなさい!行きますわよーッ!」
そして、私達が突っ込んでくるのを見た兵士達は多少動揺しましたけれど、しっかと馬上で弓を構えていますわ。突っ込んでくる的に当てるのは、さぞかし簡単でしょうね?
……でも勿論それは、『矢を射れるなら』の話ですわッ!
「『火よ』!『風よ』!そして幻覚魔法!『鏡』!」
私は火の魔法で爪の先ほどの火を生み出し、それを風の魔法で煽って大きくして……幻覚魔法で増殖させてみせました。
勿論、人間にはすぐ見破られますわ。でも構いませんの。
私が狙ったのは……憎き兵士達の乗る、馬ですわ!
馬からしてみれば、自分達に向かって、何十もの火の玉が飛んできたように見えたはずですわ。
そして、馬は案外繊細な生き物。炎に怯えて、制御を失います。
「なっ」
「おい、落ち着け!」
兵士達は自分達が乗る馬が突然暴れ出して困惑。中には振り落とされて落馬する者も出てきましたわね。
そうなれば話は早いですわ。私は、私をぶん殴ってムショに入れてくれやがった憎きあん畜生の馬に向かって、唯一の本物の火の玉を飛ばします。大したことのない火ですけれど、幻覚を見ている馬からすれば、十分すぎる程の恐怖。そこに本物の熱が加われば、馬が大暴れするのも当然のこと。
「あっ!」
そいつが馬に振り落とされたのを確認した私は!一直線に!突っ込みますわよーッ!
「轢いてやりましたわ!」
馬の蹄の下には、私をぶん殴って2度もムショに入れてくれやがった兵士の死体がありますわ!
当然余裕の勝利!私の勝利ですわ!
最高に気分がよろしくってよ!おーほほほほほ!