最終回 グッバイ・ハロー!
鹿間の元へ歩いていく二人。
彼の顔に、智子が、白いハンカチをかけた。
優希は近くから、摘んできた、白い花を供えた。
手を合わせて、
鹿間の冥福を・・
心から祈った。
高熱の火焔で、溶けて、
波打っている、
仏様・・〈鹿間〉・・の、
ノートパソコンが、
遠目にうかがえた。
それは、今夜のバトルの、
象徴のように 智子の目には 映った。
優希の方を向き、
ためらいがちに、
相手の視線をとらえ、
固定し終えると、
智子は、あらたまった口調で、言った。
「ゴメン。
あなたが一人で苦しんでいた時、
私はバカみたいに浮かれてた。
めちゃくちゃ恥ずかしい。
友達の資格ないね」
「過ぎたことは・・もういいよ。
今夜の活躍で帳消し。
智子は、
私にとって最高の友達・・かけがえのない人!」
「そう言ってくれるのは、とっても嬉しい。
けどさ・・優希・・
もし、私があのまま、
ズーっと火鳥と、
付き合っていたら、
どうするつもりだったの?」
「もし?という仮定形の質問には、
もしも、という副詞をつけて答えたい。
「もしも、あなたとの友情が、本物なら、
いつか必ず気づいてくれるだろうと確信していた。
私たちが、生きている、この世界には、
バランスというものが存在していて、
複雑な軌道修正が、
たえず、なされていると私は信ずる!
結果はご覧のとおり・・いかが?」
独特の柔らかい表情で、
言葉を紡ぎ出してくる、優希。
彼女の瞳は、
確固たる、自信の光に、満ちていた。
「そういえば、神秘的としか、形容のできないコトが起こった。
<虫の知らせ>って・・本当にあるものなんだね!」
智子の言葉を受け止め、深く、うなずく優希。
智子は、改めて、実感する。
私という・・
いたらない存在を、
いつでも的確に受け止めて、
啓発してくれる。
優希って、やっぱりサイコーだなァと。
たとえ<物の怪>になってしまっても。
優希の顔には、
大きな仕事を終えたような、
安堵感が漂っていた。
「ねぇ、優希・・
火鳥さんとのバトルで、
つくづく感じたんだんだけど、
絶体絶命の状況に追い詰められた時、
ポジティブに反応することが、
いかにムズカシイか・・
ノリでやっているうちは、本物じゃないね。
戦略や、
通りいっぺんでない努力に加えて、
柔軟で強靭な精神力を、
あわせ持つこと。
そういった、いくつもの柱で補強してこそ、
授かった能力は生かされる。
「これは・・もう、
一生をついやすような大テーマだよ。
「その上、
<運>みたいな、
ワケ分かんないないモノまで、
ついて回ってくるしさ」
ふーっと息をつく智子。
「いいこと言うじゃないの。
バスケットボールのみならず、あなたの人生、
これから、飛躍する可能性、
おおいに有りだね。
精いっぱい生きてちょうだい・・わたしの分まで」
智子の、
片方の眉が、
ピクリと上がった。
「待って、優希!
どこへも行かないで。
ずっと、友達だよね?
ずっと、そばにいてくれるんでしょう?」
優希は、
悲しみをたたえた表情で言った。
「聞いて!
私は、もう、人間じゃないの!
この手で、
三人の命を、殺めてしまった、
《化けネコ》なのよ!
地獄へ堕ちて業火に、焼きつくされる。
それが罪の報いというもの。
もう行かなくては」
「でも・・でも・・」
「さよなら、智子。
いつも、どこかで、あなたを見守っているから。
短かったけど、本当に楽しかった。
胸を張れる・・私の人生!」
「待って!もうちょっとだけ、話をしよう。
そうだ!
回転寿司へいこうよ。
ネタだけ食べていいからさ。
それも・・好きなだけだよ。
お金の心配はいらない。
ぜんぶ私が持つからさ。
優希には、おごってもらうケースが多かったから。
ぜひ、お返しさせて欲しい!」
「ありがとう・・
気持ちだけいただく。
さよなら・・・智子・・・」
「ダメだよー!」
智子の声がピキューン!とハネ上がる。
「行っちゃダメだァー!!」
「化けネコだって・・傘化けだって、
なんだっていいよ!
優希ならば、かまいやしない!」
親友の左腕をガッチリ掴んだ。
「聞きわけのないことを言わないの!
お願いだから、
その手を離して・・
ウエットな別れだけは、カンベンして!」
「ダメだ!この手は死んでも・離・さ・な・い!!
それから、断っておくけど、
あなたの強い法力も、いまの私には、通用しないと思う。
神秘の力に、対抗する術も、学習したからね。
<捨て身の意志力さ!>
「さあ、ためしに、私に法力を使ってみてよ!
優希が味わった、苦しみの、
100分の1でも、
引き受けたいたい気分なんだから!
一度は、死にかけたんだ。
もう・・怖いものなんて・・なにもない。
あなたを、あの世には、絶対に、行かせないから!
絶対に!」
「お願いだから・・
こみ上げてくるじゃないの」
優希の目から、
宝石のような涙が、
こぼれ落ちる。
智子の目にも、涙が、あふれ出る。
ここは、なんとしても手を離すわけにはいかない。
二度と優希に会えなくなってしまう。
理屈も、ヘッタクレもない。
絆を断ち切られたくないゆえの、
もう・・純度100パーセント、
母親にすがりつく子供みたいな、
本能的な行動である。
「ちょっとくらい、閻魔大王を、
待たせたっていいじゃないか、
積もる話も、あることだし。
それでも行くと言いはるのなら、
私を、道連れにするしかない!」
パトカーのサイレンの音が、
役角寺の裏庭に、響いてきた。
さざ波のように、音が、接近してくる。
「わかって、智子!
もう、タイムリミット!
その手を離してちょうだい!」
「イヤだ!
離さない!」
「離しなさい!」
優希が叱るように言った。
「い・や・だ!!」
ダダっ子のように、
智子がこたえる。
「もーう。
こうなったら、仕方がない」
優希が力づくで、
親友の手を、
振りほどきにかかる。
しかし、智子の手は、容易にハズれない。
とんでもない力が込められている。
振りほどこうとする、優希。
スッポンのように離れない、智子。
二人はコマのように、
裏庭をクルクル回る。
「しつこいぞ!この馬鹿ヂカラ!」
優希が音を上げる(うれし涙を流しながら)。
「学習効果プラス、
意志力と言って欲しい!!」
いま、手を離したら・・終わってしまう、
二度と、優希に会えなくなるのだ。
心のヤワな部分が妙にヒクヒクするが、
ここで引いては、絶対にいけない!
イイ人じゃだめだ!
もの分かりの悪いイヤな奴になるのだ!
意志を固め、
歯を食いしばって、
必死で優希を引きとめる智子の顔も、
また・・涙でぐしゃぐしゃ。
パトカーのサイレン音が、ひときわ、大きくなった。
こちらへ向かってくる。
優希が、
急ブレーキをかけた。
動きをストップさせ、
真正面から親友を見すえた。
智子の手は、
あい変らず、
優希の左腕を、つかんだまま、ロックしていた。
呼吸を整える・・優希。
彼女の目が、
まるで、雪解け水のように、
さーっと澄んでくる。
少しく間をおいて、
優希の口から、言葉が、発せられた。
「復活の予約は・・キャンセルしたの!」
「ハァーッ!?」
智子の手の力が、
ストーンと抜けた。
プロテクトが外れる。
優希の腕から・・
みずからの意志に反して・・
手が・・離れてしまった。
警官隊が、
走ってくる足音がきこえる。
優希は、
脱力した智子にヒシと抱きついた。
「さよなら・・智子。
素晴らしい人生を!」
そう言って、さっと、身をひるがえし、
月の方に向かって、駆けてゆく。
途中で足を止め、
肩越しに顔を向けた。
「私の骸は、ここの無縁墓地の中にある。
それから・・記念のボールを、
台なしにしちゃってゴメンなさーい!
素敵なアウターは、お返しするから」━━「byeトモコ!」
智子は、親友の最後の言葉を、胸にきざんだ。
優希は、月の光に、
溶け込んでいくように、
静かに、姿を、消した。
優希が、置いていった、
純白のアウターが、
月の光を反射していた。
その下側から、
もぞもぞと、
黒ネコのクリルが、
小さな顔をのぞかせた。
かけ寄る智子。
優希の忘れ形見を抱きあげた。
「ミヤーオ♪」
せき止められていた、
疲労の蓄積が、
津波のように、
一挙に、
智子へ襲いかかった。
クリルを抱きしめたまま、
その場に昏倒した。
満月が、
凄絶なエネルギーの、ぶつかり合った、
現場の裏庭を照らし出していた。
威容を誇るクスノ木が、沈黙している。
その年輪には、
今夜の出来事の、
一部始終が、
刻みこまれたに違いない。
意識を失った、
智子の頬を、
クリルが、
ピチャピチャと舐めている。
目が覚めた。
そこは、ベッドの上だった。
智子の腕に、点滴の管がつながっていた。
どうやら・・病院にいるらしい。
あれから、
どのくらいの時間が経ったのだろうか。
頭がぼんやり重い。
意識に霞がかかっているようだ。
智子をのぞきこむ、いくつもの顔があった。
母親、海先生、薫ほか、バスケ部のレギュラー陣。
見覚えのないロング・コート姿の男性の顔もあった。
あとで知ったことだが、
男性は刑事だった。
「クリル・・子ネコ・・クリルは?」
智子が、真っ先に、口にした言葉である。
母親が、ベッドの下から、
ペット用のバスケットを取り上げた。
バスケット・ケースの、
アクリル板ごしに、
小さな黒ネコを確認する、智子。
安心したように、深く息をついた。
「お前・・四日間も眠り続けていたんだよ」
母親が、
心配顔で娘を見つめて言った。
「月吉・・
いったい、なにがあったんだね?」
海先生が、
安心させるように、
福顔をニコニコさせてたずねた。
智子の意識を覆う、
どんよりとしたヴェールがはがれた。
記憶がよみがる。
激しい錯乱を起こした。
頑丈な身体を、
あらん限り、
バタバタ痙攣させ、
暴風雨のように、猛り狂う。
蓄積された 負の 感情エネルギー!
その発露は、
周囲の者を、思わず、金縛りにしてしまう。
並ではない激しさ。
「優希・・ああ・・優希・・」
海先生が、
智子の口内に、
素早くハンカチを押し込んだ。
そうして、母親とふたりで押さえにかかる。
バスケ部員もヘルプする。
冷静な薫が、
ナース・コールボタンを押した。
意識を回復した智子の、
証言及び、提出証拠、
〈鹿間から、ことづかった、フラッシュメモリのデータ〉
により、
ようやく、
事件のアウトラインが明確になった。
停滞気味だった、
警察の捜査も、
スムーズに流れだした。
ここから先は、
メディアで報道された通りである。
俗称❝《晶学の惨劇》❞は、
面白おかしく料理され、
メディアによって提供され続けた。
被害者である犬城優希の、
家柄が良く、
加えて、
たいへんな美少女であったこと。
加害者の、
少年A〈火鳥翔〉が、
凄惨な、殺害場面を、
共犯の少年たちに指示して、
動画に収録させた、という事実は、
世間を震撼させた。
少年Aの隠し部屋からは、
クロロホルムや、
パウダー状の睡眠導入剤が発見された。
クローゼットには、
被害者の死体を
バラバラに解体した、エンジン・チェーンソーや、
軍事用火焔放射器の、
燃料ボンベ(の予備二本)が保管されていた。
殺害場面の動画を、
あるテレビ局が入手して、
放送し、大反響を、呼んだ。
もちろん・・
モザイクだらけの映像だったが、
インパクトは絶大であった。
死者四名が、出たこと。
<猪瀬は、奇蹟的に命をとりとめた>
事件に、深く関係した、月吉智子が、
一部〈高校バスケットボール界〉では、
名の知られた生徒であったことなど、
ニュースの材料には、事欠かなかった。
火鳥の遺体は、
智子の証言をもとに、
クスノ木の根元深くから掘り出された。
無縁墓地からは、
パーツごとに解体されて、
黒焦げになった、
優希の、
遺体が発見された。
現場検証に、
立ち合った智子は、
遺体確認の際、
親友の、
変わり果てた姿に・・
なにより、
人の持つ悪意の、
醜さ、恐ろしさ、残酷さに、
感情の制御を失い、
声を上げて泣いた!
優希の遺体は解剖に付され、
その結果・・
体内から、
睡眠薬の成分が検出された。
少年A〈火鳥〉が、保管していたモノと、
同一の、
睡眠薬であった。
日本では、販売が、許可されていない、
個人輸入も、
禁止されている、
猛獣を、
捕獲するときなどに、使用される、
<強力な睡眠導入作用を持つ>
劇薬指定の違法薬物であった。
警察が、
首をひねったのは、
蜂谷に手を下したのは誰か?
ということであった。
事故死でないことは明白だった。
一時は・・月吉智子を、
容疑者としてマークしたが、
アリバイが証明された。
火鳥を葬り、
土中深くに埋めた、
実行犯が誰なのかも、
判然としなかった。
そして・・その手段も謎めいていた。
埋められていた場所が、
地下35メートル地点とは、
尋常ならざる深さであり、
掘削機械でも使わなければ、
不可能なレヴェルであったからだ。
猪瀬の、
寄生虫の件と、
紛失した、
生物の教師〈海先生〉のシャーレが、
どう結びつくのか、
決定的な一点が、視えてこない。
とりわけ不思議なのが、
今回の事件で、
ひんぱんに、その名が出てくる、
犬城優希という・・生徒の存在だ。
殺害された後も、
事件に関わるように、
何度も学園に姿を見せている。
被害者〈犬城優希〉が殺害された日時は、
解剖報告と、
動画の映像を、
詳細に分析・検証した、
結果・・
検視官によって、
ほぼ、正確に割り出されていた。
月吉智子の証言に出てくる、
犬城優希は、
九月の第四週に、実施された、
推薦入学考査試験最終日の翌日に、
死亡しているのだ。
にもかかわらず・・彼女は、
そのあとも月吉智子と行動を共にしている。
刑事は、
角度や、質問内容を変え、
任意出頭した智子を、
再尋問、
再々尋問したが、
証言に矛盾や綻びはなく、
終始一貫性があった。
第三者の証言も、
彼女〈智子〉の話を、
裏づけるばかりであった。
時系列が合わない!
犬城優希は、死後も、生きていたことになる。
彼女に姉妹や、
それに準ずる者はいない。
学園には、
死後に、
優希を見たという者が続出した。
新聞部に保管されていた、
体育の日に開催された、
球技大会の動画を見た刑事たちは、
背すじの寒くなる思いがした。
躍動する犬城優希の姿が、
そこに、
しっかり映し出されていたからである。
死後10日以上が、
経過しているのにもかかわらず・・だ。
まるで・・現代の怪談ではないか!?
刑事たちは、頭を、抱え込んだ。
事件の責任を取るかたちで、
水晶学園の校長と、
三年C組の代理担任は辞職した。
校長はともかく、
海先生が学園を去っていったことは、
智子をふくめ、
C組の生徒たちを落胆させるに余りあった。
例年、
大にぎわいの『水晶祭』も、
まったく盛り上がりに欠けた。
ミス・水晶学園の選出イベントも、
今年は中止になった。
❝《晶学の惨劇》❞のあと、
水晶学園は、
なにか、
火が消えてしまったようになってしまっていた。
智子は、
ともすれば、
脱力しそうになる、
自分自身をムチ打ちながら、
残された高校生活を、
バスケットボール部の後輩指導にあてていた。
後輩たちは、
歯を食いしばって、
主将の、
厳しい指導についていった。
シュートの練習で、
ダンクが決まるたびに、
智子の中に、
優希の面影が、
鮮明に浮かび上がる。
記憶の中に、
ありありと残る、
感触を伴った優希のイメージが、
立体化して、
ホログラフのように現出する。
炸裂する花火群の色彩が、
脳内で乱反射する。
ボールを脇に抱えた、
智子の動きがピタリと止まり、
両手のひらを、じっと見つめる・・
放心状態!
コート周辺に不穏な空気が広がっていく。
部員たちが、不安そうに、主将を見守る。
また、例の発作が始まるのではないか・・
先日も、
錯乱状態になって暴れまわり、
部員全員の力を合わせて、
やっとのことで、
主将を取り押さえた経緯があったのだ。
時間にして、わずか10分程度であったけれど、
全員が、汗まみれになり、荒い息を吐いた。
薫が、機転を利かせて、
主将のボールをたたき落としインターセプトする。
「ヘーイ、どーした、トモコ!」
ボールを、
左右の手で交互にドリブルさせ、
挑発する副主将。
「主将ガンバ!」
後輩たちがエールをくれる。
「ハートに火をつけて!!」
闘争心が、智子の内に、メラメラと呼びさまされる。
薫の正面を向く、
そして気合いを入れた。
「よーっしゃ!いくぞ!」
冬が過ぎ去り、春が来た。
高校生活は、風のように、過ぎていった。
卒業式を終えた・・その日。
智子はお伴を連れ、
優希のお墓参りに出かけた。
お伴とは、
ペット用バスケットに、
お行儀よくおさまったクリルである。
風のない、おだやかな、春の午後であった。
霊園の小高い場所に、
犬城家の、
立派な墓所が見える。
墓前を埋め尽くすかのように、
沢山の仏花が供えられ、
線香の煙がモクモク立ちのぼっていた。
戒名に変わってしまった優希の、
真新しい墓前で、
神妙な顔をして、手を合わせている人物がいた。
海先生であった!
久しぶりに再会を果たした二人は、
〈クリルも一緒に〉、
優希の冥福を心から祈った。
智子は道々、
海先生と、
学園の想い出ばなしをしながら、
元代理担任のマンションに向かった。
八階でエレヴェーターを降り、部屋へ入る。
リビングに通され、差し向かいに、ソファーへ座る。
家具や置き物、絵画等、
配置の塩梅、そのバランス感覚が素晴らしい。
モダンだけれども落ち着きがある。
室内はアルファ派に満ちている。
海先生の、
趣味の良さが、にじみ出ていた。
先生も、
智子との再会を心から喜んでいた。
福顔を、
よりいっそうニコニコさせ、
「卒業祝いだ!」
とウィンクして、
ベルギー・ビールの栓を抜いてくれた。
海先生の手料理や、
お取り寄せした、
珍しい缶詰を食べ、
積もる話を語り合った。
やもめ暮らしである、
先生の料理は、かけねなしに、美味しかった。
プラス・・
缶詰の味には刮目した。
港で水揚げされたばかりの、
新鮮なサバを、
塩のみで味付けした、それは・・絶品であった。
学園を辞職したあと、
先生は、四国の霊場を、
お遍路していたそうだ。
日本酒をちびりちびりやりながら、
その時のエピソードを、
お得意の話術で語ってくれた。
先生のユーモアに、
智子は久しぶりに、腹をかかえて笑った。
みそぎの旅の最中にも、
好奇心や茶目っ気を忘れない、
先生にあらためて・・感心させられた。
海先生は語りかけながら、
以前より、成長発達した、智子の身体に目をみはった。
まさに、ハチ切れそうな肉体である。
高校生の、時の経過は・・本当に早い。
クリルは、
智子の足もとで、
缶詰のサバに舌づつみをうっていた。
元代理担任と教え子は、
意識して、
犬城優希の話題は避けて通った。
核心をさけ、
その円周を、
回る形の会話が、
いまは、必要であり・・
また、それが、自然なのだ・・と感じていた。
時を忘れ、
飲み、語り、交歓した。
智子は、門限があるので、
帰宅しようと、何度かアクションを起こしたが、
海先生は、そのたび引き止めて、離してくれなかった。
智子も、
この場を、去りがたかったが・・
母親のキビシイ説教を考えると、
そうそう、長居もしていられなかった。
ブレスの強烈な、
重い言葉のジャブ、フック、ストレート、アッパー・カットが、
際限なく繰り出されてくるのだ。
それを、正座しながら、聞く。
苦行以外の・・なにものでもない。
智子が、この世で、
最も回避したい事態であった。
門限の関門は、
海先生による、
母親への電話一本で、
あっけないくらい簡単に解決した。
先生に対する、母親の信頼は、いまでも厚かったのだ。
こうして、海先生と智子による、
優希の追悼式は、真夜中過ぎても、
そのパワーを、失うことなく続けられた。
先生の話術は、
いよいよ冴え渡り、
ブランデーで、酔いの回った智子は、
七転八倒して、笑い転げた。
マックスまでアルコールを、摂取した、海先生は、
ついに・・力尽きた。
気絶したように、
ソファーに、ばったりと倒れ、
深い寝息をたて始めた。
その、丸い寝顔には、
ゾッとするような険しいシワが、
〈傷痕のように〉
刻み込まれていた。
智子は、寝室から持ってきた枕を、
先生の頭の下にすべらせ、毛布を掛けてあげた。
ベランダへ出て、外の空気を、胸いっぱい吸いこむ。
夜明けの太陽が、
そろそろ、姿を見せはじめていた。
新鮮な空気、
小鳥のさえずる声に、朝のキラメキが感じられる。
智子の若い身体に、
わけもなく、
エネルギーが満ちてくる。
ベランダの手すりから身を乗りだす。
太陽に向かって、
コブシを突き出し、
叫んだ━━━「ブレイクオン・スルー!」
すると、呼応するように、
可憐な声が、
響いてきた━━━「トゥ・ジ・アザーサイド!」
聞き覚えのある声だった。
もう一度、叫ぶ。
「ブレイクオン・スルー!!」
「トゥ・ジ・アザ―サイド!!」
たしかに、優希の声が、聴こえた。
たとえ、この世にいなくても、どこかで、つながっているんだ!
そんな思いを強くする。
目の前の手すりに、
クリルが、
ピョン!と跳び乗った。
長いシッポを前足に、
マフラーのように巻きつけて、
品のいいお座りをしてみせる。
智子は、
慈しむように、
黒い子ネコを見つめた。
その表情には、母性が、満ちあふれている。
クリルは、智子の、ジャスト正面を向いた。
ふいに、右前足をヒョイ!と上げ、
招きネコのポーズをとった。
続く動作で、
カクンと、小さな顔を、下に向ける。
それから・・おもむろに・・顔を起こした。
目が、反転して、白目になっている。
白目、黒目、白目、黒目、白目、黒目・・・
白黒連続技なり。
いかにも、
得意そうな表情で、
かくし芸を、披露してみせるクリル。
「あぁ あぁ あぁ あぁ あぁ あ!」
後ずさりしながら、
目を・・大きく見開く・・智子。
まばたきを繰り返しホッペタを・・つねる。
「ああ、ああ・・まさか・・優希・・優希!」
智子の胸が、
息苦しいほど熱くなった!
クリルを手に取り、
抱き上げ、
頬ずりをする。
「ああ・・優希・・」
「復活の予約は・・キャンセルしていなかったんだね!」
the end
皆さん、最後まで読んでくださって、本当にありがとう!
また、いつの日か、お会いしましょう。
グッド・バイ!
2017年1月1日から、
『汐坊の哉カナ』を連載開始しました。
おヒマな時間があれば、覗いてやって下さい!




