38 VS火鳥
火鳥は、
心地よい眠りから、
覚めるように、ゆっくりと、まぶたを開いた。
それから、とてもおだやかに、言葉を、発した。
「やあ、智子」
「気やすく、名前を呼ばないで!
・・・ムシズが・・・走るから!」
智子は、キッパリ言った。
腕組みをとき、軽く、肩をすくめる火鳥。
「ひとつ、あなたに問いたい!」━━「なぜ、優希を、あんな・・・」
かぶせるように、火鳥が、言い放つ。
「たまたまさ!犬城優希がいて、ぼくがいた!
ただ・・・それだけのことだ!
誤解のしようもないだろうが、この際、言っておく。
彼女の死は、アクシデントなんかでは・・・ない。
ハナっから、殺すつもりだった。
意味などない・・・
ただ、殺したかったから・・・殺した!
動画を録ったのはオマケだ。
あとでリピートして、興奮を呼び覚ますための、
いわば・・・媚薬みたいな・・・もんさ!」
「・・・・・・」
「月吉くん!ぼくは、ある時・・・
自分の歩むべき人生を・・・〈未来を〉・・・視てしまったんだ。
ディテールまで、詳細に。
成功して、町の名士となり、そこそこの人生を送る。
一般のレヴェルでいえば、悪くないんだろうな。
しかし、そんなのは・・・ゴメンだ!
追体験の人生に、意義などない!
ぼくは、オリジナルな人生を、生きる!
ノンドラッグ・ノンアルコール!
触媒なし!
なんの助けも、借りずにだ!」
「だまらっしゃい!!
くだらないゴタクなど、聞きたくない!
「自首しなさい!
「あなたは、心を病んでいるのよ・・・それも・・・そうとう重度に・・・!
「若いのだから、入院して、辛抱強く治療すれば・・・やり直しは、きくはず!
「悪事は、いつか、必ず・・・バレる!
「ムダな抵抗はやめて、一緒に、警察へ行きましょう!」
智子は、スマートフォンの動画を、起動させた。
優希を殺害する、
火鳥の冷酷な姿が、モニターに映し出された。
「完全版の映像と、
事件の詳細をつづった、鹿間の文章、
動かぬ証拠が、このPCの中に、すべて・・・メモリーされている」
スマートフォンを、ポケットに滑らせ、
鹿間の、ノートパソコンを、頭上高く、掲げる。
「もう逃げられないのよ!・・・あなたは!・・・火鳥翔!」
ニヤリとする火鳥。
それから、大声を上げて、笑った。
この世に、
生を受けて以来の、
最高のジョークを、
聞かされたみたいに。
いつまでも、いつまでも、笑い続けた。
智子は、冷や汗をかいた。
映画やドラマのクライマックスに、
悪役が、
主人公を、前にして、
高らかと、
笑い上げる、場面がある。
なんと、ワンパターンなことよ・・・とバカにしていた。
しかし、
その意味が、
いまの瞬間、真に、理解できた。
優越感なのだ。
火鳥の笑いには、
ひとかけらの、コンプレックスも、存在しない。
いわば、全能者の笑いだ。
しかも、智子が直面しているのは、
フィクションではなく・・・まぎれもない・・・現実。
痛みどころか・・・死と・・・隣りあわせ!
ここに至って、
ようやく・・・
火鳥の正体が・・・つかめた気がした。
狂人とは、一線を画す、存在。
現実を・・・
・・・<法律や倫理や秩序を>・・・
・・・<もっといえば、生や死をも>・・・
超越しているのだ!
死刑になっても、
たぶん、
ビクともしないに違いない!
弱虫にありがちな、
頭でっかちの理論武装ではなく・・・
火鳥は、
超人哲学を、体現し、得ていた!
〈・・・手ごわい・・・相手だぞ・・・これは・・・〉
ひとしきり、笑い終えた火鳥は、
思い出したように、言いそえた。
「あのとき、クスノ木のそばで、
ぼくのマジックが、成功していたら、きみは終わっていた。
「石堂に運び、
生きたまま、バラバラにしてやるつもりだった・・・
・・・もちろん、麻酔なしでね・・・(ウインクする火鳥)
「優希を、葬った、あの場所で・・・
「きみは・・・運が・・・強いんだなぁ・・・!
まあ、いいさ!・・・これから、元気いっぱいの、きみを殺す!
かなり・・・苦しむことになるだろうなァ・・・ト・モ・コ!!」
「火鳥翔!!」
絶叫する智子。
「私の皮膚を、全部剥いで、
頭の中から、脳みそを、取り出して、
あなたの感触や、
記憶のシミを、ひとつ残らず、洗い流して、消し去りたい!」
いい終えると、地面にツバを吐いた・・・ ・・・「ペッ!」
「フフフ、そうこなくっちゃな!
月吉くんらしくない!
甘い記憶に引きずられ、
ためらいまじりに、かかってこられても、困るのさ。
つまらないもんなあ、そんなんじゃあ。
生命力に、満ちあふれたきみを、
ぼくは、丸ごと殺す。
まずは・・・オードブルから、取りかかるとしよう」
火鳥は、
目にも、止まらぬ、速さで、
クスノ木の、裏手に、回りこんだ。
鹿間を、
盾にして、すぐさま、姿をあらわした。
猿ぐつわを、咬まされ、
手足を、縛られた、鹿間を、
背後から、勢いよく、蹴りとばす。
鹿間は、
ピョンピョン跳ねるようにして、
ちょうど・・・
智子と、火鳥の、
中間に、
よろめきながら、倒れこんだ。
智子が、駆け寄ろうと、
アクションを起こしかけた、そのとき・・・
ドン!
・・・抜けるような音が・・・した。
すると、
突然、
周囲が、昼間のように、明るくなった。
炎のかたまりが、鹿間に、襲いかかる!
驚き!
とっさに、
炎の出所をさぐる、智子。
ナイト・ゴーグルをかけた火鳥が、
火焔を、放射していた。
ボンベを背負っていた。
ボンベから、
金属製の、自在ホースが伸び、
ショットガンを思わせる、銃型のノズルに、
接続されていた。
〈ガスボンベではなく・・・〉
〈火炎放射器の、燃料ボンベだったのか!〉
智子の全身に、鳥肌が、バリ立った!
火焔は、鹿間の表面を、ほぼ焼きつくした。
火ぶくれした皮膚が、めくりあがり、
炎が、舐めるように、
皮膚の奥の、脂肪や、肉を、焼いていく。
異様な臭気が、鼻をつく。
ぼう然と立ちつくす・・・智子。
火鳥は革ジャンパーの内ポケットから、
<お守り袋>
をひっぱり出し、
胸もとに、垂らした。
一歩、あとずさる智子。
火鳥の視線が、
まるく、大きな月を、とらえる。
「そろそろ、主賓の、お出ましのようだ!」
地上すれすれに、ポッカリ浮かんだ、
巨大な満月の、
中心部から、
全身に、月光を浴びた、
人影が、現われた。
水晶学園の制服を、身に着け、
蒼白い顔をした、
犬城優希・・・その人・・・である。
火鳥は、
自分のスマートフォンを見ながら、言った。
「果たし状まで、
メール送信されて来るとはねェ!
時代は・・・21世紀なり・・・か!」
「優希・・・優希・・・」
智子の目から、
ひとすじの涙が、伝い、落ちた。
嬉しさと不安、
後悔と期待、
さまざまな感情が、綯いまぜになって、友人の名を・・・呼んだ。
「文字どおり、飛んで火に入る・・・なんとやらだ!」
不敵な笑いの火鳥。
優希の、円らな、二つの瞳が、
ピントをしぼり、
一点に、
照準を、合わせていた。
<護符の入った、お守り>へ・・・と。
智子は、自分が必要とされている理由を・・・
たったいま・・・101パーセント・・・理解した。
<わたしって・・・なんて・・・うかつな奴・・・なんだろう!>
<親友の行動の・・・底にある意味を・・洞察できなかった!>
<火鳥の、お守りのせいで・・・優希は・・・思いを、遂げらずにいたのだ!>
<彼女の・・・不可解な行動は・・・
・・・あの・・・お守りのなせる・・・ワザ・・・であったのだ!>
クスノ木に、寄りかかり、
お守りを、もてあそんでいる火鳥。
彼の手が・・・
<自らの手で、改造を施した>
・・・火焔放射器の、
銃型ノズルへと、なめらかに移行する。
トリガー・・・〈引き金〉に・・・指先が、かかった。
一陣の風が、舞う。
時が、引き伸ばされたように、
ゆっくり、
宙に、浮き上がる、優希。
長い黒髪が、風に、たゆとう。
両方の手のひらに、
異常なまでの、
汗をかいている、智子。
彼女は、以心伝心で、
優希発の、
無言の言葉を、感得していた。
親友の期待に、こたえたいのは、やまやまだったが、
まず、その前に、人の倫理として、
最低限、やっておくべきことがある。
「火鳥さん、聞いてください!これが、最後通告です!」
「悔い改めて、自首して下さい」
「お願いだから・・・・・・〈一度は、愛した・・・男性である〉!」
ノートPCを、掲げながら、言った。
元カノの、切ない言葉に、
火鳥は、
こうべを、垂れた。
それから、顔を上げると・・・
心底、
嬉しそうな表情を、して見せた。
その直後・・・
ためらうことなく、
トリガーを、
ガッ!と、
引いた。
ズッドーン!!
夜を、切り裂くように、
炎のかたまりが、
まっしぐらに、襲いかかってくる。
巨大な、火の玉が、
〈火焔を、受ける側からすると〉
ぶっ飛んでくるような、印象だった。
智子の身体は、
考える前に、
敏捷に、反応!
左へ、空中側転し、かわした。
ひるがえった制服のスカートを、
わずかに、かすめた炎。
ミリ秒後に、
ケムリと炎が、ポッ!と立ちのぼった。
炎を、両手で、パタパタはたいて、消す。
ゾクゾクするモノが、こみ上げてくる。
あまりに、予想を裏切らない展開に、
笑みすら、こぼれてしまう。
〈火鳥は、あくまで、やる気なのだ!〉
「よーしゃ!」
智子は、ターゲットに、目をすえた。
護符の入ったお守り。
ノートPCを、足もとに、そっと、置く。
キリキリ表情を引き締めると、
彼女は、スカートのポケットから、
黒薔薇を、引っぱり出して、
火鳥に向かって・・・放り投げた。
ふたりの、中間地点に、
<鹿間の焼死体の上>へ、ポトリと落ちた。
バトル受諾の、合図であった!
黒薔薇は、熱により、一瞬にして、萎れた。
火鳥は、二本指で、
敬意を込めて、
バトル相手の、
智子へ向け、礼を、返す。
ついに・・・
戦闘開始の、火ぶたが、切って落とされた!
智子と火鳥・・・
互いが、有利な場を、位置取りをしようと、
黒薔薇を、
中心点にして、
時計回りに、
円を描きながら・・・疾走・・・する。
位置取りを終えた火鳥は、
景気づけに、
宙空に止どまる優希に、
火焔を、見舞った。
空気を、噛み裂き、
45度直線で、放射されていく、炎。
照明を、当てたように、
周りが、
一瞬、
明るく、照らし出される。
優希は、
炎を、
紙一重で、見切り、
フィギュアースケーターのように、
優雅に、
宙を、
智子の側に、
滑るように、移動して・・・かわした。
再び、
智子と火鳥の、
二等辺三角形の頂点へと、
空中の銀盤を、
同じ軌道で、滑り、戻って来た。
往復する流星のような、
彼女の動き・・・それは、
まさに・・・月光のドライヴ・・・だった。
「ナイス・ディフェンス、優希!」
智子のエールに、
ピースサインでこたえる、
元ミス・水晶学園。
落ち着きはらって、
70程度の心拍数を、
維持している火鳥。
向かい合って、
5メートル弱の距離に・・・智子。
ふたりの中間地点、
上空<二等辺三角形の頂点>に、
優希が、浮かんでいる。
相手の、出方を、うかがう智子。
うかつに、手は出せない。
ひとつのミスが、
失点ではなく、
そのまま、死に、直結するのだ。
これは・・・ゲームではない。
研ぎ澄まされた集中力で、タイミングをはかる。
不安が、背中に、ベッタリはりついていた。
彼女の心拍数は、すでに、160を超えていた。
間合いが、極端に、長くなる。
時間の観念が、変容してしまうほどに。
仕掛けたくとも、
キッカケが、つかめない。
ギリギリ感の漂う・・・智子。
片や、余裕しゃくしゃくの火鳥。
ふたりの様子を、宙空から、見守る優希。
どちらが、先に、仕掛けるか・・・
先に、動いた方が、負ける・・・
智子の、勝負勘が、そう囁く・・・
先に、
動いたのは、
意外や、優希だった。
宙を、カキッと、移動。
友人の、真上あたりで、ピタッと止まった。
「ヘイ、智子!」
優希の、呼びかけに、
火鳥の方に、注意を、残しつつ、
慎重、細心に、反応した。
「ハッ!?」
智子のリアクション。
優希は、バスケットボールを、持っていた。
そのボールには、集合サインが入っていた。
都大会優勝の、記念品だった。
ボールが、優希の手を、離れた。
落下したボールが、
智子の目の前で、大きくバウンドする。
タイミングを、慎重にはかり、
ひょいとタッチ、
手もとに、引き寄せた。
ドリブルを、開始する。
めざすは、護符の入った、お守り。
オフェンスは、ディフェンスより、得意だ!
久しぶりの、ボールの感触。
ここのところ、
練習をさぼっていたせいだろうか、違和感があった。
ボールが、つき立ての、お餅のように、
手に吸いついてくる、あのステキな感じが、消えていた。
ボールが、ダダをこねている。
ムズがって、心を開くまいとしている。
根を張って、重い感じ。
まるで、智子を、拒絶しているか、のようだ。
ボールって・・・なんと・・・正直なんだろう。
右手、
続いて、左手と、
交互に、バウンドさせ、ドリブルする。
火鳥は、
バスケ部の主将めがけ、
一分の狂いもなく、火焔を放った。
正確にコントロールされ、飛んでくる、
生きモノのような、炎のかたまり。
素晴らしい反射神経と、
頑健な肉体が、ひとつになり、
鮮やかに、火焔を、かわす。
ムダのない、
力強く、速い、動き。
ドリブルをしながら、
火鳥との距離を、少しずつ、縮めていく。
接近すれば、その分だけ、
リスクを、負うことになるが、かまいやしない。
危険なくして・・・成果なしだ。
この、紙一重の状態は、
ひりひりするほど、生きている実感を、与えてくれる。
火中の栗を、拾うという、
ちょっぴり、秋めいたスリルも、味わえるではないか。
一方、火鳥は、
マシーンのように、冷静沈着だ。
火焔のムダ撃ちは、極力、控えた。
彼は・・・
骨の髄まで、知っていたのだ。
勝負事には、
バランスの崩れる瞬間が、
必ずや、おとずれるということを。
その一瞬を、
制する者が、勝利者となる。
だが・・・冷静きわまりない、
火鳥の精神を・・・乱すほどに、
智子の動きには、
予測を、超えた、閃きがあった。
火鳥が、二手、三手、
あるいは、もっと先まで、
読みを、入れ、
火焔を、噴射する。
しかし、
彼女は、それを乗り越える、
反射神経、
運動能力を、しめすのだ。
これには、さすがの火鳥も、舌を巻いた。
まさか、これほどとは、思わなかった。
だが、逆に、
これくらいは、やってくれなければ、
潰しがいが、ないともいえる。
火鳥の中で、
サディスティックな黒い欲望が、
増幅されていく・・・ ・・・「制圧してやる!」
無重力トランス状態の、智子。
意識とは、
べつの次元で、身体が勝手に、動いていた。
178センチの肉体が、
自在に、動きまわり、
火鳥の、高度な計算が、入った、
射出を、
間一髪で、見切り、かわしていった。
火鳥との距離は、2メートル強まで、接近した。
対峙する、ふたり。
たがいの、内面から、
発せられる、
膨大な量の、エネルギーが、
らせんの渦を、描く。
時間の流れが、圧縮され、デフォルメされる。
そして、とうとう、
バランスの崩れるときが、やってきた。
ジャンプして火焔をかわした・・・
直後の、
着地の・・・とき、
智子が、
小石に、蹴つまづいた・・・
その瞬間・・・
智子の身体が、
火鳥に向かって、
左に・・・流れ・・・た。
「あっ!」・・・「い・け・な・い!」
声を上げる、宙空の、優希。
火鳥の、目が、爛爛と光る。
「もらった!!」
火鳥の口もとの、
片一方が、
極度なまでに、吊り上がった!
生を、断ち切るせつなの・・・死神の・・・笑い!
智子が、バランスを、もどす・・・
その動きを・・・光速で・・・立体イメージ化する。
火鳥の脳内で、
彼女の未来の動きが、
組写真のように、
分析され、計測されてゆく。
予測されうる、智子の動きと、
火焔の交差する一点が、
・・・導き・・・出された!
トリガーが、引かれる!
動きを、読み切った、
死の火焔が、
智子めがけ、
噴射された。
正確無比な、炎の、軌道。
智子の身体は、
左に、流れたまま・・・
・・・〈バランスを崩したまま〉・・・
加速した。
火鳥の、視界から・・・消える。
直後、
魔術師のように、
火鳥の、すぐ目の前に、現出した。
相手の盲点を突く、俊敏で、トリッキーな動きだった。
ショックを・・・受ける・・・死神!!
「アホウ!フェイクだよ!!」
会心の笑み(V)を浮かべ、咆哮する智子。
驚異の身体能力を、駆使して、
智子が、
自身の土壇場で、仕掛けた、フェイク〈引っかけ〉だった!




