2日目-2
話はもう終わったようだ。さて……。
「もう話は終わっただろ?さあ帰った帰った!次に会うのは、僕が原稿をあげてからだ。1年か2年くらいで考えてくれ。」
「何か予定でもあるのか?」
友人は僕がそう告げると、疑わしそうに目を細める。ああ、あの人が帰ってくる音が階下から響いてきた。思っていたよりも時間は過ぎていたらしい。同じ時間でも、体感するとこんなにも違う。本当に時間は気まぐれだ。
「また、世界中のスラム街を回るのにはまったとかいいだしたら、俺はここを出ていかないからな!あのとき俺たちがお前一人を探すのにどれだけ苦労したことか……。それと、1年、ましてや2年は待てない。せめて6ヶ月、半年だ。」
あれは僕も少し反省している。流石に、1年も姿をくらましたのはやり過ぎだった……多分。でも今でも思うのは、あの旅は僕の作家人生に絶対に必要なものだったということ。僕の本をおそらく一生読むことのないまま、目の前の人生を送るスラム街の人々の暮らし。あそこの生活をみて、実際にそこで暮らしたから、僕は言葉の意味をもう一度、問い直すことができた。大切で、あまりにも脆くてすぐに風化してしまう体験だ。
「そりゃあまた行きたくなるかもしれないけど、それは今じゃない。」
何かを言いかけた友人の言葉を遮って続ける。
「今は父とその、なんというか恋人のようなモノとの記録をとってるんだ。」
「お前……。」
君は本当に優し過ぎる。
「違うよ。僕は今僕自身のルーツを探しているんだ。今までは、僕は二次元的な紙と文章の世界で探していた。それはあまりに孤独で、僕は耐えられなくなって世界中のスラム街をめぐる旅に出た。」
「しばらくはそれで満足していたけど、最近ずっと足りなかったんだ。そしたら僕がどんな道を選んでもずっと一緒にいてくれた母が死んだ。一瞬だった。悲しいとか、寂しいとかそういう事の前に、山のように事務的な事柄が僕の目の前に積み上がった。その中の一つに僕の父に一度会って、死んだ母の遺産の相続についての話し合いがあったんだ。父と母は完全に赤の他人になったわけではなかったから。もちろん、父と僕も。」
最近のことのはずなのに思ったよりも記憶が遠く感じて、思わず笑ってしまう。
「僕は親戚に今父が住んでいる場所を聞いて、まあ、彼は引っ越していなかったみたいだから、僕のその行為はまるで無駄だったわけだけど、とにかく僕は一人で父に会いに行った。父と会ったのは何年振りだったかな……。ちょっと思い出せないけど、多分10年は経ってたと思う。10年振りの実家についたぼくは、はじめに彼の家のインターホンを鳴らした。でも彼は出なかった。親戚から彼は外にほとんど出かけないことは聞いていたから出かけてはいないだろうとは思ったけど、万が一出かけていたときのことも考えて、その辺の喫茶店で2、3時間潰してからもう一度鳴らした。それでも彼は出なかった。仕方なく、僕は彼の家に無断で入り込んだんだ。母屋のドアノブをひねると、扉は開いていたけれど、呼びかけても、残念ながら父はいないようだった。だから僕は庭に入って離れの方へ向かったんだよ。」
少し言葉を切る。
「そしたら、遠くから分厚く色あせて所々色が抜けた黒いカーテンが揺れているのが見えたから、父は離れにいることが分かった。今日行くことは事前に伝えてあったから、僕は何か文句を言ってやろうと思って、離れの扉をノックして、開けて入った。そしたら案の定目の前にこちらをみようともしない父がいる。だから僕は机に向かっていた彼の肩に手をかけようとしたんだけど、手をかける瞬間彼の横顔が見えて、僕はどうしても彼の邪魔ができなかったんだ。あまりにも彼は記憶の中の父とは違って、幸福そうだったから。僕が知らない父がそこにはいた。」
「それからだよ、僕が映像記録を残そうと思ったのは。」
友人は机の上のパソコンを見つめている。
「……そうか。今日はもう撮ったのか?」
「まだ。今日は試験官の君、ピンで撮るよ。」
「ふーん。」
「さて、話のネタも尽きたろ?帰った帰った!」
僕は立ち上がって僕の書いたプロットも彼のカバンの中に無理やり押し込み、床にだらしなく座っていた彼を引っ張り上げて、階段へと押して行った。
「おいおい突き落とすつもりかよ?そんなに押さなくても歩ける。」
友人はスタスタと階段を降りて、二階の手すりにもたれる僕の方を見上げて、言った。
「じゃあ、また半年後。」
「……。」
これは返事をしない、が吉だろう。