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試験管ボーイ  作者: 森中満
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50日目

50日目




君はもしものことがあったら、どうする?

ーちゃぷんと青く光る水溶液が揺れた気がした。




そろそろ彼に言われた通り、僕の背よりも大きい透明の水槽の中のモノの水溶液を取り替えなければならない。無論、僕にはそんな義理なんてない。彼にも、僕の気が向いたらでいいと言われていることだし。だが、あれは一つの生命だ。こんな僕にも良心があるとしたら、僕は良心の呵責からアレが浸かっている液体を取り替え続けているのだと思う。人は自分の行動に意味を持たせようとする生き物で、僕も、きっとあの彼もいまも理由を探している。


青い水溶液を取り替えるたびに、白い物体は成長していく。初めて僕が水溶液を取り替えるために白い物体に触れた時は、まだ形が完成していなかったのに、今では白い物体のどの部分が、人間のあの部位に当たるんだなとわかるくらいに急激に成長している。足などは、もう、ふくらはぎまでできて、足の指が5本に分かれつつあるのだ。赤ん坊特有のむっちりとした腕と足、ふっくらと丸いお腹、目を閉じていたとしても分かる安心しきった無垢な顔。この白いモノは、彼がもうこの家にいないことを知らずに眠り続ける。もはや、愛してくれる者もいなくなったことも知らずに。


何日後、何年後になるかどうかは分からないが、いつかこれが意識を持った時、彼はそばにいてやれるのだろうか。


白い物体を取り出して水溶液を満たした水槽の中に一時的に移すことから、僕の最近の日課は始まる。それにしても、美しい躰だ。死んでいるようにも見えるほど真っ白な血の通わない白い肌と舶来物の陶器のように滑らかな肌。

移し終わったら、水溶液の調合を始めるのだが、これが一番の力仕事なのだ。よくあんなに痩せていた彼がこなせていたなと感心してしまうくらい、若い僕の腰が重さに持っていかれそうになる。


「やはり彼は寂しいだろうか。」


彼のくたびれた赤い表紙の直筆のノートを見て、のたうち回ったミミズのような汚い字を読み、青く光る奇妙な液体を調合し続ける。もうそろそろ造り方を空で言えるようになるだろう。


まだこれからという子供を置いて入院しなければならないのだ、それだけでなく、赤の他人にその子を任せなければならないというのだから彼はさぞかし不安で仕方がないのではないのだろうか。僕だったらそうだと思う。少なくとも僕はそんな親の像を小説におこし続けてきた。きっとそうなのだろうと想像して、参考文献も大量に読み漁って、理想の親子像を描いてきた。僕には子供がいないし、作るつもりもないから一生わかることのない感覚なのかもしれない。


彼は、あの白くぼけた病院で、まだ、生きているだろうか。

僕がそれを知るすべはもうない。

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