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婚約破棄された男爵令嬢〜盤上のラブゲーム〜  作者: 清水ちゅん
3章 同性愛と心崩壊
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温まる心

「美しきローレライ嬢、可憐な姿、ずっと見ていた、結婚してほしい」


 アレク様に掛けて頂いたそんな御言葉を自身の口で反復するだけでついつい口角が上がってしまいます。


 やはり嬉しいものですね。


 たとえ嘘や御世辞であったとしても、そういった言葉を掛けて頂けるという事は。


 優しくて、温かくて、柔らかい言葉に触れるだけで自然とこちらもそんな気持ちになってしまう。


 嬉しくて、ありがとうって伝えたくなってしまう。


 言葉に込められた想いが胸の中の深い部分にまで達すると、自然と涙が溢れてしまう。


 やはり、言葉はすごい力を持っていますね。


 ずいぶん昔に読んだ本に、言霊という言葉に宿る不思議な力があると書かれていたのですが、そういった物事なのでしょうか。


「……っ痛!」


 ですが、そんな浮ついた今の私の気持ちを戒めるかのように、薔薇の棘で傷付けられた頬の傷がちくりと痛みます。


 それはまるで、調子に乗るなというあの御三方からの無言のメッセージのように感じました。


 分かっています。


 調子になんて乗りません。


 絶対に。


 ただ、言葉を感じ、噛み締めていただけです。


 もしも、これさえもダメだと言われてしまうのなら残念ながら私には到底無理なお話です。何かを感じとり、心を震わす事が出来ないのであれば、私としてはそれはもう人間ではないと思うからです。


 楽しい事、嬉しい事、辛い事、哀しい事、毎日色んな事があってその度に心は激しくも緩やかに揺れ動く、だからこそ生きているって実感する事ができるんです。人間で良かったって思えるんです。


 もちろん時には立っている事も出来ないくらい悲しい事もありますし、前が見えなくなるほど哀しい事もあります。けれど、だからこそ、その後の楽しい嬉しいって感情が更に大きくなるような気がするんですよね。


 まぁ、私の気のせいかもしれませんが。


 とにかく、私は今まで通り当たり前の人間でありたいですし、これからも人間をやめる気なんて毛頭ありません。


 それだけは絶対に嫌なんです。


 だから私はどれだけ頬の傷が痛もうとも嬉しい時には笑いますし、辛い時には涙を流します。


 そんなの当たり前です。


 と、アレク様に掛けて頂いたお言葉を何度も何度も繰り返し脳内へ浮かべては心を震わせます。


 ずっと私の事を見ていてくれたんですね。


 ずっと私の事を想ってくれていたんですね。


 ありがとうございます。


 本当に、本当にありがとうございます。アレク様。


 あなたのお言葉と、その言葉に込められたあなたのお気持ちはしっかりと受け取りました。


 私の心はあなたの想いで間違いなく震えましたし、とても温かく優しい気持ちになることが出来ました。


 だから、本当に、本当にありがとうございました。


 先日の薔薇園での一件で心が傷付きすっかりと冷えきってしまっていた私の心ですが、今はしっかりとした熱を取り戻す事が出来たようです。


「ーーふふっ」


 今思えば、アンナにもお礼をしないといけませんね。彼女の純粋すぎるあの想いも間違いなく私の心を温め癒してくれましたから。


 私は机へと歩み寄り光溢れる窓の外へと視線を向けます。


 視線の先には広大なジャガイモ畑の中心でせっせとジャガイモを掘り起こしている人影がちらほらと見えています。


 みんな自身のやるべき事を一生懸命にやっているんですね。私も昼寝ばかりしていないで頑張らないと。


 私は机に向かい本を開いて意識を集中させます。ですが、またしてもアレク様が意識にのぼり集中できません。


 そうですよね。


 あんなにも緊張しながら一生懸命に自身の内に秘めていた気持ちを私に打ち明けてくれたんですよね。


 アレク様の想いに対し絶対に失礼のないように、私も相応の熱意と誠意を持ってしっかりと自身の想いを伝えなくてはいけませんね。


 次にお逢い出来た時に、ちゃんと。


 その際はどんな言葉を使えば良いでしょう? 表情や仕草は? 特別なマナーのようなものはあるのでしょうか? 困りました。考えれば考えるほどに自身の無知さが浮き彫りになってしまいます。


 本当に私は何も知りませんね……。


「あっ……!」


 そういえば、確かお父様から頂いた本の中にこんな時だからこそ読むべき本があったような気が……。

 

 私は手にしていた薬草学大全を机の隅に置いてから立ち上がり、本棚へと向かいます。


 読書好きなお父様がプレゼントしてくれた、私には少し大きすぎる本棚に並べられた大小様々な本の背表紙に指先を左から右にゆっくりと走らせお目当の本を見つけます。


 すぐさま本に手を伸ばし、本棚から取り出すと表紙を一瞥し再び机に向かいます。


「できる大人のスマートな断り方……」


 と、本のタイトルをぽつりと呟いてさっそく目次の書かれたページに視線を走らせます。


「ふわぁっ……」


 もはや条件反射のように出てきたあくびを気にするでもなく、ページをめくっていきます。


 次、アレク様がお見えになる時までに私はこの本を読了する事が出来ているのでしょうか?






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