許される立場、許されない立場
あれから屋敷へと戻った私を待っていたのは、奇異の眼差しでした。
私を迎えてくれた皆は、それぞれ仕事中の手を止めて私の変わり果てた姿を凝視します。
それはそうですよね。朝、お茶会へと出発して帰ってきたら真っ白なドレスが泥だらけになっているんですから……。畑仕事でもして来たのならまだしも、お茶会へと出掛けてなぜここまで見事に泥まみれになったものかと、不思議に思うのは当然です。
しかし皆が皆、私の姿を訝しんでいる訳では無く、私の親友のアンナはと言えば、
「あっ! おかえりなさいませ、お嬢様! 見て下さい、ドーラさんの畑で採れたお芋をこんなに頂きましたよ! ドーラさん、近いうちにパイユパーティーをやるってとても張り切っていました!」
と、屈託のない笑顔を私に向けてくれました。
「そう……楽しみね」
ぽつりと呟いて、私はアンナの横を足早に抜けて自室へと戻りました。
誰かと話す心的余裕がないからと言って、アンナに冷たい態度をとってしまった事に罪悪感を覚えます。
でも、私は、貴族の娘で、アンナとは違って、平民ではないのだから。これで、これでいい……?
これが、ベアトリック様が言う貴族と平民の本来の、自然な姿?
誰も困らない、誰にも迷惑をかけない、一番良い関係性?
分かりません……。
私には、分かりません……。
そんなの。
ただ、その事を考えると胸が苦しくて、痛くて、とても悲しくなってしまいます。
私は泥だらけのドレスを脱いでベッドに倒れ込みました。
天井を見上げてため息をひとつ漏らし、細かな傷でいっぱいの両腕を見つめながら、そのひとつひとつの傷を指先でそっとなぞり物思いにふけました。
ベアトリック・イーンゴット様に言われた厳しい言葉の数々。
アレンビー・ビショップマン様に言われた厳しい言葉の数々。
ルークレツィア・カトレット様に言われた厳しい言葉の数々。
そして、
ジェシカ・ユリアン様に掛けられた身分差を意識しない優しい言葉の数々。
厳しいお言葉と優しいお言葉。
それらは正反対の意味を持っていて、どこまでいっても相容れない真逆の見解です。
だからこそ、私は分からない。
どちらも正しくて、どちらも理にかなっている。
ただ、私自身の考えとしてはジェシカ嬢と同じかそれに近いものだと思います。だから今までも貴族、平民問わず仲良くしてきました。
ですが、その考えの結果がこのおびただしい傷跡とあのドレスの有り様なんです。
ジェシカ嬢と考えを同じくしていても、私とジェシカ嬢ではやはり圧倒的に立場が違います。
ジェシカ嬢の立場ではあの考えでよくっても、私の立場ではジェシカ嬢と同じこの考えは成り立たない。
身分の、立場の違いですね。
いくら考えが同じでもジェシカ嬢と私とでは、正解となる答えがまるで違う。
ですから、ジェシカ嬢が自分らしく振る舞えたとしても、反対に私は自分の意思に反した行動をとらなければならない。
もしくはベアトリック様が言ったように、お父様にお願いして男爵の爵位を返上して頂くかのどちらかですか……。でも、それはさすがに無理があるでしょう。
お父様ではなく私自身が男爵の爵位を持っているのであれば、返上するのは一向に構わないのですが……。現実はそうではありませんし。
そうなるとやはり、自分を偽って貴族としての威厳を持った行動をしなくてはいけないのでしょうか。
それが貴族として生きる事ーーーーいえ、違いますね。
それがあくまで私個人の生き方、ですね。
到底納得できる事ではありませんが、納得するしかありません。世の中そんなに上手くいくようには出来ていません。むしろその殆どが上手くいかない事ばかりです。まだまだ子供の私だって知っています。それくらい。
「はぁっ……」
お母様のドレス、綺麗にお洗濯して修繕しないと……。
汚れは綺麗に落ちるでしょうか? 破れは綺麗に修繕出来るでしょうか? マイヤーさんに協力して貰う必要がありますね。
本来なら一刻も早く作業に取り掛かった方がいいのでしょうが……なんだか身体が重くてベッドから起き上がる気になれません……窓の外では太陽がかなり落ち始めています……夜が、やってきますね……闇は……私を連れて行ってくれるでしょうか……誰もいない、静かな場所に……私を……連れて……行って……
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