絶対的な価値観の違い
それからどれだけの時間が経ったのか定かではありませんが、しばらくの間、足蹴にされ続けどうにか上体を起こす事が許された私は地面に力無く座り込んでいます。
私が見つめる視線の先にはテーブルについて紅茶を含み、せせら笑っている御三方の姿があります。
「…………」
私はただ無言でその様子をぼんやりと眺めています。あくまで感覚的な話なのですが、御三方をぼんやりと眺めている私を少し離れたところから別の私が眺めている、と言った具合でしょうか。
よく分からないですよね。こんな感覚。
どこか別の所を眺めていても構わないのですが、たまたますぐ目の前に知人の方三人がいらっしゃるので、それで……。
あとは、そうですね。視線を動かすのも面倒で、もうどうだっていいと言うかなんというか……。
抵抗する事も許されず、ただ玩具のように雑に扱われるだけなのですから。
「そう、そう。ローレライ、思い出したわ。こっちへいらっしゃい」
ベアトリック様に手招きされ、私は身体中に走る痛みに耐えてゆっくりと立ち上がりベアトリック様の元へと歩み寄ります。
「何でしょう……ベアトリック様」
「ええ。あなた、なぜこの様な酷い仕打ちを受けたのか、ちゃんと理解している?」
「理解……」
頭に浮かんだそんな言葉はゆっくりと私の頭の中でぐるぐると回転します。
理解、理解、理解。現在の状況の理由。私が受けた仕打ちの理由。
「それは……この薔薇園に足を踏み入れて……」
そう、言われた。ベアトリック様ご本人から、そう。
でも、そういう理由だとしても分からない。納得が出来ない。
だって、今日ここに私を呼んだのはベアトリック様ご自身なのに。ご自身で呼んでおいて、来てはダメだったと、立ち入ってはいけないと、そう言われた。
そんな事、矛盾していて理解出来る筈がない。
「そうね。それは確かにそう。でもね……本当は違う。本当の理由はあなたの価値観が原因なの」
「価値観……」
「ええ。そうよ。ローレライ」
ベアトリック様のおっしゃった価値観という言葉が、私の中でふわふわと漂い行き場を無くしています。価値観とは何でしょう? それが原因でこんな仕打ちを? 私の価値観?
「よく分からない、といった風ね。じゃあ特別に説明してあげるわ。あなた、先程から貧乏貴族や弱小貴族、崖っぷち貴族にお情け貴族と言われているわね?」
「はい……」
「それらにはどれも共通点があるじゃない?」
私は頭の中で繰り返しそれらの言葉を呟き、ひとつの言葉に気付きました。
「貴族……」
「そう、そうよ、ローレライ! 正解よ! あなたは貴族なのよ! あなたは決して平民などではない、れっきとした貴族なのよ!」
興奮したご様子のベアトリック様は声を大にしてそう言うと、どんなに端くれでもね……と最後に付け加えました。
「なのにあなた……ちゃんと貴族として振舞えていないじゃない?」
「そっ、それは……」
それはどうなんでしょう? 私は自身がポーンドット男爵の娘であると、どんなに端くれでも貴族であると認識しています。それに得意ではないですがお勉強もちゃんとしていますし、ルールやマナーを守って貴族として恥ずかしくないよう誠実に生きていると思いますが、そう思っているのは私だけで他の方々はそうは思ってくれていないと言う事なのでしょうか?
全部私の思い込みや勘違いであって、最低限の貴族たるレベルに達する事が出来ていないと。
そう考え答えを出した私でしたが、ベアトリック様のお考えは少し違っていたようでした。
「貴方……昨日、お庭で何をしていたの?」
「え……?」
昨日、お庭。そんな言葉から連想されるものは私の中にはひとつしかありませんでした。
「アップルパイ、パーティー……」
「そう……。アップルパイパーティーをしていたの。なんだかとても楽しそうだったわね」
ベアトリック様はとても不機嫌そうにそう呟きます。そして、
「誰と、パーティーをしていたの?」
「それは……うちの使用人や領民の方々と……」
「それよ! 平民と同じテーブルを囲むなんて汚ならしい! いったい何を考えているの⁉︎ 信じられない!」
ベアトリック様は今日一番の興奮状態で身体を激しく震わせ言います。