プロローグ・前編
NAOと申します、これからよろしくお願い致します。
「ふん、この店には雑魚しかおらんのか!」
突然店内に響き渡る声に、カジノテーブルを拭いていた少年は反応する。
「チェスのあるカジノがあると聞いてみれば、なんじゃここは?閉まったほうがよいのではないか?ハハハ!」
少し体をそらしてみると、一人の男性客がチェスボードの前にあるソファーに座っていた。
小太り気味で、スーツはピッチリとしており、頭は少しはげかかっている。
年齢は50代くらいだろうか?
「あの、先輩。」
少年の声に、先輩と呼ばれた女性職員が反応する。
「どうしたんです?山本さんがそう簡単に負けるとは思えないんですが。」
「あー、それがね津田君。あの人どっかの企業の社長さんらしいんだけど、山本君今日体調不良で休んでるのよ。」
「マジっすか。」
このカジノでディーラーのバイトを初めて2ヶ月、まさかこんな状況に合うとはと内心ガッカリしつつ、津田と呼ばれた少年は台に向き直る。
「ふん、こうまで言われて誰も出てこんとは、腰抜けしかおらんのだな!」
「ハァ.....」
少年は台にふきんを置き、離れる。
「ち、ちょっと津田君!?」
「あの、お客様。」
「なんじゃ」
「他のお客様のご迷惑になるので、お静かに願えますか?」
「弱い貴様らが悪いのじゃろ、こんなチンケな施設、ワシが潰してやるわい。」
少しピキッときたな.....
「ではお客様、俺とやりますか?」
「ほぅ、威勢がよいの。じゃが若造如きがこn__「貴方程度の方であれば駒を減らしても勝って差し上げられますが?」
男性客の言葉を遮り、少年はそう言う。
「ほぅ、ならば......」
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このデブ.....正気か?
少年はチェス盤を見下ろす。
そこにはなんとキングとクイーンしか置かれていない。
「駒を減らしても勝てるといったのはお主じゃろう?」
マジかよこいつ本気で言ってんの?
ハァ...まあいい、どうせこれで勝ったとしても俺にはなんのメリットも無い。
それより大口叩いて負けたというレッテルを貼られる始末だ。
適当にやって適当に負けて店長に謝りに行くか。
「いいでしょう、この勝負受けてやりますよ。」
「で?何をかける?」
「はい?」
少年は自分の耳を疑う。
このデブ、今なんと?
「何をかける?と言ったんじゃ。」
「かけるって.....」
「ここはカジノじゃろう?かけるのは当然じゃ。尤も、こんな勝負にかけられるものなど、お主のような若造にはないだろうがな!ハハハ!」
このデブ....僕に向かってここまででかい口を叩くなんてな.....
「____お客様.....」
「む?決まったか?」
「自分の力量と相手の力量を比べてから物を言え。お前の前にいる俺をなんと心得る?」
「き、急になんじゃ」
「掛け金ですね、では.....この店、というのはどうでしょう?」
「なにっ!?」
「ちょっと津田君!」
「大丈夫です、僕が負けるはずないでしょう?」
笑みを作り、そう言うと、男性客に向かい直した。
「さあ、あんたも早くこれに見合う掛け金を用意しろよ。なあ?」
「お、お主正気か!」
「そういえば貴方はどこかの企業の社長さんと聞くじゃありませんか。じゃあ....1億円をこの店に投資して頂こう。」
「馬鹿な!そんなこと__「出来ない?」
少年の口角が上がる。
「では貴方はこんな雑魚しかいない店にいたたった一人の雑魚に、圧倒的優勢な状況で勝負を下りたと。そういうことでいらっしゃいますね?」
「まさか、こんな勝負に.......」
「ハイリスクハイリターン.....これほど面白いことが世の中にありますか?」
「く、狂っておる....」
男性客は暫く考えた後、口を開いた。
「____いいじゃろう。じゃが、約束は絶対じゃぞ.....」
「ええ、勿論です。ところでお客様、スマートフォンを貸していただけますか?」
「な、なにをするきじゃ.....」
「なにって、録音しないと真偽がわからなくなるでしょう?僕はロッカーにあるので今持ってないんですよ。」
「ぬかせ......」
男性客の汗がふきだす。
「い、いいじゃろう.....」
男性客は録音機能をONにしてスマートフォンを少年に渡す。
「私、津田 蓼はこのチェス勝負にこの店をかける事を誓います。」
蓼は薄ら笑みを浮かべながらスマホを変換する。
「わ、わしは、この勝負に一億をかける.....」
「名前もちゃんと言えよ?」
「くッ....さ、佐野 悠人はこのチェスゲームに一億円をかける.....!」
「津田!この馬鹿野郎!」
そう言いながら店長が飛び出す。
「ならん!」
男性客____佐野の言葉に店長は止まる。
「これはワシとこの小僧の問題じゃ、主の介入する余地などありはせん!」
「では.....始めましょうか。」
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キンコンカンコン
「ぅ......ん.....」
授業終了のチャイムが鳴り響き、蓼はまだまだ重い瞼を開けた。
まだ視界はボヤけているというのに教室の音はもうザワザワと話し声で埋まる。
____もう少し寝よう。
そう思い、組んだ状態で机に乗せている自分の腕に顔を埋めると、肩をポンと叩かれた。
「いつまで寝る気なの?蓼。」
「うー.....あと五分だけ.....」
「五分後にはもう4限目始まってるし.....そもそも、あなたもう眠くないんでしょ?」
「ハァ.....」
深い溜息を吐き、蓼は叶香 雪奈を図々しそうに睨んだ。
叶香 雪奈。
蓼と彼女は小さい頃から一緒にいる。
生まれる前から母親同士が仲の良いこともあり、かなり付き合いはながい。
いわゆる幼馴染という奴だ。
「やっぱバレるか.....もっとさり気無い感じにやらないとって....あの雪奈さん、なぜ僕の腕を持ち上げるのでしょうかって痛い!痛い!痛いから!折れる折れる!」
肩を押さえながら、関節技を掛けられているという事を理解しつつ蓼はそう叫ぶ。
「で?さっきの授業聞いてた?」
「き、聞いてるわけないだろ.....それに彼等の授業を今更僕が聞いたところで何の役にもたたないさ。」
腕を解放された蓼は肩を押さえながらそう説明する。
「はぁ.....ほんっと相変わらずね、少しは直したらどうなの?その性格。」
「直すって...僕は正論を言っただけだろ?大体、僕がここにいるのは出席日数を稼ぐためであって決して授業を聞くためじゃ......あの、もう言わないんで腕掴むのやめてくれますか?」
「今度こそ折れるだろ」と呟きながら蓼は手首を回す。
「まあ、あなたのソレを見破ったなんて事はないんだけどね。」
「ん?ああ、眠いフリね。それはどういう?」
「何年一緒にいると思っているの?あなたの考え方は大体わかるわよ。」
「はぁ.....全く合理的じゃないな。もし僕の裏を書ける人間がいたとしたら、それはお前くらいだろ。」
「あら、世紀の大天才様からそんなこと言われるだなんてとても光栄ね?」
「はッ、抜かせ。俺が世紀の大天才ならこの世界は随分と衰退なすったものだ。メディア共が勝手にそう取り上げてるだけだろ?」
「でも、クイーンとキングだけで勝ったのは事実よね?」
「ハァ.....」
蓼は再び、深い溜息を吐いた。
「チェスなんてただの覚えゲーだ。あとは相手を誘導して一気に叩くだけ。」
「でも理論上まず不可能な状況を覆したのは事実よ?」
「アホが、あんなのただあのおっさんが馬鹿だっただけだ。心理誘導?コールドリーディングだと?馬鹿な、あの程度なら初心者でも簡単にやれるだろ。キング殺る事にしか目がいってなかったぞ。正直俺も勝てたのには驚きだ。それに、勝った代わりにバイトはやめて、マスコミ共に発見されるかヒヤヒヤする日々だけどな。住所特定がまだなのが唯一の救いだ。」
「あら、バイトを辞めたのは自主的にでしょ?」
「あんなことがあってからあのバイトやってられるか。勝負中の店長うるさすぎて泣けたわ。しかもあいつ、あのデブはかなりの馬鹿だった......頭の弱いくせに無駄に策を弄そうとするから.....」
「流石、天才は言う事が違うわね。」
「ハァ.....で、雪奈。」
「ん?」
「そろそろ戻ってくれ。俺ら浮いてるぞ。」
「?」
雪奈は教室を見回す。
確かに蓼の言った通り、皆の視線は彼等に釘付けだ。
「あら?迷惑だった?」
「とてつもなく。」
「おいお前ら、そろそろ席に戻れよ。」
そう言いながら国語教師が扉を開ける。
「ふむ、これだけ教師が逞しく見えた事はないかもしれないな。」
「本心は?」
「さあな?読んでみろよ。」
「まさか、あなたでもないのにそんなことできるわけないじゃない。」
そう言うと、雪奈は蓼に背を向けた。
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「ハァ.....まあ重さでわかってたけどさ......遂に間に合わせる気無かったな彼奴...」
4限目終了後、とてつもなく軽い弁当箱を頬杖をつきながら持ち上げつつ、蓼はそう呟く。
「ん?今日は弁当?珍しいわね。」
「いいや、どうやら購買でパン買う事になりそうだ。」
「ふーん、でも今からじゃ間に合わないんじゃない?」
その言葉に、蓼の口角は釣り上がる。
「何言ってる?この僕がこれを予想してなかったとでも?」
「なに?やっぱりもう手回してるの?」
「当然だ、つか弁当は面倒だったからツッコマなかっただけだしな。理想としては昼食前に届けていただきたかったが.....贅沢も言ってられん。」
「で?どうするの?」
「ここは4階、そして購買は一階だ。どう足掻いても今からじゃ正規方だと確実に追いつけない。」
「で?」
「東階段の消化器から右側奥側4.2m地点の窓から飛び降りれるよう、下にマットを設置した。あとはわかるな?」
「全く、そんなのどこで手に入れたのよ。」
「ああ、マットっつってもサスペンションは殆ど茂み頼りだ。お前の体重は50.7kg。ギリ耐えれん事もないが確実に茂みが終わる。使用回数は一回限りだ。飛び降りたら直ぐそこに枝を数本用意してる、あとはそいつで隠してくれ。」
「はあ、それで追いつくの?」
「今から行ってもお前の変態体力じゃ不自然なくらい速く着く。うまいこと調整してくれよ。」
そう言い、蓼は雪奈に200円を手渡す。
「じゃ、頼んだぞ。」
「ハァ.....まあ私も楽だからいいけどね。」
そう呟くと、雪奈は走り出した。
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「はい。」
屋上で柵に手をつきながら景色を眺めている蓼に、雪奈はパンを手渡す。
「おお、ご苦労。うん、チーズマヨパン。僕が学校に来るのはこのパンの為か計算上出席日数が危うい時だけだ。」
「はぁ、校内一人気なそれを、あんなに簡単に手に入れられるだなんて、一番に教室を飛び出した人に申し訳ないとは思わないの?」
「いいや、全く。それに____戦いをまともにやろうとするなんて馬鹿の所業だ。全く非効率的すぎる上に成功率が低い。それに加えて疲れる。なのに何故皆そっちを選ぶ?」
「ハァ、あなたはもう戦国時代に生まれたほうがよかったんじゃないの?」
「そいつはいいな。____でも、お前に匹敵する手駒がいるか?」
「手駒って.....親友って言ってくれればいいのにね。」
「そう言って欲しかったか?」
「いいや、別に。」
雪奈は右手に持ったパンをかじる。
「さて.....5限目まであと34分程度か.....だがする事が全く無い。どうするか....」
「偶には運動でもしたら?」
「次は体育だぞ?なのになんで運動しなきゃならない。僕が一番嫌いな言葉の一つは運動だ。」
「知ってる。っていうかなんでこの日に来たわけよ?」
「チーズマヨパンは2週間に一回販売される。日時は完全ランダムで皆走っては売ってない事に気付いてテンション下げる事になるが、実はこれ、ランダムな様に見えて規則性が存在する。」
「へぇ、どんな?」
「月曜と水曜の確率がおっそろしく高い。お前の情報を元に脳内で生成したレポートじゃ、月曜日は22.7%、水曜日は33.15%だ。わかるか?5割越えてる。んで、購買のおばちゃんのプライベートを探ってみたところ、面白い事が分かった。あの人四国に弟がいて、日曜日にこのパンを送ってくれるらしい。」
「え?じゃあこれおばちゃんの私物って事?」
「まあそうなるな。チーズマヨパンは四国名産の素晴らしい食品だ、だが態々そんなとこ行ってられないし、ネットショップで買ってまで食おうとも思えない。必然的にここで買うのが最高効率だ。」
「てかなんであなたおばちゃんのプライベート知ってるのよ....」
「尾けたわけじゃ無いさ。コールドリーディング、俺の得意技の1つよ。」
「ハァ、あなたの将来が心配よ。おねがいだから詐欺師なんてやめてよね?」
「そんな楽しく無い事するわけないだろ、あんなのただの悪戯だ。それに.....ん?」
蓼は視界に異質なものが入り、言葉を止める。
「どうしたの?」
「いや、あれ。」
そう言い蓼が指を指した先には全身緑色の肌に上半身裸の男が校門付近を歩いていた。
「なんだあの変態。ボディペイントなんてして.....絶対近づきたくないんだけど。」
「まあこういう世の中だし、東京ともなれば変態が多い事はわかったことでしょう?」
「アキバが近いからこうなってる気はしなくも無い。」
「まあいいじゃない、そろそろ教室戻るわよ。」
「はいはい。」
柵から手を離し、蓼は雪奈についていった。
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「そういえば蓼。」
「ん?」
「あなた、進路どうするの?将来はやっぱりチェスプレイヤー?」
「アホか、面白くないだろうそれじゃ。だが進路か、そうだな......ケンブリッジに留学するか。」
「何言ってるの?」
「冗談だ。そうだな.....特に考えてないが人体工学について学びたい。」
「じゃあ進学するの?」
「多分な。」
「人体工学.....また兵器関連じゃないでしょうね?」
「バーカ、確かに現代兵器は楽しいがこれは違う、もっと楽しい。」
「?」
「節電義手ってあるだろ?」
「ええ」
「あれは現状、指しか動かないんだ。この意味分かるか?」
「___甲が動かないからぎこちなくなる、と?」
「そういう事。確かに現代兵器....特に銃はいい。ありゃ一種の芸術だ。拳銃___代表的なのでコルトガバメントを例に挙げるが、あれでも30以上に上る。しかもそれ全てが重要な役割を持つときた。あれほど楽しい物は無い。」
「38点でしょ。」
「ん?知ってたか?」
「みたいね、あなたがいつも言ってたからじゃない?」
「・・・」
「あと脱線してる、節電義手どこいった。」
「ああそうだったな。___まあ要は俺は人の手の動きに限りなく近い義手を作りたいわけだ。」
「どうして?何か意味があるの?」
「いいや、意味は無い。別に腕に障害を抱えた人達に同情したわけでも無い。」
「じゃあなんで?」
「他ならぬ僕が興味を持ったんだ、面白くないわけがないだろ?」
「はぁ、十五年以上一緒にいるけどやっぱりあなたはわからないわ。」
「おっと.....どうした?」
突然雪奈が止まり、後ろを歩いていた蓼は踏ん張る。
雪奈の方を見るとその視線は窓の外に向けられていた。
「ん?なんかあるのか?」
蓼も窓を覗き込む。
すると、あの全身緑色の男が構内に侵入していた。
「うわマジかよ、警備員はなにやってんだ?」
「ねえ蓼、あいつさっき手になんか持ってたっけ?」
「は?なんだよいきなり。そんなの覚えてない。興味のない事には一切の関心を示さないのもまた俺よ。」
暫く眺めていると、教師の一人が校舎から出てきた。
体育教師の松本だ。
「やっと動いたか。行くぞ。」
「そうね。」
雪奈は歩き出す。
それについて行こうと視線を前に戻そうとした時だった。
蓼の視界の隅に、松本の「首」が映った。
直ぐに窓に向き直る。
全身真緑男の足元には、松本の首と胴体が分かれて横たわっていた。
「あいつ.....やりやがった......」
「これはただごとじゃないわね......どうする?」
「____雪奈、問題児扱いの俺が言っても無駄だろうからお前が教師達に報告してくれ。」
「あなたは?」
「俺は他の馬鹿があそこに近寄らないようにする。」
「わ、わかったわ。」
雪奈と蓼は分かれて走りだした。
今回の使用武器:無し