2話 山賊
「?」
蓼が右手を軽く上げると、後ろについていた雪奈が足を止める。
なにごとかと蓼の肩の隙間から覗くと、崩落した瓦礫の上に、一人の少女が倒れていた。
全身傷だらけでピクリとも動かない。
蓼はその少女にゆっくり近づき、首筋に指を当てる。
「......脈はあるな.....けど、この傷はもう無理だろ。見ろ、腹にパイプが突き刺さってる。貫通はしてないが、仮に保健室に運べたところでこの学校の医療設備じゃ助からん。」
「残念ね。」
「ああ、いくら僕でも人が死ぬのは不快だ。____行こう。」
そう言うと蓼は立ち上がり、背を向ける。
雪奈も蓼がすれ違うと、その背を追った。
「で?どうやってでるの?」
「さあな、だが正門から出るのはまずあり得ん。____そうだ、ゴブリンとやらが入ってきたところから行こう。」
「それよりこの柵登ったら?」
そう言い、雪奈は右手にある柵に目を移す。
それを聞くと、蓼は露骨に嫌そうな顔をする。
「なぜ僕がそんなに体力を使うことをってわかりました、登りますからその掴んでる腕を離して下さい。」
その言葉に、雪奈は腕を離す。
「全く、あなたの思考にはダラける事しかないの?」
「馬鹿な、人類の進歩は全て楽したいってとこから来てる。車も飛行機も電車も船も、便利と言ってはいるが便利=楽できるだ。つまり真の天才はだらけることを___「はいはいもういいから登りましょうね〜」
蓼の言葉を遮るように雪奈はそう言う。
「それより、どちらかと言うとこっちの方が楽でしょ?なんで態々ゴブリンの来た場所から行こうとするの。」
「だってそれさえ見つかればゴブリンの巣も発見できるわけで、サイレンサー要請して虐殺した後に戦利品を手に入れ、それを街で売買し、住民に駆除を伝えればさぞ喜ばれるだろ?一石二鳥だ。」
「代わりに生徒に発見されやすくなるけどね。」
柵を登る蓼のお尻を押しながら、雪奈はそう言う。
「ぐぬぬ......だがしかし、僕の完璧すぎる計算に乗せれば___「確実性に欠ける。」
またしても、雪奈は蓼の言葉を遮りそう言う。
「し、しかし.....」
「ハァ.....貴方らしくないわね、効率と確実性を両立した完璧な作戦を常に考案するのが津田 蓼でしょう?」
「うぅ....そう言われるt___」
ガラッ.....
突然の物音に、蓼は言葉を切る。
音の方を見ると、さっきまで瓦礫に横たわっていたはずの少女がいなくなっており、先程まで少女がいたであろう場所には血で汚れた瓦礫と先端が赤く染まったパイプが落ちてあった。
「・・・」
「ねえ、蓼.....」
「あの身体で動くことはまず不可能だ。しかも物音がしてから俺達があっちを見るまで、1秒もかからない。___雪奈、何か見えたか?」
「誰かが走り去っていく姿が。」
「特徴は?」
「セーラー服、小柄で華奢な体型、誰も担いでいるような感じはしなかったわ。」
つまり本人である可能性が高いと....
あの身体で走ることは不可能だ、しかもあの速さで。
パイプは抜かれているが、血痕はちゃんとついてる。
あの着き具合は確実に突き刺さってただろう。
彼女がああいう風に動くには、身体が完治している必要がある。
ここから察するに.....
「治癒の勇者......」
「彼女が?」
「ああ、多分な。9割がた彼女が治癒の勇者だ。___まあいい、僕らが勇者であるとはまず思わないだろう。仮にそうだとしたら今彼女の目の前に立つ人間は全て勇者だ。いくぞ。」
蓼がやっとの事で柵を越えると、雪奈もそれに続いて柵を軽々と超えた。
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「で?どうするの?森を抜けるわけ?」
「ああ、だがただ闇雲にここを移動する気なんて無い。」
そう言うと、蓼は葉を見る。
「____切られた跡があるな、木にもだ。」
「おまけに大量の足跡、これを追ってくわけ?」
「せいかーい。」
そう言うと蓼は足跡を追って歩き始める。
「もし山賊だったらどうするつもり?」
「その時は殲滅する。」
「シンプルね。」
「無駄に策を弄するのは疲れるし、何より面倒だ。それにあっちの遠距離武器はよくてボウガンだろ。」
「銃撃ってきたらどうする?」
「いや剣の勇者とかいるし剣と魔法の世界なんじゃ無いですかね。」
「でも銃の勇者もいるわよ?」
「それもそうだな......まあ、なんとかなるんじゃね?」
「安直ね。」
「楽なら何でもいいさ。」
蓼達は足跡を追って行った。
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「あー、うん。マジで山賊だったね。」
「呑気ね....」
近くの岩場から盗賊のアジトらしき場所を眺めつつ、蓼はそう呟く。
「で?どうするの?」
「洞窟で音は反響しやすいな....相手は6名か....雪奈、閃光手榴弾を要請してくれ。型はなんでもいい。」
「はいはい。」
それを聞くと、雪奈はまた念じるように目を閉じ、集中する。
数十秒後、雪奈のいる位置から少しズレた場所にあの箱が投下された。
「.......お前の真上に落ちてこなかったな.....どういうことだ?」
「私がそうしたの。」
「お前が?」
「ええ、もしかしたら別の位置に落とせるかもと思ってね。本当に落とせるみたいね。」
「ほぅ.....こりゃ幅が効くな。」
そう言い、蓼は箱を開ける。
するとそこには一つの筒が入っていた。
「雪奈、爆音が聞こえたら突撃、無力化するぞ。」
そう言うと蓼はそれの先端に付いた安全ピンを引き抜き、投擲する。
爆発音が聞こえた瞬間、二人は岩陰から飛び出し、山賊達に接近する。
山賊達はいきなりの爆音と強い閃光になにが起こったのか全く分からず、パニック状態に陥っていた。
雪奈は的確に顎を仕留めていき、次々と山賊を気絶させていく。
蓼が着く頃には全て終わっていた。
「____よくピンポイントで顎狙えるな、脳震盪でも死の可能性は十分あり得るんだぞ?」
「当て身よりは危険性低いけどね。あれは生きても後遺症残りやすいから。」
どっちも残りやすい気がするんですがあの。
蓼のそれは言葉にはならなかった。
「で?仕留めたけどどうするの?」
「全員縛り上げて村の位置を聞き出す。」
「その間此奴らは?」
「吊るしとけ、村の住民に言えば回収するだろ。」
「それもそうね。じゃ、起こそうか。」
雪奈はそばに置いてあった水筒らしき物を開け、山賊の一人の顔にかける。
「う.....ん......」
「お、目が覚めたみたいだな。」
「ハッ!?なッ、なんだお前ら!?」
蓼は直ぐにナイフを首筋に当てる。
「簡単な質問いいか?」
「な.....なんだ......?」
山賊はナイフに目を落としながら唾を飲み込む。
「ここから一番近い村か街はどこだ?」
「なに...?そんなことか?」
「いいから。」
「こ、ここから南東に10分ほど歩いたところにティミタスという街がある.....これで満足か?」
「ああ。」
蓼は山賊の髪をつかむ。
「い、痛い!なにすんd__」
言いかけたところで顎に拳をクリーンヒットさせ気絶させた。
「あなたも人のこと言えないわね。やり方的には私より酷いんじゃないの?」
「僕の力を完全に此奴の脳の伝えるには頭抑えるしかないだろ?武道の天才様とは違うんだよ。」
「その呼び方はやめてよ、これでもレディーよ?」
「武道の天才女子高生としてマスコミに取り上げられてるような奴がなに言ってんだ。」
蓼は男の体を吊るし上げる。
「そういえば、そのナイフは?」
雪奈は蓼の持つナイフを見てそう言う。
「そこに落ちてた、直剣も落ちてたから、広いたければどうぞ。____さて.....あとは顔を隠せるようなものあればいいんだが.....」
蓼は山賊の内の一人が座っていた入れ箱の中を発見すると、それの中を探り始めた。
「お、あるな。___雪奈。」
雪奈を呼ぶと、蓼は何かを投げた。
雪奈はそれをキャッチする。
「マント....?」
「しかもフード付き、制服姿も隠せるし中々いいもんとったんじゃねえか?」
「あなたにしては、ね。」
「厳しい判定ですこと。」
蓼も同型の物を羽織る。
「さて......と、南東だな。」
蓼がそう呟くと、二人は洞窟を去った。
使用武器:
M84 スタングレネード
スペック
種類:スタングレネード
製造国:アメリカ
開発社:ピカティニー・アーセナル
重量:236g
全長:133mm
直径:44mm
弾頭:マグネシウム・硝酸アルミニウム
炸薬量:4.5g
信管:M201A1時限信管(1秒〜2.3秒で炸裂)
出力:170〜180dB(15m)
6,000,000〜8,000,000cd(15m)
ピカティニー・アーセナル社が開発した閃光手榴弾。
フラッシュバン(主に警察)、閃光発音筒(主に自衛隊)とも呼ばれ、現在アメリカで使用されている閃光手榴弾である。
上部のピンを抜くと、安全レバーが外れ、ピンを抜いてから1秒〜2秒程で直径15m範囲でも170〜180デシベルもの爆音、600万〜800万カルデラにも上る閃光を放つ。
デシベル(dB)、カルデラ(cd)等聞き覚えのない単語が多いが参考までに言うとジェットエンジンは140dB、高輝度LEDは15cdほどで、これが如何に高い数値かが伺える。尚対象は目眩み、耳鳴り、難聴等の障害を引き起こし、防護されなかった場合は方向感覚の喪失、見当識の失調等を起こすが、これらは全て一時的な物であり、M84は非致死性兵器として部類される。最後に言っておくが、間近で受けても気絶はしない。気絶はしない(大事なことなので2回