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ブレイクオンスルー  作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
36/40

36 「二つの部屋」の問題

 ちあわせ場所ばしょの、

 不忍しのばずいけへ行くと、すでに火鳥ひどりは待っていた。


 

 彼は、いつも、約束やくそくの時間よりまえにやってきた。

 こういうこまかいてん好感度こうかんどげる。


 智子の中で確実かくじつに、

 プラスポイントがチャージされていった。

 

 しボートに乗る二人。

 火鳥が手なれたようすでオールをこぐ。

 ボートは水面をすべるようにすすんでいく。

 

 智子は、カレシに、スマホのキャメラをける。

 数回すうかいシャッターを切った。

 クスクスと笑い、ったばかりのしゃメを見せる。


「うむ。まずまずのがりだな。

なんせ・・・被写体ひしゃたいがいいから」


「わぁー、しょってるーっ!」

 火鳥をゆびさして智子が言った。


 それではと スマホを操作そうさし べつの画像がぞうを見せた。


「では、この写真はどう?」

 いたずらっぽい笑みを浮かべ、

 相手の反応はんのうを待つ。


 鹿間しかまのメールに添付てんぷされていた写真だ。


「ほーう。構図こうずといい、

被写体ひしゃたいに対するセンスといい、

なかなか見どころがあるぞ」

 火鳥はくばせで、

〈彼女の了解りょうかいをえると〉

 スマホを手にとって、

 画像がぞうをじっくりながめる。


子供こどもころから変わっていないな、きみは。

ありあまるほど元気げんき屈託くったくがない」


「それって・・・進歩しんぽがないってこと?」

 

 彼女のつっこみに、

「まいったなー」

 と苦笑くしょうする火鳥。


 同時進行どうじしんこうで、

 彼のひだり(ゆび)が、

 スマホのタッチパネルをスクロールした。


 冷静れいせいな、

 もう片一方かたいっぽうが、

 モニターを、凝視ぎょうししている。


 少しばかり・・・が・・・あいた。


「それはマズイッ!」

 キビシイ声が、智子から、はっせられた。

「プライバシーには・・・ふみまないで!!」

 

 火鳥は、ひどくバツのわるい顔をした。

 しぶしぶ・・・スマホを・・・かえしてよこす。


「すまない・・・

きみが、誰かほかの男性と、

メールをわしてると思うと、が気でなくってさ・・・

僕には・・・わかるんだ・・・

この写真は、

あきらかに、

異性いせい視点してんによって写されている・・・と」

  

 少年のように しょげかえる火鳥。


 そんなカレシに、智子は、ウルウルしてしまう。


心配しんぱいしなくても・・・大丈夫だいじょうぶだよ。

私は・・・しょうのことしか、考えていないから・・・」

 はげますように、火鳥の手をにぎりしめた。


「それをいて安心あんしんした。

ぼくもおなじ気持ちだよ、月吉つきよしくん」


「ト・モ・コって呼んで!」・・・「せいではなく、名前なまえで、」

 

 彼女の言葉にうなずいて、

 火鳥がためらいがちに言った。

「・ト・モ・コ・」


「ああ・・・しょう♡」

 智子はカレシの肩に広いおデコを乗せた。

 

 水鳥みずどりがパタパタと羽音はおとを立ててびたった。

 小さな波紋はもんいけ水面みなもにえがき出される。

 


 鹿間しかまは、

 ノートパソコンのキーボードをたたくのをやめた。


 じりじりして、

 PCに接続せつぞくさせたスマートフォンを、

 テーブルのうえから、りあげる。

 

 時刻じこくは午後八時を、まわっていた。

 数十通のメールを、

 着信ちゃくしんしていたが、

 ほとんどは、新聞部からのモノだった。


 かんじんの、智子からのものは・・・なかった。

 ねんのため、

 智子のバスケット仲間なかまにもメールを、れてみる。


 鹿間のいる、この喫茶きっさてんは、

 新聞しんぶん部員ぶいんのたまり場になっているスペースである。

 

 日暮里にっぽりは、

 谷中やなかの、

 閑静かんせいな場所に、

 西洋風せいようふうのレトロなみせをかまえていた。


 コーヒーと薬膳やくぜんカレーが、

 この店の<り>で、いちど口にするとやみつきになる。


 郷愁きょうしゅうさそうような、

 昭和しょうわ初期しょきのポスターがられ、

 ゼンマイしきのハト時計どけいが、

 をゆらし、時をきざんでいる。


 鹿間は、開店直後かいてんちょくごに、

 いつもとは、別の個室こしつに入った。

 新聞部員と、顔を合わせたくなかったのだ。

 

 引きこもりの原因げんいんなどを、

 質問しつもんめにされるのはゴメンだった。

 新聞しんぶん部員ぶいん特有とくゆう資質ししつで、

 とにかく、詮索せんさくきなのである。


 その、

 さいたるものが、

 自分じぶんであることも、

 鹿間しかまは、承知しょうちしていた。


 マスターのれてくれたこだわりのコーヒーを飲み、

 智子の訪問ほうもんを、

 もしくは、彼女からのメールを待っていた。

 

 彼女に、

優希ゆき暴行ぼうこう事件じけん

 の真相しんそうちあけたら、

 キッパリ自首じしゅしようと決めていた。

 

 四杯目のコーヒーを、おわりし、

 ひとさしゆびでテーブルをコツコツたたく。

 

 鹿間はさっきから、

 臆病風おくびょうかぜとは別種べっしゅの、

 硫黄色いおういろの、

 おも息苦いきぐるしいかぜを感じていた。

 

 凶事きょうじちかしをげる・・・

 ・・・そんな印象いんしょうの風だった。

 

 憔悴しょうすいする気持ちを、

 意志いしちから圧縮あっしゅくさえこむ。

 

 鹿間は、

「よっしゃ!」・・・と、

 気合きあいを入れ、

 必殺ひっさつのメールを送信そうしんした。

 

 

 

 ダーツ喫茶きっさでコーヒーをおわりする智子。

 ボートあそびのあと、

 火鳥のさそいでやってきたのだ。


 カレシはダーツで、

 素晴らしい腕前うでまえ披露ひろうして、

 智子を感心かんしんさせた。


「これでも、ぼくは子供のころ

準硬式じゅんこうしきでピッチャーをやっていたんだぜ。

コントロールだけには・・・いささか自信じしんがある」

 

 ダーツはつチャレンジの智子。

 最初のうちは、

 まと中心ちゅうしんたらず、

 ねらいをハズしてばかりで、

 苦戦くせんをしいられたが、

 しだいにコツを飲みこみ、

 短時間たんじかんでめきめきうでをあげた。

 

 こんどは、火鳥のほう感心かんしんするばんだった。


 智子のスマートフォンが、

 ヴァイブレーションを起こし、

 あらたなメールの着信を知らせていた。


 コーヒーカップを持って、

 テーブル席へ移動いどうする。

 

 席にくと、火鳥は、

 この店のおススメである、

 ホットドッグを二個注文ちゅうもんした。


 会話かいわのとき、

 無意識むいしきにメガネのフレームにをやる、

 智子のクセは、

 コンタクトレンズにえた現在げんざいでも、

 健在けんざいで、

 ときおり顔を見せ・・・火鳥を笑わせた。


 フォローするべく、彼は、

 彼女のピアスに目をやり、

 さりげなく彼女の趣味の良さをめる。

 こういうときの火鳥は、

 じつに良いナチュラルカーブを、げる。

 のミットにふわっとおさまるのだ。

 ・・・ナイス・ストライク!


 智子(はつ)のビンビンするような、

 ねっ視線しせんを、けている火鳥。

 彼は、

 セカンドバッグから、

 カードをひとくみ取り出すと、お得意とくいのマジックをはじめた。


 そのようすをジッと見つめている智子。

 ・・・彼女はおもう・・・


 火鳥の辞書じしょには、

ひと退屈たいくつさせる』という、 

 言葉ことばいにちがいない。

 

 相手あいての注意をそらすコトがないのだ。

 話題わだい豊富ほうふで、

 ついつい、まれるようにってしまう。

 そういえば、

 生徒会長に立候補りっこうほしたときの、

 演説えんぜつもバツグンに上手じょうずだったっけ。


 そして、十八番じゅうはちばんのマジックがあった。

 レパートリーじたい、

 そう多彩たさいではないが、

 個々(ここ)完成度かんせいどたかく、

 なんど見てもきが来ない。


 このあいだ、

 自分の無粋ぶすいなクシャミで、

 ブチこわしに、してしまった、

 <しろこなのマジック>を、

 何度なんどか、

 おねだりしてみたけれど、

 そのたび火鳥はこう言って、くびたてらなかった。


「ぼくはねえ、一度ミスをおかしたマジックは、

パーフェクトな形になるまで、再演さいえんしない主義しゅぎなんだ」

 

 火鳥は、あるしゅの、完全主義者かんぜんしゅぎしゃなのであろう。

 ドコルタというマジシャンを尊敬そんけいしていると言っていた。

 


 ∴ヒュン∵


 智子の、

 まえの、

 空気くうきいろが、

 ふいに・・・変化へんかした。

 

「はて・・・なんだろう・・・?」

 

 だしぬけにやってきた現象げんしょうに、

 

 ピントをわせるように、

 まばたきをりかえす。


 すると、

 またもや、

 あのイメージがかびがる。


 〈優希ゆき部屋へや

    と

 〈火鳥ひどり部屋へや

 

 二つの部屋へや問題もんだい

 

 双方そうほうとも、

 整理整頓せいりせいとんのゆきとどいた、

 ムダな装飾そうしょくのない純和風じゅんわふう

 ゴタゴタした智子の部屋とは、まあ正反対せいはんたい・・・といえる。

 

 コレはいったい、なにを、意味いみするのだろう?

 なぜこうも、くりかえし、あらわわれるのだろう?

 つかれているのかしら?

 それとも・・・むしらせ?

 

 現実げんじつとはまるで、ちがう、

 こういった抽象ちゅうしょうに、

 どう対処たいしょすればいいというのか?

 

 今度こんどばかりは、

 あきらめずに、

 真剣しんけんに、

 こしをすえて、

 しっかり、この問題もんだいんでみよう。

 そう・・・決心けっしんした。

 

 じっくりとながめ、

 比較検討ひかくけんとうにかかる。


 〈優希の部屋〉

    と

 〈火鳥の部屋〉

 

 ふたつのイメージに、

 とりたてて差異さいはない。

 しかし・・・なにか・・・ありそうだぞ。

 

 ひどくもどかしい。

 隔靴掻痒かっかそうよう

 まるで、はなまったときの・・・食事しょくじのようだ。

 

 け!

 しっかり考えろ!

 

 どこからか、かつての、優希の声が・・・こえてくる。

「〈あのね・・・智子ともこは、

問題もんだいに対するアプローチが、

あまりに、ワンパターン!

そのうえ、やや強引ごういん

もう少し、柔軟性じゅうなんせいが・・・出てこないと〉」


「へいへい」

 現在げんざいの智子が、こたえる。

 

 そうだよな・・・優希の、言うとおり。

 雑誌ざっしの『ななつの間違まちがいさがし』じゃないワケだから、

 外面がいめん相違そういばかり検討けんとうする、

 アプローチから、はなれないと。 

 いわゆる・・・

 えないモノをるような・・・気持きもちで。

 

 イメージのうちがわに、秘匿ひとくされた相違点そういてん

 うはやすし・・・

 あまりにもとっかかりが・・・なさぎる。

 

 今度こんどは、

 優希のヴィジュアル・イメージがあらわれた。

 二つの部屋のイメージと、すこしズレてかさなりう。

 ちょうどPCの複数ふくすうのウィンドウがひらくように。


 〈優希の部屋〉

    と

 〈火鳥の部屋〉

    さらに

 〈優希のヴィジュアル〉

 

 三個のイメージを、同時進行どうじしんこうで、知覚ちかくしている。

 

 うれいをめた・・・優希の表情。

 イメージそのものよりも、

 そこから、喚起かんきされる感情かんじょうのほうがはるかに強い。

 

 強迫きょうはく観念かんねんが、

 智子の心を圧迫あっぱくする。

 

 しばらくすると、優希のイメージは、消え去った。

 

 ふりだしにもどる。

 ふたたび、二つの部屋のイメージ。

 

 薄氷はくひょうむような感じで、

 内的ないてき注意ちゅうい集中しゅうちゅうをする。


 〈優希の部屋〉━〈火鳥の部屋〉・・・わからない!

 

 もう一度チャレンジ、


 〈優希の部屋〉━━〈火鳥の部屋〉・・・やっぱり、わからない!

 

 

 三たびチャレンジ、


 〈優希の部屋〉━━━〈火鳥の部屋〉・・・ん?・・・なんだろう?



 二つの部屋が、

 かもし出す雰囲気ふんいきの、

 かすかないきづかいの差異さいをついにキャッチした。

 

 よしよし、

 かろうじてではあるが、とっかかりは・・・つかめたようだ。

 あとは、

 ここを・・・基点きてんに・・・げていくだけ。


 ・・・・・・

 優希の部屋が、

 彼女そのものであるのに対して、

 ・・・・・・

 火鳥の部屋は、

 彼自身かれじしんが、

 一部いちぶしか・・・反映はんえいされて・・・いない。


 なぜだろう?


 なぜ?


 どうして?

 

 イメージから、喚起かんきされた印象いんしょうを、

 特殊とくしゅとしか、

 たとえようのい、

 努力どりょくで・・・かたちにしてゆく。

 

 そのかたち・・・を・・・

 がんばって・・・

 言葉ことばに・・・きかえれば、

 そう・・・なんというか・・・かよっていない感じ。


 いわば・・・

 タテマエの・・・部屋へやなのだ。


 Q.E.D.

 みちびき出される結論けつろんは、

 どこかべつの場所に、

 彼自身かれじしん個性こせいが、

 まった部屋へやが、

 存在そんざいしているということになる。


 そこは・・・彼という人格じんかく

 パーソナリティーが、

 たっぷりといていきづいている。

 火鳥そのもの・・・というべき部屋。


 なにげなく、

 スマートフォンを、

 取りあげる。


 最新さいしんの、

 受信じゅしんメールを・・・ひらく。

 

 動画どうが添付てんぷされてあった。


 再生せいせいボタンをす。


 モニターに、映像えいぞう展開てんかいされる。

 

 智子のくびが、

 ガクン!と、

 がった。


 目はモニターへクギづけにされた。


 動画どうが音声おんせいをミュートした。


 スマホを持つ手にキリキリちからがこもる。


 口のはしから・・・

 ころしたようないきが・・・れる。


 

 小刻こきざみに手がふるえる。


「・・・・・・」


 動画どうがは、

 優希ゆきがめったちに、

 暴力ぼうりょくびせられている内容ないようであった。


 全身ぜんしんどくがまわるような映像えいぞうだ。


 加害者かがいしゃの顔が・・・はっきり・・・うつしだされた。

 

 心臓しんぞうに、

 ナイフを、

 てられ、

 断末魔だんまつまげる・・・優希。

 

 最期さいごすくいを・・・求めるように、

「ト・モ・コ・ォー!」とさけびながら。

 

 読唇術どくしんじゅつの、

 心得こころえは・・・ないが、

 優希の、くちの動きは・・・ハッキリ・・・みとれた。

 

 デジタル・キャメラをったときに、

 きゅう石段いしだんが、

 しっかりうつりこんでいた。


 見覚みおぼえが・・・あった・・・ハッキリと!

 


 メールの最後さいごは・・こうむすばれていた。

 ━《火鳥は、危険だ!!》━

 

 高圧電流こうあつでんりゅうが、

 すじを、はしりぬけた。


 パズルのピースが、

 正しい位置いちに、

 ピタリピタリとおさまる。

 

 智子の中で、すべてが、つまびらかになった。



火鳥ひどりさん・・・

とても・・・大事だいじな話が・・・あるんですけど・・・」



 智子ともこは、

 充血じゅうけつしたげた。







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