瞳の魔力
視線をベオウルフ様から大きく外し客間の中央に設置されたテーブルへと向けます。ですが、陽の光を受けて艶のある茶色の光を放つテーブルがベオウルフ様の茶髪を想起させ、脳内にあの瞳がちらついてしまいます。
多くの女性があの瞳の魔力によって虜にされてしまうのでしょうね。
それに、もともと女性のような繊細で気品溢れるお顔立ちでいらっしゃるので、大抵の女性はそのお顔立ちを一目見ただけで夢中になってしまうのではないでしょうか。それでもなんとか自我を保てた少数の女性も、最後にはあの瞳の持つ魔力に当てられあっけなく虜にされてしまう、といったところなのでしょう。
ふぅっ……。
私は目を閉じて気持ちを落ち着けます。
良かった。私自身、あの瞳の魔力にやられなくて本当によかった。
何とか奇跡的に生き延びた事を#僥倖__ぎょうこう__#に思いましたが、私があの瞳の魔力にやられなかった理由は単に同性が好きだったからなのでしょうね。
同性愛者であったからこその勝利と言えるでしょう。
しかしそれでもあれほど激しく心が乱されたのは、やはり女性と見間違えてしまうほど中性的なあのお顔立ちが原因でしょうか。
男性と認識して心が震えた訳ではなく、女性だと勘違いしたからこそあれほど心が震えた。
女性ではなく男性だと、誤解が解けたからこそあの魅惑の瞳による魔法が解けたのでしょう。
ですが何でしょう? 誤解が解けたというのに胸の奥の方が熱を持ったように熱くて、さらに微かにですが痛みにも似た感覚を感じます。
何だか胸が高鳴って嫌な感じです。変にそわそわして、落ち着かなくって、呼吸も思い通りにできずに少し苦しいくらいです。
まさか、大丈夫だと思っていたのは私の思い過ごしで本当はすでにあの瞳の魔力にやられて変になってしまっていたのでしょうか?
そう思った途端に私の思考は恐ろしいほどのスピードでグルグルと回転し、恐ろしいほどの妄想を始めました。
ああ……今すぐ、今すぐに。
もう一度お美しいベオウルフ様のお顔を拝見したい。
あのお美しいジェシカ様とベオウルフ様を二人並べて交互にいつまでも鑑賞していたい。
その芸術的なまでの造形美を指先でそっと触れてその熱を、曲線美を、全身で感じたい。
お二人とお茶をご一緒にしたり、お二人の間に挟まれて包まれていたい。
などと、どんどんとあらぬ妄想が膨らんでいく中で、どうにか自身の思考回路に緊急ブレーキを掛けて自我を保ちます。
ふぅっ……、あぶないあぶない。
それにしても私って本当に大丈夫なんでしょうか?
ジェシカ様とベオウルフ様を脳内へ思い浮かべて、とんでもない妄想をしたりして……これでは同性愛者ではなく男性でも女性でもどちらでも構わない人みたいになってしまうじゃないですか。
両性愛者、というのでしょうか? そんな言葉自体があるのかさえ分かりませんが……。
もし仮に、私の周辺にいる人達に私の心の中を覗かれでもしたらと思うと正直ゾッとしてしまいます。それはそれは大変な騒ぎになってしまいそうです。
なので私は急ぎ変な妄想を取り止めて、平静を装います。
「どうかなさいましたか? ローレライ嬢。顔色が優れないようですが、ご気分でも……」
私の左手をとったままベオウルフ様は小首を傾げてそうおっしゃいます。垂れた髪の曲線さえも美しく艶っぽく見えてしまいます。
「い、いえっ……何でもありません。その……少しだけ緊張してしまって……だからどうぞお気になさらずに……」
再び逃げるように視界からベオウルフ様を外し、アンナの方へとちらり視線を送ります。
ですが、アンナがさっきいた場所にはもうすでにアンナの姿はなく、代わりに私の視界には玄関先の隅の方から何とも表現できない表情で立ち尽くすお父様の姿を捉えました。
「やはり、突然私が押し掛けてしまったのが原因ですね。繊細なローレライ嬢の事をもっと考慮すべきでした。本当に申し訳ありません」
私が勝手に緊張して普通じゃなくなっているだけなのに、ベオウルフ様は身分など意に介さないといったご様子でどこまでも紳士的に私に接してくれます。
「今日はご挨拶だけ済ませるつもりで来たので、それでは私はこれで失礼したします」
そう言って、ベオウルフ様は綺麗な姿勢でお辞儀をしました。
私も慌ててそれに答えます。
その時、
「ーーーーお嬢様。お客様がお見えです」
いつのまにか姿を消していたアンナの声が客間に響きました。




