王国一の美男
えっ……何ですかこの状況……。
えっ……夢ですか、これ?
えっ……何であのベオウルフ様がここに……?
えっ? えっ? えっ?
何が始まったんですか?
あのベオウルフ様がなぜか私を訪ねて来て、ここにいて、ご挨拶なさって、隣のアンナも頬を赤く染めて、それで、それで、いったいこれから何が始まるんですか?
今日ってベオウルフ様と何かお約束していましたっけ?
いや、いや、いや。そもそも何の接点もない別次元の世界のお方とお約束だなんてある筈がないじゃないですか。
であれば、ベオウルフ様はいったい何の御用で来たのでしょう?
えっ……不味くないですか? この状況。
えっ? えっ? 繰り返しますが何ですかこの状況。
白一色に染まった私の思考がわずかに動き出し、客間に備え付けられた古時計の振り子が刻むリズムをとらえました。
毎日、毎年、そしてこれからも決して変わる事のない古時計が刻むそのリズムを聴いていると、まるで古時計がすっかり調子の狂ってしまった私にいつものリズムを取り戻させようとエスコートしてくれているように感じます。
胸の中で振り子のリズムを真似して冷静さを取り戻します。
そう、そうですよ。
あの有名なベオウルフ様だからってそんなに取り乱す事なんてないんです。
いつも通り冷静に。さっきお見えになったアレク様と同じように、普通に接すればいいんです。
ふぅっ……。
よしっ。ずいぶん冷静になりました。これなら失礼がないようにきちんと御対応する事が出来そうです。
私は勢い良く腰を折り深く深く頭を下げます。
「こここ、こんにちは! 初めまして、ロロ、ローレライ・ポーンドットでございます! 本日はよろしくお願いいたします!」
床についたわずかな傷跡を凝視しながら私は無心でそう言います。いえーー必死にと言った方が適切でしょうか。
「あっはは! 僕はいったい何をお願いされたのかな? ずいぶん面白い人なんだね、ローレライ嬢は。でも、そんなに畏まらないで普通にしてくれていいよ、いつもの自然な君を見てみたいんだ」
言って、私の床しか見えなかった視界の中にベオウルフ様のお膝が写りました。
上質な生地で包まれたそのお膝に自然と視線が向きます。
そして、
ベオウルフ様は慣れた手つきで私の左手をとると、私の手の甲に優しく口づけをなさいました。
「ーーーーっ⁉︎」
「美しきローレライ嬢。度重なるご無礼をどうかお許しください。どうしてもあなたとお近づきになりたく突然押しかけてしまいました。そして、こうしてあなたの美しさを間近で拝見するうちに、私の膝は自然と折れてしまい理性の制止もきかず無礼を承知でこのような事を……本当に申し訳ありません」
ベオウルフ様は片膝を床につき、私の左手をとったまま儚い瞳で私を見つめ言います。
「いっ、いえ……そんな……お気になさらないで下さい」
私は逃げるようにしてベオウルフ様の瞳から視線を外しました。
心臓が今までで一番激しく躍っています。
突然、手の甲に口づけをされた事に驚いているのは確かですが、それよりも私の胸を激しく刺激するのはおそらくベオウルフ様のあの儚い瞳ではないでしょうか。
あの眼差しを受けていると、あの今にも消え入りそうな弱々しく光るあの瞳を見つめていると、自分が自分ではなくなってしまうようなそんな危険な印象を受けました。
ですが、自身の持つその全てを投げ出してもそうなってしまいたいと思ったのもまた事実です。
あの瞳に吸い込まれ、湛える光に溺れてしまいたい。
そうーー思ってしまったんです。




