71日目 正午
71日目 正午
……君に分かるのか?
ー分からない。何が悪いのかも分からないんだ。
早く、早くこれを彼に......。
僕はビデオカメラを持って、雨の流れたあとがくっきりとついた、みすぼらしい車に乗って、彼の入院する病院に向かう。彼はきっとまだ面会謝絶だろう。僕がここにくる限りは面会謝絶という札は外れないような気がした。
この前の受付の若い女性に、駆け寄って、彼に会いたい旨を告げる。思ったとおり、彼女の返事は、彼は面会謝絶だというものだった。
「どうしても見せたいものがあるんです。」
そう食い下がったが、彼女は首を縦に振ってくれない。だが、今回は僕も強情で、受付から良い返事がもらえるまで後ろにどんなに列ができようとテコでも動かないと決めていた。病院の扉があいて、背中に初夏の風が吹き付けてきても、僕は決して後ろを振り向かなかった。こんなに人の迷惑になるようなことをしたのは初めてで、後ろを振り向けなかった、というのが正しいかもしれないが。当然のことなのだが、悪意というか、敵意が後ろから突き刺さってくることをひしひしと肌で感じていた。
「じゃあせめて、△△先生に会わせてください。それだったらいいでしょう?」
「ですから……。あ、△△先生。すみません、お騒がせして。」
△△は受付の女性には目もくれずに、こちらへ向かってくる。
「言った通りだねえ。こっちへきなさい。あいつが君を呼んでいるよ。」
医者は手招きして、白っぽい蛍光灯に照らされる廊下の中へ僕を呼び寄せた。
「とうとう目を覚ましたの?」
「はい。」
医者はある引き戸の前に立ち止まり、引き戸の鍵を開けて、僕を中に入れた。
個室の病室の中には病院にしては大きなベッドが一つあり、毛糸の帽子を目深に被った彼がいた。記憶の中の彼よりも痩せ細っている。色の薄い白衣よりも、患者が着ている青っぽい服の方が不健康そうに見えるのだから、人の認識は曖昧だ。
「見せてくれるね。」
「はい。」
僕はビデオカメラを差し出した。
「思った以上にあの子は美しい!△△、見てくれよ。」
「綺麗な子だね。」
「僕は生きていていいのですか。」
気がついたら、僕はそう口に出していた。止めようとすることもできなかった。無意識下でそれは行われたから。
「死ねないのなら、生きるしかないだろう?君にはもうわかっているはずだ。」
「君に選択肢なんてこの世に生まれた瞬間からないんだよ。」
「贖罪を生きる意味にするな。いつか壊れる。」
「生きる意味なんて、恵まれた奴にしか与えられない。生きる意味を探すことができるのは、才能だ。君がその年になってもそれが分からないのなら、君には才能がなかったというだけだ。」
何も言えなかった。ただただ、泣きながら彼らの言葉を聞いていた。僕の何が悪かったのだろう、産まれるしかなかった僕に何ができただろう、そんな感情が、思いが体の中をすごい速さで巡っていることを感じたけれど、その思いは決して口にしてはいけないと、決して問いかけてはいけない問いだと分かっている。
「ああ、それはそうと。」
彼は少し言葉を切った。
「もうすぐ、僕は死ぬんだ。」
自分勝手な人だ。
「君に会うのはこれが最期だろう。ビデオのお礼に一回くらいは父親らしいことを君にしたいと思っていた。これが僕の精一杯の誠意だ。」
「生まれてきてくれてありがとう。」
「次にこの世に生まれるときは、君を愛せる父になりたいと思うよ。」
たとえ、その言葉が嘘にまみれていたとしても、泣きたくなるくらい嬉しかった。




