赤い薔薇の花束
「ーー私と結婚して下さい!」
アレク様からの突然のプロポーズに私の頭の中は一瞬で真っ白になりました。
「あっ……えぇっ……?」
そんな間抜けな声をあげる私のすぐ隣ではアンナが両手で口を隠して固まってしまっています。
いえーーアンナだけではなく私も、ですね。
けれどそれは仕方のない事だと思います。だって、突然訪れた初対面の男性に突然プロポーズされたのでは、誰だってびっくりして固まってしまうと思います。
こんな体験そうそうあるものではないでしょう。
内心かなり取り乱している私でしたがそんな私の気持ちなど全く気にもしていない様子で、目の前の薔薇の花束は宙でわずかにその身を踊らせています。
そんな花束を見ていると、つい、手を伸ばし受け取ってしまいそうになりますが、赤い薔薇のこの花束だけは容易に受け取ってはいけないんです。
赤い薔薇の花束を送るという意味と実際にそれを受け取るという事はーー今はあまり考えたくない事ですね。
とにかく、失礼がないようにやんわりとお断りしないと。
「あの……アレク様……お気持ちは大変嬉しいのですがこれはいったいどういう……?」
私は無意識に震えてしまう小声で現状の説明を求めます。
「いえね、とある人物からアシュトレイ卿がローレライ嬢との婚約を破棄したと聞いたのです。なので私としてはもう、いてもたってもいられずにこうしてここに駆け付けた次第なのですよ!」
アレク様は興奮気味にそう言うと、緊張がありありと見てとれる笑顔を浮かべます。
また、興奮しているせいか額からは大量の汗が流れ落ちています。
とある人物。その方に私とアシュトレイ様の事を聞いたとアレク様はおっしゃいましたがいったいどなたでしょうか。
あの盛大な茶会の会場で行われた婚約破棄。あれほど大勢の前で派手に行われたのですから誰が知っていても何の不思議もありませんけれどね。
ここは余計な詮索は不要でしょう。
それにしても、どうして初対面のアレク様は婚約破棄された私の元へ訪れたのでしょうか? 分からない事が多過ぎます。
小首を傾げてちらり、私のやや右後方に立つアンナに視線を送るとアンナはいつの間にかアレク様に背を向け若干震えながらうつむき目を閉じています。小さく一歩踏み出した右足が意味するのは気まずい雰囲気に耐えられず逃げ出そうとしたのか、あるいは一刻も早く仕事に戻ろうとしたのかは正直分かりかねます。
または、事の顛末を見届けようと踏みとどまってくれたのでしょうか。
その真相については是非とも知りたいところですが、今はアレク様を何とかしないといけませんね。
「先ほど……初めましてとおっしゃいましたが、初対面でなぜこのような……」
初対面の人にいきなりプロポーズだなんて、さすがにアヴァンギャルドが過ぎる行為だと思います。
「はっは! はっは! 先ほどはそう言いましたが、本当の意味で初対面という訳ではないのですよ、これが」
「本当の意味……?」
「ええ。実は私達は何度か会っているんです。こうしてご挨拶するのは今回が初めてなのですが、私はずっと遠くからローレライ嬢の事を拝見いたしておりました。と言うのも、最初にお見かけしたのは先月の事です。あなたはお気付きではないでしょうが私の馬車とあなたの馬車がすれ違った事があるんです。あの日、あの時、あの馬車の窓から覗いたその可憐なお顔立ちを見たその瞬間、私は落雷に打たれたような衝撃を受けたのです。馬車ですれ違ったあの一瞬のタイミングはまさに神が与えて下さった最高の贈り物でした。それからというものあなたの事が忘れられなくなり、夜もぐっすりと眠ることが出来なくなってしまいました。それからあなたの事をあちこち探し回りついに住まいを特定するに至ったのですが、アシュトレイ卿との婚約の事実を知り遠くから眺める事しか出来なかったのです! そして、つい先日アヴァドニア公爵家にて行われた茶会にて運命の歯車は急速に回り始めたのです!」
アレク様はかなり興奮したご様子で鼻息荒く言います。




