22日目-午後
22日目 午後
自分を自分の目で見つめられたら。
ー見つめたところでお前は何か変われるのか?
僕は小さな子供のように彼の言いつけに従って自分の部屋に閉じこもっていた。僕の部屋の鳩時計が午後2時を知らせ、もういいだろうと思い僕は自分の部屋を出る。しばらく廊下を歩いていると腹が寂しげに鳴った。
「昼ごはんまだだったっけな。」
そう思い、階下のキッチンに向かう。この母屋にはなぜだかわからないけれど、二階と一階にキッチンがある一風変わった作りになっている。二階は彼が、自分の食べるりんごをすりおろしたり、自分が使った食器を洗ったりしているようだから、今はほぼ閉鎖状態だ。風邪をうつされても困るし。
「君が彼の息子?」
自分の斜め後ろから突然声をかけられ、ぎょっとして後ろを振り返ると見覚えのない人が立っている。
「全然似てないな!あいつはヒョロくて根暗だが君は爽やかボーイって感じだ。」
表情が豊かというか、隠すつもりがないというか。これが話に聞いていた彼の昔馴染みだろうか。もっと寡黙な人かと思っていたが、イメージとは異なって、相手を引き込むような、引き込まれるような澄んだ目をした、40歳くらいの男性だ。死んだ魚のような目をした彼とは正反対にも見える。
「君には何も言うなって言われてるんだけど。そんなの無理だね、うん。」
彼は小声で何かをぶつぶつとつぶやいている。何か決意したような真剣な顔で、こちらをばっと見た。あ、と閃く。次の小説の主人公は感情を隠せないこの人のような人物像にしよう。
「とりあえず、彼は肺炎だ。しかも重度の。すぐに入院を勧めます。今から入院しても、呼吸器に何か後遺症が残るかもしれない。これ以上ひどくならないうちに、彼を説得してください。」
僕が思ったよりも彼は重症だったらしい。やはり医者を呼んで良かった。このままだと彼は冗談じゃなく本当に死んでいたかもしれない。
「ま、そんなことよりさ、君。なんでここに戻ってきたの?」
医者はさっきとは打って変わって、にっこりと気の良い人のように邪気のない顔で笑いながら僕に問いかける。
「母が死んだんです。その手続きのためにここへ……。」
医者は軽く首を振る。そしてさっきとは打って変わった尖った雰囲気を纏い、僕をにらんだ。
「嘘をつくな。俺は弁護士を通してそんなこといらないって言ったはずだ。あいつの周りにいるのは何か別の目的があるんだろ。君はビデオをずっと撮っているそうじゃないか。それが目的なのか?」
医者は目を伏せ、淡々と続ける。
「だったら、すぐにでもここを出て行って欲しい。彼から何をこれ以上奪うんだ。君は。」
あまりの言い草に思わずかっとなった。かっとなった時は一旦深呼吸しなければならないのに、頭が怒りで真っ白になってしまって、そのままの勢いで言葉を投げつけた。言葉が凶器になればいいと思った。
「何を……。奪うだって?あなたは何も知らないんだな!僕らは捨てられたんだ。彼から奪ったんじゃない。彼が僕らを、捨てたんだ!」
医者は嘲笑した。一瞬前まで澄んでいた瞳にまるで正反対の感情がのっていた。
「僕らは、だって。僕らって誰だ?君と君の母か?ばかを言うんじゃない。」
医者は僕に詰め寄る。そして、僕の鼻先に指を突きつけ言い放った。
「君が奪っていると言ったんだ。君が、彼から。」
「何を……。」
声が震えている。なぜこの人が知っているのだろう。彼の親友だからだろうか。僕と彼よりも長い時間を彼と過ごしたからだろうか。時間は、重いから。
「あいつの、妻だ。」
「君は、あいつの本当の子供じゃない。」
俯いて、唇を噛み締めた僕を見て彼は続けた。
「どうやら知っているようだな。で?出て行くのか。まあ、君に選択肢なんてないはずだけどさ。」
僕よりも彼のことを知っている初対面の医者に返事を強要されて、ようやく、言葉を吐き出した。口にするつもりなんてなかったのに。このまま抱え続けて生きていきたかったのに。考えたくなんてなかったのに。
逃げて、いたのに。
「生まれた意味を、僕が存在している意味を知りたいからだ。僕の周りの人は優しすぎるから、教えてくれない。だから僕が僕自身の手で知らなきゃと思った。」
いつの間にか僕は泣いていた。
「だから僕はここにいる。」
医者は顔を歪めて、鼻で笑った。
「奪い尽くして、挙げ句の果てには癇癪か。いい気なもんだな。」
「生まれたくて、生まれてきた奴なんて一人もいない。中には生まれたことをどうしようもないくらい後悔して、命を棄てるものもいる。君はなぜそうしないんだ。」
「怖いんだ。」
医者は黙って僕を見つめた。ふんと医者は鼻を鳴らした。
「人間としては100点の答えだな。」




