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婚約破棄された男爵令嬢〜盤上のラブゲーム〜  作者: 清水ちゅん
2章 お茶会
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薔薇の香り

 開け放たれたドアのその奥、部屋の中にはただの一本も薔薇の花はおろか花弁さえも無いのに、自分がまるで薔薇園の中心にでもいるような錯覚を起こす程、豊潤で濃厚な甘い香りが一気に押し寄せてきます。


 私はもともと薔薇の花の香りが大好きなのですが、不思議と私を包むこの香りは胸いっぱいに吸い込みたいとは思いませんでした。どころか、あまり呼吸したくないとさえ思ってしまいます。


 どうしてなのでしょう……。この香りを嗅いでいると美しい薔薇の花の映像よりも、茎をびっしりと覆う鋭利で危険な棘を真っ先にイメージしてしまうのです。


 刺々しく、荒々しく、執拗に、身体全体に絡みついてくる。棘が肌に食い込み血が滲み、その血を吸って紅い薔薇はより一層深く濃い紅に染まる。


 よほど緊張しているのでしょうか。私の心を支配する緊張感が恐怖の形として頭にそんなイメージを浮かべているのでしょう。


 いけませんね。しっかりしないと。


 身分は違えど私とベアトリック様は同じ人間なのですから、そんなに固くならずにリラックスして自然体でいましょう。


 素晴らしい薔薇園にそんな勝手な悪いイメージを抱いてしまっては失礼です。あの薔薇は純愛の証なのですから。


 私は薔薇の放つ魅力的で濃厚な香りを胸いっぱいに大きく吸い込み、メイドさんの背中を追います。


 応接室を足早に横切って更に向かいのドアをくぐります。


 ドアの奥からそれまでの柔らかい印象だった室内灯とは別の光が差し込みます。


 つい目を細めてしまうほどに刺激的でまっすぐな強い光。太陽光ですね、これは。


 ドアが完全に開かれると私の視界はいっきに白に染まりました。


 右手で光を遮るようにしますが、あまり効果はないようです。視線を背けて瞳孔が閉じるのを静かに待ちます。


 視覚は全くダメですが嗅覚は全然問題ないので、さきほどよりも薔薇の香りが強く濃くなったのを感じます。


 していると、ようやく刺すような光に目が慣れてきて次第に視界がひらけてきました。


 四角く切り取られたドアの向こう側には白を基調とした見事なテラスがあって、その更に奥には濃厚な緑がかなりの質量を持ってどっしりと待ち構えているのが見てとれます。


 巻きつくように幾重にも重なった細い茎、陽の光を求めて広げられた広葉、そんな濃密な緑の群れの至る所には鮮やかな真っ赤な薔薇の花が咲き誇っています。


 足元で必死に働く者達を踏み付け、涼しげな表情を浮かべては妖艶な魅力を振りまいているその姿は、見ようによっては気高く美しい貴婦人のようにも見えます。


 でも、決してお母様のような婦人の姿には見えません。タイプが違うというかなんと言うか……。


 私がつい薔薇の花に心を奪われてしまっていると、メイドさんは先にテラスの方へと移動していて自身の右手を上品に薔薇園の方向へ向け、私の進むべき道を示してくれていました。


「どうぞ、こちらです」


 早足にメイドさんの元へと歩み寄り軽く会釈をすると、不思議とメイドさんの身体が先ほどよりも少しだけ小さく感じました。


 それはなんというか、極度の緊張や恐怖心から身をなるべく小さくして誰かから隠れている小動物のようなそんな感じ。


 あるいは肩身が狭くて居心地が悪い思いをしている時とか……そう、まるで何かしらの失敗をして限りなく身体を小さくしているアンナのようです。


 そんな不思議な感覚にとらわれながらメイドさんの右手が指し示す方に視線を送ると、テラスから降りた薔薇園の中には銀色の線の細いデザインの見るからに高級そうなテーブルセットが置いてあって、そこには当然ですがこの豪奢なお屋敷に住むベアトリック様が座っていて燃えるような赤い髪を揺らしながらこちらに向かって手を振っていたのです。







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