4 予知能力 パートⅡ
声を発した人物は、
いつのまにか、智子と蜂谷のあいだに、わって入っていた。
中腰の智子は、
目の前に立ちはだかる人物を、いぶかしげに見あげる。
長い脚の持ちぬしは、水晶学園の制服を身につけていた。
「あっ!?」
智子は驚き、びみょうな音色の声をあげた。
仲裁を買って出たのは、
火鳥翔だった。
生徒会長であり、学年一、二を争う秀才。
クラスメートでもある。
「月吉くん、身体検査まではやり過ぎだ。
どうだろう、この場は、ぼくにあずからせてもらえまいか?
けっしてうやむやにしない。約束しよう」
火鳥のつつみこむようなまなざしを、
受けとめながら立ちあがる智子。
「おことばですけど、白黒きっちりつけたいんです。
事ここにいたってはあとに引けません。
それに火鳥さんにまかせると、
ケンカ両成敗的にうまいこと着地させられてしまいそう。
・・・ストレートですみません」
「こいつは手きびしい!
きみの目には、ぼくはたよりない調整型と、
うつっているわけだ」
口ごもる智子の腕を、
かろやかに取ると、
火鳥は塀ぎわへ誘導する。
「月吉くん・・・
学園新聞の記事が原因で、
きみの所属する、女子バスケットボール部の、
予算増額の件が流れたことは、
生徒会をあずかるものとして、心苦しく思っていたんだ。
そこで・・・新聞記事の信憑性を、ぼくなりに調べてみた。
結論からいうと、記事はきわめてあいまいで、根拠にとぼしかった。
生徒会は学園がわと交渉をかさねた。
結果・・・ようやく補正予算から、
きみたちのクラブに増額分がおりることが決定したのだ。
当初の予定通り満額だぜ。
ここは・・・自重してもらえないかな?
きびしいこと言っちゃうと、
先に手を出した〈暴力に訴えた〉のは、きみのほうだ。
このことを新聞部にでも、かぎつけられてでもごらん?
非常にまずいことになる。
ねえ、きみ個人のではなく、部の主将として、
責任ある対応をしてもらいたいのだが。どうだろうか?」
智子は、自分より背の高い生徒会長を、
見あげるようなかっこうである。
こういう構図は、
日常ではめったにない。
ちょっとした威圧感をおぼえる。
相手の言うことは正論だが・・・
・・・どうもフに落ちない。
「部費増額の件と引きかえに、
盗撮犯を見のがせと?私にバーターしろと?」
「そんなことは言ってない。
今回の真相究明は、ぼくが責任をもつ」
「優希の、犬城さんの気持ちはどうなります?
被害者は私ではなく彼女なんですよ」
火鳥は、こめかみに指を二本あて、ストレスのこりをもみほぐす。
「私なら気にしてないよ」
いつのまにか近くにきていた優希が、友人の肩にやわらかく手を置いた。
「ここはマルくおさめとこう。新しいゲームウエアのためにもさ」
ようやく智子は、火鳥にむかい、ためらいがちに、うなずいてみせた。
「OK!よく決断してくれた。
犬城くん、ナイスサジェスト。
この場はぼくがあずかる。
さあ、きみたちは早く登校したまえ。
事後処理はやっておくから」
私立水晶学園高等学校。
三年C組。
智子は教室の一番後方、
校庭寄りの窓ぎわの席で、
たいくつな数学の授業を受けている。
ノートには時間つぶしの成果である、
火鳥の肖像画が、
見ひらきをつかって、
粗い線でダイナミックに描かれていた。
教室内には、猪瀬と蜂谷の姿が、廊下がわの中ほどに。
中央前列では、新聞部キャップの鹿間が、授業を受けていた。
智子は、右どなりの優希に、視線をうつす。
友人は一糸みだれぬ集中力で、
単調な授業から、要点をすくいあげ、ノートにしるしていく。
彼女のノート作りは、独特で、
黒板に書かれたことがらや、先生の言葉なりを、
そっくりそのまま、書きうつす、ということはしない。
頭のなかでそしゃくし、
濾過した結晶を、記入していくのだ。
これほど効率のいいノート作りはないだろうと・・・いつも思う。
ただし、そうとう高い能力が要求される。
智子には、とうていマネのできない、領域であった。
であればこそ、優希は、
あの火鳥と学年トップを、きそいあうことができるのだ。
友人の横顔は、
ひたいから鼻、
そしてあごにかけて、じつにみごとなラインをえがき出していた。
さらに透きとおるような白い首すじ。
同性の智子が見ても、うっとりしてしまう。
なんという造形美。
二年連続ミス水晶学園というのも素直にうなずける。
今秋の学園祭で、
三年連続の栄冠にかがやくのも、まちがいないだろう。
コツン!
頭に小さな刺激を感じた。
「月吉!」
声が、
遠くの方から聞こえる。
ハッとしてわれに返ると、
教壇からにらみつけている数学の教師のすがたが、
目にとび込んできた。
「月吉、授業に集中しなさい!」
黒板を指先でたたきながら、なおも説教はつづく。
「目をむけるべき方向は、正面の黒板だ。
それとも、なにかね?
先生は、犬城のほっぺたを使って講義をすべきかな」
クラスメイトの笑い声が、あちこちで起こった。
説教にドライブがかかりそうな気配だったが、
グッドタイミングで終了のチャイムが鳴った。
それは昼休みを知らせるうれしいしらべ。
智子は、教科書やノートなどを机の中にむぞうさに放り込むと、
バッグから、
きんちゃく入りのお弁当箱を宝物のようにとり出し、
優希に目くばせする。
以心伝心、
彼女もお弁当箱を机の上においてニッコリ。
それから、
智子の足もとをちょんちょんと指でさししめした。
そこには、ちびたチョークが落ちていた。
屈託のない笑い声をあげながら、
屋上へつづく階段をかけあがっていく。
鉄扉をあけて足をふみ入れる、
屋上はトンネルからぬけ出たようなまぶしさだ。
立ちどまり、ひたいに手をかざす優希。
まっしぐらに定位置へ走っていく智子。
日よけの真っ白なパラソルの下、
いつもの指定席の椅子に腰かけ、テーブルの上にお弁当をひろげる。
空はかぎりなく青い。
パラソルのきらめくような純白。
ブルーとホワイト、
二色のコントラストが目に鮮烈だ。
青空にむかって、お茶のミニ・ペットボトルをかかげる二人。
「かんぱーい!」
テンポよく弁当を食べていた智子の、
はしの動きがピタッと静止した。
メガネの位置を指でととのえながら、
「なんか新学期になって、教室内がはりつめている感じ。
・・・楽しくないんだなあ」
「次の試験で進路が決まるんだもの、とうぜんよ。
わが付属高校の宿命。
ここを、乗りこえてしまいさえすれば、あとは自動的に、
『いらっしゃいませ、水晶学園大学でございまーす』」
エレベーターガールのようなしぐさの優希。
「あなたの場合、部活の実績がプラスされるわけだから、
・・・赤点さえ取らなければ、問題ない」
智子ふたたび、はしを動かし始めた。
弁当のゴハンを限界まですくい上げると、
口に放り入れ、
おかずのコロッケ半分をバックリかじり取り、
両ほほを大きくふくらませ、もぐもぐ食べる。
弁当箱の容積は、
優希のものと比較して、軽く二・五倍はあるだろう。
その食べっぷりを、まのあたりにするたびに、
豪快なり!という言葉が、
優希の脳裏にそそり立つ。
まさに、胸のすくよな!である。
と同時に、
笑いもこみあげてくる。
・・・「こっけいな奴ちゃなー」
「部活の実績なんていっても、
インターハイであのていたらく。
正直、ベスト16にコマをすすめて体育推薦枠に入りたかった。
受験勉強は免除されるし」
そう言うと、コロッケの残り半分を食べる(もぐもぐ)。
「インターハイ出場なんて、
晶学創立いらいの快挙じゃないの。
ましてや、それをなしとげたチームの主将は、
体育推薦のそれも特待枠にあたいすると思う」
優希はペットのお茶をひと口コクリと飲んだ。
口を逆への字(V)にして笑顔をうかべる智子。
これは彼女が、すこぶる、ゴキゲンなしるしだ。
友人の言葉が、
プライドの井戸をひたひたとみたしてくれたのだ。
ぬけるようなはるかなる空。
ときおり吹く風がここちよい。
弁当箱の中に、
精密な設計図でも、
引かれているかのように、
はしでゴハンを、ていねいに小さく区切る。
そうしてから口にはこぶ優希。
口の中で、消化してしまうのではないかと思われるほど、
よく噛む、
何度も噛む、
とにかく噛む。
まいどのことながら、
智子には友人の一連のしぐさが、なんともおかしかった。
上品で端正であることは、
認めながらも、
こみ上げてくる笑いをこらえきれない。
・・・「とろい奴ちゃなァー」
友人のおかず入れを、首をのばすようにしてのぞきこむ。
美しく盛りつけられたサラダと、
洗練された感じの煮物、
高級であろうシャウエッセンにフルーツ&スウイ―ツ。
あんのじょう、かげも形も見あたらない。だいじなだいじな、あるものが。
「すこしは魚を食べないと栄養のバランスが悪くなるよ」
智子は自分のおかず入れをさしだして、
「ほい、食べてごらんよ。
私のサンマの竜田揚げ、あんかけとの相性も◎」
しばらくサンマとにらめっこしていた優希だが、やがて口を開いた。
「悪いけど、遠慮しとく」
そして首を左右にぷるぷる振った。
「だからひ弱なんだよ、きみは」
「心配ご無用。
不足分は数種類のサプリメントでしっかり補給してるから。
ドコサヘキエキ酸(DHA)もばっちし」
「そういう発想は正しくない。
じょうぶな身体を作るためには・・・やっぱり魚は、必要不可欠。
頭からマルごと食べるくらいじゃないとだめ。
私の意見はおかしい?
なにか異議がある?」
健康のかたまりのような、友人の正論に、
しぶしぶうなずくと、
優希は、宣誓するようなポーズで、右手を上げた。
「残念ながら、反論のよちは、ありません」
わが意をえたとばかりにうなずき、ふたたび、おかず入れをさしだす。
「じゃあ、お食べよ。ほら」
しばしのあいだ、ためらってから、サンマにはしをのばす優希。
だが、けっきょく引っこめる。
「悪いけど、遠慮しとく」
そしてもう一度、首をぷるぷる振った。
「ダメだァ、こりゃ!」
両手を大きく広げる智子。
昼食をすませ、まどろんでいると、
テーブルの上を一匹のトンボがくるり、
きれいな円をえがき出し、背後にとび去った。
二人の眠たそうな目が、無意識にトンボのゆくえを追いかける。
トンボは金網のあいだを通りぬけ、姿を消した。
その方角は、
ちょうど学園のうら手にあたり、
由緒ある役角寺(えんかくじ)が、
鎮座していた。
役角寺はその広い敷地に、
うるし塗りのどっしりした太い丸柱を、
左右に山門をかまえていた。
敷地中央に本堂、
少しはなれた東側奥に、こけむした石堂が見える。
手前の学園寄りは、檀家の墓地区画になっていた。
墓石が整然とならび、卒塔婆が立てかけてある。
そのまわりを、幾多の樹木が、
鬱蒼と生い茂り、とりかこんでいた。
本堂の真裏には役角寺を象徴するような、
たいそう樹齢を経た巨大なクスノ木が、
威容をほこっていた。
寺を遠目に眺望していると、
まるで地の底から生えているような印象をおぼえる。
場所と建物が完全に融合しているのだ。
役角寺を見おろしながら、智子が口をひらく。
「けさは、火鳥さんのおかげでたすかったと、言うべきなんだろうか?
なにかこう、うまいこと説得されちゃった気がしなくもないんだ」
「あざやかな手ぎわだったんじゃないかしら。
もし身体検査なんかして、証拠品が出てこなかったら、
たいへんな事態をまねいていたかも。
感謝すべきネ」
「蜂谷のクツ先(右足)には超小型のCCDキャメラがしこんであった。
まちがいない!私の小さな灰色の脳細胞がそうささやくんだ」
「かりにさ、かりによ、
クツ先のキャメラを発見したとしても、
イコール盗撮犯ではない。
証拠の写真なり、画像を見つけださなくては現行犯にあらず。
そこまで考慮した上での行動かな?」
「痛いネ!」智子は広いおでこをぺしんと叩く、
「残念ながら、そこまでは・・・
私の行動は、どこか、
慎重さに欠けるきらいが、あるようだね」
「でも、とってもうれしかった。
私のために、からだをはってくれたわけだから。
かっこいいよ」
友人発の笑顔のヴァイブレーションが、智子の心をくすぐった。
「へへへ、そう言われると照れちゃうなァ。
まっ、私を盗撮しようというモノ好きは、いないだろうから」
「その通り!」
「ひどい!いまのひと言、キズついた」
胸をおさえ、芝居がかったポーズで、バッタリたおれこむ。
それを見て、優希がはじけるように笑った。
突如として真顔になり、起きあがる智子。
「そうか、朝のもめごと・・・
・・・きみの予感は、またもや的中したことになるわけだ」
優希の顔から、さっと笑顔が消えた。
くちびるを引きむすぶと、だまりこくってしまった。