13話 再会
蓼はその時、蓼ではなかった。
目の前に広がるのは真っ白な空間。
真っ白なベッドに座って、自分は、腕に何かを刺されている。
そこからチューブが通り、そのチューブは紅く染まっていた。
どうやら採血されているらしい。
蓼は何故か、これをされてはならない気がした。
何故?ただの採血如きで?
だが目の前で採血機器を扱っている白衣を着た女性は特になにも思っていない様子で、蓼自身もまた『気がする』というだけで別に本気で避けようと思った訳ではなかった。
視界の隅に映る前髪は真白に染まっている。
当然これは自分がした記憶は無い。
さらに腕の肌の色もいままで見たこと無いくらいに真白だ。
当然、これも記憶になく、そもそもここがどこかすらもわからない。
さらに何もなんの違和感すら感じなかった。
しかし全く知らないという気はせず、本来であれば確実に動くであろう状況把握思考も全く動く気配は無い。
目だけで横を見ると、雪奈らしき少女が自分と同じ様に採血されている。
しかし、その少女は雪奈でないとすぐにわかった。
何故なら少女の髪は今の自分と同じ様に真白に染まっており、しかも肌はとても白かったからだ。
今の自分の状況と一致しているが、なぜ彼女で無いと断定できたかというと、その少女はあまりにも幼すぎたためである。
推定5歳前後。
しかも瞳は紅く輝いている。
雪奈は黒色だ。
しかしその少女は自分にとってとても大事な存在に思えた。
確証なんてものは存在せず、ただあやふやで、深く考えるとシャボン玉みたいにパンと割れ、もう何も思い出せない気がしたから、蓼は何も考えなかった。
____採血が終了したらしく、白衣を着た二人の女性は採血機器を台車に戻し、それを押して部屋を後にする。
女性達が部屋を出てすぐ、モーター音と共に移動している様な感覚に襲われる。
部屋が回転しているのだと蓼は気がついた。
すると蓼の体は勝手に動き、立ち上がった。
そして自分の視界が異様に低い事に気がつく。
しかし自分の体は何かを確かめようともせず、少女の元へまっすぐと向かい、手を握る。
そのまま彼女の目を見て、蓼は頷いた。
何かのサインだろう。
だが蓼には自分の出したサインが理解できなかった。
そして、蓼は壁の一部が反射し、自身の姿を映し出している事に気がつく。
その鏡に写る少年は自分に限りなく似ていたが、違っていた。
その少年は、やはり幼すぎ、しかも瞳が紅かった。
だが蓼はその姿にやはり一切の違和感を持たなかった。
蓼は少女の手を握ったまま女性たちの出て行った扉を開ける。
そこには、とても広い、真白な空間が広がっていた。
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瞬きをすると、蓼はベッドの上で眼が覚めた事に気がつく。
不審な夢に体を起こすと、蓼はこう呟いた。
「またか......」
そして蓼は上を向く。
部屋全体が若干揺れており、直ぐに自分は船に乗っていることを思い出した。
あの夢.....小さい頃にずっと見ていた夢だ。
僕と雪奈の姿は違っていて、僕達は全く知らない場所にいる。
内容の時系列がいつもバラバラだからよくはわからないが、どうやらそのまま僕と雪奈はそこを脱出したらしい。
____だが当然、僕にも、雪奈にもこんな事をした記憶は無いし、あんな場所見たことも無い。
そもそも僕達は髪を染めた事なんて無いし、父さんも無いと言っていた。
「ハァ.....まあいい。」
蓼はそう呟くと、ベッドから降りた。
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「あ、リク様!」
甲板上に出て早々、ニーナは蓼に声をかける。
「____港を出てからどれくらいだった?」
「はい、3時間と言ったところでしょうか?」
懐中時計を見ながらニーナはそう答える。
蓼はあくびをしながら「そうか」と答えると甲板上を見回した。
「雪奈は?」
「中にいるかと。」
「____そうか。」
蓼はそれを聞くと、部屋に戻ろうとした。
しかし_____
「なっ!?」
突然の大声に蓼は足を止める。
その声はッ!?
「り.....蓼......?」
その声に、恐る恐ると顔を上げた蓼はやはりいたその人物の顔をみて驚愕する。
「な.....なんでこんなとこに......」
「そりゃあこっちのセリフだぞ蓼!」
「_____父......さん.....」
後半頭を抱えつつ言った言葉に今度はニーナが驚く。
「り、リク様のお父様でございましたか!?」
「あ、ああ......」
「何ようるさいわね......」
突然の船の扉が開き、そこから雪奈が出てくる。
「なっ!?津田さん!?」
その雪奈も、蓼の父親の顔をみて驚いた。
「り、蓼!これはどういう!?」
「あぁ......うん.....僕が聞きたい....」
蓼は、再開の嬉しさよりもこの状況を整理するのが精一杯だった。
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「えーっと、うんなんだ。改めて紹介する。この人は、津田 淳人、僕の父親に当たる人物だ。」
「初めまして、私はリガルス帝国第一王女ニーナ・セヌリナス・デラ・リガルスと申します。以後お見知りおきを。」
その言葉を聞き、状況を理解したのか淳人は跪く。
「リガルス帝国第一王女様でございましたか。知らずとは言え先程までの御無礼、お許し願います。____私は先程御紹介に預かりました、津田 淳人と申します。」
「そんなに畏まらなくてもよいですよ、私は物を頼む立場。どうぞ、リク様方のように気安く接し下さい。私も、そちらの方が気楽でございます。」
「____そういうことでしたら.....」
淳人は立ち上がる。
「それで?なんでこんなところじいるんだ?つか父さんもこの世界に来てたのか。」
「ああ、まあな。お前に弁当を届けようと校門をくぐった瞬間、辺りはすっかり夕焼けに染まってた。流石に焦ったぞ。」
「____外には結構な数のゴブリンがいたはずだが....どうした?」
「完封した。」
「ああ.....」
蓼はその言葉を理解した。
____父さんは元陸上自衛隊のレンジャー隊員だ。
同階級で父さん以上の射撃能力と走力のスコアを持つ隊員はいなかったとされている。
インターネットにすらその名が明記されるレベルだ。
その息子たる僕の運動神経が極端に悪い事は分かっているのであまり突かないでほしい。
コンプレックスなんだ。
因みに雪奈に格闘術を伝授したのもこの男である。
雪奈は両親を早くに亡くしているから、僕達の家で預かっていた。
尚格闘術の件だが、今は雪奈が上らしい。
彼女も彼女でまた人外である。
「それで、どうしてこの船に?」
「ああ、前いた港町で力仕事のバイトやらないかって誘われたんだ。」
「ふむ......そういう感じか。」
まあいい、今はそれよりもだ。
一番最悪なパターンを確認する必要がある。
「そういえば、父さんは勇者ってのに会ったことあるか?」
「ん?勇者?」
「ああ、前いた街に剣の勇者とか言うのに選ばれた同級生がいたんだよ。」
「勇者.....ああ、初日になんか変態が言ってたあれか?」
「ああ、俺も最初は信じてなかったんだが......その同級生がギルド建ててたんだ。しかもこの世界の魔法以上の魔法擬きを使ってた。目の前で剣を召喚して見せた。これを信じずしてどうする。」
「へぇー......それで、どうしてそれを?」
「ああ、もし奴の話は本当で、もし父さんが勇者だったら、僕達はその同級生を殺さなくちゃならない。そういうのに心の準備もいるだろ、そういう事だ。」
「ふむ.....そういう事か。____まあ、心配しなくても俺はその勇者とやらに選ばれていない。別に心の準備は必要ないぜ。」
反応は.......ない。
恐らく...これは白だ、だが確証には至らない....もう少し、もう少し分かってから雪奈の事を明かそう。
「そうか、よかった。____ニーナ。」
「はい。」
「まだまだ時間はかかるんだよな?」
「は、はい。この船でも、3日はかかりますので。」
「____そうか。じゃあ、僕は部屋に戻ってる。何かあったら言ってくれ。」
そう言い、背を向けると蓼は船内に戻って行った。
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部屋で蓼は、ベッドに寝ながら仰向けの状態で本を読んでいた。
表紙には『リガルス』と表記されている。
その体勢で、ページをめくっていると、なんの遠慮も無く部屋の扉が開いた。
扉を開けたのは雪奈だ。
「どうした?____つか仮にも僕は思春期の男だぞ、ノックくらいしろ。」
「なに言ってるの?オカズになる様な本置いてるわけないじゃない。」
「お前女だろ、そういうこと言うなよ学校の奴らが聞いたら失神すんぞ。」
「あら、そうなの?」
「ああ、叶香雪奈を愛でる会ってのが存在してだな、アンチは命すら危うい校内一の組織だ。それはもはや教師達の権力すら上回り、噂では校長が裏で手を回してるらしい。」
「_____嘘でしょ?」
「いいや残念ながら本当だ。校長と面と向かって話したから知ってる。」
「........寒気がしたわ.......」
「ああ、どんどん寒気を感じてくれ。一体僕が何度命を落としかけたと思ってるんだ?」
「どうせゼロでしょ?」
「ああ、当たり前だ。僕を誰だと思ってる?」
「そんな巨大組織相手に、ほぼ毎日一人でいてどうしてそうなったのよ.....」
「全員の配置は頭に入ってるからな、僕と心理戦だなんてたかだか1000名ごときで出来ると思ったら大間違いだ。身の程を弁えろ。」
「流石、大天才は言うことが違うわ。」
「_____そんな事はどうでもいい、で?どうしてここに。」
「ああ、そうだったわね。」
雪奈は扉の鍵を閉める。
「.......なぜ鍵を?」
「蓼.......」
雪奈はベッドに腰掛けている蓼に近寄る。
「せ、雪奈?おい、雪奈?雪奈さん?これはどういうことで......?」
雪奈は尚も蓼に接近し、今度は顔を近づける。
そして互いの花があと数センチという距離で止まった。
雪奈の黒い瞳が視界一杯に収まる。
「_____あなたは、誰なの.....?」
「は......?」
予想外の言葉に蓼は拍子抜けする。
「どういう.....意味だ?」
「あなたはこの世界に来てから変わった.....それもこの短期間で、劇的に。でもそんな事が可能とは私にはどうしても思えない。今のあなたは.....蓼であって蓼でない。一体、あなたは誰なの?」
僕が.....僕であって僕でない......?
劇的に変わった?
なにがだ......わからない、雪奈は一体僕になにを言いたい?
「_____まあいいわ、忘れて頂戴。どうせ、貴女の本性は津田 蓼なはずだから......それじゃあね。」
そう言い残し、雪奈は部屋を出て行った。
《異世界兵器紹介のコーナー》
はい、先日始まりました「現代兵器解説のコーナー」ですが、そろそろネタ切れですので新たにコーナーを設けました。
こちらでは、異世界に登場した私オリジナルの武器を解説していきたいと思います。
それでは、記念すべき第一回のお題はコレ。
《|L.C.《Lune Century》37式魔石型リボルバー》
これはLune Century......即ち、主人公である蓼と雪奈が来た時代の暦であるLUNEの37年目に開発されたリボルバーです。
古くは12代前の暦、|T.C.《Tack Century》15年に120代目銃の勇者が世界に伝えた銃が原型とされています。
伝えた、というのは厳密には間違いで、当時の銃の勇者のリボルバーをある国が鹵獲、それを再現しようとして失敗を繰り返した結果、独自の発展を遂げました。魔力で魔力の塊を発射する、という進化を成したのです。
そして本銃であるL.C.37式魔石型リボルバーは人種製のリボルバーで、この回転式弾倉は完全なお飾りと化しています。弾は魔石ですが、どれでもいいというわけではなく、この弾倉に一致する、バウムクーヘンのように中央に穴の空いた円柱状の魔石を入れる必要があります。
機構は素晴らしく単純で、魔法結晶と呼ばれる純度の高い魔石を撃鉄部分に採用し、これが魔石を叩くことで射手の魔力を魔石に伝達、少量の魔力で高い威力の弾を発砲できます。尚、魔法結晶が魔石を叩く際ですが、互いは砕けません。これも魔石の特徴の一つです。しかしこの銃はこの世界から見ても古く、魔石が一致してないと発砲出来ないという欠点を持っています。ですので実戦向きと言うよりは観賞用で、骨董品として高値で取引されます。