†死の先にある闇†←八割嘘
結論から言うと、夜上藤子は話を聞かない。
「自由に練習していいけど、入っちゃダメなところは駄目だからねー」
今までの従順な態度は全て偽りだったのだ。山頂から彼女は凄まじい速度でコースを滑走していき、次の瞬間にはもう私の視界から姿を消していた。
「夜上さん?夜上さーん?夜上さ…」
探していると、立入禁止のマークが書かれ、ロープの貼られた崖に滑走跡が残っているのを発見。
(ここら辺は誰も滑らないはずだし、辺りは新雪…やっぱりこの下にいるんだわ!)
彼女の能力的に考えて大怪我するような事態は無いだろうと思ったけど、インストラクターとして監督不十分であったことを後悔した。
「夜上さーん?」
(綺麗なターンの跡がある…全く、こんなところ滑るなんて外国人客じゃないんだからやめてよね)
更に進むとそこには静かな雪林があった。1人で滑走禁止区域を進む背徳感や孤独な山の動物の足跡を感じると怖くなってくる。
(この大きさはウサギじゃないよね…あ〜トイレ行きたくなってきた!早く見つけてとっとと帰ろう)
そう思い始めた頃にその光景は飛び込んできた。
熊。
冬眠のシーズンにも関わらず現れた。しかもスキー板の跡もそこで途切れている。本能が逃げろと警告する。
(マズイマズイ、これはいくらなんでも反則でしょ?)
彼女の捜索を諦めて引き返すべきか、そんな選択肢が頭をよぎる。
(自分が無事であることが彼女を探す上での最低条件。まずは安全の確保が第一!!ふたりとも襲われたら元も子もないわ
静かに木の陰に隠れ熊の出方を伺う。幸いなことに、こちらを向いていない。
(ゆっくり離れるなら今しかない!そ〜っと行くわよ、今元美琴しっかり!!)
後ずさっていった先に気配を感じ、まるで蛇に睨まれた蛙のような数秒の硬直、その後振り向いた時にもう血の気が引き、顔は真っ青を通り越した死人のような顔色になった。
熊。
最早つっこむ暇もない。脊髄反射だった。脳までたどりつかなくても判断した答えは死。
(嫌、いや、イヤァア、ァァ、ァ)
動くことが出来なくなった私はその場に座ることさえ出来ないほど恐怖していた。体中の体液が溢れる。
( )
考えることが出来なくなった頭は正に白紙だった。
今両方から襲い来る熊達の前脚は目の前に、後頭部に、振り下ろされようとしていた。
そこから先は覚えていない。だが、気がついた時には雪の上で倒れていて、起き上がるとそこに彼女が、夜上藤子が立っていた。彼女に気がついた時もう一つの忘れていた感覚が後から襲ってきた。
(そう言えば下腹部の…あぁー。)
子供にその場を見られたことの羞恥心すら感じずにただただ、どこかを見つめていた。
「せんせーって何でここで寝てたの?」
(夜上さんが何か言ってる…)
「せんせー泣きながら寝てたんだよー」
(あぁ、死んじゃった者同士が話し合える場所なんて…ここは死後の世界なの……?)
「いやぁーまさかタイソンとビリーに遭遇するなんて、しかも同時に!すごいせんせー」
(この子は笑顔で何を話してるの?)
ここで初めて声をだそうと試みた。
死んだの?
そう言おうとした。だが、音になったのは「だ」と「の」だけだった。
「だの?ナニソレーwふふ」
「あれはね、地元のりょうゆうかい?っていうおじさん達がめんどーみてる熊さんのタイソンとビリーだよ!」
「は?」
今度は声になった。
「まだ仲良しな熊さんはいっぱいいるけどねーやっぱりタイソンが一番長いから懐いたんだよ」
意味がわからない。これを理解するのに私は5分以上かかった。どうやら生きているらしい。私は生き延びた、そう知った時にまた涙が溢れ出た。彼女が近づきそっと私の頭を撫でる。
「そっかそっかぁ、そんなに熊さんが好きなんだねぇー。私も動物大好きだよー!!」
!!!????
一体何を言ってるの?
「サプライズで呼んで正解だったね」
この山の闇に初めて触れてしまったような気がした。
まだこの時はその事実すらも飲み込めない精神状態だった。