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ブレイクオンスルー  作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
7/40

7 盗撮(とうさつ)問題

 いつもの待ち合わせ場所で合流ごうりゅう

 登校する二人。

 

 校門に足をふみいれると、横断幕おうだんまくが、目にはいった。

 

 きのうは、遅刻スレスレであせっていたため、気がつかなかったらしい。

 校舎こうしゃ屋上(おくじょう)のフェンスに、

 はばのひろい白地しろじの幕が、

 文字もじどおり、横断おうだんするように、はられていた。


〈祝・インターハイ初出場。二回戦進出、女子バスケットボール部!〉

 

 (すみ)でダイナミックに書かれた黒字に、

 ポイント使用されている、

 あざやかな朱色(しゅいろ)


「あっぱれ!智子。

むねのすくような気分でしょう」

 優希が水を向ける。

 

 バスケ部の主将は、

 口を逆への字(V)にして、キメ顔をつくった。

 

 一時間目のホームルームのとき、ちょっとしたニュースがもたらされた。

 それは・・・

 かねてから・・・

 三年C組のクラスメート全員の、

 共通にして、

 最大の関心事かんしんごとでもあった。


 担任の女教師の産休にともない、

 そのあいだ、

 だれが、

 C組を受けもつのか?ということだ。

 

 女教師が、黒板に、

 代理の担任の名前を書いたとき、

 クラス中から、

 割れんばかりの歓声(かんせい)があがった。

 

 生物担当、海 豊先生。

 

 生徒たちは、

 教科書やノートをふりまわして、喜んでいる。

 智子は、

 椅子に片足をのせると、高くとんだ。


 優希も拍手をおしまない。


 猪瀬は蜂谷とハイタッチ、

 鹿間は机の下でスピーディーな指づかいで、

 メールをうっている。


「(少しは他人(たにん)の気持ちも、考えろ!)」

 女教師は教壇(きょうだん)から、

 白い歯をみせている生徒たちを見まわし、

 心のなかでさけんだ。


 唯一ゆいいつの救いは、

 沈痛(ちんつう)な表情で、

 うつむいている火鳥のすがたであった。


 生徒会長の発するフェロモンは、女教師のある部分を刺激した。

 女性ホルモンの分泌(ぶんぴ)促進(そくしん)され、

 バランスのくずれかけた彼女の内面は、

 安定をとりもどした。

 

 廊下ろうかで待っていた海先生を、

 呼び入れ、

 生徒たちにあらためて紹介すると、

 そそくさと、教室をあとにした。

 どこか、そっけない態度たいどであった。


 昼休みの時間になったので、

 いつもどおり、

 お弁当を持って、屋上へ行こうとする優希に、ストップをかけた。

 彼女の手を引いて智子は、

 一階の掲示板(けいじばん)へ、

 一目散いちもくさんにむかった。


 (かおる)から届いたメールの内容が気になったのだ。

 ちなみに薫とは、

 バスケットボール部の副主将でポイントガードを受けもつ、

 頼りになる存在だった。

 

 掲示板には、

 水晶通信しゅいしょうつうしん〈学校新聞〉の、

 最新号がはり出されていた。

 

 人だかりを、いきおいよく、かきわけて進む智子。

 新聞の一面には、

 インターハイの選評(せんぴょう)がのっていた。

 

【二回戦進出おめでとう!】

 とか、

【女王・桃花を相手に善戦】

 など、

 め言葉が、

 小見出(こみだ)しに、

 おどっていたが・・・

 ・・・内容はしんらつだった。

 主将の智子を、

 明確めいかくにひなんする、

 文言(もんごん)がならんでいた。

 

○第4(クオーター)でチームメイトにパス出しをせずに、

 マッチアップ〈一対一〉に、

 持ちこんだ戦術せんじゅつが、自滅(じめつ)をまねいた。


○スタンドプレイ。

 自身の力量りきりょうを、過信かしんした、

 月吉主将のプレイが、

 緊迫きんぱくした試合を、

 だいなしにしてしまった・・・etc、etc。

  

 智子のシュートが、

 桃花のエースに粉砕(ふんさい)された瞬間の写真が、

 大きく紙面をかざっていた。

 キャプションは以下のとおり。

━【女王陛下のハエたたき!】━


 屈辱(くつじょく)だった!

 新聞部のキャップである鹿間の、うす笑いが、目にうかぶようだ。

 にぎりしめたコブシに力がこもる。

 

 ふいに、彼女の目の前を、横ぎるように、手が伸びてきた。

 その手は、

 新聞をつかむと、

 下方向へ、

 ビリビリと引きさいた。


 海先生はニコニコしながら、

 やぶいた新聞を丸めると、

 白衣のポケットにおしこんだ。

 そして、その場をすたすた歩きさった。

 

 新しい担任の心強いアクションをえて、

 智子の脈拍(みゃくはく)は落ちつきをしめし、

 呼吸はふかくなった。

 

 女子バスケットボール部は、

 新聞部に対して、

 正式な抗議(こうぎ)を、おこなった。

 黙殺(もくさつ)させないように、

 生徒会をとおしてである・・・〈副主将のアドバイスによるものだ〉。

 

 水晶通信は、そくざに、改訂(かいてい)され、

 ふたたび掲示板にはり出された。

 記事の内容は、

 前回より、

 少しばかりの歩みよりを、みせていた。


 写真は同じ場面が使用されており

〈そこに新聞部のメンツが見えかくれした〉

 キャプションはさしかえられた。

━【()ちた女王、フェイクで勝ちをひろう!】━



「あー、くたびれた」

 六時間みっちりの授業が終了すると同時に、

 智子は机につっぷした。

 勉強づけである、

 ストレスもたまるし、

 消耗(しょうもう)も・・・していた。

 しかし、

 このあと

 また、

 犬城家での勉強会が待っているのだ。

 優希の手は、彼女の肩をノックした。

  

 下校している智子の足どりはおもい、

 どことなく顔色もさえない。

 おまけに空もくもっていた。

 

 校門を出ると、

 なにやら前方で、赤い顔をして、

 いきんだ声を発している、

 作業服姿の男性が目にはいった。

 好奇心をそそられ、

 またたびに引き寄せられるネコのように、

 するすると近づいていく。

 

 モスグリーンの作業服を身につけ、

 調査員としるされている腕章(わんしょう)をまいた、

 二人のうち一方が、

 マンホールのフタを、

 うんうん言いながら、

 こじあけようとしていた。


「なにをしているんですか?」

 興味しんしんにたずねる智子。

「うむ。区の依頼でね、

マンホールの調査をしているんだが、

こいつのフタがね、

かたくてやっかいなんだよ。

よっこらしょっと!」


 マンホールのフタの(はし)のくぼみに、

 特殊鋼鉄棒(とくしゅこうてつぼう)鋳型(いがた)で抜いた〉を、

 引っかける。

 棒の上部から左右に伸びたハンドルをつかみ、

 テコの原理のでひらこうと力をふりしぼるが、

 ビクともしなかった。

 中年の男性は、

 がっしりした体格で、

 筋肉りゅうりゅうなのだが。

 いま一度、出産中の妊婦のような声を出しながら、力をこめる。

 が、

 マンホールはとざされたままだ。


「おじさん、私にやらせてくれる」

 智子の申し出に、

 (まゆ)をピクリとあげる、調査員。

 やがて・・・

 「ふん」と小さく鼻を鳴らした。


 できるものならやってみな!とばかり、

 ニヤニヤ笑いをうかべ、

 鋼鉄棒こうてつぼうを、さし出してよこした。

 

 チャレンジする智子。

 制止(せいし)をする優希の声に、

 耳をかたむける気など、さらさらない。


「どりゃーっ!」

 ハンドルをつかみ、

 こんしんの力を、

 鋼鉄棒に伝達(でんたつ)させる。

 腕や肩のしなやかな筋肉が、

 みしみし音をたてる。

 わずかばかり・・・マンホールのフタがズレて動いた。


「うーん、むっ!」

 もう一度さらに力をこめる。

 ついにフタは、十センチほど、持ちあがった。


 調査員たちはおどろき、

 感心の声をあげた。

 すかさず、

 すき間部分に、

 つっかえ棒を差しこんだ。

 つづけて・・・

 そのすき間に・・・手を入れると、

 直径(ちょっけい)一メートル以上あるフタを、

「せーの」と、声がけして、

 二人でひっくり返すように開けた。

 

 ものめずらしそうな表情で、

 マンホール内部をのぞきこむ優希と智子。

 うす暗く、深さは三メートルくらい。

 側面(そくめん)に一か所、

 鉄製のハシゴが、

 コンクリートのカベにうめ込まれていた。

 底の方には、わずかに水が流れている。

 内部から、湿気(しっけ)をふくんだ、

 ほこりっぽい空気が立ちのぼっていた。


「へーっ。マンホールの中って、

こんなふうになっているんだ!」

 と言って、

 鋼鉄棒を男性に返す智子。


「なかなかやるじゃないか、お嬢さん」

 調査員の表情や言葉は、温かみをおびていた。

 

 どうやら、智子の存在をみとめてくれたようだ。

 他人が心をひらいてくれるというのは・・・やっぱりいいものだ。

 実力のほどがしめせて、プライドはいたく満足。


 お礼にと、調査員は、缶ジュースを二本買ってくれた。

「いつでもアルバイトに来なよ」

 と言い、

 別れぎわに名刺をくれた。


 下校する智子の足どりは、先ほどとはうってかわり、かろやかだった。


 

 試験三日前。

 朝礼の時間に、

 秋の国体代表選手に水晶学園からはただ一人、

 月吉智子が、

 東京代表に選出されたことを、校長が発表した。


 智子は朝礼台の上であいさつをし、

 抱負(ほうふ)をみじかく語った、「がんばります」と。

 

 その日の午後、ホームルームの時間は、

 にわかに・・・白熱はくねつしたものとなった。


 ある女子生徒の発言がきっかけとなり、

 議題ぎだいに、

 盗撮問題(とうさつもんだい)が取りあげられたのだ。


 議長はクラス委員長の火鳥。


 代理担任の海先生は、窓ぎわに腰かけ、

 進行のようすをじっと見まもっていた。

 

 学園内でも一部でささやかれ、

 問題になりつつあるのが、

 女子更衣室(こういしつ)や女子トイレ内で、

 盗撮がおこなわれており、

〈あくまでも(うわさ)ではあったが〉、

 その写真なり動画が、

 ネット上や直接取りひきで、

 売り買いされているということだ。

 

 発言をした女子生徒は、

 用をたそうと腰をおちつけたときに、

 おかしな気配(けはい)をさっして、

 後ろをふりかえると、

 デジタルカメラが、

 彼女のすがたを、

 (ぬす)()りしていたと、

 ふん然としたようすで、語った。


 勝気(かちき)な彼女は、

 チアガール部のリーダーで、

 とても見ばえのするルックスの持ちぬしだった。

 デジカメを発見した彼女は、

 すばやくトイレをとびだした。

 そのとき、

 二名の男子生徒が走りさっていく、

 うしろ姿を、

 はっきり目撃した、とつけくわえた。

  

 智子にはピン!ときた。

 猪瀬と蜂谷、

 そして裏で糸を引いているのが鹿間であると。


 中学時代に一度盗撮騒ぎを起こし、

 三人とも、補導(ほどう)されていた。

 実行犯じっこうはんが猪瀬と蜂谷、

 ブツをさばくのが鹿間という、

 役割分担(やくわりぶんたん)だった。

 現在でも変わるまい。

  

 ジョン・ディクスン・カーのミステリーが、

 ことのほか好きな智子は、

 挙手(きょしゅ)をして、

 立ちあがった。

 この手の犯罪は、常習性(じょうしゅうせい)があり、

 過去に補導歴(ほどうれき)がある生徒を、

 調べるのが近道(ちかみち)だろう、

 と提案した。


 視線をそれとなく、

 猪瀬と蜂谷、新聞部のキャップである鹿間へと、

 移動させていく。

 むかしのネコが、

 ネズミを追いつめるように、

 ジワジワ攻めたてにかかる。

 

 ほとんど、名ざしされたも同然(どうぜん)の、

 三人の目は、

 智子をめがけ、

 いまにも・・・殺人光線を・・・発射しそうな雰囲気である。


 知らん顔をして智子は、

 理路整然(りろせいぜん)と推理を披露(ひろう)し、

 追いつめる。


「月吉くん、

証拠しょうこもないことを言うのはどうかと思う。

それに、ここは法廷ほうていではないのだから」

 火鳥はたしなめるように言った。


 しかし智子は、

 フェル博士か、

 はたまたヘンリー・メリーヴェル(きょう)になりきって、

 とどまることを知らない。


 優希が、やめさせようと、

 名探偵のスカートのすそを引っぱるが、

 ピシャリとはらわれてしまった。

 いよいよ真犯人指摘してき段階(だんかい)に、さしかかる。

 

 クラスのみんなが、かたずをのんで、

 次の言葉を待ちかまえている。


 千両役者(せんりょうやくしゃ)よろしく、

 ゆっくりまわりを見まわして、()をはかる。

 そして、おもむろに口をひら・・・


「ちょっと待ってください!」

 

 名探偵の結論けつろんをさえぎったのは、

 窓ぎわの海先生だった。

 起立きりつすると、

 冷静な口調で反論はんろんを開始した。

 いわく、

 月吉探偵の推理は、

 物的証拠ぶってきしょうことぼしく、

 ヤマカンを土台どだいにした、

 単なる、

 あて推量(すいりょう)にすぎない。

 過去において、あやまちをおかした人物をいたずらに追いつめ、

 人に大切な、

 改悛(かいしゅん)(じょう)を、ふみにじるものである。

 したがって、

 実名じつめいをあげることは、

 だんじてあってはならない!


 終始しゅうし、落ちついた口調の海先生だが、

 発言の最後のくだりには、

 気迫(きはく)がこもっていた。

 

 生徒たち一同ギョッとした。

 

 ちなみに海先生は、

 学生時代からクロフツのミステリーの愛読者であった。


 ここでチャイムが鳴った。

 閉廷へいていである。

 

 ちょっとばかり肩すかしな幕ぎれだった。

 もやもや感がただよう。

 フェル博士vsフレンチ警部の対決は、

 クラス内の雰囲気的には、

 前のめりぎみの智子の憶測おくそくに、

 海先生の人道主義じんどうしゅぎが、

 びみょうに、まさったかっこうになった。

 

 問題もんだい提起ていきをした女子生徒や、

 名(?)探偵の(やく)わりに酔っていた智子ほか、

 一部の生徒には、

 不満がのこる結果となった。

 海先生の人柄ひとがらや、

 人格におしきられ、うやむやにされてしまった、印象はいなめない。

 

 じっさいのところは・・・どうなんだ? と言いたかった。

 げんに、

 何人かの女子生徒が、

 盗撮の犠牲ぎせいに、なっているではないか。

 

 このことは、のちに、

 学園をゆるがす大問題へと、

 発展はってんすることになる。


 

 授業が終わり、

 車中の人となった二人は、

 エアコンのきいた快適な空間で、

 すわりごこちのいいシートに腰をおちつけ、

 スターバックスのホットコーヒーを飲み、

 話しこんでいた。

 

 話題は、ホームルームでエキサイトした盗撮問題についてである。

「犯人はあの三人にきまってる、まちがいない」

 こめかみを指さして、断言する智子。


「しかし証拠がないでしょう。

逆に彼らの名誉めいよを、毀損(きそん)することになる。

おおやけには、言わないほうがいいよ」


「あんなドブネズミたちに、

名誉もへったくれもあるものか。女性の敵だよ」

 智子は意味ありげな視線をむけてくる。

「ねえ、知ってる?

晶学女子ランキングというのがあってさ、

上位にいけばいくほど、

売り買いされるブツ〈写真や動画〉の、

値だんもハネあがるってこと。

学園トップは、優希、あんただよ」


「まさか!?

更衣室やトイレで、

そういう気配を感じた経験は、

いままでないけど・・・」


「携帯電話で〈写メ〉した画像がぞうだって、

取り引きされているんだよ。

きみはどっか、

とろいとこがあるから・・・気をつけた方がいいよ」


「失礼なこといわないで。

でも、ことわりもなく〈もちろんノーマルな姿を〉、

写されてるのは知ってる。

正直うれしくない。

あらかじめ申しでてくれたとしても、ありがたくない。

私はモデルじゃないんだから」


「なんせ二年連続ミス水晶学園だからね、きみは。

優希のパンチラショットなんて、プレミアがつくんだろうな。

いっちょチャレンジするかな、おこづかいかせぎに」


「そんなことしたら絶交ぜっこうよ。

ひとのことを言うけれど、

あなたにだって熱烈な親衛隊しんえいたいが、いるじゃないの。

あのひとたち、は大丈夫(だいじょうぶ)

暴徒化(ぼうとか)しない保証はあって?」


「ああ、下級生のジャリどもか。

しっかし、

みんながみんな、女子生徒ってのは泣けてくる。

うっとおしいことこの上ない。

どーして男子がいないのか」


「仮想・宝塚(ヅカ)ね。

そういう対象たいしょうにピタリとはまるんだろうな。

バスケの試合のときに見せる、りりしい戦士のような表情は、

乙女心おとめごころをしげきするのよ」


「できれば男心をしげきしたいんだけどなあ」

 小声でつぶやき、スマホを操作する智子。

 

 彼女の、

 スマホのモニターには、

 火鳥の画像が映しだされた。

 


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