33 不協和音(ふきょうわおん)
火鳥の、手のひらには、
キメの細かい、白い粉の小山が、現われた。
智子の目が・・・点になる。
火鳥が、ミステリアスな笑みを、浮かべた。
手のひらを、口に、近づける。
くちびるをすぼめた。
強く、息を、吹きかけようと・・・・・・
「ハックション!!」
智子が、
豪快な、クシャミをした。
白い粉は、あっという間に、残らず、飛散した。
その瞬間、
火鳥の表情が、変わり、
後方に、バッと、跳んだ!
スタイリストの彼らしくもない、
なまなましい、
不恰好な、動作であった。
「ゴメンなさい、火鳥さん。
急に、鼻がムズムズしちゃって」
「ハハハ・・・だれかさんが、
きみの噂をしているのかもね・・・」
火鳥が、
手のひらを、
ズボンで拭いながら言った。
帰りぎわに智子は、
彼のコレクションの中から、
ジム・モリソンの貴重な絵ハガキを、
数葉もらい受けた。
ことわったにもかかわらず、火鳥は、駅まで送ってくれた。
肩にまわされた、
彼の腕の温もりは、
家に帰ったあとも、
消えることはなかった。
空には、
灰色の雲から、顔をだすように、
半月が、浮かんでいる。
生あたたかい風が、頬をなでる。
湿気の多い、夜だった。
智子を駅まで送った、帰り道、
火鳥は、
不吉な足音を、
聴知した。
「・・・?・・・!」
足音を、気に止めないふうを、よそおって、
歩きつづける火鳥。
見当は・・・ついていた。
予測の範囲内であった。
彼の口もとが、冷酷に、ゆがむ。
「ククククク・・・」
歩くテンポを、速める。
尾行してくる、
何者かの、足音も、
おなじように、速まる。
ピタリと、重なりあった、足音が、
夜道に、厚く、響きわたる。
役角寺の塀ぎわに、
身をよせるように、歩いている火鳥。
グッ!と気合いをこめ、
塀の上に、手をかけ、ひと蹴りくれた。
向こうがわへ、乗りこえる。
寺内の墓地に、ひらりと、着地した。
ひと気のまったくない墓地に、
湿気をふくんだ、重い風が、そよぐ。
墓石が、月光を、冷たく反射させていた。
生温かい風は、
しだいに、
勢いを増し、木々を揺らす。
木の葉が、
円を描くように、舞いあがる。
月あかりの下、
円状に舞い上がる、木の葉。
その・・・円の中心点から、
犬城優希が・・・姿をあらした。
半月が、雨雲にかくれた。
霧雨が、降りだした。
火鳥が、腕組みをして、迎え撃つ。
優希の身体から、
得体のしれないパワーが、
放出される。
墓石が、激しく振動した。
墓所内を照らす街灯と、
卒塔婆数本が、
鋭い金属音をともない、
連鎖して、ヒビ割れ・・・
粉々に・・・くだけ散った。
光の帯を、放射する、
優希のシルエット像を、
遠方の街灯が、
おぼろに、照らし出す。
激しさを増した、雨が、
視界を、狭くする。
強風が、
雨を、四方八方に、まき散らした。
犬城優希
と
火鳥翔
が
対峙する。
闇の中・・・
優希の全身から放射される、
凄ざまじい気!
それは、無数の、
鋭利な針のよう!
シルエットの優希が、
垂直に、宙高く、跳んだ。
地上・・・約10メートルで・・・静止。
ハイスピードで、方向転換。
身体を、
鋭く、かたむける。
夜空を背にした、
鋭角姿勢で、
標的に、
頭を、向け、
攻撃態勢に、移行した。
限界まで、
キリキリっと、弓を引ききって、
一閃!
弾丸が、射出された!
目にもとまらぬ速さで、
ターゲットに、襲いかかる!
火鳥は片足を、半歩、うしろに引いた。
胸ポケットから、
お守り袋を、引っぱりだすと、
優希の方へ突きだし、
迎撃態勢を取る!
45度上方から、
スピーディーに、
ぐんぐんと、
滑空してくる優希。
バリバリバリ!
火鳥の2メートル手前で、
弾き飛ばされた。
「ギャーッ!!」
高圧電線に触れたように、
感電して、スパークを起こした。
多量の火花が、
優希の身体から、
四散した。
錐もみ状になり、
叫び声を上げ、
落下しながら、
空中で、激しく、のたうちまわる。
火鳥は、
お守り袋を、かかげ、
念を・・・込めた!
墜落することから、
どうにか、免れ、
優希は、
宙空3メートル地点に、とどまった。
毒を、盛られたような、
苦悶の表情を、浮かべていた。
火鳥を、保護する、
透明なバリアに、
なす術を・・・見い出せない・・・
魔除けの法力が、
幾層にも、念じこまれており、
彼女のパワーを・・・封じ切ってしまう。
極限まで、
パワーを、
増幅しても・・・火鳥には・・・届かない!
みごとに、ハネ返されてしまう・・・
まるで、鏡に向かって、
光を、放つようだった。
雨は刻々と、激しさを増す。
風も猛々しく、吹きすさむ。
暴風雨の様相を、呈してきていた。
「悪霊退散!」「怨敵退散!」「派羅蜜多!・・・」
お守り袋を、突きだし、
お経を、
一心に唱える、ズブ濡れの火鳥。
念じ込められた法力や、
お経の、
届かない地点へと、退避。
宙空を、
滑るように、
急バックする優希。
地上から、
45度線上に位置する、
・・・火鳥
と
優希・・・
目を閉じ、
お守り袋をかかげ、
一心不乱に、
お経を唱える火鳥と、
宙空の優希が、
5メートルの間隔を、
置いて、
向かい合う。
優希は、
火鳥を、キッ!とにらみつけると、
夜の闇に、
吸い込まれるように、姿を消した。
すると、嘘のように雨が止み、
風もピタリと凪いだ。
雲が流れ、
顔を、のぞかせた半月と、
火鳥が、
45度の角度で、向き合っていた。
火鳥は、半月に、くるりと背を向け、
お守りを、胸ポケットにしまうと、
冷然とした表情で、
何事もなかったように、
本堂へ向かって、歩きだした。
智子の学園生活は、ここにきて、
明らかな変貌を、遂げていた。
火鳥と過ごす時間が、大幅に増えたのだ。
わりを食う形となったのが、優希だ。
智子は、休み時間には、火鳥と語らい、
昼休みこそ、義理立てして、
優希と屋上で、昼食をともにしたが、
事務的にすませ、
カレシの元へ、さっさと、行ってしまった。
下校時も、
優希の誘いを、のらりくらり、断っては、
役角寺へ、足げく、通った。
登校の時は、さすがに、いままで通りだったが、
優希が話しかけても、うわの空。
熱に浮かされたような塩梅で、
心ここにあらず・・・
会話が、まるで、かみあわなかった。
あれほどの、一致を、みていた、
ふたりのベースラインがズレ、
不協和音を、奏ではじめていた。
火鳥は、とうぜんの権利を、行使するように、
二人のそばにやってきて来ては、
智子に話しかける。
そのたびに・・・
優希は・・・
離れることになる。
火鳥を保護する、透明なバリアが、あるかぎり、
優希は、
彼のギリギリ半径一メートル以内に、
近寄るコトができない。
バリアの内側から、
優希の力を、無力化し、苦しめる、
法力の電波のようなモノが、
放射されていた。
まるで、孫悟空の緊箍児・・・
・・・〈あたまの輪〉・・・であった。
火鳥が、三蔵で、
自分が、悟空なんて・・・認めたくないンだな!
と、
元ミス・水晶学園は・・・ 内心で、愚痴った。
「《わたくしこと・・・犬城優希は、
いまだかつて、
いっぺんだって、
おサルに似ているなんてコト、
言われたことないのにィ。
・・・あー・・・ヤだ・・・ヤだ!》」
平常時の、法力の、
有効範囲外は、
おおよそ1メートル。
そこまで、距離を開ければ、だいじょうぶだった。
火鳥が、近くに寄ってくれば、
磁石のマイナス極、
あるいは、プラス極同志のように、
ハジキ出され、離れざるをえない・・・優希だ。
繰りかえされる、彼女の離脱ぶりを、
自分に対する、当てつけと、
智子は、受けとった。
日を追うごとに、
二人の関係は、ギクシャクしたものとなり、
修復が、すんなりと、なされなくなってきていた。
「良くない傾向だ。
こういう関係は望ましくない」
智子の、大のニガテと、するところだった。
生来、さっぱりした気性の持ち主である、
バスケ部主将は、
反省の意味もこめて、
友人との関係の軌道を、
修正しようと、
早めに来て、朝の新鮮な空気を吸い、
待ち合わせ場所の、大噴水前で、待っていた。
熟睡したあとの頭は、
クリアで冷静である、
よくよく考えてみれば、自分のまいたタネじゃないか。
優希は、
友人を見つけると、
小走りに、かけ寄って来た。
右手には通学用バッグ、
左脇には、なにかを、抱えている。
「はーい、智子。お早う!!」
「はーい、優希。おは」
大きく破顔すると、
優希が、勢いこんで言った。
「ああ、良かった。きのうの感じでは、
もしかしたら、もう一緒に登校できないんじゃないかという、
不安にさいなまれていたのよ。
明らかに気分を、害していたでしょう?」
「バカバカしい、とりこし苦労だよ。
こっちこそ、優希に、あいそをつかされたのかと思ってた。
よけいな、気をまわすのはやめよう。
親友なんだから、うちら!」
「智子、受け取ってくれるよね・・・私からのプレゼント!」
優希はそう言うと、
前衛的なデザインが、
ほどこされたビニール袋を、渡す。
進呈された贈りものを、ひらく智子。
ドアーズの『ストレンジデイズ』アナログLP盤が出てきた。
ちゃんと、リアジャケット写真も、付いている。
カラフルなドレスに身を包んだ、
神秘的な女性に、
愛嬌のある少年が、
うやうやしくタンバリンを、
差しだしている写真が、
裏面に、載っていた。
「どうしたの、これ?」
「うん。きのう一人で、西新宿へ行って、
中古レコード店巡りをしたの。
七件目でようやく見つけてね。
もう、ラッキーセブン、ビンゴ!って感じ。
あなたのヨロコブ顔が、目の前に浮かんでさ!」
興奮気味に、まくしたてる優希。
「へぇー、ほんと。サンキュー、どーも、ありがとう」
「どうしたの?あんまりウレしそうじゃないみたいね」
友人の顔を、のぞきこむ優希。
「なに言ってるの。ウレしいに決まってるじゃん」
口元を、逆への字(V)にして、笑ってみせる。
「それは、良かった!」
優希はホッと息をついた。
肩を並べて、登校するふたり。
とりとめのない話をしながら、歩いていると、
背後から、声がかかった。
「おーい、ご両人!」
同時にふり返る、智子と優希。
火鳥が、口もとに、硬質な笑みを浮かべ、
足早に、近づいて来た。
胸もとには、紫色のお守り袋が揺れている。
優希は、彼の姿を見とめるや、
小さな悲鳴を上げ、
一目散に、
学園方面へと、駆けだした。
火鳥は、すまなそうに頭をかきながら、智子に詫びる。
「どうやらぼくは・・・犬城くんに・・・
・・・毛嫌いされているようだね。
和気あいあいな空気を、
ブチ壊しにしてしまった。
ほんとうに、申しわけなく思う」
「いいえ、火鳥さんは、
ちっとも、悪くありませんよ・・・
・・・悪いのは・・・」
智子の顔が、
どす黒い赤みを、帯びた。




