マイヤーチェック
「ローレライ嬢、その箱に私達のティーセットが入っています。それを使って紅茶を淹れてきてくださらない? 茶葉も持参していますのでそれを使ってください」
「壊さないようにしてくださいよ? ベアトリックお嬢様から頂いたすごく高価な物なんですから」
「ーーはい」
私は言われた通りに紅茶を淹れるため、ティーセットを持って自室を後にします。
「お嬢様、早くお目覚めになってまたお茶をご一緒しましょうね」
「お嬢様の弾ける笑顔を早く拝見したいですわ」
などといった、お声掛けを背中で聞いて私は慎重な足取りでキッチンへと向かいます。
お鍋の中のお湯が小さな気泡を生みふつふつと躍り始めました。もう少しで紅茶を淹れるのに最適な温度ですね。
お鍋の中で湯気を立てるお湯を私がじっと見つめていると、
「ーーお嬢様?」
たまたま近くを通りかかったマイヤーさんが声をかけてきました。
マイヤーさんは私の周辺をざっと見渡すと、何か得心がいったような表情を一瞬浮かべ私にこんな提案をしました。
「お嬢様、お紅茶なら私が淹れます。紅茶といえば私、マイヤーの出番でしょう」
そんなマイヤーさんの言葉に私は少なからず戸惑いました。
それは、私に紅茶の淹れ方を教えてくださったのは他でもないマイヤーさんだったからです。
つまり、そんな事をマイヤーさんに言われたという事は、私の紅茶を淹れる腕がまだ未熟だと言われたようなものだからです。
確かに私はまだ未熟だし、どう頑張ったってマイヤーさんに敵わないのは分かってはいますが、正直言ってショックでした。
「…………」
「さあさあ、お嬢様はこちらで見ていて下さい」
言って、マイヤーさんは適温になっていたお湯の中にコップ一杯の水を入れお湯の温度を下げてしまいました。その事で先ほどまで煮えたぎっていたお湯は今は静かに揺らめいている状態です。
「よしっ!」
そう呟くと、お鍋を火から下ろし約八十度くらいのお湯をポットに注ぐと手早く茶葉を投入し軽くかき混ぜた後すぐに両手をパチンと叩き、
「さあ、急いでお持ちしましょう! あ、お嬢様はその焼き菓子を運んで下さい」
と、にっこりと笑うのでした。
「えっ……でも……」
戸惑う私でしたがマイヤーさんはそんな私の事など気にも留めずにティーセットを運んでいきます。
訳も分からずマイヤーさんの後を追い、自室へと向かいます。
マイヤーさんは部屋に入るなり手際よく紅茶をカップへと注ぎ、焼き菓子を添えて侍女の方々へと差し出しました。
「ーーさすがはニルヴァーナ公爵邸の侍女の方々ですね。とても質の良い高級な茶葉をお持ちのようで、淹れている際に香った馥郁たる葉の香りは得も言われぬものでした」
「ーーへえ。貴方、ずいぶん分かっていらっしゃるのね」
「高級な茶葉にはあまり馴染みがないように見えるのだけれど?」
「えぇ、そうです。ですからいつも口にしている物とは明らかに香りが違っていたもので、それで……」
「なるほど、納得ね」
「ーーじゃあ、もしポットにわずかでも残っていたのなら、味見してもいいわよあなた」
「いえ……その紅茶はきっと私の口には合いませんので。私はいつもので十分です」
「はっ! 強がっちゃって」
「それよりも冷める前にどうぞ召し上がってください」
マイヤーさんの言葉に侍女の方々はカップに口をつけました。
「如何ですか?」
「……うん、悪くないわ」
「香りが十分に立っているわね」
「それは良かった。焼き菓子もどうぞ遠慮無く、それでは私達は失礼させて頂きます……」
パタリとドアを閉めるとマイヤーさんは重いため息をひとつ漏らしました。
そして、廊下を歩くマイヤーさんはこんな事を口にしました。
「マイヤーチェックの結果、あの二人は残念ながら失格です」
「えっ?」
「だって、あの紅茶絶対に美味しいはずがないんです」
「それは……私も思いました。お湯の温度が低すぎますし、蒸らす時間も十分ではなかったと思います。ですから当然、ジャンピングも起こっていませんでしたし……」
私がそう口にすると、マイヤーさんは急に立ち止まりこちらへ振り向くと私の両肩に手を置いてにっこりと微笑みました。
「お嬢様、お見事合格です!」
「ーーえっ⁉︎ あ……ありがとうございます」
何だか照れ臭くってまともにマイヤーさんの顔を見ることが出来ません。
「それではそんなお嬢様にお茶を淹れていただきましょう。ちょうど高級な良い茶葉が手に入った事ですし」
「え?」
「さっき、あの二人の紅茶を淹れる時に少しだけ分けて貰ったんです」
「まぁ!」
「私達だけで秘密のお茶会を開きましょう」
それからキッチンへと戻った私達は正しい方法で紅茶を淹れ、驚くほど香りたった茶葉のいい香りに包まれたのでした。