本当のお茶会
それから約一時間、私達だけの秘密のお茶会はより一層の盛り上がりをみせました。
そしてーーーー
突如、屋敷に繋がるドアがノックされました。
乾いた音がテラスの奥からこちらに向けて響いてきます。それと同時に今までの賑やかな薔薇園の雰囲気は一変し、気味が悪いくらい静まり返ってしまいました。
「…………」
ベアトリック嬢はそのノックに対し答えるでもなくテーブルの上を簡単に片付け始め、次に自身の着ているドレスの着崩れを手早く直し始めました。
ベアトリック嬢からわずかに遅れてジェシカ嬢、アレンビー嬢、ルークレツィア嬢も同じように簡単な身支度を開始したので、私も慌てて身支度を整えます。
いったいどうしたのでしょう?
全員の身支度が整い、お行儀よくテーブルについているとさっきまでの光景がまるで嘘のようでした。
ノックからちょうど一分が経つ頃、まるでタイミングを見計らっていたようにドアがゆっくりと開け放たれ、侍女の方が視線を伏せたまま入ってきてベアトリック嬢に小さな一枚の紙を差し出しました。
ベアトリック嬢は差し出された紙に視線を落とすと素早く紙面の上に視線を走らせ、また元の位置へと視線を戻しました。
ーーーー早い。
速読術もやはりかなりのものですね。速読が苦手な私には羨ましい限りです。文字数は不明ですが約一秒くらいしか経っていませんでした。私では文字の輪郭を掴む事すら出来ないでしょう。
「ーーーージェシカ嬢。アヴァドニア公爵閣下から連絡が入りました。至急帰宅せよ、との事ですわ」
ついさっきとは全く違う雰囲気のベアトリック様が抑揚を欠いた単調な声で仰いました。その様子はもはや全くの別人のようで怖いくらいです。
「…………」
ビックリしすぎて、様って言っちゃいました。でも、口に出した訳ではないから今回はいいですよね。
「ーーーーそうですか。ありがとうございます、ベアトリック嬢。それでは申し訳ございませんが私はお先に失礼させて頂きます。皆様、またお会い出来る日を楽しみにしています。それではご機嫌良う」
ジェシカ嬢は椅子から優雅に立ち上がると可憐なカーテシーと共に別れの挨拶を述べました。
「ご機嫌良う。ジェシカ嬢」
「近いうちに、またぜひお会いしましょう」
私はアレンビー嬢とルークレツィア嬢の挨拶に続いて慌てて別れのご挨拶を済ませます。
「ジェシカ嬢。今日は本当に有意義な時間を過ごす事が出来ました。ありがとうございました。またお会い出来る日を楽しみにしております」
「ええ、またね。ローレライ嬢」
つい抱きしめてしまいたくなるほど可憐な笑顔を残して、ジェシカ嬢は侍女の方と共に薔薇園を後にしました。
テラスの奥の方でドアの閉まる乾いた音が鳴り響きます。
「…………?」
と、ジェシカ嬢の背中を見送っていると私の右手がはっきりとした違和感を感じとりました。
それは冷たく、鋭く、なんとも言いようのない気持ち悪さを孕んだ違和感。
「ーーーーつっ⁉︎」
そんな違和感が右手に纏わりつき、やがてちくりとした僅かな痛みが私の右手を襲いました。
嫌な感覚に顔をしかめ、自身の右手に視線を落としてみると信じられない事に、そこには幾重にも織り重なる薔薇の蔓が巻きついていたのです。
「さて……そろそろ本当のお茶会を始めましょうか。ねえ? ローレライ?」
私の背後でベアトリック様が言います。
今まで一度も聞いた事のない、不気味な声で。