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婚約破棄された男爵令嬢〜盤上のラブゲーム〜  作者: 清水ちゅん
2章 お茶会
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とまどいのお茶会

 初めてみるベアトリック様の無邪気な笑顔。


 広角を大きく上げて綺麗な白い歯並びを惜しげも無く見せつけて笑うその笑顔は、とてもではないですがいつものベアトリック様からは想像が出来ません。


 こう言っては失礼ですが、とても元気な普通の少女のようにしか見えません。


 例えるならまるで、そうーーーーうちで働いてくれているアンナみたいな、そんな笑顔。


「ふぅ……」


「はぁ……」


 と、アレンビー様とルークレツィア様が大袈裟に肩を落としてため息をつきカップを手にしました。


 その様子を見てベアトリック様は嬉しそうに顔をほころばせ両手で紅茶の入ったカップをすくい上げると、両ひじをテーブルに立てたまま紅茶を飲み始めました。


「むぅ! このクッキー美味しい!」


「隣の国の有名店から取り寄せたクッキーよ。オレンジピールを生地に練り込んであるらしいわ」


 ジェシカ様は両手にクッキーを摘んでもりもりと元気よく食べていて、両のほっぺがぷっくりと膨れています。


「ほえ? ホーレライは食べないほ?」


 ジェシカ様にそう声をかけられハッと我に返りました。


 私とした事がまた、ぼんやりとしていたようです。


 いえ、違いますね。その表現は適切ではない。


 ぼんやりとではなく、驚きのあまりあっけにとられていた。そう言うべきでしょう。


 だって、誰でも驚くでしょう? この状況。


 高貴な方々が、私とは身分違いな生まれも育ちも超一流の名だたるお家柄の御令嬢方がこんな……。


 何というか……こんな感じでしたっけ? 高貴な方々のお茶会ってこうでしたっけ? こんなにも、こんな……。


「なーに、ローレライ。固まっちゃって、どうしたの?」


 戸惑う私を不審に思ったのか、ベアトリック様がお声をかけて下さりました。


「あ……えっと、その……」


「緊張してるの?」


「びっくりしてるんじゃない?」


 アレンビー様とルークレツィア様が的確な予想をしてくれました。


「あ……はい」


 固まってうつむいたままポツリと声を漏らす私を見て、ベアトリック様が笑います。


「あっはは! そうか。ローレライはここに来るの初めてだね。そして、こんなお茶会も初めてって訳だ」


「は、はい……」


「ほら! やっぱり私の言った通り緊張してたんだ!」


「当然、緊張もしていたんでしょうけど、この状況にびっくりしたという方が大きいんじゃない?」


「あっはは! そりゃまあ、びっくりしても仕方ないわね。こんな事、外じゃ絶対に出来ないからね。そりゃあテーブルマナーも大事だけど、お茶会は基本楽しまなくっちゃ! お堅いパーティーばかりじゃ肩が凝っちゃうわ」


「そうそう、本当にそうよね!」


「むしろこっちが本流になればいいのに」


「あっはは! それいい! 私達の世代からこれが本当のテーブルマナーだって事にして広めちゃおうかっ⁉︎」


「私、大賛成!」


「ぜひそうしましょう。ベアトリック嬢」


 なんだか随分と盛り上がっていますが、大方理解できました。つまり今回のお茶会は完全にプライベート仕様で、侍女の方々もその内容は全く知らない私達だけの秘密のお茶会。


 お堅いテーブルマナーを無視した気楽で遠慮のないフットワークの軽いお茶会。


 そんなところでしょう。


 確かに周囲の人の目を気にして生活するのは、やはりどうしても疲れてしまいますからね。こういった息抜きが必要になるんでしょう。


 でも、意外でした。高貴な方々はいついかなる時でも気品溢れる優雅な振舞いしかしないものだと思っていましたから。


 そういった意味ではなんだか安心しました。私達と同じで、ちゃんと人間らしい一面があったんですから。


 たまには力を抜いてリラックスしたいですもんね。


 そんな事を私が考えていると、


「ーーーーっ⁉︎」


 突然、私の唇に何かが触れました。と同時に爽やかな香りが鼻腔を駆け抜けます。


 慌てて状況を確認すると、クッキーを口いっぱいに頬張ったジェシカ様が無邪気な笑顔を浮かべて私の口元へクッキーを差し出していたのです。


「おいひーよ!」


 王国一の美女と称されるジェシカ様にこんな事をしていただけるなんて、私はなんと幸せなのでしょうか。実際、ジェシカ様にこうして欲しいと心から願う男性がこの国に何百ーーーーいえ、何千人いる事でしょう。もし、そんな方々にこんな現場を見られでもしたら私はかなりの反感を買う事になるでしょう。


 私の胸はいろんな意味あいで天井なしに高鳴ります。


 同性の目から見ても美しく可憐なジェシカ様。


 一日中ずっと側で眺めていたい。


 頭を撫で、頬を撫で、頬ずりしてその滑らかな柔らかさを全身で感じたい。


 なんて、ジェシカ様を見ているだけで変な気分になってしまいます。

 

 私は胸に芽生えた怪しげな感情の赴くままに目を閉じ、差し出されたクッキーを口にします。


「ねっ⁉︎ おいひーでしょ?」


 極度の緊張と恥ずかしさが相まって、正直なところ味なんて全然分かりませんが私は答えます。


「……はい」


「にっひひひひひ!」


 ジェシカ様はどこまでも無邪気な顔で笑います。






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