90日目-1
90日目
僕は人間?
ー誰に聞いたの。
彼は死んだらしい。今朝ポストを覗くと、真っ白な消印のない封筒が差し込まれていた。僕は黙って封筒をつかんで部屋に戻って鳥を模した白いペーパーナイフで封を切る。とうとう来たか、そんな諦めに近い感情が湧いてくることを感じていた。
木下彗は他界しました。
享年 **歳
△△
簡単な通知だった。その中には葬式の知らせもなかったから、きっと僕がいない場所で静かに親族の間だけで執り行われるのだろう。葬式の知らせの代わりに、彼の財産の相続のこと、そして、僕の足元で一人で遊ぶ子の事についての書類が入っていた。どうやって手に入れたのやら、出生届と、住民票など、行政手続きに関する書類が一式揃っている。これを提出しろということなのだろう。せめてもの自分が作り出した生命体への償いだろうか。
「こんなもの償いになるわけがない。もっと、ほかに......。」
自分がずっと欲しかったもの、決してもう手に入れられないもの。この子もそれが欲しいはずなのだ。この子は限りなく人間に近い人造人間なのだから。
Noah ノア
君はきっとあまりにも、僕が無責任だと怒るかもしれない。当然だろう。僕は生涯で2度も生まれた命を放り出しているのだからね。だが、もうどうしようもない。△△に頼るわけにもいかないし、△△にはあいつの家庭がある。
あの子をどうしようと、君の勝手だ。命を物のように扱ってはいけないのはわかっているが、どうか許してほしい。君とは幾分状況が異なるとは言え、あの子も親の愛情を知らない。そこに共感を覚えてくれるなら、君の養子として育てて欲しい。
もう私と縁を切りたいというのなら、孤児院にでも入れてやってくれ。だが、たまにでいいんだ、様子を見に行ってくれないだろうか。
最後に、あの子の名前だ。君がもうすでに名前をつけているのなら、嬉しい限りだ。もしそうならこの手紙のことは忘れてくれ。もう君の心は決まっているだろうから。名を与えるというのは、命を縛ることだからね。一種の独占欲だ。姿形は似ておらずとも、親と子の名前はどこか似るものだ。自分の子にはこうあって欲しいという親の願いを象徴するのが名前だと私は思っている。さて、筆がすぎたようだ。
あの子の名前は、Jaden ジェイデン
翡翠という意味だ。
あの子を頼む。
木下 彗
この世に存在したこともないほどに美しいものをこの世に生み出して、木下は無責任に死へ旅立った。2度と戻れない永い旅へ。この手紙には、木下からジェイデンへの想いがあふれていて、少し心が痛む。塞がりかけた傷をもう一度消毒されているような、そんな感覚だ。




