到着、ニルヴァーナ公爵邸
色鮮やかな薔薇と不変の愛の物語に思いを馳せていると、馬車はついにその速度を失い停止しました。
ネイブルさんのエスコートにより馬車を降りた私の視線の先には、歴史を感じさせる美しいお屋敷が佇んでいます。
気品と風格漂うその外観に心を奪われていると、いつの間にか私の側にはお出迎えの方がいらっしゃって、にこやかな笑みを浮かべて私を待ってくれていました。
「ポーンドット男爵御令嬢ローレライ様、お待ちしておりました。どうぞこちらへ、ベアトリックお嬢様がお待ちです」
「はい。ありがとうございます」
メイドの方の後をついて行きながら、なんとなく視線を送ると私の乗ってきた馬車の他にもいくつかの馬車が停まっている事に気付きました。
あの家紋はウェルズリー侯爵家のものですね。だとすると、アレンビー・ビショップマン様もいらっしゃっているのでしょうか。
再び言い知れぬ緊張感が私の胸を襲います。
公爵様と侯爵様。あまりに身分がかけ離れたお二人と同じ時間を過ごすなんて恐れ多いです。
私を心配してお声がけしてくれたベアトリック様には悪いですが、今すぐ帰りたいです。帰ってベッドに飛び込んで、そのまま寝てしまいたいです。
そんな現実逃避をしているうちにお屋敷の中へと案内された私の視界には初めてみる豪奢な家具やインテリアの数々が飛び込んできました。
ひとつひとつの仕事が気が遠くなるほど繊細で、洗練された匠の技術によって造られたこれらはまさに芸術品と言ったふうで、隅に置かれたチェストひとつとってみても並の財力の持ち主では簡単に手が出せないくらいとんでもなく高額な品である事が素人目にもはっきりと分かります。
しかもそれは現役の名だたる職人が丁寧に手間暇かけて作り上げた上質な物だから高額なのではなく、恐らくは何世紀も前から高位な貴族達や時には王族にも愛され長年使い込まれてきた二つと無い名品だから高額なのでしょう。私はそのような雰囲気をあのチェストから感じます。
長い長い時を経て、多くの人々の人生を間近で見てきたであろうこのチェストは様々な人の手を渡り歩き今はここ、ニルヴァーナ公爵家にその身を置いてこのお屋敷で暮らす人々の人生を静かに見守っているのでしょうか。
そんなチェストが刻んできた長い歴史の一番隅にでも私の存在が加われたのならこれ以上ない光栄です。
私はチェストの横を通り過ぎる際、一応お辞儀をしておきました。年齢で言えば大先輩にあたるお方ですからね。失礼があってはいけません。
「如何されました?」
と、お辞儀を終え頭を上げている途中でメイドさんに声をかけられました。
「えっ? あ、いえ、その……すごい家具がたくさんあるん……ですね」
「ニルヴァーナ公爵様のお屋敷ですからね。歴史的価値のある品々がたくさんあります。中には世界に一つしかない物もあるそうですよ」
「はぁ……」
やはり私の予想通りでしたね。ただの高級品ではなく、かけがえのない歴史のある貴重な一品。
「ポーンドット男爵様のお屋敷もそれはそれは貴重な物がたくさんおありなのではないですか?」
そんなメイドさんの言葉に、私はついついはしたなく声を大にして、
「そんなっ! ここの物と比べると全然ーーーーと言うより比べる事自体が不遜なくらいです!」
そんな慌てふためく私を横目で見てメイドさんは少し驚いたような表情を見せた後、口元に手を当てクスリと笑います。
私はそれを見て急に恥ずかしくなってしまい、うつむいてしまいます。
まるでいつものアンナと私みたいですね。なんだか逆転していますが。
再び歩き出したメイドさんの後を追ってぐんぐん奥へと進んでいきます。
すると、ちょうど七つ目のドアへと差し掛かったところでメイドさんはピタリと歩を進めるのを止め、ドアノブに手を掛けドアを開きました。
「こちらへ」
静かに開かれたドアからは濃厚な薔薇の香りが溢れ出し、私の全身をくまなく包み込みました。