39 どんでん返し
「アホウ!フェイクだよ!!」
智子は、会心の笑み(V)を浮かべ、 咆哮した。
バスケットボールに、
ありったけの力を、込め、
元カレの顔面に、叩きつけた。
バウンドして、戻ってきたボールを、
キャッチするや、いなや、
首から下がっている、
お守りのヒモを、引きちぎった。
紫色のお守り袋から、
梵語で記された、
護符を、引っぱりだし、
ビリビリに破り捨てる。
紙片が、風に舞い、地面に散乱した。
「お待たせ、優希!」
「こいつは、最早、人間じゃない!」
「思うぞんぶん、やっつけちゃって!」
右手を上げ、
宙に浮かぶ親友に、
バトンを、渡した。
「サンキュー、智子!」
優希は、
カクンと、引き絞るように、
いったん、身を引いた。
つぎの瞬間、
凄ざまじいスピードで、滑空・・・・・・
火鳥に、襲いかかる。
「優希・・・」━━「無念を、晴らして・・・!」
親友を、見守る智子。
火鳥の手前で、
爆発音と共に、
目が眩むような、
大量の放電が、起こった。
視えざる、透明の厚いカベに、
はじき返されてしまった、優希・・・
彼女の身体から、
無数の火花が、
派手に、飛び散った。
「ギャー!!」
悲鳴を上げる・・・優希。
空中で、転げ回る。
美しい顔が、苦痛に、激しく、ゆがむ。
火鳥は、ダメを押すように、
優希に向けて、
火焔を、噴射した。
高温で燃焼する炎が、
優希を・・・<火だるま>・・・にする。
「現代版ジャンヌか、」
愉しそうにつぶやく、火鳥。
バサッ!
音を立て、
翼を広げきった、
鳥のように、
地上に墜ちた、優希。
地面を、転げまわって、
自己消火に、これ努める。
智子も、
アウターを使い、消火をヘルプする。
ドタバタした消火活動を、
高笑いしながら、眺めている・・・火鳥。
智子の肩を、借りて、
ようやく、立ち上がった・・・優希。
満身・・・創痍・・・
焼けた制服の、
あちこちが、破れて、
透き通るような白い肌が、
露出していた。
智子は、親友に、
自分のアウターを、提供した。
ぶじに、鎮火したところへ、
二人に、
企みをこめた、
火焔のお代わりを、プレゼントする火鳥。
銃型ノズルの先端から、
爆発するように、
炎が、噴射された。
炎のかたまりは、
彗星のようなラインを引いて、
二人に、
襲いかかる。
智子と優希は、
素速く離れ、火焔から、逃れた。
智子は右横へ、
痛手を負った優希は、
ふたたび宙へと、舞い上がった。
二人に向かって、放たれた炎は、
鹿間のノートパソコンを、焼いた。
「クソっ、やられた!」・・・「王手飛車取りか、」
舌打ちする智子。
〈それにしても・・・変だな・・・?〉
〈腑に・・・落ちない?〉
智子は、首を、かしげた。
〈どうして?〉
〈護符は、たしかに、破り捨てたはずなのに?〉
〈なぜ・・・?〉
破り捨てた、
護符の、紙片は、
落ち葉に、混じって、
裏庭に、散乱している。
もういちど、首を、かしげる智子。
〈なぜ・・・だろう?〉
火鳥は、
遥か高みから、
見おろすような、表情を向けた。
背負っていた、
放射器の、
燃料ボンベを降ろし、足もとに置いた。
その横に、長い銃型ノズルを、丁寧に、立てかける。
黒の革ジャンパーを、脱ぎ捨て、
深紅のTシャツを、引き裂いた。
そして・・・
智子に、背を、向けた。
「ああっ!?」
智子は、
頭から、
冷水を、浴びせかけられたような、気分を味わった。
火鳥の、肩甲骨の間に、
魔除けの、お呪いが、
梵語で、
護符そのままに、彫り込まれていたのだ。
「きみの目は、ふし穴だ、ト・モ・コ!」
「お守りは、一種のダミーさ。こちらが、本物!」
「ふがいない友人を持った、
犬城くんが、まっこと、気の毒でならんよ!」
「来世は、
もっと、良い友人を、選択すべきだろうな!」
「まぁ・・・もっとも、
来世なんて、
都合のいいものが・・・あれば・・・の話だが!」
火鳥は、勝ち誇ったように、笑った。
智子は、
涙と唾を噴き上げて、
拳を振り回しながら、
地面を、
持ち前の健脚で、
力いっぱい、蹴りとばした。
「ちくしょう!・・・ちっくしょう!」
「てェんめえー、火鳥ーッ!ぶっ殺してやる!!」
火鳥は、
ゴーグルに指を当てて、
正しい位置に、微調整をした。
「いいぞ・・・月吉智子!」
「きみの、その、闘争本能を、
ムキ出しにした顔は、
震えが来るほど・・・ぼくを・・・シビれさせる!」
「食べ物だって、
歯ごたえがあった方が、旨い!」
「それでこそ、殺しがいが、あるってもんだ!」
「優希のように、
赤い涙を、流して、死んでいくがいい!」
「いいや、
炭化しながら・・・黒い涙を、流してもらおうか!」
火鳥は、
ボンベを、足もとに置いたまま、
コックを回して、
燃料バルブを、全開に、もっていく。
自身の手で、
放射器に改造を、施したのも、
この瞬間の・・・為、だった。
火力を、最大限に、引き上げ、
獲物を、
瞬く間に、丸焼きにする、算段であった。
智子の血圧が急上昇し、
顔面は、蒼白となった・・・
〈やばい!形成不利・・・〉
〈ここは・・・ひとまず・・・退避だ・・・!〉
智子は、
ボールを、
左脇に抱え、
くるりとターンして・・・退却ダッシュ。
すべて、お見通しの火鳥。
即行で、
足元に転がっていた、
テニスボール大の、石ころを、ひろい上げた。
サディスティックな顔つきで、
投げつける。
獲物の、
右足のアキレス腱に、
ガキン!
命中した!
バランスを崩した智子は、
まわれ右を、するようにして、尻もちをついた。
すかさず、もう一投!
今度は、
小石だったが、
智子の広いおデコを、痛打した。
目から、火が出る!
ジーンとしびれ、涙がこぼれた。
おデコが、裂けて、出血している。
「言ったはずだ、智子!
ぼくは、コントロール抜群のピッチャーだったと!」
振りかぶると、もう一投。
小石が、
正確にコントロールされ、顔に向かってくる。
バスケットボールを、盾にして、防ぎょする。
・・・すんでのところで、危機を、逃れた。
容赦なく、次の一投が、放たれる。
再び、ボールで、顔を、ディフェンスする。
石つぶては、ドロップして、
智子の、左手の甲に、
命中した。
骨まで、痛かった・・・
しかし、必死にこらえ、
ボールだけは、手離さなかった。
智子の身体が、
高熱を発したように、ガタガタ震える。
手も足も出ない・・・絶望感。
涙が・・・ポロポロ・・・頬を・・・伝う。
〈追いつめられてしまった!〉
〈仕留められてしまう!〉
〈こんどこそ・・・殺られる!〉
空中にいる、友人を、見上げる。
〈優希・・・ゴメン・・・これが・・・私の限界・・・〉
〈情けないけど・・・身も心も・・・カチンコチン!〉
ある願いを込めて、
智子を、上から、見守っている・・・優希。
火鳥が、
放射器の銃型ノズルを、手に取った。
射出の構えに・・・入る。
「フフフ、いい子だ。
なんのてらいも、
気取りもない、
純粋な、表情。
究極だね!
最高の、ご馳走さ!!」
狙いを、定め、
ゆっくり・・・トリガーに・・・指を、かける。
智子が、ヴォリュームを最大にして、
本堂に向かって、
死に物狂いで、叫んだ!
「お願ーい!誰かー!」
「誰かー、助けてー!」
「警察を・・・呼んでー!」
「警察を・・・呼んで・・・くださーい!!」
火鳥は、
人差し指を、
メトロノームのように、左右に、動かし、
チッチッチ!と、舌打ちをした。
「月吉くーん、
みっともない真似は、およしよ!
興醒めするじゃないか・・・」
「家人や使用人は、あいにく、留守にしている。
古くから付き合いのある、
檀家・・・〈旧家〉・・・の法要で、
地方へ、総出しているのさ」
「ここは、周囲から、孤立した場所だし、
親切なご近所さんが、ヘルプに来てくれるなんて、
幻想など、棄て去ることだ!」
「いまの時代、
自分の利益や安全を、
最優先させる、哀れなブタばかりだからねぇ!」
「君のように、人様のために、事を起こす、
勇気のある人物など、
皆無といっていいだろう・・・
お気の毒さま・・・でした!」
火鳥は、憐れみを交えて、
訓戒を垂れた。
「・・・・・・」
智子は、押し黙ってしまった。
残された、乏しい手段は、
ボールを盾にして、身を守るだけ。
バスケットボール一個の・・・徒手空拳・・・
万事休す・・・
アドレナリン・・・ゼロ・・・
いま一度、
絶望の表情で、
宙に浮かぶ、優希を・・・見る。
目が合うと、
優希が、口を、開いた。
「智子ォー!」
「“ブレイクオンスルー!!”」
「私たちの夏は、まだ、終わっていない!!!」
華奢なコブシを、ぐっと、突き出した。
智子の頭の中で、
<なにか>
が、
はじけ飛んだ。
〈なるほど☆・・・そういうことか☆〉
空っぽだった、
勇気のタンクに、
脳内麻薬が、たっぷり、送りこまれる。
身体の、ムダな力が、急激に、抜けた。
極度の緊張から、解放され、
頭脳が、生き生きと、活動を始める。
〈ラジャー、優希!〉
〈“トゥ・ジ・アザーサイド”だ!!〉
〈特等席で、とくと、ご覧あれ!!!〉
死刑執行のトリガーを、
絞るように、
引き切った・・・火鳥!
耳をつんざく、爆発音と、共に、
いままでとは、比較にならない、
巨大な炎のかたまりが、
智子に、襲いかかる。
「ムムムムム・・・喰らえ・・・死神・・・人でなし!!」
智子は、
持てる力を、振りしぼって、
バスケットボールに、
渾身の力で、逆スピンをかけ、
炎に向かって・・・投げつけた。
強大な、
灼熱のかたまりと、
ボールが、
正面衝突した!
大量の燃料が、
注ぎ込まれた火焔は、
さながら・・・
小さな太陽!
逆回転して、
浮き上がろうとする、
力強いボールの、勢いを、
押し返すパワーを、有していた。
トリガーをマックスのまま、
絞りっ放しの、火鳥。
炎とボールの、烈しい、せめぎ合い。
逆スピンで回転するボールの表面を、
膨大な、エネルギー量の、
火焔が、
ジリジリと、まんべんなく、焼いていく。
「伏せてーっ!」━━「智子ォーっ!!」
優希が、可憐な声で、叫んだ。
「わかってるって!」
智子は、地面に、ガバッ!と、伏せた。
火焔は、
ボールの表面を、焼き尽くし、
えぐるように、内部へ、到達した。
瞬間、
ボールが円盤のように、ひしゃげ、
直後、
通常の大きさの、
三倍以上に、膨張した。
一瞬の空白・・・のあと、
途方もない、
爆音を上げ、
大爆発が、起こった。
ドッカーン!!
ドカン!ドカン!ドカン!
連続して、炸裂音が、上がる。
いく筋もの、
色とりどりの火花、
火線、
火柱が、
役角寺裏庭の夜空に、
盛大に、舞い上がった。
目の眩むような、絢爛たる、光景!
光の尾を引いた、
火花のひとつが、
火鳥の顔を、めがけて、襲いかかってきた。
常人離れした、
反射神経で、
背を向け、とっさに、かわした・・・火鳥。
間髪を入れずに、
後続する、一筋の火柱が、
神速イレギュラーで、飛んできて、
火鳥の、
肩甲骨のあいだに・・・着弾した。
炎は、
あっという間に、
魔除けの、
彫り物━〈梵語〉━を、焼きつくした。
「グゥワァァーっ!」
火鳥は、
スローモーションのような、
動作で、
ナイトゴーグルを外しながら・・・
智子の方に、ゆっくりと、正対した。
火鳥の顔に、
常態として、浮かんでいる、
冷静で、自信にあふれた、表情に、
透明な・・・縦一本の・・・亀裂が・・・生じた。
内側から、
顕われた・・・もう一つの・・・顔・・・
そこには、
表情というものが・・・まったく・・・無かった。
バッ!と、立ち上がった智子が、
指揮者のように、
手を上げ、友人に、声をかける。
「優希・・・!」
「今度こそ、今度こそ・・・無念を・・・晴らして!!」
夜空を埋め尽くすように、
輝き、
舞う、
花火の光幕を、
背景に、
優希は、コクリと、うなずいた。
彩り鮮やかな、
火花の大瀑布を、
滑るようににして、
智子のアウターを着た、
優希が、
煌きを発しながら、
白鳥のように、
なめらかに、
急降下していく。
思わず、息を呑む、智子。
「なんて・・・雅な・・・!
この世の光景とは・・・思えない・・・!
現実を、
果てしなく、
超越している!
「コレが、
・・・ニルヴァーナ<涅槃>・・・といわれるモノなのかしら?
「異常なまでに・・・キ・レ・イ!!」
優希が、
スッ!と、姿を消した。
瞬間移動し、
ふたたび、姿を、現す。
急降下しながら、
火鳥の、両足首を、
背後から、つかむと、
地中に、
引きずり込むように、
さらに、
降下していく。
地中深くへ、潜行していった・・・
はるか・・・
奈落の底まで・・・まっしぐらに。
火鳥は、
あっという間に、
こと切れた。
心臓は停止、
呼吸もストップ、
意識は、暗闇に、吸いこまれ、
生命体としての、
役割を、
完全に・・・終えた。
智子は、飽くことなく、
花火の乱舞を、見つめていた。
「ああ、終わっていく・・・優希と私の、夏・・・」
「恒例の・・・花火大会・・・」
猛烈に暑かった、今年の夏が、よみがえる。
同時に、
優希との思い出の数々も。
「もう一度・・・優希に」━━「もう一度・・・逢いたい」
ジャストタイミングで、
優希が、姿を見せた。
アイキャッチするふたり。
「お疲れ、智子。
どう・・・?おデコと、足首の具合は・・・
手の甲もよね・・・痛む?」
「だいじょうぶ。いまだ、興奮覚めやらずさ。
優希の方こそ、ヤケドの具合は?」
「かろうじて・・・」
微笑する優希。
優希が、右手を、差し出した。
ひんやりとした友人の手を、握りしめる、智子。
二人っきりで、顔を合わせるのは、
本当に、久しぶりだ。
智子には、
言いたいこと、
ききたいことが、
余りにも、
数多くあり過ぎて、
かえって言葉がでてこない。
夜空には、
かすかな、光の帯を引き、
消え入るような音を立て、
花火が、舞い踊っていた。
「さすがは・・・優希だ!」
智子は、顔を輝かせて、言葉を発した。
「バスケットボールの中に、
大量の花火を、仕込んでおいたんだね!」
「どーりで、ボールに、違和感があったワケだよ!」
まるで、舞台上における、
ナイト・・・〈騎士〉・・・のように、
片足を、一歩引き
右手を、胸の辺りで、
90度に折り曲げ、
恭しく、挨拶を、してみせる・・・優希。
「ウフフ、なかなか華麗な演出だったでしょう?
主演の智子も・・・上出来でした」
「ところで、敵役の、火鳥さんは?」
「・・・長い・・・眠りに・・・ついた・・・」
目をふせる優希。
彼女が指さした、方角を見る、智子。
クスノ木の手前の土が、
小丘のように、
こんもり盛りあがっていた。
その上には、
火焔放射器の銃型ノズルと、
ボンベが、
墓石のように、
土中に、突き刺さっていた。
「しっかし・・・おっろしく・・・
・・・手ごわい相手だったね!」
智子は、
バトルを、ありありと思い浮かべながら、言った。
「けど、しょせんは、学年・・・ナンバー2」
「ザマぁ見ろ・・・ペッ!」
優希が、ツバを、吐いた。
珍しい!
優希が、生の感情を、露にした。
こういう彼女を、もっともっと、見たかった。
今までの優希は、
負の感情を、抑制させすぎた、
自分の内部で、あまりに上手く、均し過ぎていた。
生々しくっていいんだよ・・・ときにはさ!
「うちら、最強のタッグだよね!」
コブシを突き出す、智子。
「もちろん!」
優希も、
華奢なコブシをさし出し、グータッチをおこなった。




