7 盗撮(とうさつ)問題
いつもの待ち合わせ場所で合流、
登校する二人。
校門に足をふみいれると、横断幕が、目にはいった。
きのうは、遅刻スレスレであせっていたため、気がつかなかったらしい。
校舎の屋上のフェンスに、
幅のひろい白地の幕が、
文字どおり、横断するように、はられていた。
〈祝・インターハイ初出場。二回戦進出、女子バスケットボール部!〉
墨でダイナミックに書かれた黒字に、
ポイント使用されている、
あざやかな朱色。
「あっぱれ!智子。
胸のすくような気分でしょう」
優希が水を向ける。
バスケ部の主将は、
口を逆への字(V)にして、キメ顔をつくった。
一時間目のホームルームのとき、ちょっとしたニュースがもたらされた。
それは・・・
かねてから・・・
三年C組のクラスメート全員の、
共通にして、
最大の関心事でもあった。
担任の女教師の産休にともない、
そのあいだ、
だれが、
C組を受けもつのか?ということだ。
女教師が、黒板に、
代理の担任の名前を書いたとき、
クラス中から、
割れんばかりの歓声があがった。
生物担当、海 豊先生。
生徒たちは、
教科書やノートをふりまわして、喜んでいる。
智子は、
椅子に片足をのせると、高くとんだ。
優希も拍手をおしまない。
猪瀬は蜂谷とハイタッチ、
鹿間は机の下でスピーディーな指づかいで、
メールをうっている。
「(少しは他人の気持ちも、考えろ!)」
女教師は教壇から、
白い歯をみせている生徒たちを見まわし、
心のなかでさけんだ。
唯一の救いは、
沈痛な表情で、
うつむいている火鳥のすがたであった。
生徒会長の発するフェロモンは、女教師のある部分を刺激した。
女性ホルモンの分泌が促進され、
バランスのくずれかけた彼女の内面は、
安定をとりもどした。
廊下で待っていた海先生を、
呼び入れ、
生徒たちにあらためて紹介すると、
そそくさと、教室をあとにした。
どこか、そっけない態度であった。
昼休みの時間になったので、
いつもどおり、
お弁当を持って、屋上へ行こうとする優希に、ストップをかけた。
彼女の手を引いて智子は、
一階の掲示板へ、
一目散にむかった。
薫から届いたメールの内容が気になったのだ。
ちなみに薫とは、
バスケットボール部の副主将でポイントガードを受けもつ、
頼りになる存在だった。
掲示板には、
水晶通信〈学校新聞〉の、
最新号がはり出されていた。
人だかりを、いきおいよく、かきわけて進む智子。
新聞の一面には、
インターハイの選評がのっていた。
【二回戦進出おめでとう!】
とか、
【女王・桃花を相手に善戦】
など、
褒め言葉が、
小見出しに、
おどっていたが・・・
・・・内容はしんらつだった。
主将の智子を、
明確にひなんする、
文言がならんでいた。
○第4Qでチームメイトにパス出しをせずに、
マッチアップ〈一対一〉に、
持ちこんだ戦術が、自滅をまねいた。
○スタンドプレイ。
自身の力量を、過信した、
月吉主将のプレイが、
緊迫した試合を、
だいなしにしてしまった・・・etc、etc。
智子のシュートが、
桃花のエースに粉砕された瞬間の写真が、
大きく紙面をかざっていた。
キャプションは以下のとおり。
━【女王陛下のハエたたき!】━
屈辱だった!
新聞部のキャップである鹿間の、うす笑いが、目にうかぶようだ。
にぎりしめたコブシに力がこもる。
ふいに、彼女の目の前を、横ぎるように、手が伸びてきた。
その手は、
新聞をつかむと、
下方向へ、
ビリビリと引きさいた。
海先生はニコニコしながら、
やぶいた新聞を丸めると、
白衣のポケットにおしこんだ。
そして、その場をすたすた歩きさった。
新しい担任の心強いアクションをえて、
智子の脈拍は落ちつきをしめし、
呼吸はふかくなった。
女子バスケットボール部は、
新聞部に対して、
正式な抗議を、おこなった。
黙殺させないように、
生徒会をとおしてである・・・〈副主将のアドバイスによるものだ〉。
水晶通信は、そくざに、改訂され、
ふたたび掲示板にはり出された。
記事の内容は、
前回より、
少しばかりの歩みよりを、みせていた。
写真は同じ場面が使用されており
〈そこに新聞部のメンツが見え隠れした〉
キャプションはさしかえられた。
━【堕ちた女王、フェイクで勝ちをひろう!】━
「あー、くたびれた」
六時間みっちりの授業が終了すると同時に、
智子は机につっぷした。
勉強づけである、
ストレスもたまるし、
消耗も・・・していた。
しかし、
この後、
また、
犬城家での勉強会が待っているのだ。
優希の手は、彼女の肩をノックした。
下校している智子の足どりはおもい、
どことなく顔色もさえない。
おまけに空もくもっていた。
校門を出ると、
なにやら前方で、赤い顔をして、
いきんだ声を発している、
作業服姿の男性が目にはいった。
好奇心をそそられ、
またたびに引き寄せられるネコのように、
するすると近づいていく。
モスグリーンの作業服を身につけ、
調査員としるされている腕章をまいた、
二人のうち一方が、
マンホールのフタを、
うんうん言いながら、
こじあけようとしていた。
「なにをしているんですか?」
興味しんしんにたずねる智子。
「うむ。区の依頼でね、
マンホールの調査をしているんだが、
こいつのフタがね、
かたくてやっかいなんだよ。
よっこらしょっと!」
マンホールのフタの端のくぼみに、
特殊鋼鉄棒〈鋳型で抜いた〉を、
引っかける。
棒の上部から左右に伸びたハンドルをつかみ、
テコの原理のでひらこうと力をふりしぼるが、
ビクともしなかった。
中年の男性は、
がっしりした体格で、
筋肉りゅうりゅうなのだが。
いま一度、出産中の妊婦のような声を出しながら、力をこめる。
が、
マンホールはとざされたままだ。
「おじさん、私にやらせてくれる」
智子の申し出に、
眉をピクリとあげる、調査員。
やがて・・・
「ふん」と小さく鼻を鳴らした。
できるものならやってみな!とばかり、
ニヤニヤ笑いをうかべ、
鋼鉄棒を、さし出してよこした。
チャレンジする智子。
制止をする優希の声に、
耳をかたむける気など、さらさらない。
「どりゃーっ!」
ハンドルをつかみ、
こんしんの力を、
鋼鉄棒に伝達させる。
腕や肩のしなやかな筋肉が、
みしみし音をたてる。
わずかばかり・・・マンホールのフタがズレて動いた。
「うーん、むっ!」
もう一度さらに力をこめる。
ついにフタは、十センチほど、持ちあがった。
調査員たちはおどろき、
感心の声をあげた。
すかさず、
すき間部分に、
つっかえ棒を差しこんだ。
つづけて・・・
そのすき間に・・・手を入れると、
直径一メートル以上あるフタを、
「せーの」と、声がけして、
二人でひっくり返すように開けた。
ものめずらしそうな表情で、
マンホール内部をのぞきこむ優希と智子。
うす暗く、深さは三メートルくらい。
側面に一か所、
鉄製のハシゴが、
コンクリートのカベにうめ込まれていた。
底の方には、わずかに水が流れている。
内部から、湿気をふくんだ、
ほこりっぽい空気が立ちのぼっていた。
「へーっ。マンホールの中って、
こんなふうになっているんだ!」
と言って、
鋼鉄棒を男性に返す智子。
「なかなかやるじゃないか、お嬢さん」
調査員の表情や言葉は、温かみをおびていた。
どうやら、智子の存在をみとめてくれたようだ。
他人が心をひらいてくれるというのは・・・やっぱりいいものだ。
実力のほどがしめせて、プライドはいたく満足。
お礼にと、調査員は、缶ジュースを二本買ってくれた。
「いつでもアルバイトに来なよ」
と言い、
別れぎわに名刺をくれた。
下校する智子の足どりは、先ほどとはうってかわり、かろやかだった。
試験三日前。
朝礼の時間に、
秋の国体代表選手に水晶学園からはただ一人、
月吉智子が、
東京代表に選出されたことを、校長が発表した。
智子は朝礼台の上であいさつをし、
抱負をみじかく語った、「がんばります」と。
その日の午後、ホームルームの時間は、
にわかに・・・白熱したものとなった。
ある女子生徒の発言がきっかけとなり、
議題に、
盗撮問題が取りあげられたのだ。
議長はクラス委員長の火鳥。
代理担任の海先生は、窓ぎわに腰かけ、
進行のようすをじっと見まもっていた。
学園内でも一部でささやかれ、
問題になりつつあるのが、
女子更衣室や女子トイレ内で、
盗撮がおこなわれており、
〈あくまでも噂ではあったが〉、
その写真なり動画が、
ネット上や直接取りひきで、
売り買いされているということだ。
発言をした女子生徒は、
用をたそうと腰をおちつけたときに、
おかしな気配をさっして、
後ろをふりかえると、
デジタルカメラが、
彼女のすがたを、
盗み撮りしていたと、
ふん然としたようすで、語った。
勝気な彼女は、
チアガール部のリーダーで、
とても見ばえのするルックスの持ちぬしだった。
デジカメを発見した彼女は、
すばやくトイレをとびだした。
そのとき、
二名の男子生徒が走りさっていく、
うしろ姿を、
はっきり目撃した、とつけくわえた。
智子にはピン!ときた。
猪瀬と蜂谷、
そして裏で糸を引いているのが鹿間であると。
中学時代に一度盗撮騒ぎを起こし、
三人とも、補導されていた。
実行犯が猪瀬と蜂谷、
ブツをさばくのが鹿間という、
役割分担だった。
現在でも変わるまい。
ジョン・ディクスン・カーのミステリーが、
ことのほか好きな智子は、
挙手をして、
立ちあがった。
この手の犯罪は、常習性があり、
過去に補導歴がある生徒を、
調べるのが近道だろう、
と提案した。
視線をそれとなく、
猪瀬と蜂谷、新聞部のキャップである鹿間へと、
移動させていく。
むかしのネコが、
ネズミを追いつめるように、
ジワジワ攻めたてにかかる。
ほとんど、名ざしされたも同然の、
三人の目は、
智子をめがけ、
いまにも・・・殺人光線を・・・発射しそうな雰囲気である。
知らん顔をして智子は、
理路整然と推理を披露し、
追いつめる。
「月吉くん、
証拠もないことを言うのはどうかと思う。
それに、ここは法廷ではないのだから」
火鳥はたしなめるように言った。
しかし智子は、
フェル博士か、
はたまたヘンリー・メリーヴェル卿になりきって、
とどまることを知らない。
優希が、やめさせようと、
名探偵のスカートのすそを引っぱるが、
ピシャリとはらわれてしまった。
いよいよ真犯人指摘の段階に、さしかかる。
クラスのみんなが、かたずをのんで、
次の言葉を待ちかまえている。
千両役者よろしく、
ゆっくりまわりを見まわして、間をはかる。
そして、おもむろに口をひら・・・
「ちょっと待ってください!」
名探偵の結論をさえぎったのは、
窓ぎわの海先生だった。
起立すると、
冷静な口調で反論を開始した。
いわく、
月吉探偵の推理は、
物的証拠に乏しく、
ヤマカンを土台にした、
単なる、
あて推量にすぎない。
過去において、あやまちをおかした人物をいたずらに追いつめ、
人に大切な、
改悛の情を、ふみにじるものである。
したがって、
実名をあげることは、
だんじてあってはならない!
終始、落ちついた口調の海先生だが、
発言の最後のくだりには、
気迫がこもっていた。
生徒たち一同ギョッとした。
ちなみに海先生は、
学生時代からクロフツのミステリーの愛読者であった。
ここでチャイムが鳴った。
閉廷である。
ちょっとばかり肩すかしな幕ぎれだった。
もやもや感がただよう。
フェル博士vsフレンチ警部の対決は、
クラス内の雰囲気的には、
前のめりぎみの智子の憶測に、
海先生の人道主義が、
びみょうに、まさったかっこうになった。
問題提起をした女子生徒や、
名(?)探偵の役わりに酔っていた智子ほか、
一部の生徒には、
不満がのこる結果となった。
海先生の人柄や、
人格におしきられ、うやむやにされてしまった、印象はいなめない。
じっさいのところは・・・どうなんだ? と言いたかった。
げんに、
何人かの女子生徒が、
盗撮の犠牲に、なっているではないか。
このことは、のちに、
学園をゆるがす大問題へと、
発展することになる。
授業が終わり、
車中の人となった二人は、
エアコンのきいた快適な空間で、
すわりごこちのいいシートに腰をおちつけ、
スターバックスのホットコーヒーを飲み、
話しこんでいた。
話題は、ホームルームでエキサイトした盗撮問題についてである。
「犯人はあの三人にきまってる、まちがいない」
こめかみを指さして、断言する智子。
「しかし証拠がないでしょう。
逆に彼らの名誉を、毀損することになる。
おおやけには、言わないほうがいいよ」
「あんなドブネズミたちに、
名誉もへったくれもあるものか。女性の敵だよ」
智子は意味ありげな視線をむけてくる。
「ねえ、知ってる?
晶学女子ランキングというのがあってさ、
上位にいけばいくほど、
売り買いされるブツ〈写真や動画〉の、
値だんもハネあがるってこと。
学園トップは、優希、あんただよ」
「まさか!?
更衣室やトイレで、
そういう気配を感じた経験は、
いままでないけど・・・」
「携帯電話で〈写メ〉した画像だって、
取り引きされているんだよ。
きみはどっか、
とろいとこがあるから・・・気をつけた方がいいよ」
「失礼なこといわないで。
でも、ことわりもなく〈もちろんノーマルな姿を〉、
写されてるのは知ってる。
正直うれしくない。
あらかじめ申しでてくれたとしても、ありがたくない。
私はモデルじゃないんだから」
「なんせ二年連続ミス水晶学園だからね、きみは。
優希のパンチラショットなんて、プレミアがつくんだろうな。
いっちょチャレンジするかな、おこづかいかせぎに」
「そんなことしたら絶交よ。
ひとのことを言うけれど、
あなたにだって熱烈な親衛隊が、いるじゃないの。
あのひとたち、は大丈夫?
暴徒化しない保証はあって?」
「ああ、下級生のジャリどもか。
しっかし、
みんながみんな、女子生徒ってのは泣けてくる。
うっとおしいことこの上ない。
どーして男子がいないのか」
「仮想・宝塚ね。
そういう対象にピタリとはまるんだろうな。
バスケの試合のときに見せる、りりしい戦士のような表情は、
乙女心をしげきするのよ」
「できれば男心をしげきしたいんだけどなあ」
小声でつぶやき、スマホを操作する智子。
彼女の、
スマホのモニターには、
火鳥の画像が映しだされた。




