本当に大好きお姉様
感謝。
しています、とても。
私を産んで育ててくれた両親に、いつも生活を支えてくれている使用人の方々、たくさんの野菜や手料理をお裾分けしてくださる領民の方々、私を取り巻いてくれている多くの人達に毎日とても感謝しています。
「ーーそうね。レライ、あなたはよく感謝している。だからこそ、反射というおまじないが実現した訳なのだけれど……もう少し立ち位置や視点を変えて世界を見てご覧なさいな。あなたが今、こうして生きていられるのはあなたを支える人達だけのおかげではない筈よ」
「…………」
「お利口さんのあなたならきっとそれが分かる筈だわ」
「アリー姉様は……なぜ私に、その……おまじないを掛けてくださったんですか?」
これだけは必ず聞いておかなくてはいけませんよね。必ず。
私の問いに対しアリー姉様は少しだけ驚いたような表情を見せました。そして。
「レライ、あなたは本当にとてもいい子だわ。けれど、貴族社会で生きていくにはあまりにも不向きな性格よね。余所見もせず真っ直ぐに、一歩一歩前だけを見て歩いて行くっていうのは、危険なジャングルの中を策もなく無謀にも突き進むのと同義だもの。それってもはや自殺行為よね。他人の悪意や危険といったものに気付けないようでは野性失格よ」
「…………」
「けれどそんな危なっかしいあなたの事それほど嫌いじゃないのよ、この私は。ねえ、それでは理由にならない? 私があなたにおまじないを掛けた理由……」
「…………」
なります。それはそれは十分過ぎるくらいに。
幼馴染とか、心配だからとか、そういった理由なんかより、ずっとずっと嬉しいです。
「ーー満足してもらえたようね、良かったわ。さて、あなたを守るおまじないが消えてしまったのなら私としては、また新たなおまじないを掛けてあげたい訳なのだけれど……」
そう言って、アリー姉様はまるで次の一言を口にする為の前準備をするように表情を曇らせます。
私としてはアリー姉様が今から何を言おうとしているのかは、考えるまでもなく手に取るように分かります。
アリー姉様の事をよく知る私なら簡単です。
静かに息を吸い込んで、密かにアリー姉様とタイミングを合わせます。
そして、
「「ーーめんどくせぇんでございますわ」」
奇跡的に寸分の狂いも無くアリー姉様の代名詞とも言える名言を口にする事が出来ました。
その事がよほど予想外だったのか、アリー姉様は普段からは想像も出来ないほどの機敏な動きで私の方に視線を送ると驚きの表情のまま固まってしまっています。
やがて、
「ふふふっーーレライ、あなたったら。やってくれたわね」
「絶対言うだろうなって思ったんです。実を言うと数年前からこのタイミングを狙っていました」
「まあまあ、それはそれはご苦労様でしたこと」
「ふふふ」
「ふっふふ」
たまらなく可笑しくなってしまい、二人して笑っているとアリー姉様の部屋のドアがノックされました。
当然の事ですがあまり聞いたことのない新鮮なノックです。
「ローレライ様、ポーンドット男爵閣下がお待ちです」
「ーーはっ、はいっ! すぐに支度します!」
まさか私への用だとは思いもしなかったので、つい声が変に高くなってしまいました。
ちらり時計へと視線を送ると、いつの間にかここに来てもう二時間近くが経とうとしている事にようやく気付きました。
『もし質問等があるのなら小一時間以内に収まる内容にしてくださいな』
あの時、アリー姉様にそう言われそこまでの容量はないだろうと思っていましたが、話に花が咲いて言い訳できないほどに時間をオーバーしてしまっていました。
でも、たとえオーバーしたとしてもちゃんと受け答えしてくれるんですよね、アリー姉様は。
そういうお方なんです。いつも頼りになる私の本当のお姉様みたいなお方なんです。
「ーーそれではアリー姉様。長々とお話に付き合っていただいてありがとうございました。また会える日を楽しみにしていますわ。それではご機嫌よう」
私は未だベッドに横たわったままのアリー姉様にお辞儀を済ませてから、部屋を後にしようと踵を返します。
すると、
「ーーレライ!」
と、アリー姉様に呼び止められどうしたのかと不思議に思いながら振り返ると、アリー姉様は右手で部屋の隅の方を指差していました。
「はい。何でしょう?」
「ーーそこ。私が指を差しているところに小さなテーブルがあるでしょう? そのテーブルの上に黒く長細い箱があると思うのだけれど……」
アリー姉様の指差す方に視線を送ると、確かにそこには黒くて長細い箱が年代物の小さなテーブルの上に置いてありました。
「はい。確かに置いてあります。お持ちしましょうか?」
「いえーー私ではなくあなたがお持ちになって、レライ」
「えっ?」
「プレゼント。いつの間にやらそんなに大きくなっていたのに誕生日プレゼントのひとつも渡していなかったから、ね」
「そっ、そんな! 頂けません! 私を守ってくださろうとしたそのお気持ちだけで十分です!」
「レライ。お姉様にあまり恥をかかせるものではないわ」
「し、しかし……」
「いいから受け取って。特別高価な物でもないし、それにーー」
アリー姉様はそこまで言いかけてまたしても黙り込んでしまいました。
アリー姉様の心の中のいわゆる波が押し寄せたのですね、きっと。
なのでアリー姉様はきっと今、億劫で億劫で仕方がないんでしょう。
ここはアリー姉様のおっしゃるように、素直に言う事を聞いて頂いて帰りましょう。
「それではアリー姉様、プレゼント頂いて帰ります。今日は本当にありがとうございました。また会える日を心待ちにしています。では、ご機嫌よう」
アリー姉様は若干、その白く細い左腕を動かす素振りを見せて私の挨拶に答えてくれたようでした。
いつにも増して個性がすごく際立っていたアリー姉様ですが、やはり変わらずお美しいお姿でした。私なんかとは違って大人の雰囲気が漂う妖艶さというのでしょうか、ああいうのは。
幼い頃からずっと憧れていますからね、アリー姉様には。あの大人の雰囲気も、気怠そうにしながらもきちんと対応してくれるところも、常に私を気にかけて優しくしてくれるところも、私もいつかあんな風になりたいです。
決して個性的になりたいという訳ではありませんが……。
頼りにされる、立派な大人になりたいです。
憧れの大人の女性に。
私はアリー姉様の部屋のドアを開けて外に出ると最後にもう一度アリー姉様にお辞儀をしてから、ずっと待ってくれていた侍女の方に案内されてお父様と合流し、ノルマンディー侯爵閣下にお別れの挨拶を済ませお屋敷を後にしました。
私達ポーンドット親子は馬車に揺られ、自身の屋敷を目指します。
「ーーいくら面倒だからって、最愛の妹分を見捨てるようなそんな面倒な人間には絶対になりたくねぇんでございますわ」




