お出かけ
あれから、アシュトレイ様にきちんと返事をする事も出来ないまま別れて一週間が経ちました。
あれからというもの、私の心はまるで別の生き物にでもなったかのように沈黙を続けています。
眺めても、撫でても、問いかけても、何の反応も見せる事なくただそこにあり続けている。まるで御伽噺の眠り姫のように静かに、ずっと。
私の心は壊れてしまったのでしょうか?
そうかも知れませんね。ここ最近、本当に色んな事がありましたから……。
辛い事、嬉しい事、楽しい事に、哀しい事。それらと対面する度に私の心は激しく揺れ動きました。そしてついに、アシュトレイ様の愛しているというお言葉を最後に私の心は完全に止まってしまいました。
容易には受け止め切れない様々な多くの出来事で私の心の中はいっぱいになってしまった。
強い刺激と明らかな容量オーバー。
それらが私の心を狂わせた。
今はそっとしておくのが一番良いでしょう。早く良くなってくれる事を願うばかりです。
さて、あれこれ考えたところで私の心が早く良くなる訳ではないですし、ここは気持ちを切り替えて私は私のやるべき事をしなくてはいけませんね。
窓から身を乗り出し広大に広がるジャガイモ畑を一望します。
眼下ではぎこちない足取りで洗濯物の入った籠を運ぶパティと、それを後ろから心配そうに眺めているアンナの姿があります。
パティは急遽うちで働いてもらう事になった栗色のくるくるカールのヘアスタイルが特徴的な十四歳の小柄な男の子です。
パティの基本的な仕事内容は食材の調達や野菜の皮剥きなどの軽作業でランドさんの調理補佐といった風でしょうか。それから今現在がそうであるようにキッチンでの仕事が一段落ついたらお洗濯やお掃除等の仕事もこなす非常にフットワークが軽い男の子です。
そんなパティの教育係として、この度パティよりひとつ年上のアンナが抜擢されたという訳ですね。
ドジっ子のアンナに教育係が務まるのかと最初は心配になった私ですが、アンナは意外にも仕事を教えるのが上手なようで教え始めてからまだ数日しか経っていないのにパティは今や大抵の仕事をそつなくこなせています。
良き教育係としての信頼と実績を日々積み重ねているアンナではありますが、しかしその全てが彼女の能力によるものではなくパティの物覚えの良さや器用さといったものが一役買っているのかもしれません。
アンナは突如として自身の元に舞い込んできたチャンスをしっかりと掴み、良い教育係としての立場を確立出来そうですね。
もしかしたら数年後、マイヤーさんのように優れたメイド長となっているかも知れないですね。
そんな未来を想像するだけで自然と口角が上がってしまいます。
頑張って、アンナ。
二人から視線をきって再び広大なジャガイモ畑を一望していると、部屋のドアがノックされました。
硬く、力強く、大きめなノックです。
私の人生で恐らく一番多く聞いたノックの音ですね。これはアンナのノックと同等の分かりやすさと言えるのではないでしょうか。
「はいーーなんでしょう? お父様」
言いながらすぐにドアへと歩み寄りドアノブに手を掛けます。
開かれたドアの向こうに立っていたのは予想通りお父様で、少しだけ驚いたような表情でいます。
「ふむ……変えたつもりだったんだが……」
「はい、リズムは。でも、しっかりとお父様でしたよ?」
「そうか……。うむ、では次こそは必ず」
残念そうに肩を竦めるお父様に私は問いかけます。
「それで、お父様……いったい何の御用でしょう?」
「ああーーそうだ、そうだ。出掛けるぞ、支度しなさいローレライ」
「私も、ですか?」
「ああ。ノルマンディー侯爵閣下に会いに行くぞ」
言って、お父様はにこりと笑います。
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