恐怖、長野に出没した世界レベルのクレイジーガール
1話目は紹介パートみたいなもんで2話目から話に入ります。
くれぐれも公開の内容に後悔のないように(激寒)
「あたしが山神だァー!!!」
彼女は長野の山に大声で叫ぶ。日常の、学校生活の黒歴史をその声で塗りつぶすように。インストラクターの私も戸惑いを隠せず、頭上には!や?達がタンゴを踊っている。インストラクター生活においての未知との遭遇を果たしたこの一瞬が出発点だと知らずに、私は乗客として物語の終点へと乗り過ごしていってしまった。列車は、もう進行していたのだ。
彼女は中学生。後で本人から聞き出した話をしよう。見た目が悪い訳では無いのでモテる程度に可愛らしいのだが、第一の残念なこととして勉強もせずに冬はスノースポーツ、夏は登山。そこに時間を費やしてきた。この生活によって彼女の身体能力は学校の女子の中でもぶっちぎりのものになっていった。スポーツ特待生として進学することが決まっていた。能力を磨けば冬季五輪に出場可能とまで言われた。しかし、彼女の脳には筋肉しか詰まっていないのだ。控えめに言ってアホだったのだ。第二の残念ポイントは思春期まっさかりなJCなのに、煩い・空気読めない・恥じらいがないetc…。馴染めずにハブられるのは必然。いじめには発展しなかったが、絡む人は0という哀しい中学生だった。そうして迎えた3年のスキー合宿。彼女は1人でホテルの部屋隅に佇み、1人風呂に入り、1人孤立して寝る。ここまでの話を聞くと可哀想だと思えるだろう。普通なら。彼女は、いや、このモンスターは気にしない。距離を置かれている事に気付かない、気付けない、気付こうとしない。ある意味悲しいが、周りに果敢に絡む様はまるで1匹の野獣。数など気にしない。周りの空気をぶち壊し、男女問わず噛み付く。まさに怪物級の大物。そんな性格と技術からスキーの班も1人。全体でのスキー学校開校式を終えて悪夢ははじまった。学校の先生方からはスキーが上手ということ以外は特に何も聞かされていなかった。
「え、えぇ~ここで2日間あなたのインストラクターとしてやらせていただく今元美琴です。よろしくお願いします。」
先制攻撃を喰らうも何とか挨拶を行う。
「イマモトミコトせんせーかぁ。よろしくおねがー いしまーす!」
元気ハツラツ。眩しい笑顔でこちらを見つめる。短めの髪、大きな目、整った鼻、ハリのある肌、鍛えられ、引き締まった体。この時まで元気過ぎるカワイイ子が来たんだと思っていた。
「ミコトせんせー、あたし今日はがんばるからせんせーもいっしょにがんばろー!!!」
「うん、一緒に楽しく滑りましょう。」
挨拶の済んだ私達は早速板を履いてリフトに乗り込む。
リフトはまだまだ続く。1体1なのでこのタイミングで彼女に自己紹介を求めた。
「夜上さんの事を簡単に知っておきたいから、簡単に自己紹介してくれる?」
「夜上藤子、15才、好きなものはトマトとスキーとスノボーとやまのぼりです!!」
「へぇー、トマトが好きだなんて珍しいね。トマトは嫌いな子も多いのに。」
ガタンゴトンとリフトは進み続ける
「そうかな?お母さんに『トマトは体にいいから沢山食べなさい』って言われるから食べてて、気づいたら好きになってた。エヘへ。」
「立派じゃない。」
1本目のリフトを降りて近くに見える2本目のリフトに乗り込む。私達は最初から少し高い所に行き、彼女の能力をみる予定だった。1人だけ上手すぎて隔離されるほどだ。少しワクワクしていた。
2本目のリフトの途中に彼女はこんなことを聞いてきた。
「ねぇ、今日ってどのくらい滑ります?」
「そうだね、まず上手さをみてからどのコースに行こうか考えるからまだ決まってないけど、いっぱいコースを滑るよ。」
「あ、そっかぁ。じゃあたくさんお話できるね。楽しみだなぁ、ウフフ」
そろそろリフトを降りなきゃと彼女が呟いた。
なんて可愛い子なの!!!我が子にしたい!
今時こんなこと言ってくれる純粋な中学生居ないわよ!親が羨ましい〜なんて思っていた。だがそれは同時にアラサーの私の独身状況を思い出させ、32で結婚できていないという事実が心を抉った。
(ま、まぁ、まだ私だって若いんだし、これからなんとでもなるわよ…)
ガタガタと大きく揺れたリフトがゆっくりと係員の手に吸い込まれるようにして減速し、私達が降りた後は何事も無かったかのようにまた斜面を降っていった。
「それじゃあ、ここら辺から滑ってみましょうか。まずは自由にどうぞ。」
「はい!」
滑走中の姿は普段の可愛らしさと違い、無駄がなく、美しいフォームだった。ギャップに驚き、そのなめらかな滑りをみて更に驚かされた。
「凄く上手ね!これならこのスキー場のどこでも滑れるよ。」
「まぁ、オリンピック出る予定だからー」
「え?」
私は三連続で驚かされた。確かにそれだけの技術はあるように見えるが、一体どんな種目で出るのかまるで想像がつかなかった。
「何で出るの?」
「モーグル」
「ならこれからモーグルの練習ができる所を滑ろうか。」
最も山頂に近いリフトから降りればそこにはギャップがたくさんある。そこで自由に練習させようと思った。というのも、私はモーグルはやらなかったからだ。いや、競技スキー自体をやってこなかった。だから正直ここまでレベルの高い子が来るとは思っておらず、私ではアドバイスしきれないと感じていた。
「これからまたリフトで上まで上がっていくよ。」
彼女は少し先から振り返り、軽く頷いた。
リフトを降りたそこには周りに山々が、下に点の人々とちっぽけなレストハウスがあった。絶景。毎回ここに来るとテンションが上がる。このテンションが命取りとなる。その時はもうすぐそこに、音を立てずに、しかし堂々とした態度で待っていたのだ。