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ブレイクオンスルー  作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
9/40

9 フレッシュベーカリー「aurora/オーロラ」

 大通おおどおりを、ひだりれ、

 都電とでん線路せんろ沿いを、しばらく走ると、

 ベンツの車窓しゃそうから、

 おあての看板かんばんが、見えてきた。

 

 

 フレッシュベーカリー「aurora/オーロラ」

 ホワイトをバックに、グリーンの文字もじが、きぼりになっている。

 アルファベットの小文字こもじを、

 たてにならべた看板かんばんは、モダーンな印象いんしょうをあたえる。

 店主てんしゅのセンスが、うかがえた。

 

 都電とでん私鉄してつと、

 営団地下鉄えいだんちかてつとお下町したまち


 駅に、ほどちか商店街しょうてんがいに、

 パン屋をいとなむ、智子の家があった。

 

 車からおりる、優希。

 ショルダーバッグをさげ、

 お見舞みまいのしなを、手にもっている。


 きょうはファッションをめ、

 ちょいとばかり、おめかしをしているので、

 ごろの美しさが、いやし、

 におつようなオーラを、はっしていた。

 いつも以上に、すれちがう人が、ハッとしてふり返った。

 

 お店のウインドウの、こうがわには、

 きたての、おいしそうなパンが、

 バラエティーゆたかにならんでいて、

 なんとも、食欲しょくよくを、そそってくれる。


 腕時計うでどけいに目をやる。

 もうすぐ、

 午前11時になろうとしていた。

 

 自動じどうドアが、ひらいた。

 店内てんないに、はいっていく。


 お客のりは、上々(じょうじょう)

 家族連かぞくづれ、カップル、お一人ひとりさまなど、

 日曜日とあって、さまざまである。

 

 アルバイトの女の子が、

 システマチックに、レジ業務ぎょうむをこなしていた。

 

 店内てんないうようにぬけ、

 つかつかと製造工場せいぞうこうじょうへと、歩いてゆく。

 

 グリーンの暖簾のれんをくぐり、顔をだすと、

 作業台さぎょうだいで、

 せっせとパン生地きじを、

 成形せいけいしている、智子の父親と、目があった。


「おじ様、こんにちは。ごぶさたしてます」

 ペコリと、頭をさげる。


「ひさしぶりだね。優希ちゃん」

 白衣はくい白帽はくぼうすがたの智子の父親は、

 たちまち相好そうごうをくずした。

 笑うと、十歳くらい、若返わかがえってみえる。

 

 成形せいけい中断ちゅうだんすると、

 なぜか、引きだしを、け、

 デジカメを取りだし、

「ハイ、ポーズ!」

 というなり、シャッターを切った。


 あまりにも、自然しぜんな流れに、

 優希は、思わずポーズを、つくってしまった。

 彼女は、状況じょうきょうをつかめないまま、

 目をパチクリさせている。

 

 智子の父は、間髪かんぱつをいれずに、

「来てごらん!」

 と手まねきした。

 

 とりあえず、お見舞いの品を、

 作業台さぎょうだいのすみにくと、

 すなおに、手まねきに、おうじた。

 

 店内てんないの、

 新製品しんせいひんコーナーへ、優希をみちびく。

 

<ネオ・クリームパン>

 プライスカードに、

 ポップな表現ひょうげんで描かれたパンを、トングでさししめした。

「こいつが新しいクリームパンだよ。

ようやく完成かんせいに、こぎつけたんだ」

 トングで新製品しんせいひんをつかんで、

 わたすと、試食ししょくをすすめた。


 お客の、みあってきた店内てんないで、

 すすめられるままに、食べてみる。


「やわらかい!」

 生地きじ食感しょっかんに、思わず、うなってしまう。

 いままでとはちがう、

 カスタードクリームの、

 上質じょうしつあまさが、口の中にひろがる。

 フワフワした白いパン生地きじの、

 シュークリムといった、おもむきであった。

「おいしーい。ほんとうにトロけそう。

ヴァージョンアップした、クリームパンですね」


「そうだろうとも。こいつを作りあげるまでには、

けっこうな手間てまとエネルギーがかかっているからね。

焼成しょうせいのときに、

生地きじからクリームが、ながないための工夫くふうには、

たいそう、頭を、ひねらされたもんさ」

 理解者りかいしゃをえて、

 ことのほかうれしそうな智子の父君ちちぎみ


「こっちの新製品しんせいひんも、ごらんあれ」

 智子の父は、

 作業場さぎょうばから、

 パン包丁ぼうちょうとマナいたを、持ってくると、 

 たなからブレッドをとり、

 一センチはばにカットしていく。

 

 しろいパン生地きじ中心部ちゅうしんぶに、

 おなじ絵柄えがらかおが、

 つぎからつぎへと、あらわれた。


金太郎きんたろうブレッドだよ」

 金太郎アメのパンヴァージョンである。


「キャハハ、すごーい!見た目が楽しく、味もすばらしい。

おじ様は、五感ごかん自在じざいにあやつる、魔術師まじゅつしですね」

 をたたいてよろこぶ。

 

 優希ゆきのことばが、彼のツボを、刺激しげきした。


 この市井しせい芸術家げいじゅつかは、

 理解者りかいしゃである、

 の前の、女神めがみに、

 つぎなる新製品をプレゼンする。

 ちょいと、公案こうあんめいた、言いかたでもって。

「おつぎは、<パンあん>だよ!」


「<パンあん>・・・ですか?」

 しばし、首をひねる、優希。

 

 やがて、彼女の頭の中で、フラッシュがかれた!

 くちをついて出たことばは、

 以下いかのごとし・・・「おはぎ、ですね☆」

 

 智子の父は、おどろいて、いきをのんだ。

「そう、その通り!ズバリ<ぎゃくあんパン>だ、

または、パンのおはぎともいえる。

パンのなかにあんこが入っているのが、ノーマルなあんパン。

あんこでもって、焼成しょうせいしたパン生地きじ表面ひょうめんを、くるんだものが、

<パンあん>だ。

彼岸ひがん用に開発かいはつしてみた。

なにも、故人こじんのすべてが、ゴハンとうとはかぎらない。

パンとうだって、すくななからず、いたはずだ。

そんな動機どうきから、作ってみた。

ものめずらしさも、手伝てつだったとは思うが、

まずまずの、売れいきだった。

HP〈ホームページ〉で、宣伝せんでんしてね」

 いいえると、現物げんぶつを、優希の手のひらに乗せた。

 やや小ぶりな、可愛らしい<パンあん>だった。


味見あじみしてごらん!」

 楽しげな表情で、すすめる、智子の父君ちちぎみ


「いただきます」

 パクリと、ひとくち食べる、優希。

「うーんあますぎず、

さりとて、ものたりなさも、ない。

ぜつみょうな、あじバランス、してますネ」


「よくぞ言ってくれた!」

 智子の父は大きくうなずいた。

「うちのむすめとちがって、

優希ちゃんは、ほんとうに繊細せんさいな、

味覚みかく感受性かんじゅせいにめぐまれているようだ」


「ウフフ・・・智子が聞いたら、怒りますよ」


「いや、事実じじつは事実さ、げようがない。

しかし、ほんとうに、しいことをした・・・

夏場に来てくれたら、

〈9月の時点じてんという意味だが〉、今年の一番のヒット商品を、

お目にかけることができたのに・・・

その名も・・・<そらかける、やし中華ちゅうか!>」


「冷やし中華のパンなんて、珍しいですね・・・初耳はつみみです!

スープ〈タレ〉の問題は、どうやって、解決したんですか?」


「いい・・・じつに・・・いい質問だ!」

 オーバーアクションといってもいいくらい、

 首を大きく、上下じょうげさせて、応答おうとうする。

「ドッグパンが、冷やし中華のタレ〈しる〉を、

んで、水っぽくなるのを、ふせぐのが、

新製品開発しんせいひんかいはつにおける、最大のキー・ポイントだった。

どうやって・・・解決したと・・・思うかね?」


「うーん・・・うーん・・・」

 みけんに、可愛らしく、シワをせて、

 勉強のときよりも、

 真剣しんけんに、しんけんに、シンケンに、頭をしぼる、優希。

「<タレを、別包装(べつほうそう〉にして、

食べる直前ちょくぜんに、かけるようにした>

そこまでは、想像が、つくんですけど・・・

それだけでは、プロのわざとは、言いがたい。

おじ様のことだから、

なにか、もう、ひと工夫くふうありそうですね・・・かりません・・・降参こうさんします」


 智子の父は、

 つつみこむような、まなざしで、娘の友人を見る。

「素晴らしい!正解せいかいだ!

ただし、それでは、80パーセントに過ぎない。

タレを別包べっぽうにしても、

丁寧ていねいに、まんべんなく、めんにかけないかぎり、

やっぱり、ムラができて、

ヘタをすると、食べる人の衣類いるいを、よごしてしまう可能性だってある。

ドッグパンを、垂直すいちょくのまま持って、食べきる人は、少ないだろうからね。

そこで、肝〈キモ〉の部分である、残りの20パーセントだ。

どうしたか?

タレを・・・ジェルじょうに・・・したんだよ。こうして、難問なんもんは、解決した」


「なるほど・・・工夫くふうもそこまでいくと・・・クリエイトですね」

 ため息をつく優希だった。


 クリエイターの称号しょうごうさずけられた、

 智子の父は、うれしそうに、ミューズの両肩りょうかたに、手を乗せる。

「優希ちゃんを、ブレーンとして、むかえたい気分だ!

うちで、アルバイトするは、ないかね?

時給じきゅうやすいが、

のこりパンを、おちかえりできるよ。

どうかね?

共同きょうどうで、

新製品しんせいひん開発かいはつに、もうじゃないか!」

 

 その気はなかったが、相手の好意こういを、

 そこねてはいけないと考え、

 ちょいと、思案しあんしてみせる、優希だ。

 

 すると、

 作業場さぎょうばから、

 ブレスの強い声が、ひびいてきた。

「あんたァ、はやいとこ成形せいけいしないと、生地きじ発酵はっこうするわよ」

 

 智子の未来形みらいけいのような母親が、

 暖簾のれんをくぐって、顔をのぞかせた。 

 やっぱりメガネをかけている。


「いかん、わすれてた!」

 あわてて、作業場へ引きかえす、

 市井しせい芸術家げいじゅつか

 

 優希も、そのあとにつづく。


「おば様、ごぶさたしています」

 作業台さぎょうだいから、お見舞みまいの品を、手にとり、わたした。

「智子のぐあいは、どうですか?」


「優希ちゃんのとこには、

いつもお世話せわになってしまって、どうもありがとね。

あの子が、カゼをひくなんて、秋の珍事ちんじよね、まったく。

病院びょういん注射ちゅうしゃってもらったから、じきになおるでしょう」

 堂々(どうどう)とした母親は、きっぷよく、笑いとばした。


 つられるように笑ってしまう、優希。

 あかるくって、

 人間味にんげんみがあって、

 いいお母さんだなと、会うたびに思う。


「あの子は二階よ。奥の階段をのぼった、つきあたり。

知ってるわよね。すぐに、おやつを、持っていくから」


「どうぞ、おかまいなく」

 

 作業場さぎょうばを、とおりぬける。

 クツをぬぎ、そろえて置くと、

 まわれみぎして、うすぐら階段かいだんに、あしをかけた。

 各段かくだんの、左がわには、

 おみせ使用しようする、

 在庫品ざいこひんである、

 業務用ぎょうむようの、

 コショウやケチャップ入りのかん

 ソースの一斗缶いっとかん

 スパゲッティーのはいった大箱おおばこなどが、

 かれているので、

 慎重しんちょうに、右がわをのぼっていった。

 

 階段をのぼりきると、

 廊下ろうかのつきあたりに、めざす部屋があった。


 


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