表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
没落令嬢の悪党賛歌  作者: もちもち物質
第一章:裏世界より
1/177

1話「屋敷が燃えていますわ」

 ごきげんよう。わたくし、ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアよ。

 私、学院の春休みに合わせて王都の屋敷へと帰省しましたの。

 私の通う魔法学院のある海辺の町エルゼマリンから馬車で半日。王都までの道を馬車で進みながら考えていたことといえば、まずは、屋敷で待っていらっしゃるはずのお父様、お母様、お兄様のこと。

 最後に届いた手紙には、家の近況や私に会いたいという旨が書いてありました。

 フォルテシア家の所有する鉱山から目的の鉱石が大量に採掘されたことや、それを使った商品開発が進んでいること。最近の貴族界で少々きな臭い動きがあることや、家の倉庫からアルバムが出てきて懐かしい思い出に浸ったこと。そういった内容に続いて……ダクター様が私に会いたがってらっしゃる、ということも。

 ……そうね。私が家族と同じくらい考えているのは、王城にいらっしゃる私の婚約者、ダクター・フィーラ・オーケスタ様のことですわ。


 ダクター様は私の婚約者。でも、身分違いの婚約です。

 何といってもダクター様は王家オーケスタ家の第七王子ですの。つまりこの国で上から10番以内に入る身分のお方ですわね。

 一方、私の家……フォルテシア家は所詮、成金貴族です。

 私が幼い頃、お父様がお爺様の事業を引き継いで大当たり。そのお金で貴族位を買っただけの成金貴族。生粋の貴族でもない娘が王子と婚約なんて、と顔を顰める貴族も多いですわ。

 まあ、誰が口を出すまでも無く、こんなものは愛のない政略結婚ですわね。私も重々承知の上です。

 財政が傾きかけている王家はフォルテシア家の財力が欲しい。フォルテシア家は王家との婚姻によって成金貴族の地位を脱却。これはどちらにとっても旨味のある結婚ですの。

 ダクター様も、この婚約に乗り気でらっしゃるわ。私ではなく私の家の財力が魅力的だと思ったにせよ、王子の方から私を見初めて婚約の申し出をなさったのがこの婚約のきっかけ。

 つまり、王子自らが望んだ婚約!周りが何を言おうが盤石!フォルテシア家の繁栄は間違いないものなのですわ!




 ……というのは置いておいて。


「屋敷が燃えていますわ」


 帰省したら、屋敷が燃えていましたわ。




 燃えていますわ。めっちゃ燃えてますわ。え?なんで燃えてるんですの?屋敷って燃えるものだったかしら?

「ヴァイオリア様!」

 茫然とした私の下へ駆け寄ってきたのはメイド長のネリーナ。長年フォルテシア家に仕えてくれている優秀なメイドです。

「ああ、お嬢様……ご無事でしたか」

「ネリーナ、これは何があったの!?」

 ネリーナに尋ねると、ネリーナは力無く俯きました。

「……分かりません。今日はお客様がいらっしゃっていたはずなのですが、突然、応接室の方から火の手が上がり、凄まじい速さで火が回り……恐らく、地下にも引火しまして……そして、旦那様と奥様の行方は知れず……」

「そ、そんな……」

 燃え盛る屋敷を見ながら、私は現実感の無い思考をふわふわと繰り返すことしかできませんでした。

 お父様とお母様、そしてお兄様はどうなったの?どこかへ無事に逃げ延びてらっしゃるのかしら?

 屋敷が燃えたとなると、財産の大半が消えたことにならないかしら?

 フォルテシア家はワイナリーをいくつか所有していますし、鉱山もいくつか所有しています。商人としての伝手も、炎で消えるものではありません。

 しかし、土地の権利書や約束手形は炎の中、というわけですわね。勿論、相手には散々恩を売ってありますから、紙切れ一枚燃えたところで権利を丸ごと失うようなことは無いはずですけれど……。

 ただ、蓄えていた貨幣は、どう見ても無事ではないでしょうね。宝石も炎に晒されてしまえばただの石屑。……これは大きな痛手です。

 そして、もし、お父様とお母様とお兄様が……もし……。

 ……ああ。どうして、こんなことに?




「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア」

 けれど、現実味の無い時間ももう終わり。

 名前を呼ばれて私が振り返ると、そこには王城の兵士達。

 ……嫌な予感がしますわね。少なくとも、『ダクター様がフォルティア家の危機を知って助けを出してくださった』などという風には思えませんわ。

 兵士達の目は……貴族に向けるものではなく、ましてや自分達の主の婚約者へ向けるものでもありません。

「ダクター王子暗殺の容疑が掛かっている。城まで来てもらおう」


「ダクター様、暗殺……?私が!?」

 一体何の間違いでしょう!そんな、ダクター様を私が殺す、なんて、あるはずがありません!王族と婚姻関係を結べば家は安泰!成金貴族と呼ばれる日々からサヨナラバイバイ!なのにどうして、私がダクター様をわざわざ殺そうとするというの!この兵士達、気でも狂ってるんじゃないかしら!?

「連れていけ」

 私に何一つ答えることなく、兵士達が私を引き立てていこうとします。

「ちょっと、お待ちなさい!何をするのですか、この無礼者!」

「お嬢様ー!」

 私の抗議もメイドのネリーナの悲痛な声も何のその。兵士達は私を乱暴に馬車に押し込むと、無情にも馬を走らせ始めました。




 王城の門を潜るのには慣れています。でも、こうして拘束されて両脇を兵士に固められて門を潜るのは初めてね。

 周囲の視線が突き刺さります。『フォルテシア家の娘がどうやら罪を犯したらしい』『所詮は成り上がりの貴族ですわね』と囁く声もそこかしこから聞こえてきます。針の筵とはこのことかしら。

「歩け」

 特に立ち止まったわけでもないのに、兵士が私を乱暴に押します。本当に罪人に対する扱いだわ。『容疑が掛かっている』だけならこんな扱いしないでしょうに。法治国家の体裁はどこへ行ってしまったのかしら。

「言われなくても自分の脚で歩けましてよ」

 ……今、私にできることは堂々と歩いてやることだけですわ。

 状況もよく分からないまま、ただ、歩くことだけ……。




 私が引き立てられたのは、国王陛下の御前でした。

 玉座に座る国王陛下と、その横に控える大臣。何故かここに居る数名の貴族達。そして、壁際にずらりと並んだ兵士達。後ろで閉まる扉。

 逃げ場も味方もありません。これは……嫌な予感しかしませんわね。ここで楽観的になることなんてできませんわ。


「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア。此度、ここへ連れてこられた理由は分かっておろうな?」

 玉座の上から見下ろす陛下を見上げて、私は必死に理解を乞うしかありません。

「いいえ。何も。私、学院からつい先程、帰省したばかりですの。そうしたら屋敷が燃えていて……」

 何も事情が分からないというのに、『分かっておろうな』なんて言われても困ります。私は正直にそう答えたのですが。

「とぼけるな!……貴様が我が息子、第七王子ダクターを害そうとしたことは調べがついている!」

 やはり、国王陛下は聞く耳持たず、ですの。

 一応は、義父となるはずのお方です。お会いしたことも何度もあります。お話ししたことだって、何度も。

 それなのに、今、国王陛下の目はあまりにも冷たくて、まるで別人を見ているかのよう。

「これを見よ!」

 国王陛下の合図で従者が持ってきたのは、ガラス瓶。綺麗な細工ですが安物ですわね。精々銀貨1枚程度のものでしょう。

「これは貴様がダクターに贈ったものだな!なんでも、傷薬だと偽ったそうだが、調べさせてみたら毒薬だというではないか!」

「いいえ、そんなもの見覚えがありませんわ!」

 本当に見覚えが無いガラス瓶なのに、国王陛下は聞く耳を持ってくださらないのね。

「そしてこれはやはりダクターに贈った品だそうだが、強い呪いが掛かっているものだと調べがついた!」

「そのようなものも見覚えがありませんわ!誤解です!こんなもの、誰かの陰謀ですわ!」

 次に持ってこられた腕輪も、綺麗な細工ですが安物です。多分、銀貨7枚程度のものです。

 そして呪いが掛かっているらしいことも見て分かりましたが、呪いの質も低いですわね。殺すなんてとんでもない。精々毎日腹を下す程度、或いはドアを閉める時20回に1回の頻度で指を挟む程度の呪いですわ。

「陰謀だと?この期に及んで言い逃れか!見苦しいぞ!」

 呪いなんて調べればいくらでも分かるでしょうに、国王陛下はそう怒鳴って……。

「観念せよ!貴様がダクターの食事に毒を盛るよう、城の使用人に手紙で指示していたと、証言が上がっているのだ!」

 私の罪を確信した様子で、玉座の脇に立っている貴族達を示しました。


 その貴族の面々を見て……私は確信しました。

 ここは劇場。

 目の前のガラス瓶も腕輪も、所詮は舞台の小道具。

『証言者』である貴族達は皆、フォルテシア家を良く思っていない貴族達。彼らによって私は、罪人役を演じるように仕向けられた、ということ。

 ……私は、陰謀に巻き込まれたのですわね!




 私が呆然としている中、突然、扉が開きます。

「父上!」

 閉ざされていたはずの開いた扉から現れたのは、ダクター様でした。

「ヴァイオリアが僕の暗殺を企てたというのは本当ですか!?」

「ああ。証拠は既に挙がっている」

 ダクター様に救いを求めて視線を向けると、ダクター様は困惑した様子でいらっしゃいました。

 ……そうよね。婚約者が自分を殺そうとしたなんて言われて、困惑しないわけがないわ。私だったら困惑します。

「そんな……ヴァイオリア、本当なのか!」

「いいえ!そんなこと!濡れ衣です!ダクター様、私はあなたを愛しています!殺すなんて、そんなこと……!」

 私は無実を訴えますが、続きを言うより先に兵士に殴りつけられて口を噤まざるを得ませんでした。

「お、おい!彼女に何をするんだ!殴ることはないだろう!」

「ダクターよ」

 ダクター様が私を兵士から庇ってくださいましたが、即座に国王陛下が重々しく仰います。

「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアの罪は既に複数の証言者から立証されている。証言者達は皆、信用できる家柄の者達だぞ」

 国王陛下が仰る意味は、ただ1つ。

『複数の貴族の意見によって、フォルテシア家に冤罪を掛けて取り潰す』。それが分からないダクター様ではありませんわね。

「そんな……」

 ダクター様は絶望したような表情で国王陛下と貴族達を順に見て……そして、私を見ました。

 ダクター様の瞳を見つめて、私は必死に無実を訴えかけ……。

 しかし。

「……成程、それならば仕方ありませんね」

 ダクター様はさっと、私から距離を取ると、こう仰ったのです。

「僕、ダクターはヴァイオリア・ニコ・フォルテシアとの婚約を破棄する!異論は無いな!」


 ……それを聞いた途端、私の中で何かがプッツンいきましてよ。




「ええ!異論はございませんわね!」

 私を取り押さえようとした兵士の鳩尾に靴のヒールを叩き込んで、私はその場に立ちました。ごめんあそばせ。

「自分の脳みそで物事を考えられない木偶人形!浪費するばかりで生産性の無い腐れ貴族に操られる王宮!王宮の金銭難を打開する政策1つ打ち出せないで玉座に座っているだけの、王冠被ったジャガイモ!こんなド腐れ茶番全部まとめてこちらから願い下げですわァーッ!」


 途端、静まり返った玉座の間。玉座の上でぷるぷる震える国王陛下がいっそ滑稽に見えますわね。生まれてこの方、真っ向から罵られたことなんてない温室育ちは流石、とっても傷つきやすいお心をお持ちですのね!ざまあみやがれ、でしてよ!

「な……な、何を」

「ヴァイオリア・ニコ・フォルテシア!貴様、何を言っているのか分かっているのか!」

「るっさいですわよこのジャガイモ!まさか私が自分の発する言葉の意味も理解できていないとでもお思いなの?まさか!あなたのような芋野郎でもあるまいし!」

 国王陛下もダクター様も、周りの貴族達ももう、何も言えません。ただ黙って、兵士達もその手の槍を構えることなく突っ立ってるだけですわ。

 ……やっちまいましたわね。もう後戻りはできなくってよ。でも構わないわ。所詮フォルテシア家は成金貴族。そして私はもう家を無くした没落秒読み令嬢ですわ。そこから金だけ持っていこうとする銭ゲバ野郎共に遠慮は不要ですわね! たとえそれが原因でマジモンの没落令嬢になったとしても!

「ダクター様との婚約は所詮、政略結婚。愛なんて無いと、承知の上です。けれどそこに『政略』がある限り……この婚約破棄は、高くつきましてよ」

 私がダクター様ただ1人を睨みつければ、ダクター様はたじろいで視線をふらつかせました。

 大事に囲われて育てられた王子様だもの。こうして真っ向から誰かに敵意をぶつけられることなんて初めてなのでしょうね。自分が敵意を振りまくことはするくせに!そういう甘ったれたところも!いけ好かないですわね!こいつ!

「ダクター様?もう一度、仰って?『ヴァイオリア・ニコ・フォルテシアとの婚約を破棄することにより、王家は破滅の道を歩むことを選ぶ』と!」

 だからちょっと脅かしてやろうと思ってそう言ってみたら、面白いほど怯みますのね。流石は根性無しの金魚の糞と名高い第七王子ですわ。クソ野郎の名に相応しいビビりっぷりでしてよ!

「ダクターよ!所詮は逆賊の苦し紛れの捨て台詞だ!動揺するな!」

「な、何度でも言おう!僕はヴァイオリア・ニコ・フォルテシアとの婚約を破棄する!僕を殺そうとする賊などと婚姻を結ぶことなんてできない!」

「そう。私の無実を信じて頂けないのですね?」

「勿論だ!これだけの貴族が証言していて、どうしてお前なんかを……」


「その言葉が聞きたかったのですわ」


 視線が一身に集まるのを感じながら、私は悪の華らしく、と笑い声を響かせます。

「確かに、聞かせていただきました。あなたが、フォルテシア家と私よりも、他の貴族の手を取ることを選んだ、と」

 ダクターを、そして国王を、周囲の貴族を、そして私をぶん殴ってくださりやがりました兵士をしっかり1人1人見つめて……。

「地獄の底で後悔なさい」

 精々ビビってらっしゃいな。私、全員の顔をしっかり覚えましてよ!




「つ、連れていけ!この悪魔を……地下牢へ連れていけ!」

 私は高笑いを残しながら、兵士に連行されて堂々と地下牢へと進むことにしましたわ。

 ハッタリかます時はでかく出ろ。それがフォルテシア家の家訓でしてよ。




 そして、後のことは後で考えろ。行き当たりばったり。それもフォルテシア家の家訓でしてよ。

 今のところ、後のことなんて何も考えてませんわ!おほほほほほ!


評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
[良い点] 久しぶりに1話で引き込まれた感じですね! 楽しみー!
[良い点] 男性性をあえて押し出していたということでしょうか?そうでしたらすみません。わたしが伝えたかったこととしては、口が悪い女性としたかったのかなと感じるのですが、その口の悪さが女性ではなく男性基…
[一言] 1話の時点で地の文のそこかしこから、ああ、男性が書いてるんだろうな……という言葉遣いが散見されます。もし男性の作者でなかったらごめんなさい。でも仮に男性だった場合、一応女性主人公の作品を書い…
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ