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婚約破棄された男爵令嬢〜盤上のラブゲーム〜  作者: 清水ちゅん
4章 おまじないがもたらすモノ
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人形

 あれから数日が経ちますが、ベアトリック様は一向に部屋から出ては来ません。


 どころか、人と会う事を極端に嫌がりご両親をはじめ侍女のお二人さえ遠ざけるようになってしまいました。なので最低限のお世話の時以外はずっと部屋に一人きりでいるようです。


 ナリスさんとナーシャさんの話では、ベアトリック様はベッドに横たわったまま一日中じっと窓の外の景色を眺めているそうで、話しかけてみても返事が返ってくることはないそうです。


 人目を避け、食事にもほとんど手をつけず、まるで人形のようになってしまったベアトリック様を心配し、せっかく助かった命が再び消えかけていると囁く使用人の方々も少なくはありません。


 身体に負った傷もさることながら、心に負った傷もやはり相当に深いようですね……。


 悲しみにも似た重苦しくも漠然としたあの負の感情が、今まさにベアトリック様の心を締め上げ押しつぶそうとしているのでしょう。


 早く元気を取り戻してほしい。私に出来ることなら何だって協力します。


 何か、何かないでしょうか? ほんの一瞬でも笑顔になれるような、何かが……。


 いくら考えたって、そんなものはひとつたりとも私の脳内に浮かんではきません。


 時間だけがただ虚しく過ぎていきます。






 更に数日後、思ってもみない出来事が起こりました。






「ーー私を、ですか?」


「ええ、そうです。ローレライ嬢をお呼びしろと」


 これまで頑なに口を閉ざし、他者を遠ざけていたベアトリック様が突然、私を部屋にお呼びになったのです。


「ーー分かりました。すぐに伺います」


 私は二つ返事で足早に自室へと向かい、自室のドアを慣れない手つきでノックします。


「ベアトリック様、ローレライでございます。入ってもよろしいでしょうか?」


「…………」


 返事はありませんでしたが、ここが自室である為か目の前のドアを開くのにそこまでの躊躇はありませんでした。


 ゆっくりとドアを開き、視線を伏せたまま素早く部屋の中へと入りすぐにドアを閉めました。


「…………」


「…………」


 草木が風で揺れる音だけが静かに響く部屋の中で、ナリスさんとナーシャさんがそう仰っていたように、ベアトリック様はただ静かに窓の外の景色を眺めていました。


「…………」


「…………」


 沈黙が続く中、私は覚悟を決めて声を掛けようかとも思ったのですがベアトリック様の今の心情を察するに、とてもではありませんが容易に声を掛けるだなんて事は出来はしませんでした。


「…………」


「…………」


 きっと、


 きっと、ほんの少しだけ心に余裕ができて私に何かを伝えようとしたのでしょうが、いざその場面になってみると急に自信をなくして喋れなくなってしまったのではないでしょうか?


 私はそう思います。


「…………」


 私は窓際へと歩み寄り、窓枠に両手をついて肺一杯に大きく息を吸い込みました。爽やかな空気が身体全体に行き渡るのを感じます。


 いつもは窓辺の特等席に置かれていた三つ足の古い小さな椅子を部屋の隅から持ってくると、いつもの窓辺の特等席に置いて私はいつものようにその椅子に腰掛けました。


 温かな日差しに照らされ身体がポカポカとしてきました。


「…………」


「…………」


 良い、お天気ですね。


 このままこうしていると、自然と眠ってしまいそうです。


「ベアトリック様もいかがですか? ひなたぼっこ。温かくて気持ちいいですよ?」


「…………」


 気が付けばそんな事を口にしていました。何の考えも、配慮もなく。


 けれど、やはりベアトリック様からは何の返答もありませんでした。


 ですが、


「ーーええ、そうね」


 わずかに間をとって、微かに聞き取れるくらいの小さな声で、ベアトリック様はそう言ったと思います。


 私が視線を向けるとベアトリック様はぎこちない動きでベッドから下り、こちらへと歩み寄ります。


 ふらふらと歩み寄るベアトリック様のお姿を前に、私は何だかびっくりしてしまい固まってしまいました。


 私のすぐ隣に立ったベアトリック様の鋭い眼差しが私を射貫くように捉えます。その眼差しを受けているだけで恐怖心が蘇ってくるようです。


「ーーあっ、どうぞ……」


 口をついて出たそんな弱々しい言葉とともに私は椅子から立ち上がり席を譲ります。


「ありがとう……」


 言って、ベアトリック様は再び窓の外の景色を眺めます。


 温かな日差しがベアトリック様の身体を包み、白く発光するように輪郭が薄れていきます。


 それはまるで、天界に住まう天使様のように神々しいお姿でいて、先ほど抱いた恐怖心も自然と消え失せるほどでした。




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