22日目-午前
22日目 午前
どうしようもないくらい、単純なんだ。
ー単純であればあるほど、受け入れるのは難しい。
3日前と変わらず、彼の熱は下がらない。昼間は38度台で安定しているのだが、夜になると不安定になり、熱が上がる時は時は39度台まで上がることもある。そろそろ彼も相当弱ってきているようで、最近はすりおろしたりんごしか口にしない。もともと白かった肌は白いを通り越して青白くなり、目には生気がない。……いや、目に関してはもともとかもしれない。
「医者を呼びます。昔馴染みなんでしょう?なら、注射を打たないでと頼めば打たないでいてくれるのではないですか。知らないですけど。」
彼はかすれた声で少し笑った。僕とは違う黒い闇を映す目にきらりと少し光が戻る。
「あいつにそんな情があると思うかい?ああ、君はあいつにあったことがないのか。医者はもういいんだ。君に迷惑をこれ以上かけるわけには……」
「それが迷惑なんですよ。」
相手は敬うべき相手じゃない。
「いいか?あなたが今死ねば、母の死んだ後の事務処理が終わってすらないのに、あなたの死んだ後の事務処理やら、どうせあなたには頼れる人なんていないから、僕が葬式の手配やらなんやらをしなければならなくなるんだぞ?分かってんのか。いま死なれたら、僕は困るんだ。」
彼のか細い掠れた言葉をかき消すような勢いでまくし立てる。
「死が幸福に思えるのは、死んだ本人だけだ。遺される方はたまったもんじゃない。大体、今のあなたは一つの生命体の親だ、あなたがいなくなればあの試験管の中のモノも死ぬぞ!ただ毎日僕が様子を見に行くだけじゃ成長しきる前に死んでしまうんじゃないのか。」
怒気をはらんだ僕を、彼は不思議そうな顔で見つめている。子供のようなまっさらな眼差しで。「なんで怒るの?」とでも言いたげだ。
「君も……怒るんだね。」
「当たり前だろ。」
彼は二、三度顔をきょろきょろとしてから決心したように僕の方に向き直った。
「君の言うことは分かった。医者を呼んでほしい。ただし、君は一切彼に話しかけないで。話しかられても無視するんだ。」
彼はそう言うと、おもむろにふらふらと立ち上がり、松葉杖をひょこひょこと使いながら、歩き出す。
「どこに行くつもりですか?」
「子機を取りに行くんだ。廊下の僕の部屋の前にあるはずだから。」
「だったら僕が……。」
「いらない。」
咳き込み、松葉杖をがたがたと言わせながら、彼は言う。
「それこそ君にそんな義理はないはずだろう?」
彼と、僕との隔たりを感じた一言だった。




