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ブレイクオンスルー  作者: カレーライスと福神漬(ふくじんづけ)
34/40

34 亀裂(きれつ)

 三年C組。

 ひらかれた教室きょうしつとびらが、モーレツなおとを、たてた。


 

 クラスメイトの視線しせんが、おと方向ほうこうへと、集中しゅうちゅうする。

 

 優希のせきへ、猛進もうしんしていく智子。

 ニラみつけると、鼻息はないきあらく、言葉をぶつけた。

「ああいう態度たいどはないんじゃないの・・・優希。

とっても、残念ざんねんだった!」


「ゴメンなさい。

私、どうしても、火鳥さんが苦手にがてで、」


「ムシのいい話と、けとめられるかもしれないけど。

お願いだから、もうすこし、

私のために・・・努力どりょくしてもらえないかな?

優希とも、今までどおり、なかよくやっていきたいし、

火鳥さんとの関係も、大切たいせつにしていきたいのよ」


 優希は、

 てたひとさしゆびを、

 くちびるのところにて、

 懇願こんがんするように、小声こごえった。

「もう少し、こえのトーンを、としてちょうだい」

 

 ふとづけば、

 クラス中の視線を、独占どくせんしていた。

 

「ああ、ゴメン、ちょっと興奮こうふんぎみ。

私、優希とちがってガサツだから、」

 冷静れいせいさを、つかみろうとでもするように、

 智子は、あたま左右さゆうにバッバッとった。

「あのねぇ・・・かれ・・・火鳥さんのことだけど、

近畿きんきにある、

全寮制ぜんりょうせい仏教大学ぶっきょうだいがくに、

進学しんがくすることになってるのよ。

晶学しょうがく卒業そつぎょうしたら、えなくなってしまう。

のこされた、貴重きちょうな時間を、大切たいせつにしたい。

わらわれるかもしれないけど、

かれとのあいだに、きざしたものを、はぐくんでいきたいの。

優希にも、

一番いちばん親友しんゆうにも、

見守みまもってもらえたら、いいなって。

なにもムリに、火鳥さんに、好意こういを、ってほしいなんて、

しつけするワケじゃなく。

ただ、きょくたんに、てつけがましい態度たいどは、

つつしんでちょうだいと、おねがいしてるだけ。

いちいちフォローするのも、つかれるし、こころみだれるのよ。

努力どりょくしてくれるよね、優希ゆき

聡明そうめいな、あなたのコトだもん。しんじてる」


「・・・できないと思う・・・」


「えっ、いま、なんて言ったの?」


「できない!」

 こんどは、しぼり出すようにして、キッパリ言った。


「優希・・・あなたが、

そこまでのエゴイストだとは、

想像そうぞうもしなかった」


「・・・・・・」


「これは、かえすから」

 智子は、ドアーズのアナログ盤LPを、

 優希のつくえうえいた。

 そしてをむけると、言った。

「私・・・どうしていいかわからない・・・もう・・・」

 

 優希は、

 目の前に置かれた、

 アナログ盤の、リアジャケット見て、涙を流した。

 写真が、ひどくゆがんで、見える。

 まぼろしの世界が、幻想げんそう度合どあいを、いっそうたかめた。


「あなたのために、一生懸命いっしょうけんめいさがしたのよ。

自分の二本のあしを使って・・・

智子ともこのために・・・」


「そういう話は、聞きたくないから」

 身をられるような思いに、

 かたふるわせる智子。


「ずいぶん、もろいものね。友情ゆうじょうって、」

 涙声なみだごえで、ポツリと、優希がつぶやいた。

 

 その言葉ことばは、智子の心に、深くさった。


 

 親友しんゆうと、たもとをかつ、かたちになってから、

 智子の学園生活がくえんせいかつは、

 火鳥へと、完全かんぜん軸足じくあしを、うつした。

 登下校とうげこうはもちろんのこと、

 昼休みも、学生食堂がくせいしょくどうで、火鳥とともにとった。

 

 お弁当箱べんとうばこのサイズは、ひとまわり、小さくなっていた。

 

 放課後ほうかごは、役角寺えんかくじへと、日参にっさんした。


 部活ぶかつは、

 受験じゅけん勉強べんきょう理由りゅうに、

 さぼる(・・・)ことがおおくなっていた。




 秋らしさをした、朝の空気の中を、

 火鳥と一緒に、学園までの、道のりを歩いていると、

 通学路つうがくろが、

 ふだん、見なれた、街並まちなみや風景ふうけいが、

 とても、みずみずしく新鮮しんせんに、うつった。

 不思議ふしぎなことだが、

 木々(きぎ)呼吸こきゅうしているのを、感じることもあった。


 火鳥と交際こうさいを始めてから、

 に日に、感覚かんかく鋭敏えいびんに、なってきている。

 それから、

 以前いぜんよりこころもち、やさしくなったようながする。

 ちょっとしたことで、涙が、流れでてしまうのだ。

 ささいなことが、感動かんどう対象たいしょうになる。


 あと一歩いっぽで、素晴すばらしいメロディーや、

 人を、感心させるが、生まれ出そうな、気配けはいすらあった。

 火鳥と一緒いっしょにいられるよろこびを、かみしめる。

 

 ああ、彼と私の・・・・・・ラブ・ストリート♪

 時間よまれ、

 さもなきゃ・・・びて!



 日をうごとに、充実度じゅうじつどしていく智子。

 ルックスにも、それが反映はんえいされていった。

 

 反比例はんぴれいするように、

 優希は、意気消沈いきしょうちんしていった。

 したにできたクマが、いたいたしい。

 

 二人は、日常にちじょう

 ほとんど、

 会話かいわを、かわさなくなってしまっていた。

 

 優希が、言葉ことばを、かけようとすると、

 気配けはいを、さっした智子は、

 きゅうに、つくえの中や、

 通学つうがくバッグないを、

 さがすふりをしたり、

 身体のきを、ずらして、

 相手あいてに、

 不自然ふしぜんではない、

 ギリギリの角度かくどをたもち、

 を向け、

 スマホを、のぞきこんだりした。

 

 それどころか、自然しぜん態度たいどを、よそおい、

 シカト・・・〈無視むし〉・・・することすらあった。

 

 そのたびに、

 かたとし、小さなため息をつく・・・優希。

 

 智子は、相手あいての気持ちを、いたいくらい感じていた。

 まったく、胸が、りさけそうな気持だ。

 自分自身じぶんじしんの、意地いじの悪い、

 イヤったらしいリアクションに、

 いようのない、自己嫌悪じこけんおが、つのる。

 

 以前いぜんのように、屈託くったくなく、

 となりの席の優希と、話したかった。

 ところが・・・おかしなプロテクトが、はたらいて、

 おそろしく簡単かんたんなことが、できないのである。


 心と頭のほんの一部いちぶが、

 異様いよう硬直こうちょくしてしまっているのだ。

 優希にたいする、素直すなおな、感情表現かんじょうひょうげんを、

 どこかに、わすれてしまったかのようだった。

 

 自然体しぜんたいでいるということは、

 なんとムズカシイのだろう。

 

 一度いちど、レールを、ハズレてみると、

 はっきり、それが、理解りかいできる。

 

 智子の毎日は、

 ある意味、とても充実じゅうじつしていたが、

 夜遅よるおそく、ベッドの中で、目をさましては、

 寝汗ねあせをびっしょりかいている、

 自分を発見はっけんすることがあった。

 

 優希の、うれいをめた、

 かなしそうな顔が、夢の中に、かびがる。

 映像えいぞうそれじたいより、

 そこから誘発ゆうはつされる、

 感情かんじょう磁力じりょくつよさに、

 とても、おどろかされる。

 

 これが、強迫観念きょうはくかんねんと、いうものだろうか?

 

 優希と火鳥。

 二人のあいだの、いたばさみ。

 心がズキズキ痛む。

 

 ひょっとしたら、

 いつのまにか、自分は、とんでもなくまちがった、

 軌道上きどうじょうに、

 足を、ふみ入れてしまったのでは、ないだろうか?

 優希への態度たいどは、

 あまりに、

 一方的いっぽうてきすぎやしなかった、だろうか?

 

 立場たちばが、ぎゃくだったら、どうだろう?

 もしも、優希に、カレシができて、

 その人を、自分が、好きになれなかったケース。

 どう対応たいおうする?

 うまくやっていけるだろうか?

 そんな器量きりょうが、私にあるだろうか?

 ・・・わからない・・・

 

 しかし、優希の、火鳥への態度たいどは、あまりにカタクナだ。

 なぜなんだろう?

 せない?

 たんなる、きらいにしては、反応はんのうが、極端きょくたんすぎる。


 優希のことだから、

 意味いみがあると、

 考えるのが、

 妥当だとうだろうけど。

 

 ひょっとして、友人である私を、

 火鳥さんに取られてしまった・・・ジェラシー?

 

 優希だって人間にんげんだ、

 嫉妬心いっとしんだって、とうぜん、持っているに違いない。

 けれど、

 彼女の、人間性にんげんせいからいって、

 どうも、しっくりこない。

 


 ∴ヒュン∵


「あれっ・・・なんだろう・・・!?」


 不思議ふしぎなことに、

 ふたたび、

 唐突とうとつな感じで、

 智子の、まえに、


〈優希の部屋〉

   と

〈火鳥の部屋〉

 のイメージが、かびあがった。

 

 イメージを、こわさないように、

 特殊とくしゅな感じの、集中しゅうちゅうを、

 保持ほじしながら、

 そのまま、いかけてみる。

 

 おおくの共通点きょうつうてんを、持ちながらも、

 ある一点いってんだけが、

 決定的けっていてきに、ことなる、

 ・・・ふたつの部屋。

 

 薄氷はくひょうをふむように、

 二つのイメージを、

 オーバーラップさせて、考察こうさつしてみる。

 

 かりそうでいて・・・からない。

 どこに、違和いわを・・・感じるのだろう?

  

 智子の呼吸こきゅうは、

 イメージの現出げんしゅつに、

 うかのように、

 変化へんかしていった。

 ・・・ひどくせつなくありながら、

 同時どうじに、

 しんの部分が、どうしょうもなくあつく、心地ここちよい・・・

 二律にりつ背反はいはん呼吸こきゅう

 

 バスケットボールの、試合しあい接戦せっせんで、

 その、大詰おおづめにやってくる、

 あの呼吸こきゅうと、同質どうしつであった。

 

 しばらく考えていたが、

 しだいに、のうみそが、ムズがゆくなってきた。

 けっきょくのところ、

 解答かいとうを、みちびきすことはできずに、

 シャットダウンしてしまった。

 

 いつか、きっと、理解りかいできるときが、るだろうと、

 りきり、

 潜在意識せんざいいしきに、まかせることにした。

 

 頭を、左右さゆうに、ブルっとる。

 現実げんじつもどると、

 ひといきついて、

 充電器じゅうでんきから、スマホをげた。


 火鳥から、新着しんちゃくメールがはいっていた。

 

 ストラップの、<しろまねきネコ>が、かすかにれる。


 優希と、回転寿司店かいてんずしてんに、

 行ったときのことが、回想かいそうされる。


 あんなに、シャリだけべたのは、前代未聞ぜんだいみもん

 きっと、生涯しょうがい記録きろく・・・〈レコード〉・・・に、ちがいない。

 しばらく、調子ちょうしが、おかしかったっけ・・・

 

 優希って、ときどき、突飛とっぴなこと、するのよね。

 天然てんねんボケというか、シュールというか。


 智子は、こみあげてくるおかしさを、さえることができず、

 真夜中まよなかにもかかわらず、

 ベッドの上で、一人ひとり、ケタケタわらつづけた。



 一礼いちれいして、

 智子が、職員室しょくいんしつはいっていくと、

 かい先生が、手招てまねきをした。

 応接室おうせつしつとおされ、

 かいわせに、こしをおろす。

 

 学食がくしょくで、火鳥とランチしていたとき、

 校内放送こうないほうそうで、されたのだ。

 

 笑顔えがおが、不在ふざいの・・・かい先生。

 いつもとは違う雰囲気ふんいきの、

 先生を、目の前にして、

 智子の中に、

 ピリッとした緊張感きんちょうかんが、はしった。

 

 試験しけんのとき、

 クリルの一件いっけんで、

 でっかいかみなりを、とされたときのことが、よみがえる。

 

 記憶きおくって、ほんとうに・・・こわい。

 

 海先生は、無表情むひょうじょうのまま、

 湯呑ゆのみに、おちゃをそそぐ。


 一方いっぽうを、智子の目の前に、いた。

 

 お茶を、ひと口飲くちのむと、

 うってわって、

 その、福顔ふくがおをニコニコさせ、

 用件ようけんを、かたした。

月吉つきよし・・・おめでとうを言わせてもらうよ!

水晶学園大学への、

推薦入学すいせんにゅうがくが、

正式せいしきに決まった」

 

 智子は、背もたれに身体をあずけ、ホッといきつく。

「そんなことですか。

試験しけんで、手応てごたえがあったので、

べつに、心配しんぱいは、していませんでした」

 

 海先生は、PCをげると、

 老眼鏡ろうがんきょうをかけ、

 智子の成績表せいせきひょうをひらき、を、ほそめた。

試験しけん成績せいせきは、

どの科目かもくも、おおむね上昇じょうしょうしておる。

生物せいぶつの試験で、八〇点をえたのは、

まえさんのほかに、五名ほどだ。

よく、ガンバったね。

これならむねをはって、大学へ送り出してやれるというものだ」


犬城けんじょうさんと一緒いっしょ勉強べんきょうしたことが、

たいへんプラスになりました」


「うむ。いい関係を構築こうちくしていているようだね。

学生時代がくせいじだい友達ともだちというのは貴重きちょうだ。

大切たいせつにすることだ」


「ええ、まァ。はい」

 

 海先生は、智子を、するど一瞥いちべつすると、話をつづけた。

はなし前後ぜんごして恐縮きょうしゅくだが・・・月吉つきよし

この推薦入学すいせんにゅうがくは、

成績せいせきはもちろんだが、

しゅとして、

クラブ活動かつどう実績じっせきが、

みとめられてのものだ。

体育推薦たいいくすいせん特待枠とくたいわくに、

えらばれたのだよ。

特待とくたい推薦すいせんとは・・・

入学金にゅうがくきん授業料じゅぎょうりょうが、

全額免除ぜんがくめんじょされる制度せいどだ。

これで、

親孝行おやこうこうが、できるね。

大学側だいがくがわも、どうやら、

本腰ほんごしを入れて、

女子じょしバスケットボールを、

強化きょうかするでいるらしい。

舞台ぶたいととのいつつある。

ちからいっぱいがんばることだ!」

 海先生は、智子のかたを、ポンとたたいた。


「やったーっ!バンザーイ!」

 ド派手はでなボディランゲージで、

 よろこびを、炸裂さくれつさせる。


 そのようすを見て、

 満月まんげつのような顔を、

 ニコニコさせるかい先生。


 あいさつもそこそこ、

 智子は、ダッ!と応接室おうせつしつをとびだした。

 

 ものすごいスピードで、屋上おくじょうに、かけがる。

 階段かいだんを、

 三段飛さんだんとばし、四段飛よんだんとばし。

 

 無意識むいしきに、こうさけびながら。

優希ゆきーッ!やったぜ、優希ゆきーッ!」

 

 またたくに、屋上おくじょうに、到着とうちゃく

 体当たいあたりをするように、

 屋上おくじょう鉄扉てっぴを、けた。

 

 屋上おくじょうの、解放感かいほうかんのある、

 風景ふうけいなかに、

 ポツンと、優希の姿が、あった。

 

 さびしそうに、

 ペットボトルのお茶を飲む、優希を、

 にした・・・とたん、

 智子の、

 発熱状態はっねつじょうたいは、

 一気いっきに、めて、っこんだ。


 外気がいきが、さむさぶくみ、というのもあるが、

 優希ゆきの、孤独こどくな、たたずまいを見たら、

 はずれかかったプロテクトが、

 しっかり、元通もとどおりに、もどってしまったのだ。


 話しかけて、おれいい、

 特待推薦とくたいすいせんの、

 よろこびを、わかちいたかった。

 しかし、そいう状況じょうきょうにないことを、思い知らされた。


 もし、優希に、

 つめたくあしらわれたら、

 シカトされたら、

 その、屈辱くつじょくに、えられるだろうか?

 

 きずつきたくなかった。



 智子は、きびすをかえし、

 すごすごと、屋上おくじょうから、退しりぞいた。



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