21話「無罪の道は消えましたわね」
ごきげんよう!ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ!
私は今、ピンハネ嬢が色々吹き込まれているのを眺めておりますわ!
「では、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアさんが王国祭の前にウィンドリィ王国へ渡っていたというのは本当のことですね?」
「そうですねぇ、本当のことですよぉ」
「そこで行っていた準備は、ウィンドリィ王国での密やかな蜂起。既にウィンドリィ王国は戦争への協力を約束している……これも正しい情報ですか?」
「よく知ってますねぇ」
「なら、王国祭の後から聖女投票までの間に、アサンブラ王国がこの国へ攻め込んでくることが決定していて、ウィンドリィ王国はその援助を陰ながら行う予定、というのも……」
「……本当じゃなかったら良かったですよねぇー。私もそう思いますぅー」
「ああ、なんてこと……では、周辺国は全て、この国を攻め落とすことに賛成しているということですか?」
「うーん、中にはそんなに乗り気じゃない国もあるみたいですよぉー。詳しくは知らないんですけどぉー」
……この調子ですわ。
この調子でさっきから凄い勢いで有りもしない事実をピンハネ嬢に吹き込んでいますわ。
勿論、情報の取捨選択はピンハネ嬢の匙加減ですから、適当なところで『あっ、それは違いますよぉー』とか言ってきますけれど、まあそれを含めてどんどんとんでもないことになっていきますわねえ。
……ああ、本当に嘘吐き放題でびっくりですわ!
ピンハネ嬢に吹き込んでいる情報ですけれど、具体的には『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが他国を嗾けてオーケスタ王国を攻め落とそうとしている』というものですわね。
ウィンドリィ王国が援助して、実際に矢面に立つのはアサンブラ王国。そういう話にしてありますわ。
……アサンブラ王国は随分昔にオーケスタ王国に突然戦争吹っ掛けられて負けた国ですのよ。オーケスタ王国への恨みつらみはあるはずですわね。まあ、だからといって今更こんな国に戦争吹っ掛けてくるはずはありませんけど。
それから、ウィンドリィ王国が援助の姿勢、というのは中々面白いところだと思いますのよ。
私が星空のケーキを売り捌いていた頃、私が実際に周辺国に居た情報なんかが流れていますから、根拠だと思える情報が既に王家にありますわね。そこへピンハネ嬢から国王へこの情報が流れたら、十分に信憑性があると判断されるのではないかしら。
……国王がピンハネ嬢から流れてきた情報を信じれば、『アサンブラ王国に攻め入られる前に軍備を増強しておかなければ』と考えるでしょうね。
それと同時に、ウィンドリィ王国への圧力が強まるかしら。そこに労力を割いてくれると色々と私達が儲けるチャンスが増えますわね。
何なら、攻め入られる前に攻め入ってしまえ、ぐらいのことはするかもしれませんわ。そうなるとアサンブラ王国で武器がまた多く売れるかしら。ジョヴァンが大忙しですわ。麻薬の売人さん達を転向させて武器商人にしてしまおうかしら。その方が儲かりそうならそうしましょうね。
さて。『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアが他国を嗾けて戦争を起こそうとしている』という全くの嘘でできた情報は、いよいよピンハネ嬢の中でしっかりと固まったようですわね。
それはさながらハリボテの城。或いは壮大な蜃気楼。
さて、この幻覚にどれだけの人が振り回されることになるのかしら?
「……どうもありがとうございました。これで大聖堂でも戦争阻止に向けて動き始められます」
キャロルが沈鬱な表情でそう言う頃には、ピンハネ嬢はもう、ニコニコしたいのを我慢しているみたいな顔になってましたわ。よかったですわねえ、情報が手に入って。それほとんど全部嘘ですけれど。
「アマヴィレさんからの裏付けが頂けましたから、これで国王陛下にもお話しすることができます。これらの情報は国王陛下とも共有して、早急に国としての対策をしなければならないと思うのですが……」
キャロルはそう前置きしてから、ピンハネ嬢に尋ねましたわ。
「もしよろしければ、共有の場に立ち会っては頂けませんか?」
「え?」
「私が、あなたからそう聞いた、とだけ国王陛下に申し上げても、あなたの状況改善にはならないでしょう」
「えっ?えっ?」
ピンハネ嬢は唐突に目の前にぶら下げられた餌に困惑していますわね。ええ。こんなに分かりやすく餌をぶら下げられると流石に警戒も困惑もするでしょうね。それこそ、これ以前の餌が餌だったと気づかない程度には。
でも、簡単なことですの。
キャロルは、聖女なのですもの。
「……だって、あなたはこの国の平和のために協力してくださいました。あなたにとってこれは懺悔に等しいものでしょう」
どこまでも聖女然としてキャロルは微笑むのですわ。
「告白した罪の分、救われるべきです。人は間違ってもやり直せるべきではありませんか?」
はい。ということで、無事、最後の一本釣りも無事に終了しましたわ。
ピンハネ嬢はこの話に乗りましたので、いよいよ『アサンブラ王国はヴァイオリア・ニコ・フォルテシアに嗾けられて戦争を吹っ掛けに来ている』という話は本物として国王に伝わることになりますわね。
王家の視点では大聖堂とピンハネ嬢が共謀する利点がありませんから、信憑性はいよいよ留まるところを知りませんわね!
その日はそのままキャロルの客室に戻って眠って、翌朝、キャロルから国王に相談という形でピンハネ嬢の供述が得られたことを報告。内容を伝える前に、ピンハネ嬢の待遇改善を嘆願しつつ、とりあえずピンハネ嬢から情報を聞くことを提案。
国王はこれに大層驚きましたけれど、キャロルが『緊急の内容なのです』と申し出てくる以上、突っぱねることもできず一緒に地下牢へ。
そこでワクワクソワソワしながら待っていたピンハネ嬢の下へ辿り着いたら、昨日までの様子は何だったのか、ピンハネ嬢がペラペラと戦争についての情報を国王に報告。国王、これにまたビックリ。
ビックリしつつも国王はこの情報の信憑性を高く見積もったらしく……。
……以上をもちまして、オーケスタ王国は緊急会議を行うこととなりましたの。
まあ、戦争吹っ掛けられそう、なんて思いこんだら、大至急その準備をしますわよねえ……。
それにしても聖騎士の恰好をしてキャロルの傍についているのって本当に便利ですわねえ。
会議が終わった国王がキャロルに相談に来た時も傍で話を聞いていられますし。本当に良い立場ですわ!
「……そういうことだ。アマヴィレ・レントの報告では、アサンブラ王国の準備にはまだ時間が掛かっていると聞いている。ならば、こちらも準備を行う時間はあるというわけだ。早期に情報を得られたのは不幸中の幸いだったな」
「ええ。大至急、国民を守るよう動かなければなりませんね」
キャロルがそう言って頷くと、国王は少しためらってから、首を横に振りましたわ。
「……だが、大きくは動けぬ。我々がヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの思惑に気付けたと、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア本人にも、アサンブラ王国のものにも、知られるわけにはいかんのだ。開戦時期を早められる恐れがある」
「それは……」
実に尤もなご意見ですわね。まあ、知られても問題ないのですけれどね。だってアサンブラ王国は戦争する気なんて全くありませんし、私はここに居て全部知ってますし。
「よって、大きくは動けぬが……幸いにして、いくらか準備の口実にできそうなものがある。優秀な兵士を集めることも、食料や武器を集めることも、目的が戦争への備えだと知られぬよう、進められるだろう」
あら。そんな口実、あったかしら?
……食料に関しては、スライムの食害による飢饉が発生しているので、今後はある程度の食糧を国が買い上げて備えることとする、とかなんとか言えそうですけれど、武器、そして何より、兵を集めたら流石に色々とまずいんじゃないかしら……?
でもキャロル的にまずいのはこっちじゃなくってよ。
「……国王陛下。あの、差し出がましいようですが、アサンブラ王国と会談を設けることはできないのですか?戦争が始まる前に、未然に防ぐ、ということは……」
至極尤もな意見ですわ!
そう!戦争に備えるより先に、戦争を防ぐ方が聖女としては大切なことですのよ!
勝とうが負けようが、戦争では多くの人が死にますものね。聖女の立場からは当然、戦争なんてしない方がいいに決まっていますわ!
「そうはいかん。交渉決裂したらどうなる?向こうはこちらが感づいたと知り、一気に攻め込んでくるかもしれん。であるからして、まずはこちらの備えを行わねば。こちらにも備えがあると言外に示せれば、その時はもしかすると、交渉で戦争を防ぐこともできるかもしれん」
……まあ、国王の言うことも尤もですのよね。ええ。
軍備が無いのに『戦争はやめてください!』なんて甘ったれた事言って攻め込まないでもらえるなんて、流石に馬鹿げてますわ。
軍備をちらつかせながら、互いの不利益を避けるために戦争を回避しよう、と交渉するならまだしも、ですわね。
……尤も、国王は『戦争を向こうから吹っ掛けてきて返り討ちにできれば大儲け!』ぐらいに思ってるでしょうから、戦争を回避する方向には動かないと思いますけれどね。
「よかったですね、アマヴィレさん。ひとまず地下牢は出られて」
さて。会議が終わった後。約束通り、ピンハネ嬢の待遇改善がありましたわ。
なんと、ピンハネ嬢の移動が行われましたの。
ピンハネ嬢の前後左右には兵士がガッツリとついて、更にその後ろにはにこにこ顔のキャロルと私達。兵士や聖女、聖騎士に囲まれての移動に、流石のピンハネ嬢も脱走する勇気は無かったようですわね。
無事、ピンハネ嬢は運ばれて、地下牢での収容から普通の部屋での軟禁へと待遇改善されましたわ。
ハコが変わっただけで状況は碌に改善していませんし、何より、無実を主張し続ける道は消えましたから、今後のピンハネ嬢は大罪人の共謀者、即ち犯罪者として生きていくしかありませんけれど。
……でもまあ、ピンハネ嬢は勝手に謎の希望を抱き始めたみたいですから良かったんじゃないかしら。いつ公開処刑になるかは国王と国民の気分次第ですけれど、それまではそれなりに過ごして頂戴な。