美しき、女性?
「…………っ!」
部屋に響く何度目かのノックの音でようやく意識が戻ってきました。
「ーーはっ、はいっ!」
「おっ、お嬢様、お客様が……お客様がお見えです」
「はい。すぐに向かいます」
まだ意識が定まる前だというのに、私の口からは無意識にリズム良く言葉が飛び出して来ます。
まるで誰かに操られているようなそんな変な感覚を不思議に思いながらも、手早く身嗜みを整え自室のドアを開けるとそこにはなぜか頬を染めたアンナが立っていて、何やら恥ずかしそうに身体をくねらせていました。
「アン……ナ? どうしたの?」
「いえ……別に何も……」
妙に顔が綻び、頬を赤く染めたアンナが言います。
そんなアンナの様子は、先ほど屋敷を訪れたアレク様がお見えになった時とは明らかに違っていました。
「そ……そう?」
「はい……」
そんな明らかに様子が変なアンナを不思議に思いながらも、アンナとともに客間へと向かいます。
その際、歩くアンナの後ろ姿はいつもよりも元気でいて、まるで跳ねるようにリズムよく歩いていました。
マイヤーさんに褒められる等して、とても機嫌が良いのでしょうか?
それにしても、これほどの短期間に私を訪ねてくるお客様がみえるのはかなり珍しい事です。妙に機嫌の良いアンナといい、何だか変な感じがしますね。
結局、何も分からないままに私は客間へと到着し私を訪ねて来てくださったお客様と対面しました。
「やあ、逢いたかったよローレライ嬢。僕の名前はベオウルフ・ハイウィンドだよ、よろしくね」
高い位置から発せられたその言葉を聞きつつ、私の顎の角度は自然と上がります。
天井を見上げるように斜め上に向けられた私の視線の先には、艶のある長い茶色の髪を結えた長身の女性が爽やかな笑みを浮かべて立っていました。不思議と身体の周辺が煌めいて見えます。
私はなんとなくその方に見覚えがあり、ぼんやりとその綺麗なお顔を眺めながら記憶の中を探ります。
誰でしょう? 背が高く、艶のある茶髪に、綺麗なお顔立ち。これほど特徴的な女性はそういない筈ですが……。
そこまで考えたところで、自身の重大なミスに気付きます。わざわざ見た目から記憶の中を探らなくても、目の前の女性は御丁寧に名前を名乗ってくれていたのでした。
「ベオウルフ……ハイウィン……ド……様?」
そう、ぽつりと漏らした私の言葉を聞き、目の前の女性は爽やかな笑みを浮かべながら、私の方へとその綺麗なお顔を近付け言います。
「だよ。僕の事、知ってくれているかな?」
ベオウルフ・ハイウィンドーー知っています、そのお名前。この国でその名前を知らない方はもはやいらっしゃらないのではないでしょうか。だってそれくらいに有名なお方ですから。
それこそ、王国一の美貌と称されるあのジェシカ・ユリアン様と同じ意味合いで並ぶとてつもなく有名な人物です。ジェシカ様が王国一の美女なら、ベオウルフ様は王国一の美男と言ったところでしょうか。
この国に住む多くの女性の憧れの的です。私も遠くの方から何度か拝見した事がありますが、その際ベオウルフ様の身体の周辺が何というか、煌びやかなヴェールに包まれているように見えたのをしっかりと覚えています。
しかし、なぜこの女性はベオウルフ様の名前を語って……僕?
この方、自身の事を僕とおっしゃいました?
それまで非常にふわふわとしていた私の頭の中でカチリカチリと何かが繋がり、ひとつの可能性にも似た答えが浮かび上がってきました。
ですが、その可能性はあまりにも現実離れしていて到底信じられるものではありません。
仮に、本当に仮に、その可能性が正解だとすると妙に浮かれていたアンナや、この女性がベオウルフと名乗る理由が気持ちが良いほどに納得できてしまうんです。
まさかとは思いますがこの女性ーーいえ……この、どこから見ても美しい女性にしか見えないお方は……実は男性であって、そう名乗っているようにあの有名なお方であって、以前見た身体をとりまく綺麗なヴェールと目の前に今ある綺麗なヴェールは同じものであって、それが意味する事はつまり、それはつまり。
私の頭の中が先日、ジェシカ様とお茶をご一緒した時と同じように一瞬で白に染まってーー。




