32 十字路(じゅうじろ)
「あら、智子?」
代休明けの朝、
優希が、
待ちあわせ場所の、大噴水前へ行くと、
いつもとは違う雰囲気の、友人の姿があった。
きょとんとした目をしている優希に、
智子はニンマリして言う。
「メガネにはお引きとりねがって、コンタクトにかえてみたの。
それからヘアスタイルも、新しくしてみたんだ。
どう、似合う?」
赤いフレームのメガネはなく、
髪を肩までおろして、イメージチェンジした智子。
彼女が、頭に手を当てて、ポーズをつくった。
「大人っぽくてステキだよ。
でも・・・なんだか・・・智子じゃないみたい」
少しく、首を、かたむけ、
複雑な表情を、うかべる優希。
「エッヘッへ」
かがやくような笑みが、
智子から、発せられた。
「なにか、ケミカルあったかな?」
優希がたずねた。
質問に、はっきり、くっきり、うなずききる。
「優希は、親友だから、かくしだてはしない。
はっきり言う!
じつはねぇ・・・私、
火鳥さんと、つき合うことにしたんだ」
「そう、それは・・・おめでとう、」
一歩、あとずさる優希。
「なんだろう、カレシがいると、
内面に変化を、きたすね。
やさしくなるというか、
感受性が、増すというか」
充実を言葉にする。
「きょうも、朝早くから、
メール攻撃。マイっちゃうなァ」
「・・・・・・」
「どーしたの、優希?
感情移入を、忘れちゃったみたいに?」
「ううん、私もうれしいよ。
幸福そうな智子を、見るのは。
愛情って、燃えあがるように強いものね。
それに比べると・・・友情は・・・」
「なんてこと言うの、友情は友情!カレシはカレシよ。
だいたい、きみとの友情堆積とは、
比較にならないじゃないの。
れわれの友情は、不滅です!」
ドンと自分の胸をたたいて見せる。
「だといいんだけど、」
ポツリと優希が言った。
ふたりは、言葉少なに、登校した。
授業中、
智子は、先生の講義など、ほとんどきかずに、
メールのチェックに、精をだしていた。
リターンに、
気の利いたフレーズを、ひねりだそうと、頭をしぼる。
相手は、もちろん、火鳥であった。
休み時間も誘われるまま、
優希と離れ、
彼と過ごした。
ふたりの仲は、まもなく学園中に、知れわたることになった。
放課後も、また、優希の誘いをことわり、
カレシの待つ役角寺へと足をむけた。
山門をくぐると、
火鳥が、すぐに、出むかえてくれた。
彼の案内で、
落ち葉をサクサクふみしめ、境内を歩く。
つかみどころのないような、広い敷地だった。
本堂の裏手に、
巨大な古木が見える。
そびえ立つ、クスノ木は、
役角寺の象徴のようで、
その、存在感には、圧倒さてしまう。
智子は、本堂の横にある、
火鳥の自宅へ、おじゃました。
二階にある、彼の部屋で、
ドアーズの曲を、アナログ盤で、聴かせてもらった。
真空管アンプを、通して響いてくる、
ドアーズサウンド、
ジム・モリソンの声は、
格別だった。
深く、柔らかで、ぬくもりが感じられた。
えもいわれぬサウンドにつつまれ、
日本茶を飲み、
目に美しい、和菓子をいただく。
落ちついた、すみれ色の時間が、流れていった。
和菓子もさることながら、
日本茶の味には、一驚した。
砂糖のそれとは違う、独特の甘みがあって、
ビックリするくらい、美味しかった。
高級品は、やっぱり、違う。
なんというか・・・
魂を、持って行かれそうになる。
火鳥は、惜しげもなく、
彼の持つ、ドアーズ・コレクションを、見せてくれた。
コレクターズ・アイテムを手にとり、
目を輝かせる智子。
同時に、これだけのマニア垂涎の品々を、
蒐集した、
火鳥の熱意と行動力・・・
〈プラス・・・金銭力〉に、
頭のさがる思いがした。
学園内では、
その外見や言動などから、
冷静なマシーンのような印象を、
与えがちな火鳥だが、
いまの彼はちがう。
かまえた所の少ない、ユーモアの巧みな、ナイスガイだ。
火鳥の部屋は、
純和風な造りで、
整理整頓が行きとどいていた。
よけいな装飾のない、
たたずまいは、
いやでも・・・優希の部屋を、連想させる。
ただ一点。
なにかが、異なっていた。
〈なんだろう?〉
心に・・・引っかかる。
その原因を、探ってみる。
しかし・・・
結論は、出なかった。
深く追求することは、諦め、
すぐに、意識を、
目のまえの、コレクターズ・アイテムへともどした。
リラックスした雰囲気のなかで、
音楽と会話とお茶を、
たっぷりと楽しんだ、智子。
ふと、外の空気が、すいたくなって、部屋の窓を開けた。
夕陽にしずむ景色を、見つめる。
「お昼ごはんのとき、いつも屋上から、
ここを見ていたのよ。
この広い敷地を歩いてみたいな」
「お安いご用だ。
まだそう昏くない。エスコートいたしましょう」
昂揚した気分を胸に、
役角寺の敷地を歩く智子。
となりには、自分より背の高い火鳥が、
寄りそってくれている。
本堂の裏にまわる。
左がわに、墓地が見える、
墓石は、沈みゆく夕陽に、
その幾何学的なりんかくを、浮き出させていた。
太くてたくましい、クスノ木を、ぐるりと一周する。
智子は、立ち止まり、
幹に手を当てて、目を閉じた。
その樹齢、
はるかなる時の流れに、想いをはせる。
クスノ木と墓地をむすぶ、線上に、
石堂が、ぼんやり見えた。
こけむした、
なんとも歳月を感じさせる、外観をしていた。
「火鳥さん、あのお堂は?」
好奇心を、そそられた智子が、たずねた。
「なかなか雰囲気のある石堂だろう?
魔除けの仏像が、
安置されているんだ。地下室もある」
智子の手を引いて、
火鳥は、石堂の裏手に、まわった。
キーホールダーから、カギをセレクト、
鉄扉のカギ穴にさし込み、回して、開ける。
ズリッズリッ!と、重い、こすれるような音を立て、
厚い扉が、真横に、開かれた。
地下に続く石段を、
さし示しながら言った。
「二年前に、改築工事をしてね、
電気や水道も通っている」
智子は、上半身を乗りだし、
中をのぞきこむ。
急角度の、石段が、うかがえる。
「降りてみるかい?キモだめしに?」
火鳥が、水を向ける。
「いえ、遠慮しときます!」
きっぱりと、智子は言い、
本堂へと、身をひるがえした。
クスノ木の前で、立ちどまる。
巨木から、放散される、
歳月の重み、
力強さ、
さらには、神秘をも、
全身で感応し、受けとめていた。
彼女の両肩に、
背後から、
火鳥の手が・・・そっと・・・かかった。
智子の意識が、現実にもどり、
心臓の鼓動が、速くなっていく。
火鳥の両手に、握力が、
加わる。
彼に、導かれるまま、
ふり向く智子。
ふたりのくちびるが重なった。
とろけるような感覚に、身体の力が、へなへなと・・・抜ける。
彼女の脱力した、からだを、火鳥が、キャッチ。
エレガントに抱きしめた。
脱力感から、解放されるやいなや、
智子の瞳から、
ハラハラと、大粒の涙が、こぼれおちた。
ふだん、心の奥に、しまってある、
乙女が、目覚めたのだ。
こういう場面は、どうすれば、
カレシに一番、魅力的に映るか?
乙女心は、やすやすと、ソロバンをはじく。
火鳥は、一瞬、
困ったような顔をしたが、
三秒と経たずに、
月吉乙女の注意を、
喚起するように・・・
手のひらを、上に向けて、
さっと閉じて、ぱっと開いた。
手のひらの上には、
白いハンカチが・・・現われた。
彼女に手わたす。
受け取ろうと、智子が、手を伸ばしたとたん、
ハンカチは、一輪の赤い花に、変わった。
「どうぞ、泣き虫お譲さん」
そう言うと、
胸ポケットから出した、
ハンカチをそえて・・・わたした。
雨のち・・・晴。
泣き顔から・・・笑顔へ。
智子の表情が・・・変化していった。
火鳥は、つぎに、
空中から、一枚のコインを、取り出して見せた。
そのコインが、
またたく間に、消えてなくなる。
再び、
さっと手を振って、空中からコインをすくい取った。
手のひらを広げると、
10数枚のコインが、
ジャラン♪と音を立てた。
好奇心を・・・そそられる・・・智子。
10数枚のコインが、
1枚の巨大なコインに、
変化した瞬間・・・
火鳥のマジックに、
完全に、引き込まれ、
・・・魅了されてしまった。
火鳥が、
もう一度、手のひらを閉じて開く。
巨大なコインが消え去り、
彼の、手のひらの、上には、
キメの細かい、白い粉の小山・・・が、
現れた。
智子の目が、点に、なる。
火鳥が、
ミステリアスな、笑みを・・・浮かべた。




